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諸葛亮、知略を駆使して荊州を奪取する
- 2. 第 40 集 智取南郡(孔明、智謀により南郡を奪取)2009.7.05 更新
―「3 時間で~」第 43 話参照
チャプター① 劉備陣営の大門。赤兎馬にまたがった関羽、戻ってくる~
チャプター② 孔明、杯をもって関羽を迎える~
チャプター③ 南郡城。落ち延びた曹操を囲んで、曹仁・曹洪ら武将が酒を酌み交わす~
チャプター④ 周瑜の幕屋。矢傷を受けて横になる周瑜のもとへ魯粛と諸将が見舞いに来る~
~南郡・荊州・襄陽の三城を劉備軍に奪われたと知った周瑜、怒って南郡城
にいる趙雲に剣を振りあげた途端、気絶して落馬。
③赤壁の戦いで周瑜軍と劉備軍(一部)に散々痛めつけられた曹操、ほうほうの体で曹仁守る南
郡城に落ち延びる。そこで曹操ら残軍一行は久しぶりに屋根のあるところで酒を酌み交わす。
ところがその時、やっと落ち着いたその城で曹操は大泣きする。あやしんで訳を尋ねる参
謀・荀攸に曹操はこう答える:「自分は他ならぬ郭嘉のために泣いているのだ。ああ、郭嘉
が生きていてくれさえすれば、こんな屈辱的な敗戦の憂き目に遭わなくてもすんだのに!」
郭嘉とは若くして亡くなった曹操の優秀な参謀である。彼の献策のお陰で曹操は強敵・袁紹
一族を全滅させることができた(官渡の戦いの後半戦)。だからこの言葉は、今回の赤壁の戦
いで惨敗を招いた参謀たちに対する痛烈な皮肉である。しかし、これは少し不公平だと思う。
というのは、今回の敗因の最大の原因は曹操自身の「絶対勝てる」という驕りからきた油断
なのだ。そして、その油断に対して程昱、荀攸ら参謀は何度か注意している(例:「連環の
計」
「東南の風」に用心するように等々)。しかし曹操はその忠告をことごとく笑い、無視し
続けてきた。だから参謀たちに罪はなく、敗因を作った曹操本人がこんな事を言うのは、か
なり我がままなのではないだろうか?
- 5. さらに落ちて……
着地!(もう回転を始めている)
完全に着地し、左にゴロン!
これで決まり!
見事な?落馬でした
この周瑜役の洪宇宙、かなり運動神経が発達しているらしく、馬の上でじょうずに倒れ、グ
ルッと一回転して地面に落ちた。一方、馬の方も驚いて鳴くこともせず、じっとおとなしく
していた。なかなか「人馬とも役者だなあ」と思った。