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 戦後日本を考える
渡辺涼太
【要約】
 占領期、日本は GHQ によって民主主義思想の枠内に制度的に収められた。47 年 4 月に初の平等な
普通選挙が行われ政党再編が進む。この時僅差であるものの社会党が第一党であった。それでも当時
は保守派が過半数を占める保守優位の勢力比であった。イデオロギー対立が政党支持に反映されてい
るとすると、社会主義者は資本主義者の半数にも満たなかった。社会党は安保条約の対応の違いから
左右が分裂したり、保守派の団結に際して合わせるように団結したり、自社さ連立のようにイデオロ
ギーをほぼ 180 度転換したせいで、少しずつ支持者を減らしていった。また冷戦終結でイデオロギー
対立に一応の決着がついたことから、政党間のイデオロギー対立は「資本主義 vs 社会主義」という構
造から「自民 vs 非自民」という構造へと変わっていった。2009 年 8 月の選挙で民主党が過半数を有
し政権交代が実現するも、政権運営への不慣れからか安定した政権はできなかった。
【論点】
 戦後日本の成果は政治の中心に民主的な議論が据えられたことである。これは憲法によって実現さ
れた。民主的な議論のアクターは代議士であるが、その代議士もそれぞれが近い信念を持ったもの同
士で結社を作る。それが政党である。戦後当初の日本は資本主義と社会主義の狭間で揺れていた。そ
の決着がついた今は、中道左右による具体的政策の擦り合わせが議論されている。しかし実態は自民
優位であり、現在自民と並ぶような野党は存在しない。自民(と公明)の提案にその他野党が批判す
るような構造が固定化している。歴史的に自民以外が政権を担うこともあったが、結局は自民政権に
戻る。自民が連立する相手は変わっても、政権の中心に自民がいることには変わりがない。確かに政
権が安定することは、長期的政策を取ることや強硬な姿勢を貫くことを可能にする。民主主義に流さ
れず、自由主義的要素を確保できる。安定した支持母体はポピュリズムに走ることなく、自由な政治
を行うことを可能にする。しかし自民の代替を担える野党が不在であるということは、大きな危険性
を孕んでいる。代替がなければ、自民を選び続けるほかにない。それは自由な選択とはいえない。自
民の党派制から利益を享受できない不公平を被る有権者が出てくる。それは多様化する有権者のニー
ズの性質からやむを得ないことではある。しかし民意が政策に反映されてある程度の譲歩がなされる
か、説明責任が果たされ不平を感じた対象が納得することのどちらも為されない場合、もはや民主主
義とはいえない。一応の受け皿として野党があるものの、政権が議席の過半数を持っているなら無理
を押し通すことができてしまう。内閣不信任決議を出しても選挙が再びなされるか、首相が変わるだ
けで根本的な構造は変わらない。ただ国営機能を一時的に停滞させるに過ぎない。これらのことから、
戦後日本の遺産は自民党一党体制という負の遺産だといえる。これは自民党が悪いのではなく、これ
まで強力な野党を作り上げる事ができなかった政治家、制度問題、国民意識全てにあると考えられる。

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第9回ディスカッションペーパー

  • 1.  戦後日本を考える 渡辺涼太 【要約】  占領期、日本は GHQ によって民主主義思想の枠内に制度的に収められた。47 年 4 月に初の平等な 普通選挙が行われ政党再編が進む。この時僅差であるものの社会党が第一党であった。それでも当時 は保守派が過半数を占める保守優位の勢力比であった。イデオロギー対立が政党支持に反映されてい るとすると、社会主義者は資本主義者の半数にも満たなかった。社会党は安保条約の対応の違いから 左右が分裂したり、保守派の団結に際して合わせるように団結したり、自社さ連立のようにイデオロ ギーをほぼ 180 度転換したせいで、少しずつ支持者を減らしていった。また冷戦終結でイデオロギー 対立に一応の決着がついたことから、政党間のイデオロギー対立は「資本主義 vs 社会主義」という構 造から「自民 vs 非自民」という構造へと変わっていった。2009 年 8 月の選挙で民主党が過半数を有 し政権交代が実現するも、政権運営への不慣れからか安定した政権はできなかった。 【論点】  戦後日本の成果は政治の中心に民主的な議論が据えられたことである。これは憲法によって実現さ れた。民主的な議論のアクターは代議士であるが、その代議士もそれぞれが近い信念を持ったもの同 士で結社を作る。それが政党である。戦後当初の日本は資本主義と社会主義の狭間で揺れていた。そ の決着がついた今は、中道左右による具体的政策の擦り合わせが議論されている。しかし実態は自民 優位であり、現在自民と並ぶような野党は存在しない。自民(と公明)の提案にその他野党が批判す るような構造が固定化している。歴史的に自民以外が政権を担うこともあったが、結局は自民政権に 戻る。自民が連立する相手は変わっても、政権の中心に自民がいることには変わりがない。確かに政 権が安定することは、長期的政策を取ることや強硬な姿勢を貫くことを可能にする。民主主義に流さ れず、自由主義的要素を確保できる。安定した支持母体はポピュリズムに走ることなく、自由な政治 を行うことを可能にする。しかし自民の代替を担える野党が不在であるということは、大きな危険性 を孕んでいる。代替がなければ、自民を選び続けるほかにない。それは自由な選択とはいえない。自 民の党派制から利益を享受できない不公平を被る有権者が出てくる。それは多様化する有権者のニー ズの性質からやむを得ないことではある。しかし民意が政策に反映されてある程度の譲歩がなされる か、説明責任が果たされ不平を感じた対象が納得することのどちらも為されない場合、もはや民主主 義とはいえない。一応の受け皿として野党があるものの、政権が議席の過半数を持っているなら無理 を押し通すことができてしまう。内閣不信任決議を出しても選挙が再びなされるか、首相が変わるだ けで根本的な構造は変わらない。ただ国営機能を一時的に停滞させるに過ぎない。これらのことから、 戦後日本の遺産は自民党一党体制という負の遺産だといえる。これは自民党が悪いのではなく、これ まで強力な野党を作り上げる事ができなかった政治家、制度問題、国民意識全てにあると考えられる。