More Related Content
Similar to 23.頓知ユーモア、権謀術数-晏嬰大活躍-
Similar to 23.頓知ユーモア、権謀術数-晏嬰大活躍- (19)
23.頓知ユーモア、権謀術数-晏嬰大活躍-
- 1. 春秋篇 第 23 集
晏子宰斉(頓知ユーモア、権謀術数-晏嬰大活躍-)
楚に赴いた晏嬰、傲慢な楚・霊王の侮辱にめげず、
反対に相手をやり込める
- 2. 第 23 集 晏子相斉(頓知にユーモア、権謀術数-晏嬰大活躍-) -春秋篇-
―あらすじ―
1慶氏の滅亡
さて、斉の秋祭りの日、朝廷には斉の三大家族の長である高子尾、欒(らん)子雅、鮑(ほう)
国が集まっており、慶封(けいふう)が現れたら一斉に討ちかかろうと計画していた。そこへ慶
封の弟・慶舎(けいしゃ)が入ってくる。そしてそれに続いて景公も入ってくる。
一同が型どおりの挨拶を終えるや、慶舎はいきなり三人の方を振り向き「お前達、この度の秋
祭りにかこつけて慶封様を襲うつもりであろう。兵士ども、こいつらをひっ捕らえよ!」 と叫ぶ。
それに負けじと高子尾も言う:
「今こそ、亡くなられた荘公様の敵討ちをするチャンスだ。兵士ど
も、行け~!」
こうして朝廷は戦場と化し、驚いた景公は儀式道具が並べられた祭壇の下にもぐり込む。と、
その中には既に先客がいた。晏嬰(あんえい)である。
「景公様、早く、こ
ちらにお入り下さ
い」と祭壇の下から
呼びかける晏嬰(右)
晏嬰は怯える景公に「これは景公様のために皆が慶氏を討とうとしているのです。どうかご安心
を」と言ってなだめる。
こうしている間にも戦いは続き、ついに慶舎は鮑国に殺されるが、その鮑国も何と高子尾と欒
子雅に殺される。しかし、この二人も、後からやってきた慶封の兵に殺され、最後に慶封ひとり
残った、と思いきや、ひそかに慶封の背後に忍び寄ってきた田無宇(むう)に、慶封は殺される。
- 3. 最大のライバル・慶封を殺し、剣を鞘に
収めようとしている田無宇
こうして、慶一族は殺され、四大家族も田無宇以外の三家族が殺されてしまう。
2田氏の野望
戦いが終わってホッと一息ついた景公。その景公に晏嬰は言う:
「崔杼(さいちょ)と慶封は殺
され、四大家族のうち三家族が滅ぼされましたが、まだ田氏が残っています。この状況では斉は
安泰とは言えません。ですから、そこを上手く舵取りしようと思い、やって参りました」
するとその時、城外から、慶氏の財産を取り上げ民衆に振舞った田無宇に感謝する人々の歓声
が聞こえてきた。それを聞いた景公、ニッコリ笑って「さすが田無宇だ。見識が深いなあ」と言
う。しかし、晏嬰は「確かに見識はあります。でも、その見識には下心があります」と言うのだ。
その意味がよく分からない景公、
「田無宇が財産をばら撒くことは、崔杼や慶封が財産をため込む
よりずっと良いではないか」と言う。
それに対して晏嬰は次のように説明する:
「田無宇は崔杼や慶封とはタイプが違います。彼は用
心深く、なかなか本心を表わしません。崔杼や慶封は、やることが単純明快で、強引ですが、田
無宇はこっそり、スマートなやり方をします。つまり、崔杼と慶封は斉を乗っ取ろうとしました
が、田無宇は斉を買い取ろうとしているのです」
それを聞いてもまだピンとこない景公。晏嬰は更に言う:
「田無宇は斉を買収するために、先ず
民心を得ようとしているのです。つまり、彼は財産をなげうって斉の民の歓心を買っています。
その一方、景公様はその民から税を取り立てています。こうして民は田無宇に恩を感じ、景公様
を恨むようになります。そして将来、彼は国を買収し、景公様は権力を失うことになるでしょう」
それを聞いて驚き慌てる景公。その景公に追い討ちをかけるかのように晏嬰は言う:
「景公様、田無宇の先祖・田完には、次のような話が伝わっています:田完は、もともと陳完と
- 4. いう名で、陳の厲公の公子でした。そして田完が生まれた時、厲公が占い師に占わせたところ、
『賓而王(他郷に行って王となる)
』という卦が出ました。
「賓而王」と
いう卦の意
味を景公
(右)に解説
しようとす
る晏嬰(左)
この卦を解読しますと『田完は将来陳を離れ、姜姓の国に移住する。そして彼の子孫はその国で
王となる』という意味です」
それを聞いた景公、「我が斉国はまさに姜姓ではないか! と言うことは、田氏がこの国で王と
なるという事だな!?」と更に恐れ、田無宇を忌み嫌うようになる。
そして田無宇に対抗して刑罰を軽くしたり、租税を安くしたりする一方、田開疆(でんかいき
ょう)、公孫接(こうそんせつ)、古冶子(こやし)という三人の勇者を雇って身辺の安全を図っ
た。この三人を雇うことに対し、晏嬰はしばしば反対するが、景公は聞き入れない。そのため晏
嬰は再び故郷・東海に引退する。
こうして景公の寵愛を受けた三人の勇者たちは、次第に傲慢になり、朝廷で幅をきかせるよう
になった。そしてその傍若無人さは、景公ですら手におえなくなる。
ある夜、景公は、この三人が田無宇と組んで謀反を起こす夢を見る。
- 5. 悪夢にうなされ、冷や汗をかいて飛び起き
る景公
夢から醒めた景公、それが正夢ではないかと冷や汗をかき、急に三人を雇うことに反対していた
晏嬰のことを思い出す。そして、再び晏嬰に国を治めてもらうよう、自ら東海に行き、晏嬰を訪
ねる。
3晏嬰、楚霊王をやりこめる
再び朝廷に戻った晏嬰が最初に手がけた仕事は、斉国と楚国の友好同盟の締結であった。そこ
で、晏嬰は楚に出かけるが、楚の霊王は、晏嬰が身長 5 尺足らず(115cm 位か)の小男なのを知
り、からかおうと思い、城門の中に小さな門を作らせ、晏嬰が到着した際、その門から入るよう
命じる。
楚の城門
くり貫かれた
小さな穴(犬の
門)の前に犬を
はべらせてい
るのが滑稽
それを知った晏嬰曰く:
「これは犬の門だ。斉の決まりでは、犬の国に使者を送る場合のみ犬の
門から入ることになっている。私を犬の門から入らせようというのは、楚は犬の国だということ
- 6. かね?」それを伝え聞いた霊王は、城門を開けざるを得なくなった。
さて、晏嬰が霊王の御前に出るや、霊王は高ぴしゃに言った:
「いやはや、斉には人材がおらん
のか? 君のような小人(こびと)を使者に遣わすとは…」しかし晏嬰も負けてはいない:「斉国
では使者を送る際、次の様な決まりがあります。即ち大国には大人(たいじん/立派な人物)を送
り、小国には小人(しょうじん/つまらない人間)を送ります。私は小人(つまらない人間)です
から、こうして楚国への使者となりました」それを聞いた霊王、グの音も出なくなる。
その後、霊王の前に盗人が引き出される。その男が斉の人間であると知った霊王、晏嬰に向っ
て嫌味たっぷりに言う:
「晏嬰殿、斉の人間には、どうやら盗み癖があるようですな」すると晏嬰、
落ち着き払って答える:
「いえ、そうではありません。例えば、ミカンは淮(わい)南に生えますが、その木を淮北に
移すと酸っぱくなる。これはミカンが、淮北の土地に合わないからです。それと同様、この男も、
斉にいた頃は盗みなどしなかった。しかし、楚に来た途端、盗みを始めるようになった。つまり、
楚の国は、泥棒を生じやすい土地柄なのです」
三戦三敗の霊王、ついに兜を脱ぎ、晏嬰の賢明さを褒め称えるのであった。
4晏嬰、二桃で三勇者を殺す
さてこちらは、斉の国。三人の勇者の横暴ぶりに耐え切れなくなった景公、「何とかしてくれ」
と晏嬰に泣きつく。そこで晏嬰、楚の霊王らが同盟を結びに斉にやって来た折を利用し、三人を
除く計画を立てる。
霊王が来ると、世にも珍しい「万寿金桃」という桃を 6 個用意させ、霊王、霊王の大夫、景公、
晏嬰の四人がそれぞれ一つずつ食べる。
左にはべる三人の勇者の方をチラチラ
見ながら、「万寿金桃」を食べる晏嬰
- 7. そして残った 2 個は、
「斉の家臣の中で、国のために特に貢献した者に与えよう」ということにし
た。
ところで、三人の勇者たちは、それぞれ景公の命を助けたことがあった。
そこで、先ず一番に田開疆が名乗りを上げる:
「私はかつて景公様の狩りのお供をした際、景公
様に飛びかかろうとした虎を素手で打ち殺したことがあります。この功績はいかがでしょう?」
景公がそれを認めたため、田開彊は桃を獲得する。
次に名乗りを上げたのは古冶子である:
「虎を殺すなど大したことではない。私はかつて景公様
と黄河を船で渡る際、黄河が波打ち、龍が現れて船を襲ってきました。が、私はその龍を打ち倒
し、景公様をお救いしたことは皆さんもご存知のはず。これは如何でしょう?」 そして、古冶子
もまた桃を手に入れる。
するとその後に、公孫接が憤慨した面持ちで現れる。そして言った:
「景公様、わが国がかつて
晋と戦った時、あなた様はどこに居られたか、よもやお忘れではないでしょうね」
それを聞いてギクリとする景公、恥ずかしそうに「ワシは晋軍に捕らえられ、捕虜になってい
た」と答える。
公孫接は更に続ける:
「そう、その景公様を救い出したのはこの私です。晋の 10 万の大軍の中、
あたかも誰も居ないかのように只1騎で乗り込み、景公様を救ったのです。それ以来、晋では、
この公孫接の名を聞くだけで、震え上がらない者はいないという有様。この功績が小さいとでも
言うのでしょうか?」
それを聞いた景公、
「いやいや、公孫接の功績が一番だ。しかし、もう与える桃は無くなってし
まった」と言う。それに追い討ちをかけるように晏嬰が「いやあ、確かに公孫接の功績は最高だ。
だが、桃がないとは残念だ。いやいや、桃を食べられないのは良いとして、公孫接の功績が忘れ
去られるとは気の毒だ。いや~残念至極…」
それを聞いていた公孫接、無念の思いがムクムクと湧いてくる。そして「ああ、こんな功績を
残しながら、桃は貰えず、斉楚の君臣の前で恥をさらすとは…。これは後々までのお笑いぐさ。
この上、おめおめと朝廷に顔出しできようか…」と言うなり、剣を抜き、首にあてるや、自害し
て果てる。
それを見た田開彊と古冶子、自らの貪欲さを恥じると共に、義兄弟の契りを結んだ公孫接の死
を悼んで、次々と自害していく。
- 9. つねに田氏の影に怯
え、田仲禺の登用を渋
る景公(左)
が、ことは緊迫している。そこで、仕方なく彼を将軍に抜擢し、晋・燕両軍に当たるよう命じる。
ところが、それからしばらくして、晏嬰のところに田無宇が訪ねてきた。そして、
「なぜ、田仲
禺を罷免したのか?!」と問いただす。身に覚えの無い晏嬰、けげんな顔をするが、結局、景公
があくまでも田姓の彼の登用を渋ったのだと分かり、慌てて宮中に向おうとする。が、田無宇は
それを止め、
「もう遅い。田仲禺は罷免されたことを気にやみ、それが元で病気になり、先ほど亡
くなってしまった」と言う。
せっかくの人材が無になったことを嘆く晏嬰。賢明な彼でも、大きな時代の趨勢は、変えるこ
とができなかったのだ。
―感想―
今回は、晏嬰を中心として長~い話が展開された。読んでくれた人、お疲れ様でした!
ところで、4晏嬰、二桃で三勇者を殺すの話は、後世「梁父(りょうほ)吟」という詩になり、
三国志の孔明が、臥龍岡で晴天雨読の生活を送っていた際、好んでこの詩を吟じていたという。
ためしに、この「梁父吟」の意味を書いてみよう:
斉の都・臨淄(りんし)から南に望めば蕩陰里(とういんり)
蕩陰里にある よく似た三つの墓
墓の主は、田開彊、古冶子、公孫接の三人