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外交を考える
対外政策の理論と実際を、現状の日本政治に照らして論ぜよ
渡辺涼太
【要約】
 日本外交は憲法 9 条と日米安保条約に基軸を置く吉田路線に則ってきた。一見この二項は矛盾する
ように思える。冷戦前に日本の再軍国化を恐れた戦勝国に対して、戦後復興と経済成長に不可欠な国
際協調の道を開くために憲法 9 条を掲げた。一方で冷戦期に東西イデオロギーの直接対立の引き金と
なった朝鮮戦争の際、日本の中立主義に対するアメリカの懸念や国際連合の集団的自衛権の機能が見
込めない冷戦期の状況から、日本は日米安保条約を締結せざるを得なかった。このように吉田路線は
その折々で受け入れざるを得ない妥協策を採った結果である。だがこれは 9 条を背景に非武装中立を
理想とする平和主義と国際協調の中でも日本の主体性は損なわれるべきでないとする伝統的国家主義
という二つのイデオロギーの対立を生んだ。国際政治には四つのパワーが規定されるがその中に、最
終的には軍事力を拠り所に主張を押し通す「大国(グレートパワー)」外交と、大国外交がなじまな
い国際協調などの領域に働きかける「ミドルパワー」外交がある。吉田路線のねじれを解くことで日
本が建設的外交を行える政治世論の土台が出来上がる。
【論点】
 2016 年 3 月 29 日から平和安全法制が思考された。また 2016 年の 5 月 30 日、民進、共産、社民、
生活の野党 4 党が内閣不信任決議を提出した。不信任の理由としては安保法制の強行成立による立憲
主義と平和主義への挑戦、経済政策の失敗、行き過ぎたリーダーシップの三点である。では、安保法
制の強行成立は立憲主義と平和主義を損なうものなのか。安保法制の内容から考えたい。
 武力攻撃事態法は新たに、密接な国に対する武力攻撃が発生した際に日本が武力行使をする余地が
生まれる条項が追加された。重要影響事態に関しては国際連合憲章の目的の達成に寄与する外国の軍
隊を支援対象に追加した。国際平和協力法においても参加五原則に加えて、国連の要請(またはその
専門機関などの要請)もしくは活動が実施されるであろう国の要請が必要となった。これらの改正に
よって見えるのは、アメリカに限らない国際連合やその他の国に対する支援活動もしくは武力行使が
なされるようになったということだ。これによって対米の主体性の確保ができ、国際社会における存
在感を示すことができる。これは日本のミドルパワーとしての行動を容易にしたに過ぎないのではな
いか。しかし一方で平和維持活動における武器使用の条件が緩和されるなど、軍国主義化と捉えられ
かねない点もないとは言えない。
 ではこの法制は軍国主義化を助長し平和主義を損なう大国志向なのか、それとも国際協調に歩を進
めるミドルパワー志向なのか。私はミドルパワー志向であると思う。武力行使は侵略行為ではなく自
衛の場合に限る。これは軍事力で主張を通そうとしているというよりは、国として当たり前の権利で
ある。またどの規定に関しても、「自発的攻撃性」を排除するような配慮が見られる。完全な平和主
義は武器が存在する以上実現しないし、国際協力基調の政治スタンスをとる日本が軍国主義に戻るメ
リットはほとんどない。だとすれば、国際協力に意欲的な姿勢を見せたこの法改正はミドルパワー志
向の産物といえるのではないだろうか。

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第6回 ディスカッションペーパー

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