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犬猫ペット問題
1T140726-3 都祭 真愛
目次
Ⅰ 導入・問題意識 2 頁
Ⅱ 本論 3 頁
▼問題の中身
・パピーミルについて …4 頁
・ペットショップについて …5 頁
・顧客について …6頁
・動物の処分について …7頁
▼解決を目指して
・パピーミル・ペットショップ・消費者における解決 …11 頁
・回収車・殺処分場における解決 …11 頁
・行政・法における解決 …12 頁
Ⅲ 結論・今後の研究に関する計画 12 頁
2
Ⅰ 導入
「ペット問題」と聞けばあぁ、無責任な飼い主の問題などかなと想像のつく人はいるものの、
その実態について他の社会問題ほど関心を持って調べている人は少ないようである。とい
うのも、自分の身の回りの人に話を聞いてみた感触からすると、「ペット問題については多
少聞いたことはあるけれど、掘り下げるとつらそうだから知りたくない」であったり、時に
は「卒論でペット問題を扱うなんてつらい研究になるからやめなよ…」などの声を聞くので
ある。問題の対象とされているのが自分たち人間ではないというのも、ペット問題が社会問
題として語られにくい原因かもしれない。中には「動物愛護団体は犬・猫ばかり『かわいそ
う』と言って守ろうとして、人間の家畜となっている豚や牛、鶏には関心を向けない」と、
ペットを保護しようとする団体に批判の目を向ける者もいる。
しかし、ペット問題は日本における社会問題であり、その問題の対象はペットではなく、
本当のところは人間である。「飽きた」「病気になった」「使いものにならなくなった」「もう
いらない」という理由にもならない理由で、生き物が自分の安易な選択のせいで死ぬという
その実感も大してしないまま、簡単にペットを処分センター送りにする。自分自身は「死ぬ」
という体験をした事がないにも関わらず、ペットをその悲しさや恐怖に曝す事には抵抗の
ない人々があまりにも多い。
諸々の社会問題が人間の命ありきで語られる中、まさにその命というものを人間が無駄
に奪い続けているという社会問題がここにある。ペット問題は、そんな状態から人間が目を
背け続け、商売のルーツとして確立させた結果生み出されたものである。自分自身も今後こ
の論文を書いてゆく中で、目を背けたくなるような現実を目の当たりにする時がきっと来
るだろう。しかし、向き合わない事には何も変えられない。今向き合わねばきっとこれから
も覚悟を決められない。どんなにつらい研究になろうとも、少しでもこの問題の解決に携わ
りたいと思い、テーマを「ペット問題」に決定した。これから一年の研究を通してまずはペ
ット問題に関する十分なインプットをし、最終的な卒業論文では、一大学生・一般の人とし
て自分がペット問題解決のために真っ先にできることは何かについて提示したい。
この論文草稿では藤村晃子が 2010 年に著した『ペット大国日本の責任!いのちがおしえ
てくれたこと』(長崎出版)を主に参考にし、そこに記されていた内容を自分なりにまとめ
直し、見解を加えるという形を取った。今後参照する文献は研究を進める過程で随時増やし
てゆく予定だが、既に参照すると決めているもののみ草稿の最後にまとめて提示しておく。
最後に、この論文草稿の中ではペットを「犬」と定義して話を進めてゆく事とする。
3
Ⅱ 本論
▼ 問題の中身
上記の文献に記されていた内容をまとめ、今日の日本でペットの流通がどのように行わ
れているかを図示した。黒矢印がペットの流通、赤矢印がペットを捨てる場合の行き先を表
している。
下図 ペットの流通と処理の実態
パピーミル ブリーダー
競り市仲介業者
亡くなった・
繁殖能力の低下
一般ごみ
ペットショップ 売れ残り
処分センター、保健所、ドリームボックス
店頭販売
いらない・捨てる 回収車
顧客
上に掲載した図のとおり、ペットとなって流通される動物はまずパピーミルやブリーダ
ーの下で誕生する。パピーミルというのは、一言で言ってしまえば「悪質なブリーダー」と
4
いったところである。パピーミルは子犬を競り市にかけ、悪質なペットショップは出品され
た犬を落札し、店頭にて顧客に販売する。競り市でパピーミルとペットショップを仲介する
業者は、この際に双方から入会金 2~10 万円、年会費 2~5 万円、そして落札金額の 5~8%
を手数料としてせしめているという。
ここからは、ペットの流通に関与しているパピーミル、ペットショップ、そして顧客にお
ける今日の問題点について言及していきたい。
▼ パピーミルについて
パピーミルが悪質であると言ったが、一体何が悪質なのだろうか。この話に触れる前に、
前提として一つ触れておきたいことがある。犬というのは人間と同様、生まれたての小さい
ころは母親や兄弟などの家族と共に過ごすのが自然である。母親の栄養価たっぷりの母乳
を飲んで身体は丈夫になってゆき、兄弟とのじゃれあいや喧嘩を通して犬格が形成されて
ゆく。そうして生後 8 週齢頃になると、子犬は落ち着きのある情緒豊かな一匹の犬として
少しずつ自立し始めるのだという。
この「生後 8 週齢」というボーダーはブリーダーの間では有名な数字であるため、通常ブ
リーダーが生後 8 週齢以内の子犬を販売する事は許されない。しかし、パピーミルの業者
はこの数字を無視し、「小さい方が売れるから」という理由で生後4週齢頃の子犬を容赦な
く親や兄弟から引き離す。そうして子犬は突然ひとりぼっちになる。一度引き離されてしま
えば母親の母乳を飲む事は愚か、もう二度と家族に会うことすらできない。競り市にかけら
れ、何も分からないままペットショップに売られてゆく。
パピーミルによって被害を被るのは子犬だけではない。親犬もまた、パピーミルによって
その一生を左右されるのである。藤村晃子の書籍の中には、あるパピーミル業者を訪問した
際の息の詰まるような取材記録が残されている。そのパピーミル業者は貨物列車一台分ほ
どの部屋に 100 匹もの親犬を収容していた。以下は書籍の引用である。
声を絞り出すような、悲鳴は、私の良く知る犬の声ではなく、狭いところにずっと押し込
められたストレスと苦痛から、一刻も早く逃げ出したいという悲痛な叫び声であった。
足元には、糞や尿がそのままになっており、(中略) えさ入れには、腐ったフードが置かれ
その上をコバエがたかっている。
室内は 10 月だというのに、真夏のように蒸すような暑さと、排便の湿気を吸った悪臭が、
強烈に漂う。
12 畳ほどある建物の内部は、幅 3 メートル、長さ 5 メートルほどあり、真ん中が通路と
なっていた。その両脇に、30 センチ四方の錆びついたゲージが 3 段に、びっしりと積み重
ねられ、上の犬が鳴いたり動いたりすると、下のゲージも一緒になって揺れ動くほど、脆弱
だった。犬の足元は、網になっており、中には足を挟んで切断した犬も放置されていたとい
5
う。
世話された様子のないゲージが殆どで、汚物が受け皿に溢れ、1頭の犬が動くことで、尿
が、下のゲージへと、したたり落ち、中にはその尿をまともにかぶっている犬もいた。(中
略)
長い時間、極限状態に置かれている犬たちの表情といえば、恐怖と不安。虚ろな悲しみで
ある。
本来なら、明るく元気であるはずの子犬でさえも、ここではただ、黙って外を眺めている。
(中略)
太陽のぬくもりも、木々の爽やかな香りも、四季のうつろぎも知らぬまま、狭い檻の中で
一生を終えていくのだ。兄弟と遊ぶ楽しみもなく、繁殖能力が劣れば、その寿命が来る前に
殺されてしまう。
そんな彼らが出来ることは、声がかすれるまで叫びながら助けを求めるか、生きるのを諦
めること。(中略)狭い檻の中から、助けを求める純粋な瞳が、こちらに向けられる。(46~
51 頁)
親犬たちが快適に暮らせるよう工夫する事はおろか、食事もきれいな水も与えなければ
換気もせず、糞尿も片付けず、いつも締め切られていて悪臭の蔓延する暗い部屋の中に、犬
たちを一生閉じ込めておく。パピーミル業者はその親犬たちにひたすら子犬を生ませ、安定
的に子犬を、商品を、世に送っているのである。
排卵を無理やり促進させる薬を投与され、身体の限界を超えても尚親犬は子を孕む。出産
のしすぎで歯のカルシウムが溶け出すような犬もいるという。親犬の繁殖能力が落ちてき
たら、「使い物にならない」との理由で業者によって一般ごみに出されてしまう。繁殖に向
いていないような遺伝子の犬でもお構いなしに妊娠させるため、結果ペットとして人間と
共存するのが難しいような遺伝子を持った子犬も大量に産まれてしまう。子犬の中には、成
長してから歩行困難になったり、癇癪を発生させたり、中にはもとより遺伝性疾患を抱えて
いる犬もいるようである。パピーミルは、子犬という商品を安定して競り市に出品し、安定
して収益を上げることができればそれで良いと考えている。収益を上げるためならば、その
子犬が 8 週齢を過ぎていなかろうと、病気だろうと、心に傷を負っていようと、構わないの
だ。
▼ ペットショップについて
競り市を通して子犬を仕入れているようなペットショップでは、以上のようなパピーミ
ルの悪徳商法を知っていながら、それを「都合が良い」として受け入れている。ペットショ
ップ側からすると、子犬が家族から引き離されて単身でやって来ることや成犬でなく子犬
6
を店に置くことは、どちらも販売面積や世話代があまり嵩まないという点から都合が良い
のだという。(34~35 頁)
しかし子犬たちにとっては、このペットショップという環境自体が既につらいものなの
である。以下に同書を引用する。
ペットショップに並ぶ子犬達の殆どは、4 週齢以下。
ということは、母犬から離された時期は少なくとも 3 週齢以下となる。これは、離乳にや
っと移行したこらいの頃であり、引き離せば大きな精神的被害を被る時期である。本来なら
親や兄弟と過ごす必要があるにもかかわらず、突然安全と感じていた場所から引き離され、
抵抗力も、精神も極めて弱いまま、人から人へと渡り歩く流通システムへと放り込まれてし
まうのだ。
どんなに鳴いても、いるはずの親や兄弟の姿は見当たらず、聞いたこともない騒音に囲ま
れ、蛍光灯で、煌々と照らされ続けながらペットショップのガラスケースの中で佇むことに
なる。
多くの眼差しに昼夜さらされる中、子犬の体は、昼なのか、夜なのか、混乱し、体内リズ
ムも崩れ、さらなる精神的被害と、身体の免疫力の低下を招く。
想像してほしい。運よく誰かに飼われたとしても、全く知らない音や臭いのする家に連れ
てこられ、不安だらけの中で、おしっこをしたりクッションを噛んだりすることで、飼い主
から怒鳴られたりしたら、どれだけの精神的ショックに陥るだろうか?たとえ叩かないと
しても、その怒りの声は、不安だらけの子犬の心に、一生の傷となって影響する可能性が大
いにあるだろう。(27~28 頁)
ここにあるように、悪質なパピーミルによってペットショップに売られたまだ儚い子犬
たちは、突如家族と引き離される上に、ペットショップというきつい環境にいきなり置かれ、
その上顧客の目に止まって買われたとしても更なる緊張と苦痛を被る可能性さえあるのだ。
尚、このペットショップで出た売れ残りの犬たちは処分センターに送られるという。処分セ
ンターについては後ほど詳しく述べる。
▼ 顧客について
これも後に詳しく述べるが、顧客の中には繰り返しペットを殺処分センターに持ち込む
リピーターという存在が多くいるようである。彼らは「病気になったから」「子を産んだか
ら」「吠えてうるさいから」「いらないから」などと理由にならない理由を並べる。彼らのそ
のような言い訳は、彼らがペットをただのモノだと考え、ペットを飼うという事がすなわち
ペットが死ぬまでその人生を必ず自分と共にするという覚悟が出来ていない点に起因して
7
いる。この国にも終生飼育義務というものがある以上、ペットを飼う前に覚悟を決めておく
ことは顧客側の義務である。一匹の犬を飼うとすると、登録料や予防接種料などで少なく見
積もっても年間 28000 円~4万円程、犬の平均寿命 13 年に換算すると一匹につき 13 万円
~52 万円を費やす計算となる。(16・17 頁) 金銭面以外にも、大型犬はその大きさ故に適
正な飼育をするのが難しくなることや、犬のしつけに関する間違った情報の載った本が今
日多く出回っていること、犬はタマネギを食べると赤血球が破壊されてしまい貧血を起こ
すこと、チワワなど頭蓋骨の脆い犬種には少しの衝撃が命取りとなることなども「飼い主に
あらかじめ知っておいてほしいこと」として同書に掲載されている。(15~26 頁)
また、仮に飼い主に生涯その犬を飼う覚悟があったとしても、飼い主の手に渡ってきたそ
の時には既にこちらに心を閉ざしてきている犬もいる。心を閉ざしていないながらも、既に
身体や精神面での病気を抱えた状態で売られている犬もいるだろう。そのような犬が販売
されているペットショップといえば、やはりパピーミルから競り市を通して犬を買うよう
な、悪質なそれである。病気を抱えていると知らずにその犬を買った飼い主が後になって多
額の医療費を支払う例や、生涯を共に健康に暮らそうと選んだペットが成長すると歩行困
難になった例などもあるそうだ。(33 頁) そのような事態を避けるために、また悪質なペッ
トショップやパピーミルの商売に加担しないために、消費者自身が真っ当なペットショッ
プを選び、そこから心身ともに健康な犬を選び出す目を持つ事もまた必要である。
▼ 動物の処分について
ここまではペットたちの商品としての流通の過程のみに着目してきたが、ここからはそ
の流通から外れた動物たちについて、すなわち売れなくなった・飼われなくなったペットは
どこへ行くのかについて見てゆきたい。
冒頭で図示したとおり、パピーミルにて繁殖能力の低下した母犬たち、ペットショップで
売れ残った子犬たち、そして消費者によって「いらない」と捨てられた犬たちは、最終的に
はそのほとんどが殺処分センターに連れて行かれる。そこに連れて行かれる前にごく稀に
他の引き取り手が見つかるケースもあるが、あくまでごく稀でしかない。これについては次
章で述べる事とする。殺処分センターは一般的に「ドリームボックス」などと呼ばれ、主に
犬・猫を「安楽死」させるというイメージが定着している。殺処分センターに送られる前に
パピーミルにて亡くなった母犬たちは、私たちが決まった日に燃えるごみを出すのと同じ
ように、一般ごみとして捨てられている。
殺処分センターにペットたちを連れてゆく「不要犬・猫回収車」というものがある。これ
は最近新しく誕生したものらしく、以前は各保健所が行っていた犬猫の引き取り・処分を更
に大きい単位の殺処分場が一手に引き受ける事となり、その殺処分場に直接足を運ぶ事の
できない人のためにこうして回収車が車道を巡っているのだそうだ。パピーミル業者が犬
を捨てに来る事例もあるようだが、彼らが回収車に足を運ぶ際には一般人に変装している
8
ため、回収車側から注意する事はできないのだという。
回収車は、以下のような〈動物愛護管理法第 35 条〉に則ってその業務を進めている。「動
物愛護管理法においては、都道府県、政令都市、中核市において、犬又は猫の引き取りに関
して、所有者から求められた場合や所有者の判明しない犬又は、猫の引き取りを拾得者から
求められた場合公共の場所において発見された負傷動物等の一部については、これを引き
取らなければならない。」この法により、回収車では飼い主がいい加減な理由でペットの処
分を求めてきたとしてもそれを引き取らざるを得なくなっているのである。
そうした回収車の行く先も、前述したとおりの殺処分センターである。そもそもこのよう
な収容施設が誕生したのには、明治 6 年頃、狂犬病が流行した事に起因している。当時の犬
はペットというより害獣としての扱いを受けており、狂犬病にかかった犬を駆除する場所
として、まずは各保健所に殺処分センターが誕生したのである。このような状況下で犬を殺
す効率を上げるために開発が進み、その処分機の構造は狂犬病が収まった今もペット殺処
分のしくみとして毎日機能している。
その殺処分の方法とは、二酸化炭素ガス注入による窒息死である。この方法は一般的に
「安楽死」というイメージが持たれている。文献によると、2009 年 6 月の環境委員会で、
当時の吉野環境副大臣は以下のように述べている。「二酸化炭素による殺処分、いわゆる窒
息死ですね。ですから、窒息というと、もう、苦しい、精神的な、犬猫に対して大変なもの
があるというふうに想像しますけども、二酸化炭素にはですね、麻酔の作用がございます。
これは濃度管理や施設の操作が適切に行われれば麻酔の作用があるということ、これはア
メリカの獣医師会 2000 年に発表されたのですけども、その報告書においても紹介をされて
いるところです。」
実際のところはどうであろうか。同書の中に殺処分センターを訪れた際の記録が記され
ていたので、そのまま引用する。
施設に入ると、10 畳程の正方形の収容房が、5 部屋あった。直径 3 センチはある、太い鉄
格子に隔たれた中には、人なつっこい大型の秋田犬が 2 匹、また別の部屋には、スタンダー
ドプードルが 2 匹、ほかにも雑種の大型犬が 15 匹程いた。
まだあどけない子犬も、収容房の中にある、2 畳ほどのケージに入れられていた。(中略)
とても飼いきれないような、問題行動を起こす犬など一匹も見あたらない。
冷たい床に座るもの、尾を体の中にしまい、どこに行ってよいのかわからず、ウロウロ歩
き回るもの。多くの人が想像する、狂ったように吠える犬や、人を見て襲いかかるような凶
暴な姿など皆無だ。
どの犬も、鉄格子の中から、ただ、憂いたように悲しいまなざしを、通りかかる人にむけ、
じっとしている。なぜ、この場所に送られたのか、わからないまま、戸惑っているかのよう
9
に、どの犬も、ただ、ただ不安な表情を浮かべ、体はおびえたように震えていた。(中略)
別の収容房へと案内された。それは、その日に殺される犬たちがいる、最後の部屋。
鉄格子の中に、10 頭の犬がいた。何故かどの犬の毛も水に濡れていた。職員に聞くと掃
除をする水がはねて彼らにかかるという。それがたとえはねた水だとしても、彼らを不安の
底に落とすには十分である。最後の最後まで、彼らに安らぎの時は訪れないのだ。
「追い込み」と呼ばれる作業が始まった。職員の合図により、収容房の部屋の奥にある仕
切り扉が開いた。自由になれると思ったのか、1 匹の犬が仕切りの向こうへと歩き出した。
しかし、そちらに行ってはいけないとじっと部屋にとどまる者もいる。
と同時に、今度は手前の鉄格子が、仕切り板の方へ、ガラガラと大きな金属音をたてて動
き出した。振り返る彼らの瞳が悲しみに満ちあふれていった。
職員は、さらに放水を行い、犬を奥の通路へと追いやった。
壁の奥にある狭い通路が見える位置に立つと、そこに、恐怖におびえ、必死に逃げまどう
犬たちの姿があった。不安の中、行き場を失いさまよい歩く犬の姿を見ていると、この犬達
を捨てた飼い主達に対し激しい怒りがこみ上げる。
壁の奥の通路にも仕掛けがあった。壁は殺処分機のある方向に向け作動する。追いつめら
れた犬達は、やがて、冷たい銀の処分機へと迫し込まれていく。
狭い箱の中には、たちまち、恐怖におびえる 10 匹の犬達で、満員電車のようになった。
箱が閉まると犬達の恐怖は頂点に達した。悲痛な声で泣き叫ぶ犬、手前の窓ガラスを引っ
掻き、外に出たいと訴える犬。体中を震わせる犬。異様な出来事を、犬達は全身で感じ取っ
ていた。逃げ場のない恐怖に犬たちの表情は激しくこわばっていた。
震える犬達に容赦なく二酸化炭素ガスが注入されていく。とたんに犬達は一斉に、叫び声
をあげた。恐怖の中で、出口を懸命に探しているのだ。そこら中を引っ掻き始め苦しそうに、
必死に口を大きくあけて息をしようとする。箱を必死に掘るようにひっかき、もがけば、も
がくほど息ができずに苦しい表情を浮かべた。次第に吠えているのに、声は出ず、息もすえ
ない状態が続く。口は大きくパクパクと動き、唾液が泡になり吐きでるように体内から出て
くる。
窓の中から助けを求め、もがき悲痛な表情を浮かべる犬達。4 分を過ぎたころ、1 匹目の
犬が失神して倒れた。
横になったまま、手足を必死にばたつかせている。
そこに折り重なるようにもう 1 匹の犬が倒れた。
走り回る犬、壁に両手をかける犬、飛び上がる犬、まるで乾燥機の中で服が舞い上がるよ
うに、箱の中は、地獄絵図と化した。犬達は最後の最後まで、恐怖と苦痛にさらされていた。
狭い箱の中で、力つきるまで必死に生きようとしながら 6 分を過ぎた頃、多くの犬が、バ
タバタと倒れ始めた。体は折り重なったまま、手足を大きくばたつかせ、口からは、黄色い
10
液体が溢れ出てくる。目は大きく見開き、横たわる腹は、激しく波をうっているそれは決し
て安楽死ではなく、長時間に渡る、苦しみと恐怖を味わう拷問であった。
ペットショップで売れ残ったから、繁殖能力が衰えたから、飼育してみたら、想像と違っ
たから。
そうした身勝手な人間達による、殺処分行為は、毎日 1000 匹の犬猫の命を奪っている。
20 分二酸化炭素ガスを噴出させたあと、死体は焼却炉に捨てられる。
個体差によって、また子犬や子猫に、二酸化炭素が効かないこともあり、生きたまま燃や
されることもあるという。(87~96 頁)
筆者は続ける。「無責任な飼い主は、この一部始終を知らずして、自らの手を汚さずに、
私たちの税金で、殺戮行為を安易に繰り返している。その責任は、飼い主だけではない。3
~4 週齢で親から離し、精神不安な犬を売りつけるペットショップ、生まなくなったと持ち
込む悪徳繁殖業者、いつまでもそうした業者を取り締まらない行政、こうしたことを知って
いても無関心を装う社会。苦しみながら死んで行く犬や猫の姿は、命の尊厳を重いれない私
たちの社会をそのまま投影しているのだと、1 人でも多くの人に気づいてほしい。」
▼ 解決を目指して
まず予め提示しておきたいのは、本論文における「解決」とはすなわち「殺処分ゼロ」を
表すという事である。また、ここまで研究を進めた中でこの殺処分に直結していると思われ
る事例を、以下のようにまとめる事ができると考える。
1、パピーミルによるペットとして質の低い犬の繁殖促進
2、パピーミルによる母犬の処分
3、ペットとしての質の低下に拍車をかけるペットショップの環境
4、ペットショップでの売れ残りの犬を生きたまま収容できる施設がない事
5、命を軽んじる無責任なペット消費者
6、飼い主が苦労せずともペットを処分できる回収車の存在
7、飼い主からその実態が見えにくい殺処分場
8、これらを取り締まらない行政
9、矛盾を孕んだままになっている動物愛護法
10、私たち一般人の無関心
11
▼ パピーミル・ペットショップ・消費者における解決
パピーミルが商品として粗悪なペットを生みださなければ、この殺処分問題にも何割か
はケリをつけられるはずである。とはいえ彼らは彼らとてパピーミルという職業で味を占
めているのだから、例えその商売が道徳的でないとして批判されたとしても、きっとすぐに
は手を引こうとしないであろう。これへの直接的な解決策として現時点で頭をかすめるの
は、パピーミル業者のために悪徳商法よりも利益の出る道徳的な商売を用意するか、法で取
り締まるかの二択である。しかし前者に関しては今の時点ではひらめくものがなく、更に文
献に当たる必要がある。後者に関しては既に法改正の動きがあるが、それこそパピーミルの
ような悪徳業者にその施行を阻まれているのが実情である。
直接的にマクロな視点からパピーミルを悪徳商法から追いやるのには、行政や法改正な
どの大きな動きを必要とするため時間がかかる。しかしもっと一般人としてのミクロな視
点に立って、間接的にこのパピーミル業者を締め上げるのであればどうだろうか。まずは消
費者がパピーミル経由のペットショップからペットを買わない事が大切である。ただし、あ
るペットショップが健全であるか否かを一般の人が見極めるのは難しい。それに加えて店
で売られているペットが心身ともに健康であるかどうか見極めねばならないと言われれば
尚更である。そこで、逆に健全なペットショップが「自分のところは健全だ」と主張をする
ために、健康に育った子犬のゲージの横に、犬を育て上げたブリーダーの顔写真や住所など
を掲載してはどうであろうか。ちょうどスーパーマーケットの野菜の横にも、「私が作りま
した!」とにこやかに写真に写る農家の人々の様子とその出身地が開示されているではな
いか。もしもこの開示がペットショップでも一般的になれば、良質なペットを育て上げるブ
リーダーは顧客からの信頼を得てブランド化し、逆にパピーミルや悪徳ペットショップな
どの収益は大幅に減るであろう。
▼ 回収車・殺処分場における解決
回収車を待つ人の中には、ペットを捨てるというだけでなく、捨てられた犬猫を自分の元
で引き取りたいという目的の人もいるそうである。しかし今日の制度では、飼い主が一度書
類に「殺処分」と記入してしまった後は、それを撤回する事はできないという決まりになっ
ている。もっと柔軟にならないものか。一度殺処分と決められてしまった動物も、引き取り
手が見つかればその人に受け渡す事のできる仕組みがあるべきである。
また、繰り返し回収車や殺処分センターにペットを持ち込む人には罰則を科すべきだと
考える。このような人たちは、税金を使って殺人をしているのと変わらないのである。殺処
分センターと回収車とで連携してペットを持ち込んだ人の顔写真付き名簿を作り、まずは
処分センター・回収車側にとってのリピーターが誰なのか、リピーター本人にとって自分は
どれほどのリピーターなのかをはっきりと形にするのはどうであろうか。
12
また、リピーターを含め自らのペットを殺処分場に持ち込む人たちに、その後ペットがど
のように死んでゆくのかを知る機会を与えるのも重要な事である。しかし現在は県庁など
の指示によって殺処分場の見学はできない決まりとなっている。よってこれを実現するに
は、殺処分の様子の公開を求める一般人・殺処分センター職員・県庁間での縦の意思疎通が
大切となってくると考える。
▼ 行政・法における解決
4 頁ほど前の回収車の話でも述べたように、動物愛護管理法がかえって犬・猫の不要な殺
戮を生む結果となっている。とはいえこの法律を撤廃してしまえば飼い主のいない捨て犬・
捨て猫が道端に溢れてしまいかねないため、一概に悪だと言い切る事はできない。それでも、
行政との連携が不十分なせいで生じた粗い網目の間に多くの犬・猫の命が突き落とされて
いっているという状況が事実としてある。この法律一つ取ってもそうである。今後の研究で
は法律・行政について、①現在どのような措置が取られていて、それは成功しているか ②
今後どのような措置を増やすべきなのか 以上二点を軸に調査を進めてゆきたいと考える。
Ⅲ 結論・今後の研究に関する計画
上段落に挙げた以外にも、ペット殺処分問題について考えるためのポイントはいくつも
ある。NPO などの動物愛護団体の実際の活動や、海外の事例なども未だほとんど調査でき
ていない。また、ペットを育ててゆく上での決まりとしてマイクロチップの装着を一般化す
る事、殺処分に送られる犬・猫を生かしたまま収容する犬・猫カフェの検討、「殺処分ゼロ」
という解決の形からは逸れるが、せめて苦痛に耐えた上での「窒息死」ではなく注射による
「本当の安楽死」を施す事など、犬・猫が最期まで人間の手の元で幸せに暮らすための工夫
はまだまだ多方面でできるはずである。
今後は「一大学生・一般の人として真っ先にできる事は何なのか」を基本的な問題意識と
して、その問題にアプローチする際の仮説として「現在ペット問題の解決に乗り出している
地域の何かヒントが得られるのではないか」とし、一大学生でも行動に移す事の出来そうな
事例を見つけるという視点から、少なくとも以下の文献には当たってみる所存である。
・エリザベス・オリバー『日本の犬猫は幸せか』集英社新書
…ペット問題解決のために海外の事例を見てゆきたい。
・片野ゆか『 ゼ ロ ! 熊 本 市 動 物 愛 護 セ ン タ ー 1 0 年 の 闘 い 』 集 英 社
・松田光太郎『殺処分ゼロの理由 熊本方式と呼ばれて』熊日情報文化センター
13
…この二冊からは、実際に日本の熊本県で実現した殺処分ゼロについて考察し、その
内容を今後の問題解決のために役立てたい。
上記の研究が進んだ暁には、このような先行事例を自分の行動にどのように落としたら
良いのか、“この手で問題を解決するための手段”とは何なのかを知るため、今度はペット
問題の垣根を越えた多くの資料を参考にしてゆきたいと考える。(11704 字)
【参考資料】
・藤村晃子、2010 年『ペット大国日本の責任! いのちがおしえてくれたこと』長崎出版
・子犬のへや 最終閲覧日:2017 年 1 月 26 日
http://www.koinuno-heya.com/petshop/auction.html

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