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日本公共政策学会 2014 年度 第 18 回研究大会@高崎経済大学
6 月 8 日自由公募パネル
「情報社会の政策形成―情報のマネジメントと情報発信」
1
ネット選挙運動解禁の成果と課題
――競合する「動員」と「透明化」
西田亮介
立命館大学大学院先端総合学術研究科特別招聘准教授
ryosukenishida@gmail.com
日本公共政策学会 2014 年度 第 18 回研究大会@高崎経済大学
1. はじめに
	
  2013 年 4 月の公職選挙法の改正によって、日本でも選挙運動にインターネットを活用するこ
とができるようになった。いわゆる「ネット選挙」の解禁である1。
	
  ネット選挙の起源を、1996 年の当時の新党さきがけによる旧自治省への利活用の可否の問い
合わせに見出すならば、実に 20 年越しの実現であった。
	
  ネット選挙解禁は、長らく民主党をはじめとする野党が主張してきた政策だった。実際、2010
年には鳩山内閣のもとで、与野党合意にまで到達した。だが、基地問題に由来する突然の辞職
を経て、民主党は従来の主張を棚上げし、実現には至らなかった。
	
  その後、2012 年の衆院選直前に、当時の安倍自民党総裁がネット選挙解禁を推進することを
明言した。選挙制度の改正は、選挙力学の変更を伴うので、現職議員はしばしば消極的になる。
自民党の積極的な姿勢は、事前に十分な圧勝が予想されていたことに加えて、少なくとも主導
した執行部は、ネット選挙でも十分な「勝算」を見込んでいたためであった。
	
  自民党は 2012 年の衆院選に大勝し、再び与党に返り咲いた。年が明け、2013 年に入ると、
ネット選挙解禁の議論は急加速した。事前の宣言通り、自民党執行部は、解禁に向けた議論を
本格化させていったからだ。
	
  十全な準備をし、勝算を見込んでいた自民党の推進派は、地方議員や参議院議員からの懸念
や反対を押し切って、大胆な解禁案を提案した。
	
  野党各党には、衆院選の敗北の跡が深く刻み込まれていた。ネット選挙について、十分な議
論や対応をする余裕はなかった。またその準備もできていたなかった。自民党推進派の議論に
追従して、なし崩しで全面解禁案を打ち出すほかなかった。
	
  こうしてようやく公選法改正は実現した。電子メールや、有料広告の活用などに制限を残し
ていた。これらは、利用実態との齟齬や、有権者よりも、政党の活用範囲が広いことの是非と
いったさまざまな課題を残していた。
1 本来、電子投票を目的としておらず、ウェブサイト等を用いて、選挙運動が可能になったわけであるか
ら、本来「インターネット選挙運動」等と表記するのが適切である。だが、すでに「ネット選挙」という
表記が一般化しているため、以下「ネット選挙」の表現を用いる。
日本公共政策学会 2014 年度 第 18 回研究大会@高崎経済大学
6 月 8 日自由公募パネル
「情報社会の政策形成―情報のマネジメントと情報発信」
2
	
  それでも、2014 年7月の参院選から、本格的にネット選挙を活用する目処がついた。日本で
も、公式に情報技術と政治が対峙することになった。あまりに急な解禁であったから、「対峙せ
ざるをえなくなった」というのが、政治のみならず報道するメディア、広告代理店や PR 会社な
ど、多くの関係者にとっての本音だったのではないか。
	
 
2. 日本におけるネット選挙の特徴と課題――「理念なき解禁」と「既存勢力主導の解禁」、「競
合する『均質な公平性』と『漸進的改良主義』」
	
  日本におけるネット選挙の特徴と課題とは、どのようなものであったのだろうか。
以下において、「理念なき解禁」と「既存勢力主導の解禁」、「競合する『均質な公平性』と『漸
進的改良主義』」という 3 点を指摘する。それぞれ「目的の曖昧さ」「解禁がもたらす政治的革
新への懐疑」、「整合性への疑義」を意味している。
	
  そもそも、ネット選挙の解禁は何のために行われたのだろうか。日本におけるネット選挙解
禁の議論は、控えめに表現しても、根拠に乏しい議論に終止することになった。選挙制度の大
きく異なった海外事例が持ちだされ、ビジネス分野におけるネットのインパクトが過度に強調
された2。
	
  たとえば、選挙運動の手段に対する規制の少ないアメリカでは、ネット選挙解禁の時期を特
定することは難しい。したがって、本来は投票率等への直接的な影響の参考にすることは困難
であった。韓国におけるネット選挙解禁は日本でも話題になったが、やはり投票率への顕著な
影響は見出すことができなかった。韓国の投票率は、民主化直後の 1980 年代後半から、ダウン
トレンドにあったのである。
	
  よく知られているように、日本のメディア環境は、世界的に見ても特殊な状況にある。系列
化されたテレビ放送網によって、世帯視聴率 1%で、数十万人が同時視聴体験をもつことになる。
報道番組の視聴率はそれほど高くなく、10%前後のことが多いが、それでも数百万人規模の同
時視聴体験を生み出している。
	
  戸別宅配が中心の新聞への期待も高い。発行部数の減少が話題になっているが、それでも 1000
万部近い発行部数を誇る読売新聞を筆頭に、100 万部近い発行部数を誇る地方紙まで、世界的に
見ても、他に類を見ない発行部数の新聞がひしめき合っている。
	
  数万〜数十万の閲覧数があると、ネットメディアでは大ヒットと言われるから、やはりマス
メディアの規模が違う。視聴規模のみならず、メディアへの信頼も、従来型のメディアの独占
している。
2解禁の可否を巡る議論が行われていた、衆議院の「政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員
会」の議事録は、その様子を象徴している。本来、解禁範囲が広がったほうが仕事の裁量が増えるネット
選挙プランナーが整合性への疑問を表明し、大学に籍をもつ有識者が「ネットの可能性」を強調している。
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「情報社会の政策形成―情報のマネジメントと情報発信」
3
	
  いずれ、人口動態の変化やメディアのパワーバランスで変化するだろうが、少なくとも現状
の日本のメディア環境を念頭に置くならば、それらを踏まえた理念と目的が必要だったのでは
ないか。このような状況をして、筆者は日本のネット選挙解禁を「理念なき解禁」と呼んでい
る。
	
  むろん、日本の法改正の大半は、法の目的ではなく、テクニカルな変更が大半である。だが、
重大事項に関してはその限りではない3。
	
  選挙は民主主義の根幹を成すという認識のもとで、その他の文書図画については、利活用可
能な手法と数量を列挙した制限列挙形式を採用するにもかかわらず、ネットについては広範な
裁量の余地を認めという大胆な変更となるわけだから、根本的な目的や理念のあり方について
考慮するべきだったのではないだろうか。
	
  紙幅の問題もあり、十分な検討を行うことはできないが、そもそもネット選挙導入について
の、積極的な理念の不在は、公選法のみの単独での改正を促した。たとえば、アメリカの大統
領選に見られたような、メディアを横断したダイナミックはキャンペーン手法や草の根献金の
掘り起こしを日本に導入したいのであれば、少なくとも公選法の文書図画規制全般の見直しが
必須だったと思われる。本質的には不偏不党を強く要求する放送法と、政治家個人への寄附を
強く規制した政治資金規正法もあわせた見直しが必要となったはずだが、そのような議論は行
われないままであった4。
	
  第 2 の特徴である「既存勢力主導の解禁」について言及する。
	
  インターネット・サービスと、それを支えてきたクリエイターには、反体制と反権力が根強
く残っている。現在でも、しばしば 1970 年代のカリフォルニアン・イデオロギーや、テクノク
ラートとしての「スーツ」/オタクとしての「ギーク」という対比は、現在でもインターネッ
トの文化史として参照されている。ネット・ビジネスの成功譚においても、ガレージから生ま
れた新興企業が、巨大なビッグビジネスと既得権益を、技術とアイディアで打倒する「革命の
物語」が好まれている。
	
  政治も例外ではない。発祥の地アメリカでも、2000 年代を通して、ハワード・ディーン、ア
ル・ゴアといった当時野党の民主党候補がネットを使ったキャンペーンに積極的に取り組んで
きた。オバマの 2 度の大統領選挙においても、「Yes, We Can.」という国民統合の理念とともに、
新しいキャンペーン手法は脚光を浴びた。これらは日本でも、未だにエポックな出来事として
記憶されている。
	
  ただし、「革命の物語」は、ときに根拠を欠いた幻想であり、人々の願望を投影した神話でも
3 たとえば 1999 年の中小企業基本法の改正は、従来の少数の大企業と多数の中小企業という「二重構造」
の是正から、選択と集中を通じた競争力強化へと舵を切った。
4 現在、政治のクラウドファンディングを提供する事業者(と利用する政治家)は、当該事業が寄附では
なく、対価を提供する購入であると説明していることが多い。
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「情報社会の政策形成―情報のマネジメントと情報発信」
4
ある。日本の政治環境において、ネット選挙とその解禁はどのような位置づけにあるのだろう
か。
	
  そもそも選挙制度の変更は、現職議員にとっては、あまり喜ばしい事態ではない。選挙制度
の変更は、選挙環境と選挙力学を変容させかねない。現職議員は定義上、選挙に勝利した経験
をもつが、その経験や手法が活用できなくなってしまいかねないからだ。
	
  かくして、一票の格差の違憲判決に基づく区割りの変更案もそうだが、選挙制度の変更は、
往々にして遅々として進まないということになりがちだ。したがって、選挙制度の変更は一般
に野党が要求することが多いし、ネット選挙についても 2000 年代を通して、民主党が根強く主
張してきたという経緯もある。
	
  ところが、冒頭に記したように、ネット選挙解禁は、自民党推進派を中心に議論が一気に進
んだ。これはやはり、自民党が、ネットを用いた共感の獲得と(とくに緩やかな)支持層拡大、
将来の投票行動への影響力拡大について、入念に準備してきたことに起因しているといわざる
をえない。
	
  2000 年代前半に、日本の政治で、マーケティング手法が積極的に導入され、政治分野での利
活用は著しく進化を遂げた。その様子や経緯は、世耕弘成らの当事者も著書で詳しく記してい
る。
	
  この時期、与野党で切磋琢磨が生じていた。当時は、ネット選挙は認められていなかったの
でネットの利活用については限定的であったが、自民党も、民主党も、広告代理店や PR 会社、
IT 系企業と交流しながら、調査分析やキャンペーンの手法を開発していった5。
	
  明暗が別れる起点となったのは、2005 年の衆議院選挙であった。俗に、「郵政選挙」と呼ばれ、
当時の小泉首相が解散を押し切った選挙であった。民主党は、この選挙の大敗をきっかけに、
PR 会社との契約を解除した。自民党には成功体験として、民主党には苦い記憶として、政治マ
ーケティングは刻まれた。
	
  その後、自民党と民主党、両者の広報戦略は明暗を分けた。前者では、政治マーケティング
を主導した世耕弘成は次々と要職を経験していった。政党内部でも、ガバナンスと調査研究、
人材育成に継続的に注力した。後者には、その余裕はなかった。
	
  2009 年の政権交代でもこうした構図は変わらなかった。野党に転じてからも自民党は、ネッ
ト選挙も本格的に大勝としつつ、着実に研究を進めていった。
	
  「自民党ネットサポーターズクラブ」(以下、「J-NSC」と表記)は、その代表的な事例であ
5 当時の民主党の「年金選挙」や「マニフェスト選挙」といった議題設定や広告の印象設計には、広告代
理店や PR 会社が深く関係していた。それらについて、詳しくは、拙著『ネット選挙とデジタル・デモク
ラシー』等参照のこと。
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「情報社会の政策形成―情報のマネジメントと情報発信」
5
る6。会員登録の画面には、次のように記されていることからも、従来の自民党支持層を越えて、
直接的な投票行動だけではなく、ゆるやかな支持と共感の拡大を企図している。
『J-NSC(自民党ネットサポーターズクラブ)』は、自民党公認のボランティアサポート組
織です。自民党を熱烈に応援する人だけでなく、他に日本を託せるところがないからとい
う人、自民党の議員個人を応援する人、日本の未来に不安を感じている人など、「何か行動
しなきゃ!」と思っている人のための組織です。夢と希望と誇りの持てる私たちの「日本」
をともに創り上げたい!という方のご登録をお待ちしてます。7
「【J-NSC ニュース】祝!1 万人	
  J-NSC 総会開催のお知らせ」という動画が動画共有サイトに
アップされていることからもわかるが、多くの会員の獲得に結びつけた様子が伺える8。
	
  党内にも、「自民党ネットメディア局」という組織を設け、広告代理店、PR 会社、IT 各社の
協力のもとで、ネット選挙を有利に活用する方法を模索していった。
	
  ソーシャルメディアの活用や、動画共有サイトを通じた情報発信にも、組織として積極的だ
った。
	
  そして、迎えたのが冒頭にも言及した 2012年の衆院選であった。自民党の最後の応援演説は、
ネットとサブカルチャーの日本の聖地、秋葉原で行われた。その様子は、有権者の意識せざる
「ネット選挙」を通じて、どのメディアよりも早くネットに流れることになった。
	
  ネット選挙は解禁されていなかったが、そもそも多くの有権者は公選法とその規制を理解し
てなかった。そのため、彼らは、突如秋葉原に出現したこの様子を、文書で、写真で、次々に
ネットにアップしたのである。
	
  反対に、2000 年代を通じて、ネット選挙を主導したはずの民主党は、積極的なネット選挙の
構想も、戦略も採用できなかった。初めての与党経験と、2011 年 3 月 11 日に日本列島を襲っ
た東日本大震災の復興、そしてその後のねじれ国会といった政治的混乱の対応で手一杯で、中
長期の戦略を構想できなかったように見える。その後の 2013 年の参院選などでも、自民党が主
導するネット選挙が観察できている9。
	
  日本のネット選挙は既存勢力が主導する解禁となった。結果として、鳴り物入りで導入され
6 http://www.j-nsc.jp/
7 https://sub.jimin.jp/jnsc/ より引用。
8 https://www.youtube.com/watch?v=m89PGWgnhFY
9 自民党の河野太郎議員は、筆者も登壇した 2014 年 5 月 30 日の「『政治分野におけるソーシャルメディ
ア戦略』~Facebook を活用した政治コミュニケーションについて~」というパネルディスカッションにお
いて、選挙運動期間の短い日本ではネット選挙も、新人候補よりも現役議員の支持拡大に有利であり、そ
のような状況の継続は日本の民主主義にとって危機的であると言及した。同パネルディスカッションの詳
細については、下記参照のこと(http://www.dhw.co.jp/pr/release/2014/05/09.html)。
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たネット選挙だが、2014 年の現在に至るまで、単体での投票結果への顕著な影響を見出すこと
はできないままであった。
	
  3 点目の課題として、「競合する『均質な公平性』と『漸進的改良主義』」について述べてみた
い。ネット選挙の解禁は、インターネットの影響のみを念頭に置いた検討が進められてきた。
	
  しかしながら、現実には、有権者は【複合的なメディア環境を生きている】【傍点をお願いし
ます】。(投票)行動の選択に直面した有権者は、ひとつの媒体ではなく、複数のメディアを参
照して、意思決定を行っている。あるいは、情報に接触しても、否定も肯定もせず、看過して
いることさえある。
	
  このような認識に基づくと、まず第 1 に、広告費の観点でいうと、現在ではテレビに次ぐ影
響力を有する存在となったネットの選挙運動への利活用を認めながら、従来の文書図画規制は
そのままにしておくのか、という疑問が生じることになる。
	
  参院戦の場合、比例区には、葉書 15 万枚、ビラ 25 万枚という制限がある。それに対して、
ネットからの情報発信量には、制限がない。その他の文書図画についても、細目に至るまで厳
しく量的制約が存在する。
	
  公選法の従来の文書図画に対する規制を、各候補者がなるべく同じ道具立てで選挙戦を戦う
ように要請していると捉えると、ネット選挙については、広範な創意工夫と試行錯誤の裁量が
認められているといえる。ブログも、ネット動画も、各種ソーシャルメディアも、すべてがネ
ット選挙に含まれ、それらをどのように活用するかは候補者に委ねられているのだから。
	
  結果として、文書図画全般に量的制約をかけながら、ネット選挙の制約を少なくするという 2
つの異なったベクトルをもった規制が、選挙期間中に共存するという状況が生まれている。し
いえていえば、両者は競合して、どのような到達点を目指しているのかが、分かりにくくなっ
てしまっている。
	
  両者の差異が影響力ではなく、選挙に必要なコストの観点に基づくのだと仮定してみても、
やはり混乱しているという印象は免れない。
	
  ウェブサービスは単純な利用は無償であることも少なくないが、効果的な運用には専門知識
や技術が必要になってくる。現実に、政党は広告代理店や PR 会社を活用し、少なくない候補者
が選挙プランナーやネット選挙アドバイザーに頼っているからだ。
	
  ネット選挙解禁によって、従来の選挙運動の手段はそのままで、追加で新しいチャネルが増
えている。ネット選挙が政治活動全般に必要なコスト低減に直接的に効果をもたらしていない
ことは明らかである。
	
  2013 年参院選と 2014 年の東京都知事選、その他同時期に行われた地方選挙における、ネッ
ト選挙の結果は、すでに周知のとおりである。ネット選挙解禁から 1 年も経たないうちに、大
規模な選挙において、ネット選挙の対応を行うことは選挙の常識となった。選挙戦の冒頭と、
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最後のお願いは、演説よりも時間の制限が緩いネットを通して行われるようになった。
	
  しかし、投票率向上への顕著な影響は観察されず、ネットのみで選挙運動を行うことを宣言
した無名候補は尽く落選している。
	
  それらの無名候補は、三宅洋平候補を除くと、総じてネット選挙解禁以前に登場したネット
著名人や、ネットを駆使することを宣言した候補らと同様に、10 万票にも至らないものであっ
た10。
3. ネット選挙解禁の成果――衆人環視状況の変化とデータ・ジャーナリズムの促進
	
  それでは、ネット選挙解禁のポジティブな変化とはどのようなものであったのだろうか。定
量的にはネット選挙単体での投票行動への顕著な影響を見出しにくい。
	
  しかし、有権者が実際に参照して投票行動に活かしたか否かというと即座に結論し難いが、
政党や政治家がネットを使った情報発信を積極的に行うようになったことは事実である。この
ことの定性的な側面について考えてみたい。
	
  筆者は、ネット選挙は、中長期で、政治に対する衆人環視状況とジャーナリズムの変化を促
進するものではないかと考えている。ただし、従来型メディアをも新たに取り込もうとする政
治マーケティングの意図との諸刃の剣でもある。
	
  ネット選挙解禁によって、政党と政治家、候補者たちの情報発信は増加した。ネット選挙の
投票行動への影響は未知数だったとしても、利用するほうが合理的である。日本の選挙制度で
は選挙運動の手法は厳しく制限されているから、効果が自明でなかったとしても、利用しない
手はないからだ。
	
  その意味において、候補者と政党が、ネット選挙のポテンシャルを引き出す動機付けをもっ
とも強く有している。マスメディアが政治家のネット上の発言にも関心を持ち始め、有権者も
ネットで政治家と直接向き合う、新しい衆人環視状況は、政治的動員にとっては、好機でもあ
り、脅威でもある。
	
  有権者はともすれば、政治に対して無関心になりがちである。これはある意味では、政治の
側からすれば、好都合でもある。それぞれの政治サイドの観点に立ってみると、自分たちにと
っての主要な支持層だけが、自陣営を支持するかたちで投票にいくよう設計していくことが、
少なくとも特定の選挙戦を戦ううえでは、合理的だからである。
	
  かくして、政治と有権者一般の利害関係は、必ずしも合致しないという状況が生まれること
になる。このような状況は、十分な参加者と完全情報、十分な熟議といった古典的な民主主義
10 その意味において、マスコミ著名人ではなく、地上戦とネット選挙を組み合わせて、17 万票を通じた三
宅洋平候補のアプローチは、極めて興味深いものといえる。三宅候補については、下記の拙論文等参照の
こと(西田亮介,2013,「『ハーメルンの笛吹』は若者を動員するのか、それとも民主主義の危機か――2013
年、ネット選挙解禁の裏側で」『春秋』552: 7-10.)
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観からすると、望ましいものとはいえない。
	
  両者を適切に媒介する回路が必要である。それだけではない。ネットの情報は断片的で、全
体像が把握しにくいという特性をもつ。適切に有権者が、ネット選挙で起きている言説を理解
し、その意味を把握する補助線も必要になってくるだろう。適切な補助線なしに、政治に関す
る情報量のみが増大した場合、個人の情報処理量には限界があるので、オーバーフローや、そ
れにともなったアノミー(混乱)を生じさせかねない。
	
  そして、このような補助線を提供する役割は、現状では、世論形成にひときわ強い影響力を
もったマスコミが担うべき存在のように思われる。むろん本来は、新興メディアに、その役割
を期待したいが、日本のネットメディアの影響力の相対的な小ささと、受け手にネットの情報
を信頼するための規範形成が十分に行われていない以上、短期的には、日本ではマスメディア
に期待したほうが合理的だろう。
	
  実際、マスコミ各社は、2012 年の衆院選の時期以後、ネット上の言説を分析して、有権者の
関心の動向や各候補者の言説の分析などを行うようになった。朝日新聞社が 2012 年に実施した
「ビリオメディア」企画が先鞭をつけた。ネットと紙面の双方で、バブルチャートなど、新し
い視覚化の技術を用いながら、ソーシャルメディア上の言説を読解しようとした。
	
  ジャーナリズムの取材活動に、データ分析や、ダイナミックな可視化技法を導入する「デー
タ・ジャーナリズム」の実践例といえる。
	
  筆者が密接に関わっているものとしては、毎日新聞社との 2013 年参院選と、2014 年の東京
都知事選挙のネット選挙に関する共同研究がある。毎日新聞社の取組みの詳細は、現在もネッ
トにアップされているので、ここでは詳細を割愛するが、1.) 各候補者の全量ツイートの分析、
2.) Twitter ユーザーの発言動向の分析、3.) 毎日新聞社が提供するボートマッチ・サービス「え
らぼーと」との比較、4.) それらの結果と世論調査等との比較、5.)記者の取材情報との比較(2014
年東京都知事選挙のみ)などを行った11。
	
  これらはただ分析を行っただけではなく、その結果を選挙運動期間中に、紙面とネットの双
方で公開した。現在は、デジタル報道センターとともに共同研究を継続している。
	
  これらの分析から、ネット選挙では一見原発関連の書き込みが顕著に目立つものの、RT を除
外し、ユニークユーザー数に注目していくと、量的には子育てや社会保障の書き込みを行って
いたユーザー数とそれほど違いはなかったことや、候補者の書き込みには、ネット選挙でも応
援演説の場所と思しき地名や時刻の書き込みが多く政策的な書き込みには乏しかったことを明
らかにした。
11 「2013 参院選:参院選期間中のツイッター分析 - 毎日jp(毎日新聞) 」
(http://senkyo.mainichi.jp/2013san/analyze/20130731.html)
「本紙・立命館大共同研究:本紙・立命館大共同研究	
  政治対話、ネットでも - 毎日新聞」
(http://senkyo.mainichi.jp/news/20140215org00m010001000c.html)
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  2014 年の東京都知事選では、候補者の情報発信をフォロワーの数や双方向のやり取りなど多
様な視点で分析すると、その利活用方法には差異があることが明らかになった。また過去の世
論調査における地域ごとの政策観と応援演説の場所を重ねあわせて、候補者の選挙戦術を読み
解こうとした。
	
  体制やコスト、意思決定など、さまざまな課題や改善の余地も明らかになったが、成果もあ
った。政治のネット上の情報発信には、前述したように、必ずしも有権者一般の利益とは合致
しない政治的意図がある。それらを読み解きながら、普段ネットをそれほど詳しくみない有権
者にも、その動向や言説を紹介していくことに貢献したと思われる。2013 年参院選のネット選
挙取材班は、毎日新聞社の社長賞を受賞するなど、毎日新聞社は、ネット選挙の報道にさらに
注力していく姿勢を内外に示した。
	
  ネット選挙報道について、注意すべき点もある。最近、しばしば聞かれるのが、「ネットで有
権者の発言を分析するソーシャル・リスニングは、世論調査を代替するか」という質問である。
筆者の考えでは、両者は異なった性質をもった調査である。
	
  新聞各社の世論調査は、一般に認識されているよりも、多くのコストを払って行われている。
性別や年齢の補正など、統計的な補正も行われている。現状では、世論調査は、相対的にもっ
とも優れた統計的に頑健な政策観を問う調査だといわざるをえない。それに対して、ネット選
挙の分析は、ネットユーザー一般を対象にしたものは、統計的な補正を行うことも難しい。質
問を投げかけているわけでもない。
	
  次のように言い換えることもできる。世論調査は、ある一時点における、統計的に頑健な政
策観を、被対象者に調査を意識させている。一方で、ネット選挙報道は、調査期間の、大まか
な政治観とそのダイナミックな変遷の軌跡を、対象者に調査の存在を意識させずに実施してい
る。
	
  「社会」という対象を、異なった視点で捉えていると考えるべきであろう。そして、これら
は一社によって提供されるのではなく、多様な主体やその連携体によって、多様なかたちで提
供されていくことが望ましいように思われる。マスメディアが、小規模な分析チームや新興メ
ディアとコラボレーションするといったかたちがありうるはずだ。
	
  危惧すべきは、当該分野におけるマスメディアの意識の低さと、新しい報道技術の開発が、
政治マーケティングの高度化に比べて圧倒的に遅れていることである。
	
  もっとも選挙に敏感な、政治家と政党のなかでも自民党とその現職議員らはこの分野で、圧
倒的なプレゼンスを獲得している。他党の取り組みにも、共産党の「カクサン部」などユニー
クなものはあるが、ノウハウの蓄積、ガバナンスの工夫、連続性などの点で、自民党が抜きん
出ている。それに対して、報道するジャーナリズムの工夫は、毎日新聞社や朝日新聞社の先駆
的な取り組みを含めて、とても追いついているとはいえない。
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10
	
  筆者の認識では、データ・ジャーナリズムも政治マーケティングも、分析技術として、さほ
ど高度なものではない。コンテンツとして反映できない阻害要因は、伝統的な紙面設計プロセ
スや価値観といったガバナンスに由来している。技術それ自体を理解する必要はないが、いわ
ゆるデスク担当者がネット報道や政策マーケティングの意味を理解して、新しい報道価値を創
出することが期待されている。
	
  もう一点は、新聞社のデータ・ジャーナリズムに特化していうと、自社の強みを認識すべき
ということである。単純なデータ分析なら、重要なデータや分析技術を持っている IT 系企業の
ほうが圧倒的に強い。新聞社の強みは、記者の取材力と世論調査、これまでの経験値にこそあ
る。これらを、ネット選挙をはじめデータ・ジャーナリズムに、どのように活かしていくかと
いう視点は、複合メディアの時代を生存するために必要ではないだろうか。
	
  筆者は、自民党が悪意をもっているといったような陰謀論に与するものではない。しかしシ
ュンペーター的な民主主義観を敷衍していうならば、政治マーケティングとデータ・ジャーナ
リズムは切磋琢磨していくべきであると考えている。政治マーケティングはさらにその内部で
競争があったほうが健全であり、データ・ジャーナリズムについても同様だ。
	
  ネット選挙解禁は、おそらくはネット発の数多の新奇な出来事にとどまらず、将来的には情
報技術と政治、そしてジャーナリズム、有権者の力学に変容をもたらす契機を迫るものである。
良かれ悪しかれ大規模な国政選挙が一息ついた 2014 年のうちに、その意味を考え直すべきでは
ないか。
■	
  参考文献
世耕弘成,2005,『プロフェッショナル広報戦略』ゴマブックス.
西田亮介,2013,『ネット選挙 解禁がもたらす日本社会の変容』東洋経済新報社.
西田亮介,2013,『ネット選挙とデジタル・デモクラシー』NHK 出版.
湯淺墾道,2013,「インターネット選挙運動の解禁に関する諸問題」『情報セキュリティ総合科
学』5, 44-51.

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  • 1. 日本公共政策学会 2014 年度 第 18 回研究大会@高崎経済大学 6 月 8 日自由公募パネル 「情報社会の政策形成―情報のマネジメントと情報発信」 1 ネット選挙運動解禁の成果と課題 ――競合する「動員」と「透明化」 西田亮介 立命館大学大学院先端総合学術研究科特別招聘准教授 ryosukenishida@gmail.com 日本公共政策学会 2014 年度 第 18 回研究大会@高崎経済大学 1. はじめに 2013 年 4 月の公職選挙法の改正によって、日本でも選挙運動にインターネットを活用するこ とができるようになった。いわゆる「ネット選挙」の解禁である1。 ネット選挙の起源を、1996 年の当時の新党さきがけによる旧自治省への利活用の可否の問い 合わせに見出すならば、実に 20 年越しの実現であった。 ネット選挙解禁は、長らく民主党をはじめとする野党が主張してきた政策だった。実際、2010 年には鳩山内閣のもとで、与野党合意にまで到達した。だが、基地問題に由来する突然の辞職 を経て、民主党は従来の主張を棚上げし、実現には至らなかった。 その後、2012 年の衆院選直前に、当時の安倍自民党総裁がネット選挙解禁を推進することを 明言した。選挙制度の改正は、選挙力学の変更を伴うので、現職議員はしばしば消極的になる。 自民党の積極的な姿勢は、事前に十分な圧勝が予想されていたことに加えて、少なくとも主導 した執行部は、ネット選挙でも十分な「勝算」を見込んでいたためであった。 自民党は 2012 年の衆院選に大勝し、再び与党に返り咲いた。年が明け、2013 年に入ると、 ネット選挙解禁の議論は急加速した。事前の宣言通り、自民党執行部は、解禁に向けた議論を 本格化させていったからだ。 十全な準備をし、勝算を見込んでいた自民党の推進派は、地方議員や参議院議員からの懸念 や反対を押し切って、大胆な解禁案を提案した。 野党各党には、衆院選の敗北の跡が深く刻み込まれていた。ネット選挙について、十分な議 論や対応をする余裕はなかった。またその準備もできていたなかった。自民党推進派の議論に 追従して、なし崩しで全面解禁案を打ち出すほかなかった。 こうしてようやく公選法改正は実現した。電子メールや、有料広告の活用などに制限を残し ていた。これらは、利用実態との齟齬や、有権者よりも、政党の活用範囲が広いことの是非と いったさまざまな課題を残していた。 1 本来、電子投票を目的としておらず、ウェブサイト等を用いて、選挙運動が可能になったわけであるか ら、本来「インターネット選挙運動」等と表記するのが適切である。だが、すでに「ネット選挙」という 表記が一般化しているため、以下「ネット選挙」の表現を用いる。
  • 2. 日本公共政策学会 2014 年度 第 18 回研究大会@高崎経済大学 6 月 8 日自由公募パネル 「情報社会の政策形成―情報のマネジメントと情報発信」 2 それでも、2014 年7月の参院選から、本格的にネット選挙を活用する目処がついた。日本で も、公式に情報技術と政治が対峙することになった。あまりに急な解禁であったから、「対峙せ ざるをえなくなった」というのが、政治のみならず報道するメディア、広告代理店や PR 会社な ど、多くの関係者にとっての本音だったのではないか。 2. 日本におけるネット選挙の特徴と課題――「理念なき解禁」と「既存勢力主導の解禁」、「競 合する『均質な公平性』と『漸進的改良主義』」 日本におけるネット選挙の特徴と課題とは、どのようなものであったのだろうか。 以下において、「理念なき解禁」と「既存勢力主導の解禁」、「競合する『均質な公平性』と『漸 進的改良主義』」という 3 点を指摘する。それぞれ「目的の曖昧さ」「解禁がもたらす政治的革 新への懐疑」、「整合性への疑義」を意味している。 そもそも、ネット選挙の解禁は何のために行われたのだろうか。日本におけるネット選挙解 禁の議論は、控えめに表現しても、根拠に乏しい議論に終止することになった。選挙制度の大 きく異なった海外事例が持ちだされ、ビジネス分野におけるネットのインパクトが過度に強調 された2。 たとえば、選挙運動の手段に対する規制の少ないアメリカでは、ネット選挙解禁の時期を特 定することは難しい。したがって、本来は投票率等への直接的な影響の参考にすることは困難 であった。韓国におけるネット選挙解禁は日本でも話題になったが、やはり投票率への顕著な 影響は見出すことができなかった。韓国の投票率は、民主化直後の 1980 年代後半から、ダウン トレンドにあったのである。 よく知られているように、日本のメディア環境は、世界的に見ても特殊な状況にある。系列 化されたテレビ放送網によって、世帯視聴率 1%で、数十万人が同時視聴体験をもつことになる。 報道番組の視聴率はそれほど高くなく、10%前後のことが多いが、それでも数百万人規模の同 時視聴体験を生み出している。 戸別宅配が中心の新聞への期待も高い。発行部数の減少が話題になっているが、それでも 1000 万部近い発行部数を誇る読売新聞を筆頭に、100 万部近い発行部数を誇る地方紙まで、世界的に 見ても、他に類を見ない発行部数の新聞がひしめき合っている。 数万〜数十万の閲覧数があると、ネットメディアでは大ヒットと言われるから、やはりマス メディアの規模が違う。視聴規模のみならず、メディアへの信頼も、従来型のメディアの独占 している。 2解禁の可否を巡る議論が行われていた、衆議院の「政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員 会」の議事録は、その様子を象徴している。本来、解禁範囲が広がったほうが仕事の裁量が増えるネット 選挙プランナーが整合性への疑問を表明し、大学に籍をもつ有識者が「ネットの可能性」を強調している。
  • 3. 日本公共政策学会 2014 年度 第 18 回研究大会@高崎経済大学 6 月 8 日自由公募パネル 「情報社会の政策形成―情報のマネジメントと情報発信」 3 いずれ、人口動態の変化やメディアのパワーバランスで変化するだろうが、少なくとも現状 の日本のメディア環境を念頭に置くならば、それらを踏まえた理念と目的が必要だったのでは ないか。このような状況をして、筆者は日本のネット選挙解禁を「理念なき解禁」と呼んでい る。 むろん、日本の法改正の大半は、法の目的ではなく、テクニカルな変更が大半である。だが、 重大事項に関してはその限りではない3。 選挙は民主主義の根幹を成すという認識のもとで、その他の文書図画については、利活用可 能な手法と数量を列挙した制限列挙形式を採用するにもかかわらず、ネットについては広範な 裁量の余地を認めという大胆な変更となるわけだから、根本的な目的や理念のあり方について 考慮するべきだったのではないだろうか。 紙幅の問題もあり、十分な検討を行うことはできないが、そもそもネット選挙導入について の、積極的な理念の不在は、公選法のみの単独での改正を促した。たとえば、アメリカの大統 領選に見られたような、メディアを横断したダイナミックはキャンペーン手法や草の根献金の 掘り起こしを日本に導入したいのであれば、少なくとも公選法の文書図画規制全般の見直しが 必須だったと思われる。本質的には不偏不党を強く要求する放送法と、政治家個人への寄附を 強く規制した政治資金規正法もあわせた見直しが必要となったはずだが、そのような議論は行 われないままであった4。 第 2 の特徴である「既存勢力主導の解禁」について言及する。 インターネット・サービスと、それを支えてきたクリエイターには、反体制と反権力が根強 く残っている。現在でも、しばしば 1970 年代のカリフォルニアン・イデオロギーや、テクノク ラートとしての「スーツ」/オタクとしての「ギーク」という対比は、現在でもインターネッ トの文化史として参照されている。ネット・ビジネスの成功譚においても、ガレージから生ま れた新興企業が、巨大なビッグビジネスと既得権益を、技術とアイディアで打倒する「革命の 物語」が好まれている。 政治も例外ではない。発祥の地アメリカでも、2000 年代を通して、ハワード・ディーン、ア ル・ゴアといった当時野党の民主党候補がネットを使ったキャンペーンに積極的に取り組んで きた。オバマの 2 度の大統領選挙においても、「Yes, We Can.」という国民統合の理念とともに、 新しいキャンペーン手法は脚光を浴びた。これらは日本でも、未だにエポックな出来事として 記憶されている。 ただし、「革命の物語」は、ときに根拠を欠いた幻想であり、人々の願望を投影した神話でも 3 たとえば 1999 年の中小企業基本法の改正は、従来の少数の大企業と多数の中小企業という「二重構造」 の是正から、選択と集中を通じた競争力強化へと舵を切った。 4 現在、政治のクラウドファンディングを提供する事業者(と利用する政治家)は、当該事業が寄附では なく、対価を提供する購入であると説明していることが多い。
  • 4. 日本公共政策学会 2014 年度 第 18 回研究大会@高崎経済大学 6 月 8 日自由公募パネル 「情報社会の政策形成―情報のマネジメントと情報発信」 4 ある。日本の政治環境において、ネット選挙とその解禁はどのような位置づけにあるのだろう か。 そもそも選挙制度の変更は、現職議員にとっては、あまり喜ばしい事態ではない。選挙制度 の変更は、選挙環境と選挙力学を変容させかねない。現職議員は定義上、選挙に勝利した経験 をもつが、その経験や手法が活用できなくなってしまいかねないからだ。 かくして、一票の格差の違憲判決に基づく区割りの変更案もそうだが、選挙制度の変更は、 往々にして遅々として進まないということになりがちだ。したがって、選挙制度の変更は一般 に野党が要求することが多いし、ネット選挙についても 2000 年代を通して、民主党が根強く主 張してきたという経緯もある。 ところが、冒頭に記したように、ネット選挙解禁は、自民党推進派を中心に議論が一気に進 んだ。これはやはり、自民党が、ネットを用いた共感の獲得と(とくに緩やかな)支持層拡大、 将来の投票行動への影響力拡大について、入念に準備してきたことに起因しているといわざる をえない。 2000 年代前半に、日本の政治で、マーケティング手法が積極的に導入され、政治分野での利 活用は著しく進化を遂げた。その様子や経緯は、世耕弘成らの当事者も著書で詳しく記してい る。 この時期、与野党で切磋琢磨が生じていた。当時は、ネット選挙は認められていなかったの でネットの利活用については限定的であったが、自民党も、民主党も、広告代理店や PR 会社、 IT 系企業と交流しながら、調査分析やキャンペーンの手法を開発していった5。 明暗が別れる起点となったのは、2005 年の衆議院選挙であった。俗に、「郵政選挙」と呼ばれ、 当時の小泉首相が解散を押し切った選挙であった。民主党は、この選挙の大敗をきっかけに、 PR 会社との契約を解除した。自民党には成功体験として、民主党には苦い記憶として、政治マ ーケティングは刻まれた。 その後、自民党と民主党、両者の広報戦略は明暗を分けた。前者では、政治マーケティング を主導した世耕弘成は次々と要職を経験していった。政党内部でも、ガバナンスと調査研究、 人材育成に継続的に注力した。後者には、その余裕はなかった。 2009 年の政権交代でもこうした構図は変わらなかった。野党に転じてからも自民党は、ネッ ト選挙も本格的に大勝としつつ、着実に研究を進めていった。 「自民党ネットサポーターズクラブ」(以下、「J-NSC」と表記)は、その代表的な事例であ 5 当時の民主党の「年金選挙」や「マニフェスト選挙」といった議題設定や広告の印象設計には、広告代 理店や PR 会社が深く関係していた。それらについて、詳しくは、拙著『ネット選挙とデジタル・デモク ラシー』等参照のこと。
  • 5. 日本公共政策学会 2014 年度 第 18 回研究大会@高崎経済大学 6 月 8 日自由公募パネル 「情報社会の政策形成―情報のマネジメントと情報発信」 5 る6。会員登録の画面には、次のように記されていることからも、従来の自民党支持層を越えて、 直接的な投票行動だけではなく、ゆるやかな支持と共感の拡大を企図している。 『J-NSC(自民党ネットサポーターズクラブ)』は、自民党公認のボランティアサポート組 織です。自民党を熱烈に応援する人だけでなく、他に日本を託せるところがないからとい う人、自民党の議員個人を応援する人、日本の未来に不安を感じている人など、「何か行動 しなきゃ!」と思っている人のための組織です。夢と希望と誇りの持てる私たちの「日本」 をともに創り上げたい!という方のご登録をお待ちしてます。7 「【J-NSC ニュース】祝!1 万人 J-NSC 総会開催のお知らせ」という動画が動画共有サイトに アップされていることからもわかるが、多くの会員の獲得に結びつけた様子が伺える8。 党内にも、「自民党ネットメディア局」という組織を設け、広告代理店、PR 会社、IT 各社の 協力のもとで、ネット選挙を有利に活用する方法を模索していった。 ソーシャルメディアの活用や、動画共有サイトを通じた情報発信にも、組織として積極的だ った。 そして、迎えたのが冒頭にも言及した 2012年の衆院選であった。自民党の最後の応援演説は、 ネットとサブカルチャーの日本の聖地、秋葉原で行われた。その様子は、有権者の意識せざる 「ネット選挙」を通じて、どのメディアよりも早くネットに流れることになった。 ネット選挙は解禁されていなかったが、そもそも多くの有権者は公選法とその規制を理解し てなかった。そのため、彼らは、突如秋葉原に出現したこの様子を、文書で、写真で、次々に ネットにアップしたのである。 反対に、2000 年代を通じて、ネット選挙を主導したはずの民主党は、積極的なネット選挙の 構想も、戦略も採用できなかった。初めての与党経験と、2011 年 3 月 11 日に日本列島を襲っ た東日本大震災の復興、そしてその後のねじれ国会といった政治的混乱の対応で手一杯で、中 長期の戦略を構想できなかったように見える。その後の 2013 年の参院選などでも、自民党が主 導するネット選挙が観察できている9。 日本のネット選挙は既存勢力が主導する解禁となった。結果として、鳴り物入りで導入され 6 http://www.j-nsc.jp/ 7 https://sub.jimin.jp/jnsc/ より引用。 8 https://www.youtube.com/watch?v=m89PGWgnhFY 9 自民党の河野太郎議員は、筆者も登壇した 2014 年 5 月 30 日の「『政治分野におけるソーシャルメディ ア戦略』~Facebook を活用した政治コミュニケーションについて~」というパネルディスカッションにお いて、選挙運動期間の短い日本ではネット選挙も、新人候補よりも現役議員の支持拡大に有利であり、そ のような状況の継続は日本の民主主義にとって危機的であると言及した。同パネルディスカッションの詳 細については、下記参照のこと(http://www.dhw.co.jp/pr/release/2014/05/09.html)。
  • 6. 日本公共政策学会 2014 年度 第 18 回研究大会@高崎経済大学 6 月 8 日自由公募パネル 「情報社会の政策形成―情報のマネジメントと情報発信」 6 たネット選挙だが、2014 年の現在に至るまで、単体での投票結果への顕著な影響を見出すこと はできないままであった。 3 点目の課題として、「競合する『均質な公平性』と『漸進的改良主義』」について述べてみた い。ネット選挙の解禁は、インターネットの影響のみを念頭に置いた検討が進められてきた。 しかしながら、現実には、有権者は【複合的なメディア環境を生きている】【傍点をお願いし ます】。(投票)行動の選択に直面した有権者は、ひとつの媒体ではなく、複数のメディアを参 照して、意思決定を行っている。あるいは、情報に接触しても、否定も肯定もせず、看過して いることさえある。 このような認識に基づくと、まず第 1 に、広告費の観点でいうと、現在ではテレビに次ぐ影 響力を有する存在となったネットの選挙運動への利活用を認めながら、従来の文書図画規制は そのままにしておくのか、という疑問が生じることになる。 参院戦の場合、比例区には、葉書 15 万枚、ビラ 25 万枚という制限がある。それに対して、 ネットからの情報発信量には、制限がない。その他の文書図画についても、細目に至るまで厳 しく量的制約が存在する。 公選法の従来の文書図画に対する規制を、各候補者がなるべく同じ道具立てで選挙戦を戦う ように要請していると捉えると、ネット選挙については、広範な創意工夫と試行錯誤の裁量が 認められているといえる。ブログも、ネット動画も、各種ソーシャルメディアも、すべてがネ ット選挙に含まれ、それらをどのように活用するかは候補者に委ねられているのだから。 結果として、文書図画全般に量的制約をかけながら、ネット選挙の制約を少なくするという 2 つの異なったベクトルをもった規制が、選挙期間中に共存するという状況が生まれている。し いえていえば、両者は競合して、どのような到達点を目指しているのかが、分かりにくくなっ てしまっている。 両者の差異が影響力ではなく、選挙に必要なコストの観点に基づくのだと仮定してみても、 やはり混乱しているという印象は免れない。 ウェブサービスは単純な利用は無償であることも少なくないが、効果的な運用には専門知識 や技術が必要になってくる。現実に、政党は広告代理店や PR 会社を活用し、少なくない候補者 が選挙プランナーやネット選挙アドバイザーに頼っているからだ。 ネット選挙解禁によって、従来の選挙運動の手段はそのままで、追加で新しいチャネルが増 えている。ネット選挙が政治活動全般に必要なコスト低減に直接的に効果をもたらしていない ことは明らかである。 2013 年参院選と 2014 年の東京都知事選、その他同時期に行われた地方選挙における、ネッ ト選挙の結果は、すでに周知のとおりである。ネット選挙解禁から 1 年も経たないうちに、大 規模な選挙において、ネット選挙の対応を行うことは選挙の常識となった。選挙戦の冒頭と、
  • 7. 日本公共政策学会 2014 年度 第 18 回研究大会@高崎経済大学 6 月 8 日自由公募パネル 「情報社会の政策形成―情報のマネジメントと情報発信」 7 最後のお願いは、演説よりも時間の制限が緩いネットを通して行われるようになった。 しかし、投票率向上への顕著な影響は観察されず、ネットのみで選挙運動を行うことを宣言 した無名候補は尽く落選している。 それらの無名候補は、三宅洋平候補を除くと、総じてネット選挙解禁以前に登場したネット 著名人や、ネットを駆使することを宣言した候補らと同様に、10 万票にも至らないものであっ た10。 3. ネット選挙解禁の成果――衆人環視状況の変化とデータ・ジャーナリズムの促進 それでは、ネット選挙解禁のポジティブな変化とはどのようなものであったのだろうか。定 量的にはネット選挙単体での投票行動への顕著な影響を見出しにくい。 しかし、有権者が実際に参照して投票行動に活かしたか否かというと即座に結論し難いが、 政党や政治家がネットを使った情報発信を積極的に行うようになったことは事実である。この ことの定性的な側面について考えてみたい。 筆者は、ネット選挙は、中長期で、政治に対する衆人環視状況とジャーナリズムの変化を促 進するものではないかと考えている。ただし、従来型メディアをも新たに取り込もうとする政 治マーケティングの意図との諸刃の剣でもある。 ネット選挙解禁によって、政党と政治家、候補者たちの情報発信は増加した。ネット選挙の 投票行動への影響は未知数だったとしても、利用するほうが合理的である。日本の選挙制度で は選挙運動の手法は厳しく制限されているから、効果が自明でなかったとしても、利用しない 手はないからだ。 その意味において、候補者と政党が、ネット選挙のポテンシャルを引き出す動機付けをもっ とも強く有している。マスメディアが政治家のネット上の発言にも関心を持ち始め、有権者も ネットで政治家と直接向き合う、新しい衆人環視状況は、政治的動員にとっては、好機でもあ り、脅威でもある。 有権者はともすれば、政治に対して無関心になりがちである。これはある意味では、政治の 側からすれば、好都合でもある。それぞれの政治サイドの観点に立ってみると、自分たちにと っての主要な支持層だけが、自陣営を支持するかたちで投票にいくよう設計していくことが、 少なくとも特定の選挙戦を戦ううえでは、合理的だからである。 かくして、政治と有権者一般の利害関係は、必ずしも合致しないという状況が生まれること になる。このような状況は、十分な参加者と完全情報、十分な熟議といった古典的な民主主義 10 その意味において、マスコミ著名人ではなく、地上戦とネット選挙を組み合わせて、17 万票を通じた三 宅洋平候補のアプローチは、極めて興味深いものといえる。三宅候補については、下記の拙論文等参照の こと(西田亮介,2013,「『ハーメルンの笛吹』は若者を動員するのか、それとも民主主義の危機か――2013 年、ネット選挙解禁の裏側で」『春秋』552: 7-10.)
  • 8. 日本公共政策学会 2014 年度 第 18 回研究大会@高崎経済大学 6 月 8 日自由公募パネル 「情報社会の政策形成―情報のマネジメントと情報発信」 8 観からすると、望ましいものとはいえない。 両者を適切に媒介する回路が必要である。それだけではない。ネットの情報は断片的で、全 体像が把握しにくいという特性をもつ。適切に有権者が、ネット選挙で起きている言説を理解 し、その意味を把握する補助線も必要になってくるだろう。適切な補助線なしに、政治に関す る情報量のみが増大した場合、個人の情報処理量には限界があるので、オーバーフローや、そ れにともなったアノミー(混乱)を生じさせかねない。 そして、このような補助線を提供する役割は、現状では、世論形成にひときわ強い影響力を もったマスコミが担うべき存在のように思われる。むろん本来は、新興メディアに、その役割 を期待したいが、日本のネットメディアの影響力の相対的な小ささと、受け手にネットの情報 を信頼するための規範形成が十分に行われていない以上、短期的には、日本ではマスメディア に期待したほうが合理的だろう。 実際、マスコミ各社は、2012 年の衆院選の時期以後、ネット上の言説を分析して、有権者の 関心の動向や各候補者の言説の分析などを行うようになった。朝日新聞社が 2012 年に実施した 「ビリオメディア」企画が先鞭をつけた。ネットと紙面の双方で、バブルチャートなど、新し い視覚化の技術を用いながら、ソーシャルメディア上の言説を読解しようとした。 ジャーナリズムの取材活動に、データ分析や、ダイナミックな可視化技法を導入する「デー タ・ジャーナリズム」の実践例といえる。 筆者が密接に関わっているものとしては、毎日新聞社との 2013 年参院選と、2014 年の東京 都知事選挙のネット選挙に関する共同研究がある。毎日新聞社の取組みの詳細は、現在もネッ トにアップされているので、ここでは詳細を割愛するが、1.) 各候補者の全量ツイートの分析、 2.) Twitter ユーザーの発言動向の分析、3.) 毎日新聞社が提供するボートマッチ・サービス「え らぼーと」との比較、4.) それらの結果と世論調査等との比較、5.)記者の取材情報との比較(2014 年東京都知事選挙のみ)などを行った11。 これらはただ分析を行っただけではなく、その結果を選挙運動期間中に、紙面とネットの双 方で公開した。現在は、デジタル報道センターとともに共同研究を継続している。 これらの分析から、ネット選挙では一見原発関連の書き込みが顕著に目立つものの、RT を除 外し、ユニークユーザー数に注目していくと、量的には子育てや社会保障の書き込みを行って いたユーザー数とそれほど違いはなかったことや、候補者の書き込みには、ネット選挙でも応 援演説の場所と思しき地名や時刻の書き込みが多く政策的な書き込みには乏しかったことを明 らかにした。 11 「2013 参院選:参院選期間中のツイッター分析 - 毎日jp(毎日新聞) 」 (http://senkyo.mainichi.jp/2013san/analyze/20130731.html) 「本紙・立命館大共同研究:本紙・立命館大共同研究 政治対話、ネットでも - 毎日新聞」 (http://senkyo.mainichi.jp/news/20140215org00m010001000c.html)
  • 9. 日本公共政策学会 2014 年度 第 18 回研究大会@高崎経済大学 6 月 8 日自由公募パネル 「情報社会の政策形成―情報のマネジメントと情報発信」 9 2014 年の東京都知事選では、候補者の情報発信をフォロワーの数や双方向のやり取りなど多 様な視点で分析すると、その利活用方法には差異があることが明らかになった。また過去の世 論調査における地域ごとの政策観と応援演説の場所を重ねあわせて、候補者の選挙戦術を読み 解こうとした。 体制やコスト、意思決定など、さまざまな課題や改善の余地も明らかになったが、成果もあ った。政治のネット上の情報発信には、前述したように、必ずしも有権者一般の利益とは合致 しない政治的意図がある。それらを読み解きながら、普段ネットをそれほど詳しくみない有権 者にも、その動向や言説を紹介していくことに貢献したと思われる。2013 年参院選のネット選 挙取材班は、毎日新聞社の社長賞を受賞するなど、毎日新聞社は、ネット選挙の報道にさらに 注力していく姿勢を内外に示した。 ネット選挙報道について、注意すべき点もある。最近、しばしば聞かれるのが、「ネットで有 権者の発言を分析するソーシャル・リスニングは、世論調査を代替するか」という質問である。 筆者の考えでは、両者は異なった性質をもった調査である。 新聞各社の世論調査は、一般に認識されているよりも、多くのコストを払って行われている。 性別や年齢の補正など、統計的な補正も行われている。現状では、世論調査は、相対的にもっ とも優れた統計的に頑健な政策観を問う調査だといわざるをえない。それに対して、ネット選 挙の分析は、ネットユーザー一般を対象にしたものは、統計的な補正を行うことも難しい。質 問を投げかけているわけでもない。 次のように言い換えることもできる。世論調査は、ある一時点における、統計的に頑健な政 策観を、被対象者に調査を意識させている。一方で、ネット選挙報道は、調査期間の、大まか な政治観とそのダイナミックな変遷の軌跡を、対象者に調査の存在を意識させずに実施してい る。 「社会」という対象を、異なった視点で捉えていると考えるべきであろう。そして、これら は一社によって提供されるのではなく、多様な主体やその連携体によって、多様なかたちで提 供されていくことが望ましいように思われる。マスメディアが、小規模な分析チームや新興メ ディアとコラボレーションするといったかたちがありうるはずだ。 危惧すべきは、当該分野におけるマスメディアの意識の低さと、新しい報道技術の開発が、 政治マーケティングの高度化に比べて圧倒的に遅れていることである。 もっとも選挙に敏感な、政治家と政党のなかでも自民党とその現職議員らはこの分野で、圧 倒的なプレゼンスを獲得している。他党の取り組みにも、共産党の「カクサン部」などユニー クなものはあるが、ノウハウの蓄積、ガバナンスの工夫、連続性などの点で、自民党が抜きん 出ている。それに対して、報道するジャーナリズムの工夫は、毎日新聞社や朝日新聞社の先駆 的な取り組みを含めて、とても追いついているとはいえない。
  • 10. 日本公共政策学会 2014 年度 第 18 回研究大会@高崎経済大学 6 月 8 日自由公募パネル 「情報社会の政策形成―情報のマネジメントと情報発信」 10 筆者の認識では、データ・ジャーナリズムも政治マーケティングも、分析技術として、さほ ど高度なものではない。コンテンツとして反映できない阻害要因は、伝統的な紙面設計プロセ スや価値観といったガバナンスに由来している。技術それ自体を理解する必要はないが、いわ ゆるデスク担当者がネット報道や政策マーケティングの意味を理解して、新しい報道価値を創 出することが期待されている。 もう一点は、新聞社のデータ・ジャーナリズムに特化していうと、自社の強みを認識すべき ということである。単純なデータ分析なら、重要なデータや分析技術を持っている IT 系企業の ほうが圧倒的に強い。新聞社の強みは、記者の取材力と世論調査、これまでの経験値にこそあ る。これらを、ネット選挙をはじめデータ・ジャーナリズムに、どのように活かしていくかと いう視点は、複合メディアの時代を生存するために必要ではないだろうか。 筆者は、自民党が悪意をもっているといったような陰謀論に与するものではない。しかしシ ュンペーター的な民主主義観を敷衍していうならば、政治マーケティングとデータ・ジャーナ リズムは切磋琢磨していくべきであると考えている。政治マーケティングはさらにその内部で 競争があったほうが健全であり、データ・ジャーナリズムについても同様だ。 ネット選挙解禁は、おそらくはネット発の数多の新奇な出来事にとどまらず、将来的には情 報技術と政治、そしてジャーナリズム、有権者の力学に変容をもたらす契機を迫るものである。 良かれ悪しかれ大規模な国政選挙が一息ついた 2014 年のうちに、その意味を考え直すべきでは ないか。 ■ 参考文献 世耕弘成,2005,『プロフェッショナル広報戦略』ゴマブックス. 西田亮介,2013,『ネット選挙 解禁がもたらす日本社会の変容』東洋経済新報社. 西田亮介,2013,『ネット選挙とデジタル・デモクラシー』NHK 出版. 湯淺墾道,2013,「インターネット選挙運動の解禁に関する諸問題」『情報セキュリティ総合科 学』5, 44-51.