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緑藻Botryococcus braunii のボツリオコッセン合成酵素Ssl3の
膜結合に必要な部位の同定
細胞機構学分野 竹田 綾女
〈背景と目的〉
緑藻Botryococcus brauniiのB品種は、不飽和度が高く、既存の燃料への変換が容
易な炭化水素であるボツリオコッセンを細胞内に大量に蓄積し、細胞外に分泌する。
B.brauniiのB品種でのボツリオコッセンの合成はSsl1とSsl3の2つの酵素により触媒さ
れる。ボツリオコッセン合成で最終段階を担うSsl3を出芽酵母Saccharomyces
cerevisiaeに発現させたところ、単独でボツリオコッセンを合成でき、膜貫通領域を持た
ないのにもかかわらず、核/ER膜に結合できることが明らかとされた。しかしながら、
Ssl3がどのように膜と結合しているかは明らかにされていない。そこで本研究で、384
個のアミノ酸から成るSsl3のどの部分が酵母内での核/ER膜との結合に必要かを調べ
た。ボツリオコッセン合成酵素遺伝子SSL3の一部を削ったものや変異させたものを
S.cerevisiaeに導入し、ウエスタンブロッティングと蛍光顕微鏡観察により局在と発現量
を、薄層クロマトグラフィーによりボツリオコッセン合成活性の有無を調べた。
〈結果と考察〉
まずは制限酵素BamHIで挟まれた、N末端から数えてアミノ酸211残基目から349残
基目までの128残基を削った。BamHIで挟まれた領域を削っても発現量に著しい影響
は出なかった。次に、相同のドメインを持たないC末端に注目し、C末端から数えてアミ
ノ酸11残基を削ったSsl3-ΔC11、同様に7残基削ったSsl3-ΔC7、3残基削ったSsl3-ΔC3を
作製した。一連のSsl3-ΔCすべてにおいて膜分画にタンパク質がわずかに確認できた
ものの、数残基のアミノ酸数の変化が発現量を極端に減少させることが分かった。こ
のことから、C末端がタンパク質の安定性に重要な役割を果たしている可能性が示唆
された。また、蛍光顕微鏡観察からも核/ER膜への局在が確認されており、C末端の欠
如は膜への結合には関与していないことが分かった。さらに、C末端のリシンが繰り返
し存在することから、これら3つのリシンに注目した。C末端から1つ目のリシンを変異さ
せたSsl3-K1Aでは発現量に影響は見られなかったが、C末端の3つのリシンすべてを
変異させたSsl3-K3Aにおいては発現量の著しい低下がみられた。このため、発現量は
C末端の長さのみに依存しておらず、3つのリシンまたはリシンと他のアミノ酸が共同し
てSsl3の安定性に影響を与えている可能性が考えられる。また、Ssl3-K3A,K1A,ΔC3に
おいてボツリオコッセンを合成できることが確認できた。
要旨
本研究の結果より、C末端の欠如や変異により不安定になったSsl3でも核/ER膜での発現が観察
でき、ボツリオコッセン合成活性を維持していたことが確認された。
今後は、C末端の他のアミノ酸が発現量の減少要因になっていないかを調べる必要がある。さら
に、SSL3のどの部分が膜との結合に必要であるかは解明できなかったため、膜との結合に不可欠
な部位を特定し、膜結合がボツリオコッセン合成に必要であるかを調べたい。
考察・今後の展望
実験・結果
背景
◎緑藻B.brauniiにおけるボツリオコッセン合成経路
⇒Ssl3はボツリオコッセン生成における
最終段階を触媒している。
◎Ssl3タンパク質の予測されるドメイン構成図
⇒Ssl3は膜貫通領域を持たないが、出
芽酵母内で核/ER膜に局在できる。
青:FLAP基質結合部位
紫:NADPH酸化還元酵素結合部位
緑:スクアレン合成酵素において高度に保存された領域Ⅰ~Ⅴ
では、どのようにして膜に結合しているのか?
⇒一部を削ったSsl3タンパク質を作製し、それらの局在を調べた。
実験方法・条件
〈培養条件とタンパク質抽出〉
〈ウエスタンブロッティング法〉
上記の条件で培養し、抽出した各分画のタンパク質を13.5%ポリアクリルアミドゲル電気泳動に
よって分離後、ニトロセルロース膜へ転写し、抗体抗原反応及び発色反応を行った。
一次抗体:ウサギ由来抗SSL3ポリクローナル抗体〔抗SSL3抗体〕
二次抗体: HRP標識抗ウサギIgG抗体
〈蛍光顕微鏡観察〉
mcherryで標識した変異型Ssl3を発現する株を、上記の培養条件で培養し、蛍光顕微鏡観察及び
共焦点レーザー顕微鏡観察に用いた。
〈脂質抽出と薄層クロマトグラフィー〉
上記の培養条件で培養し、細胞壁を破壊した株から脂質成分をアセトンで抽出した。アセトンを減
圧蒸留により濃縮し、薄層プレートに添加後、ヘキサンにより展開した。プレートに硫酸エタノール
を噴霧し、120℃で加熱し、脂質スポットを検出した。
〈1〉Ssl3-BamHIΔの膜輸送へ与える影響
SSL3のアミノ酸配列中に2か所の切断部位を持つ制限酵素BamHIを用いて、BamHIに挟まれた領
域を削った時のタンパク質の発現量を調べた。
☆BamHI領域は膜への局在に関係していない。
☆アミノ酸の数が大きく減ることによりSsl3の発現量が減少した。
〈3〉C末端におけるリシン変異Ssl3のタンパク質安定性へ与える影響
C末端を削ったとき、著しくタンパク質が減少したことをうけ、注目していたリシンの与える影響に
ついて調べるため、リシンを変異させたときのタンパク質の局在と発現量を調べた。
◎作製したK3A,K1AプラスミドのC末端概要
☆C末端の長さだけが一概にタンパク質の安定性に影響を与えたとは言えない。
☆C末端の3つのリシンが共同して安定性に重要な役割を果たしている可能性。
〈4〉Ssl3-K3A,K1A,ΔC3の中性脂質合成活性の検出
☆Ssl3は発現量が少なくても
ボツリオコッセンを生成するこ
とができる。
〈2〉C末端欠損Ssl3の膜輸送へ与える影響
正電荷をもつリシンが繰り返し現れていることからC末端に注目し、C末端の一部を削ったときのタ
ンパク質の局在と発現量を調べた。
◎作製したΔCプラスミドのC末端概要
☆SSL3-ΔCがすべて膜へ局在していることから、C末端は膜との結合に関係していない。
☆Ssl3の安定性にC末端の配列が重要な役割を果たしている可能性。
☆C末端の長さがタンパク質の安定性に影響を与えている可能性。⇒出芽酵母において、Ssl3単独でボツリ
オコッセンを生成できることが分かって
いる。
〈プラスミド作製〉
SSL3遺伝子のC末端相当部分を、変異を導入したプライマーを用いて導入したDNA断片と置換す
ることにより作製した。

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  • 1. 緑藻Botryococcus braunii のボツリオコッセン合成酵素Ssl3の 膜結合に必要な部位の同定 細胞機構学分野 竹田 綾女 〈背景と目的〉 緑藻Botryococcus brauniiのB品種は、不飽和度が高く、既存の燃料への変換が容 易な炭化水素であるボツリオコッセンを細胞内に大量に蓄積し、細胞外に分泌する。 B.brauniiのB品種でのボツリオコッセンの合成はSsl1とSsl3の2つの酵素により触媒さ れる。ボツリオコッセン合成で最終段階を担うSsl3を出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeに発現させたところ、単独でボツリオコッセンを合成でき、膜貫通領域を持た ないのにもかかわらず、核/ER膜に結合できることが明らかとされた。しかしながら、 Ssl3がどのように膜と結合しているかは明らかにされていない。そこで本研究で、384 個のアミノ酸から成るSsl3のどの部分が酵母内での核/ER膜との結合に必要かを調べ た。ボツリオコッセン合成酵素遺伝子SSL3の一部を削ったものや変異させたものを S.cerevisiaeに導入し、ウエスタンブロッティングと蛍光顕微鏡観察により局在と発現量 を、薄層クロマトグラフィーによりボツリオコッセン合成活性の有無を調べた。 〈結果と考察〉 まずは制限酵素BamHIで挟まれた、N末端から数えてアミノ酸211残基目から349残 基目までの128残基を削った。BamHIで挟まれた領域を削っても発現量に著しい影響 は出なかった。次に、相同のドメインを持たないC末端に注目し、C末端から数えてアミ ノ酸11残基を削ったSsl3-ΔC11、同様に7残基削ったSsl3-ΔC7、3残基削ったSsl3-ΔC3を 作製した。一連のSsl3-ΔCすべてにおいて膜分画にタンパク質がわずかに確認できた ものの、数残基のアミノ酸数の変化が発現量を極端に減少させることが分かった。こ のことから、C末端がタンパク質の安定性に重要な役割を果たしている可能性が示唆 された。また、蛍光顕微鏡観察からも核/ER膜への局在が確認されており、C末端の欠 如は膜への結合には関与していないことが分かった。さらに、C末端のリシンが繰り返 し存在することから、これら3つのリシンに注目した。C末端から1つ目のリシンを変異さ せたSsl3-K1Aでは発現量に影響は見られなかったが、C末端の3つのリシンすべてを 変異させたSsl3-K3Aにおいては発現量の著しい低下がみられた。このため、発現量は C末端の長さのみに依存しておらず、3つのリシンまたはリシンと他のアミノ酸が共同し てSsl3の安定性に影響を与えている可能性が考えられる。また、Ssl3-K3A,K1A,ΔC3に おいてボツリオコッセンを合成できることが確認できた。 要旨 本研究の結果より、C末端の欠如や変異により不安定になったSsl3でも核/ER膜での発現が観察 でき、ボツリオコッセン合成活性を維持していたことが確認された。 今後は、C末端の他のアミノ酸が発現量の減少要因になっていないかを調べる必要がある。さら に、SSL3のどの部分が膜との結合に必要であるかは解明できなかったため、膜との結合に不可欠 な部位を特定し、膜結合がボツリオコッセン合成に必要であるかを調べたい。 考察・今後の展望 実験・結果 背景 ◎緑藻B.brauniiにおけるボツリオコッセン合成経路 ⇒Ssl3はボツリオコッセン生成における 最終段階を触媒している。 ◎Ssl3タンパク質の予測されるドメイン構成図 ⇒Ssl3は膜貫通領域を持たないが、出 芽酵母内で核/ER膜に局在できる。 青:FLAP基質結合部位 紫:NADPH酸化還元酵素結合部位 緑:スクアレン合成酵素において高度に保存された領域Ⅰ~Ⅴ では、どのようにして膜に結合しているのか? ⇒一部を削ったSsl3タンパク質を作製し、それらの局在を調べた。 実験方法・条件 〈培養条件とタンパク質抽出〉 〈ウエスタンブロッティング法〉 上記の条件で培養し、抽出した各分画のタンパク質を13.5%ポリアクリルアミドゲル電気泳動に よって分離後、ニトロセルロース膜へ転写し、抗体抗原反応及び発色反応を行った。 一次抗体:ウサギ由来抗SSL3ポリクローナル抗体〔抗SSL3抗体〕 二次抗体: HRP標識抗ウサギIgG抗体 〈蛍光顕微鏡観察〉 mcherryで標識した変異型Ssl3を発現する株を、上記の培養条件で培養し、蛍光顕微鏡観察及び 共焦点レーザー顕微鏡観察に用いた。 〈脂質抽出と薄層クロマトグラフィー〉 上記の培養条件で培養し、細胞壁を破壊した株から脂質成分をアセトンで抽出した。アセトンを減 圧蒸留により濃縮し、薄層プレートに添加後、ヘキサンにより展開した。プレートに硫酸エタノール を噴霧し、120℃で加熱し、脂質スポットを検出した。 〈1〉Ssl3-BamHIΔの膜輸送へ与える影響 SSL3のアミノ酸配列中に2か所の切断部位を持つ制限酵素BamHIを用いて、BamHIに挟まれた領 域を削った時のタンパク質の発現量を調べた。 ☆BamHI領域は膜への局在に関係していない。 ☆アミノ酸の数が大きく減ることによりSsl3の発現量が減少した。 〈3〉C末端におけるリシン変異Ssl3のタンパク質安定性へ与える影響 C末端を削ったとき、著しくタンパク質が減少したことをうけ、注目していたリシンの与える影響に ついて調べるため、リシンを変異させたときのタンパク質の局在と発現量を調べた。 ◎作製したK3A,K1AプラスミドのC末端概要 ☆C末端の長さだけが一概にタンパク質の安定性に影響を与えたとは言えない。 ☆C末端の3つのリシンが共同して安定性に重要な役割を果たしている可能性。 〈4〉Ssl3-K3A,K1A,ΔC3の中性脂質合成活性の検出 ☆Ssl3は発現量が少なくても ボツリオコッセンを生成するこ とができる。 〈2〉C末端欠損Ssl3の膜輸送へ与える影響 正電荷をもつリシンが繰り返し現れていることからC末端に注目し、C末端の一部を削ったときのタ ンパク質の局在と発現量を調べた。 ◎作製したΔCプラスミドのC末端概要 ☆SSL3-ΔCがすべて膜へ局在していることから、C末端は膜との結合に関係していない。 ☆Ssl3の安定性にC末端の配列が重要な役割を果たしている可能性。 ☆C末端の長さがタンパク質の安定性に影響を与えている可能性。⇒出芽酵母において、Ssl3単独でボツリ オコッセンを生成できることが分かって いる。 〈プラスミド作製〉 SSL3遺伝子のC末端相当部分を、変異を導入したプライマーを用いて導入したDNA断片と置換す ることにより作製した。