第2回自然主義研究会
ギャラガー&ザハヴィ『現象学的な心』合評会
第3報告:神経科学の立場から
2013年6月29日(土)15:25∼16:05
一橋大学 国立東キャンパス 第三研究館 3階 会議室
吉田 正俊 (自然科学研究機構・生理学研究所・認知行動発達研究部門 助教)
1. 私の問題意識:意識の科学的解明
Blindsight (盲視)の研究のまとめ
• 盲視とは: Visual information processing without visual consciousness
• 盲視サルはサリエントな刺激に眼を向けることができる。(Yoshida et.al., 2008)
• 盲視であるってどんな感じ?: 視覚意識とサリエンシーの二重システム
私の問題意識
• HOT と前反省的自己意識、どちらが盲視を理解するのに役に立つか?
• 意識への一人称的アプローチは可能か?
• これまでの意識の認知神経科学的アプローチはヘテロ現象学的な三人称的アプローチだった。で
もそれで充分なのだろうか? ヴァレラの神経現象学は意識の一人称的アプローチの研究プログラ
ムたり得るか。
2. 前反省的自己意識と高階説(第 3 章)
前反省的自己意識とはなにか?
• 経験的現象のこの直接的一人称的な所与性は「前反省的」自己意識の観点から説明されなければな
らない
• 経験に対する反省以前は[...]「自己意識を欠いていた」というわけではない。その経験はすでに私に
対して現前しており、すでに私たちに対してのものであった。その意味で、経験は前反省的に意識
的なのである。(G&Z p.66)
• 「前反省的自己意識」はこの本の中で非常に重要な概念であるにもかかわらず、定義が一文で明
示的に書かれていないので、理解に手間取った。
Zahavi & Parnas 1998 での記述
• self-awareness in a more basic but also more fundamental sense [...] whenever I am acquainted
with an experience in its first-personal mode of givenness”(p.689)
• pre-reflective self-awareness — which is an immediate, implicit and irrelational, non-objectifying,
non-conceptual and non-propositional self-acquaintance”
• reflective self-awareness — which, at least in certain forms, is an explicit, conceptual and
objectifying thematization of consciousness” (p.696)
高階説 vs. 現象学
• 意識の高階説
• 意識があるときの心的状態と意識がないときの心的状態の違いは、それと関連するメタ-心的状態
があるかどうかに依存する。
• 経験の主観的な感じは高階の気づきの能力を前提とする。
• 意識とは、心が自らの状態や働きに志向的な狙いを向けることに関わる問題(G&Z p.75-76)
• 現象学
• 前反省的自己意識が現象的意識の構成的特徴であり、不可欠な部分だ(p.73)
• なにかを意識的に経験するときに存在する自己意識が何らかの種類の反省、内観、あるいは、高
階の監視の観点から理解されるべきだという見方をはっきりと否定する。
• 自己意識は付加的な心的状態に関わるものではなく、むしろ一時的経験の内在的特徴として理解
されるべきである。(G&Z p.76)
自動詞的意識 (being aware)とは?
• 高階説:
• それを備えた心的状態の外在的性質であり、何らかのべつの状態によって外的に与えられた性質
(G&Z p.76)
• 自己意識を意識のない異なる二つの心的状態の間で成立するメタ的な気づきと見な[して、この自
己意識の観点から説明する](G&Z p.81)
• 現象学:
• それを備えた心的状態の内在的性質であり、構成的特徴(G&Z p.77)
• 問題となる心的状態に不可欠かつ内在的な原始的形式の自己意識の観点からもっとも良く理解さ
れる(G&Z p.81)
自然化の問題:脳過程と意識の関係
• [現象学で自動詞的意識が内在的であると主張するときそれは分析不可能なものであると主張する
ことにならないのか、という批判に対して] 意識に関する関係的な説明を拒絶したからといって、
意識が生じるには神経基盤が必要だということが無視されることにはまったくならない。
• [現象学での]単一レベルでの説明は関係的な高階説よりも単純かつ倹約的で、さらに神経科学にお
いて評判の良い見方--それによると、意識とは神経活動が特定の閾値に達するかどうかの問題であ
る--とも、より親和的だと主張することもできるかもしれない。(G&Z p.82)
盲視を説明する:高階説
• 盲視患者の意識のない心的状態と正常な視覚を持った人物の意識的な心的状態は、後者においては
主体が高階の知覚(HOP)ないし高階の思考(HOT)を通じて心的状態そのものに気づいているという
点を除いては同じだ(G&Z p.86-87)
• 問題点:
• 盲視患者が HOT を向けて、それを意識化が出来ない理由が明らかでない。
• 意識のない感覚状態のどのような側面が高階のアクセスを不可能にするかが本当の問題
• [盲視での無意識な状態を]意識的な感覚状態から区別するものが HOT 以外になければならない
(p.87)
盲視を説明する:現象学
• 盲視患者における視覚経験の欠如に関するもっとも理にかなった説明は、高階の思考のレベルでは
なく、神経レベルで見いだされる。
• 盲視の場合、他の脳領域が視覚情報の処理において機能し続けており、運動的行動や推測には情報
が伝えられているにもかかわらず、主体は視覚意識の産出に何らかの仕方で不可欠な領域に脳損傷
を負っている。(G&Z p.88)
• 問題点:
• 意識のない心的状態に前反省的自己意識を単純に付け加えれば、突然、それは意識的になるだろ
うということではない [ので問題ではない]。(G&Z p.87)
HOT と前頭皮質
• Lau & Rosenthal は HOT が前頭皮質の活動によるものとする仮説を立て、盲視がその証拠になると
議論している。(Lau & Rosenthal 2011)
• 盲視は第一次視覚野の損傷で起こるので、[単一レベル]説を支持すると思うかもしれない。しかし
脳損傷には遠隔的効果がある[損傷部位自体ではなくてその下流での機能に影響を与えうる]。
• じじつ、盲視では前頭皮質の活動の低下が知られている。(Lau & Rosenthal 2011 p.370)
単一レベル説の立場から
• 意識には HOT が必要であり、HOT には前頭皮質が関与している、という考え(Lau & Rosenthal)に
は同意できない。それに対抗する理論的根拠を現象学が与えてくれるなら大歓迎。
3. ヘテロ現象学 (第 2 章後半)
ヘテロ現象学とは?
• 火星から来た科学者(哲学的ゾンビ)が地球人の「意識経験」について調査しているとする。
• 火星人は行動データ、生理データを集める。
• 行動データのうち、言語報告やボタン押しについては信念や意図を表しているものとして解釈する
(志向姿勢)。
• 火星人はこれらのデータから、地球人の意識経験をフィクションとして再構成する。
• 火星人は地球人の意識経験が実在するかどうかを問わなくてよいという意味で中立的であると言え
る。
• これは文化人類学者がある部族の宗教を研究するのに、その宗教を信じなくてもよいのと同じだ。
(Dennett 2005)
• この方法は科学の厳密さを失うことを最小限にした、意識の三人称的研究法であると言える。
• そしてこれこそが現在の実験心理学、認知神経科学が行っていることそのものである。(Dennett
1991)
• 意識の「一人称的」科学は崩壊して、けっきょくは、ヘテロ現象学になるか、あるいは、最初の前
提に含まれる容認できない先入観を露呈するかのどちらかであろう。(Dennett 2005)
• この帰結として、ヘテロ現象学での意識の科学は哲学的ゾンビにとっての意識の科学となる。
G&Z による批判:
• しかしヘテロ現象学自体が、何かしら夢想 [fantasy] 的なところを持っているのである。 (G&Z
p.27)
• 被験者の報告の解釈に必要とされる科学者自身の志向姿勢それ自体は[...]直接的にもしくは間接的
に、一人称的パースペクティブに感染している(G&Z p.28)
• 通常行われる意識研究における一人称的な説明と三人称的な説明の対比は誤解を招くものである。
(G&Z p.28)
My comment:
• デネットは心の科学的方法における現象学の寄与の可能性自体を否定しているのだから、ヘテロ現
象学では説明できないようなものを持ってこないといけない。
• ここでの G&Z の議論はこの論難にちゃんと返答しているとは思えない。
• ギャラガーの例で出てくるのは sense-of-ownership と sense-of-agency の違いだが、「この二つの
概念を説明した上でその内観を言語報告させて脳活動の差を見る」これはヘテロ現象学でも完全に
可能。
• 主観的経験のある状態を区別するということは現象学ではないんじゃあないだろうか。
• 現象学の仕事というのは、経験の構造について反省的に捉えることなのだから。
• 盲視の場合だったら、意識のある視覚と無意識の視覚(なにかあるかんじ)の違いではなくて、この
ふたつの関係についてなにかを見いだすべき。
• 盲視では「意識内容を伴わないなにかがある感じ」があることが知られている。
• この「なにかあるかんじ」でもそれを見ているのは自分であるという意味で前反省的自己意識があ
り、正常の視覚意識と共通している、というのは現象学的分析ではないだろうか?
• ではこのような感覚は、ほかの閾下知覚や周辺視野での視覚と比べてどのように質的に違い、何が
付加され、何が失われているのだろうか?
ヘテロ現象学の志向姿勢
• (a) 「赤い色を見たという意識経験そのもの」
• (b) その意識経験を持ったという信念
• (c) その信念を表出するために「赤」という言葉を選ぶ
• (d) 「赤い色を見た」と発声する
• ヘテロ現象学では(d)という一次データを解釈することで(b)という信念に到達する(志向姿勢)。
• (a)そのものは問わない。
• どうやって(b)という信念が生まれたかを解明することが意識の科学がするべきこと。
My comment:
• ヘテロ現象学を反 するためには、(a)と(b)が乖離しうるということを示すのが一つの方策。
• では盲視では何が起こっているだろうか?
盲視では(a)と(b)が食い違うか?
• (a) 「視覚刺激 A が上にあるのを見た」という意識経験
• (b) 「視覚刺激 A が上にあるのを見た」という意識経験を持ったという信念 B
• (b ) 「視覚刺激 A が上にある」という信念 B
• (c) 信念 B を表出するために↑キーを選択する
• (d) 右ボタンを押す
• 食い違っていない。
• the phenomena of blindsight appear only when we treat subjects from the standpoint of
heterophenomenology.” (Dennett 1991 p.326)
4. 神経現象学の構想 (第 2 章後半、第 4 章)
Neurophenomenology (神経現象学)とは
• 意識経験を一人称的かつ誰でも同意できる形で説明するにはどうすればよいか? (Varela 1996)
• 三つの統合
• 1) 意識経験の(フッサール)現象学的な分析
• 2) 生物学的システムに関する経験的な実験
• 3) 力学系理論
なんで力学系か? (Varela 1999)
• enactive な認知観:認知は身体を持つ(embodied)エージェントによって行われ、感覚・運動的活動
によって媒介される。
• => enactive な認知は力学系的な道具立ての中に自然に収まる (<==> 計算論的)
現象学的な時間
• 現象学的な時間(「生きられた時間」=把持、原印象、予持)は内部発生的な力学系の中で協調してい
る
• 統合同期は力学的に不安定であり、したがって絶え間なく、継続的に、新たなアセンブリを生み出
していく
• 先行する創発は、力学的軌道の痕跡(現象学的レベルでの過去把持に対応する)として、後続する創
発のうちになおも存在している(G&Z p.120)
My comment:
• 1) 脳内ネットワークでセルアセンブリが認知における機能単位なのではないかという考え方は現
在では広く受け入れられて、研究が良く進んでいる。
• 2) セルアセンブリと意識の統合という考え方での研究も広く行われている。
• ヴァレラの提唱した時間スケールの議論は現在でもまだ仮説的なものでしかないが、今後より追求
されていくべき論点であり、現象学と力学系と脳科学との接点という意味では promising であると
いえる。
5. 神経現象学の実践 (第 2 章後半)
神経現象学の実践例
• 1) 被験者は「現象学的還元」によって、事項が経験される仕方に注目するように訓練する。
• 現象学的還元 = 「主観と客観」の二元論のような形而上学をいったん脇に置いて経験の構造を反
省的に捉えること
• => 現象学的方法は内観主義ではない
• 被験者は「現象学的還元」によって、事項が経験される仕方に注目するように訓練する。
• 「現象学的還元」の成果として、被験者は発見的に自分の準備状態について報告できるようにな
った。
• このカテゴリーが他の被験者と一貫していることを確認した。(「相互主観的な確証」)
• 2) 多点での EEG(脳波)の計測
• 3) 力学系的な方法での解析
• 現象学的に明らかにされた準備状態によって脳波の phase synchrony が変わる。
My comments:
• 意識状態について「発見的にカテゴリー分けをする」点以外はヘテロ現象学と違いはない。
• 結局のところ「神経相関」であって、力学系的な「内的に区別可能なカテゴリーの創発」とはなっ
ていない。
• 神経現象学は自らの目的をまだちゃんと達成できていない。
• 「前倒しされた現象学」にしろ、「神経現象学」にしろ、脳との対応付け(神経相関問題)を考える時
点で袋小路にぶつかっているのではないか?
• それよりは、力学系的な解析を徹底して「内的に区別可能なカテゴリーの創発」などによって一人
称的視点が出来たときにそれがどのような構造を持つのか、といった問題でこそ現象学が役に立つ
のではないだろうか?
References
• Yoshida M, et.al. (2012) Residual attention guidance in blindsight monkeys watching complex
natural scenes. Curr Biol. 22(15):1429-34
• (G&Z) 現象学的な心: 心の哲学と認知科学入門 ショーン・ギャラガー (著), ダン・ザハヴィ (著)
2011.12. 勁草書房, 東京.
• Lau H, Rosenthal D. (2011) Empirical support for higher-order theories of conscious awareness.
Trends Cogn Sci. 15(8):365-73.
• Dennett, D. C. (2005) Sweet Dreams. (MIT Press).
• Dennett, D. C. (1991) Consciousness Explained. (Penguin UK)
• Varela, F. J. (1996) Neurophenomenology: a methodological remedy for the hard problem. Journal
of Consciousness Studies 3, 330–349.
• Varela, F. J. (1999) The specious present: A neurophenomenology of time consciousness in
Naturalizing phenomenology: Issues in Contemporary Phenomenology and Cognitive Science
(Petitot, J., Varela, F. J., Pachoud, B. & Roy, J.-M.) 266–329 (Stanford University Press).
• Lutz A, Lachaux JP, Martinerie J, Varela FJ. (2002) Guiding the study of brain dynamics by using
first-person data: synchrony patterns correlate with ongoing conscious states during a simple visual
task. Proc Natl Acad Sci U S A. 2002 Feb 5;99(3):1586-91.

ギャラガー&ザハヴィ『現象学的な心』合評会 第3報告:神経科学の立場から

  • 1.
    第2回自然主義研究会 ギャラガー&ザハヴィ『現象学的な心』合評会 第3報告:神経科学の立場から 2013年6月29日(土)15:25∼16:05 一橋大学 国立東キャンパス 第三研究館3階 会議室 吉田 正俊 (自然科学研究機構・生理学研究所・認知行動発達研究部門 助教) 1. 私の問題意識:意識の科学的解明 Blindsight (盲視)の研究のまとめ • 盲視とは: Visual information processing without visual consciousness • 盲視サルはサリエントな刺激に眼を向けることができる。(Yoshida et.al., 2008) • 盲視であるってどんな感じ?: 視覚意識とサリエンシーの二重システム 私の問題意識 • HOT と前反省的自己意識、どちらが盲視を理解するのに役に立つか? • 意識への一人称的アプローチは可能か? • これまでの意識の認知神経科学的アプローチはヘテロ現象学的な三人称的アプローチだった。で もそれで充分なのだろうか? ヴァレラの神経現象学は意識の一人称的アプローチの研究プログラ ムたり得るか。 2. 前反省的自己意識と高階説(第 3 章) 前反省的自己意識とはなにか? • 経験的現象のこの直接的一人称的な所与性は「前反省的」自己意識の観点から説明されなければな らない • 経験に対する反省以前は[...]「自己意識を欠いていた」というわけではない。その経験はすでに私に 対して現前しており、すでに私たちに対してのものであった。その意味で、経験は前反省的に意識 的なのである。(G&Z p.66) • 「前反省的自己意識」はこの本の中で非常に重要な概念であるにもかかわらず、定義が一文で明 示的に書かれていないので、理解に手間取った。 Zahavi & Parnas 1998 での記述 • self-awareness in a more basic but also more fundamental sense [...] whenever I am acquainted with an experience in its first-personal mode of givenness”(p.689) • pre-reflective self-awareness — which is an immediate, implicit and irrelational, non-objectifying, non-conceptual and non-propositional self-acquaintance” • reflective self-awareness — which, at least in certain forms, is an explicit, conceptual and objectifying thematization of consciousness” (p.696) 高階説 vs. 現象学 • 意識の高階説
  • 2.
    • 意識があるときの心的状態と意識がないときの心的状態の違いは、それと関連するメタ-心的状態 があるかどうかに依存する。 • 経験の主観的な感じは高階の気づきの能力を前提とする。 •意識とは、心が自らの状態や働きに志向的な狙いを向けることに関わる問題(G&Z p.75-76) • 現象学 • 前反省的自己意識が現象的意識の構成的特徴であり、不可欠な部分だ(p.73) • なにかを意識的に経験するときに存在する自己意識が何らかの種類の反省、内観、あるいは、高 階の監視の観点から理解されるべきだという見方をはっきりと否定する。 • 自己意識は付加的な心的状態に関わるものではなく、むしろ一時的経験の内在的特徴として理解 されるべきである。(G&Z p.76) 自動詞的意識 (being aware)とは? • 高階説: • それを備えた心的状態の外在的性質であり、何らかのべつの状態によって外的に与えられた性質 (G&Z p.76) • 自己意識を意識のない異なる二つの心的状態の間で成立するメタ的な気づきと見な[して、この自 己意識の観点から説明する](G&Z p.81) • 現象学: • それを備えた心的状態の内在的性質であり、構成的特徴(G&Z p.77) • 問題となる心的状態に不可欠かつ内在的な原始的形式の自己意識の観点からもっとも良く理解さ れる(G&Z p.81) 自然化の問題:脳過程と意識の関係 • [現象学で自動詞的意識が内在的であると主張するときそれは分析不可能なものであると主張する ことにならないのか、という批判に対して] 意識に関する関係的な説明を拒絶したからといって、 意識が生じるには神経基盤が必要だということが無視されることにはまったくならない。 • [現象学での]単一レベルでの説明は関係的な高階説よりも単純かつ倹約的で、さらに神経科学にお いて評判の良い見方--それによると、意識とは神経活動が特定の閾値に達するかどうかの問題であ る--とも、より親和的だと主張することもできるかもしれない。(G&Z p.82) 盲視を説明する:高階説 • 盲視患者の意識のない心的状態と正常な視覚を持った人物の意識的な心的状態は、後者においては 主体が高階の知覚(HOP)ないし高階の思考(HOT)を通じて心的状態そのものに気づいているという 点を除いては同じだ(G&Z p.86-87) • 問題点: • 盲視患者が HOT を向けて、それを意識化が出来ない理由が明らかでない。 • 意識のない感覚状態のどのような側面が高階のアクセスを不可能にするかが本当の問題 • [盲視での無意識な状態を]意識的な感覚状態から区別するものが HOT 以外になければならない (p.87) 盲視を説明する:現象学 • 盲視患者における視覚経験の欠如に関するもっとも理にかなった説明は、高階の思考のレベルでは なく、神経レベルで見いだされる。 • 盲視の場合、他の脳領域が視覚情報の処理において機能し続けており、運動的行動や推測には情報
  • 3.
    が伝えられているにもかかわらず、主体は視覚意識の産出に何らかの仕方で不可欠な領域に脳損傷 を負っている。(G&Z p.88) • 問題点: •意識のない心的状態に前反省的自己意識を単純に付け加えれば、突然、それは意識的になるだろ うということではない [ので問題ではない]。(G&Z p.87) HOT と前頭皮質 • Lau & Rosenthal は HOT が前頭皮質の活動によるものとする仮説を立て、盲視がその証拠になると 議論している。(Lau & Rosenthal 2011) • 盲視は第一次視覚野の損傷で起こるので、[単一レベル]説を支持すると思うかもしれない。しかし 脳損傷には遠隔的効果がある[損傷部位自体ではなくてその下流での機能に影響を与えうる]。 • じじつ、盲視では前頭皮質の活動の低下が知られている。(Lau & Rosenthal 2011 p.370) 単一レベル説の立場から • 意識には HOT が必要であり、HOT には前頭皮質が関与している、という考え(Lau & Rosenthal)に は同意できない。それに対抗する理論的根拠を現象学が与えてくれるなら大歓迎。 3. ヘテロ現象学 (第 2 章後半) ヘテロ現象学とは? • 火星から来た科学者(哲学的ゾンビ)が地球人の「意識経験」について調査しているとする。 • 火星人は行動データ、生理データを集める。 • 行動データのうち、言語報告やボタン押しについては信念や意図を表しているものとして解釈する (志向姿勢)。 • 火星人はこれらのデータから、地球人の意識経験をフィクションとして再構成する。 • 火星人は地球人の意識経験が実在するかどうかを問わなくてよいという意味で中立的であると言え る。 • これは文化人類学者がある部族の宗教を研究するのに、その宗教を信じなくてもよいのと同じだ。 (Dennett 2005) • この方法は科学の厳密さを失うことを最小限にした、意識の三人称的研究法であると言える。 • そしてこれこそが現在の実験心理学、認知神経科学が行っていることそのものである。(Dennett 1991) • 意識の「一人称的」科学は崩壊して、けっきょくは、ヘテロ現象学になるか、あるいは、最初の前 提に含まれる容認できない先入観を露呈するかのどちらかであろう。(Dennett 2005) • この帰結として、ヘテロ現象学での意識の科学は哲学的ゾンビにとっての意識の科学となる。 G&Z による批判: • しかしヘテロ現象学自体が、何かしら夢想 [fantasy] 的なところを持っているのである。 (G&Z p.27) • 被験者の報告の解釈に必要とされる科学者自身の志向姿勢それ自体は[...]直接的にもしくは間接的 に、一人称的パースペクティブに感染している(G&Z p.28) • 通常行われる意識研究における一人称的な説明と三人称的な説明の対比は誤解を招くものである。 (G&Z p.28)
  • 4.
    My comment: • デネットは心の科学的方法における現象学の寄与の可能性自体を否定しているのだから、ヘテロ現 象学では説明できないようなものを持ってこないといけない。 •ここでの G&Z の議論はこの論難にちゃんと返答しているとは思えない。 • ギャラガーの例で出てくるのは sense-of-ownership と sense-of-agency の違いだが、「この二つの 概念を説明した上でその内観を言語報告させて脳活動の差を見る」これはヘテロ現象学でも完全に 可能。 • 主観的経験のある状態を区別するということは現象学ではないんじゃあないだろうか。 • 現象学の仕事というのは、経験の構造について反省的に捉えることなのだから。 • 盲視の場合だったら、意識のある視覚と無意識の視覚(なにかあるかんじ)の違いではなくて、この ふたつの関係についてなにかを見いだすべき。 • 盲視では「意識内容を伴わないなにかがある感じ」があることが知られている。 • この「なにかあるかんじ」でもそれを見ているのは自分であるという意味で前反省的自己意識があ り、正常の視覚意識と共通している、というのは現象学的分析ではないだろうか? • ではこのような感覚は、ほかの閾下知覚や周辺視野での視覚と比べてどのように質的に違い、何が 付加され、何が失われているのだろうか? ヘテロ現象学の志向姿勢 • (a) 「赤い色を見たという意識経験そのもの」 • (b) その意識経験を持ったという信念 • (c) その信念を表出するために「赤」という言葉を選ぶ • (d) 「赤い色を見た」と発声する • ヘテロ現象学では(d)という一次データを解釈することで(b)という信念に到達する(志向姿勢)。 • (a)そのものは問わない。 • どうやって(b)という信念が生まれたかを解明することが意識の科学がするべきこと。 My comment: • ヘテロ現象学を反 するためには、(a)と(b)が乖離しうるということを示すのが一つの方策。 • では盲視では何が起こっているだろうか? 盲視では(a)と(b)が食い違うか? • (a) 「視覚刺激 A が上にあるのを見た」という意識経験 • (b) 「視覚刺激 A が上にあるのを見た」という意識経験を持ったという信念 B • (b ) 「視覚刺激 A が上にある」という信念 B • (c) 信念 B を表出するために↑キーを選択する • (d) 右ボタンを押す • 食い違っていない。 • the phenomena of blindsight appear only when we treat subjects from the standpoint of heterophenomenology.” (Dennett 1991 p.326) 4. 神経現象学の構想 (第 2 章後半、第 4 章)
  • 5.
    Neurophenomenology (神経現象学)とは • 意識経験を一人称的かつ誰でも同意できる形で説明するにはどうすればよいか?(Varela 1996) • 三つの統合 • 1) 意識経験の(フッサール)現象学的な分析 • 2) 生物学的システムに関する経験的な実験 • 3) 力学系理論 なんで力学系か? (Varela 1999) • enactive な認知観:認知は身体を持つ(embodied)エージェントによって行われ、感覚・運動的活動 によって媒介される。 • => enactive な認知は力学系的な道具立ての中に自然に収まる (<==> 計算論的) 現象学的な時間 • 現象学的な時間(「生きられた時間」=把持、原印象、予持)は内部発生的な力学系の中で協調してい る • 統合同期は力学的に不安定であり、したがって絶え間なく、継続的に、新たなアセンブリを生み出 していく • 先行する創発は、力学的軌道の痕跡(現象学的レベルでの過去把持に対応する)として、後続する創 発のうちになおも存在している(G&Z p.120) My comment: • 1) 脳内ネットワークでセルアセンブリが認知における機能単位なのではないかという考え方は現 在では広く受け入れられて、研究が良く進んでいる。 • 2) セルアセンブリと意識の統合という考え方での研究も広く行われている。 • ヴァレラの提唱した時間スケールの議論は現在でもまだ仮説的なものでしかないが、今後より追求 されていくべき論点であり、現象学と力学系と脳科学との接点という意味では promising であると いえる。 5. 神経現象学の実践 (第 2 章後半) 神経現象学の実践例 • 1) 被験者は「現象学的還元」によって、事項が経験される仕方に注目するように訓練する。 • 現象学的還元 = 「主観と客観」の二元論のような形而上学をいったん脇に置いて経験の構造を反 省的に捉えること • => 現象学的方法は内観主義ではない • 被験者は「現象学的還元」によって、事項が経験される仕方に注目するように訓練する。 • 「現象学的還元」の成果として、被験者は発見的に自分の準備状態について報告できるようにな った。 • このカテゴリーが他の被験者と一貫していることを確認した。(「相互主観的な確証」) • 2) 多点での EEG(脳波)の計測 • 3) 力学系的な方法での解析 • 現象学的に明らかにされた準備状態によって脳波の phase synchrony が変わる。
  • 6.
    My comments: • 意識状態について「発見的にカテゴリー分けをする」点以外はヘテロ現象学と違いはない。 •結局のところ「神経相関」であって、力学系的な「内的に区別可能なカテゴリーの創発」とはなっ ていない。 • 神経現象学は自らの目的をまだちゃんと達成できていない。 • 「前倒しされた現象学」にしろ、「神経現象学」にしろ、脳との対応付け(神経相関問題)を考える時 点で袋小路にぶつかっているのではないか? • それよりは、力学系的な解析を徹底して「内的に区別可能なカテゴリーの創発」などによって一人 称的視点が出来たときにそれがどのような構造を持つのか、といった問題でこそ現象学が役に立つ のではないだろうか? References • Yoshida M, et.al. (2012) Residual attention guidance in blindsight monkeys watching complex natural scenes. Curr Biol. 22(15):1429-34 • (G&Z) 現象学的な心: 心の哲学と認知科学入門 ショーン・ギャラガー (著), ダン・ザハヴィ (著) 2011.12. 勁草書房, 東京. • Lau H, Rosenthal D. (2011) Empirical support for higher-order theories of conscious awareness. Trends Cogn Sci. 15(8):365-73. • Dennett, D. C. (2005) Sweet Dreams. (MIT Press). • Dennett, D. C. (1991) Consciousness Explained. (Penguin UK) • Varela, F. J. (1996) Neurophenomenology: a methodological remedy for the hard problem. Journal of Consciousness Studies 3, 330–349. • Varela, F. J. (1999) The specious present: A neurophenomenology of time consciousness in Naturalizing phenomenology: Issues in Contemporary Phenomenology and Cognitive Science (Petitot, J., Varela, F. J., Pachoud, B. & Roy, J.-M.) 266–329 (Stanford University Press). • Lutz A, Lachaux JP, Martinerie J, Varela FJ. (2002) Guiding the study of brain dynamics by using first-person data: synchrony patterns correlate with ongoing conscious states during a simple visual task. Proc Natl Acad Sci U S A. 2002 Feb 5;99(3):1586-91.