『組織の経済学』勉強会
第Ⅲ部 モチベーション:契約、情報とインセンティブ
2015年3月29日(日)
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問題意識
 なぜ企業が存在するのか?(by コース)
 新古典派経済学への批判:市場メカニズムが当てはまらない領域がある。
• 例)企業組織内で労働者がある部門から別の部門に移動するのは、市場価格(賃金)による調整
ではなく、権威ある経営者によって移ることを命令されるから。
 企業は市場と同様にさまざまな人々の交わる場であるが、市場とは異なるルールで機能する資源配
分の仕組みである。
 企業内取引はどのようなとき合理的か?
 「市場メカニズムを用いることに要するコスト> 組織化のコスト」となるとき
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出所:伊藤秀史
問題意識 Cont’d
 では市場における「取引コスト」とは何か?(by ウィリアムソン)
 人間は①限定合理的であり、②機会主義的行動を取るので、現実の取引においてあらゆる不確定な
要素を折り込んだ「完備契約」を結ぶことはできない。
 よって、機会主義的行動を取る取引相手に騙されないために、取引前に相手を調査し、正式な取引契
約を結び、そして取引後も契約履行を監視する必要がある。この一連の費用を「取引コスト」と呼ぶ。
 改めて、企業とは?
 一連の取引コストを節約するために、悪しき人間の機会主義的行動の出現を抑止する様々な統治制
度、コーディネーションのこと(=組織化のコスト)。
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本章では、①限定合理性、②機会主義から生まれる市場取引の問題と、
それを克服するための仕組みや動機付けについて扱う。
限定合理性と契約の不完備性(P.138)
 定義
 1947年ハーバート・サイモン
• 合理的であろうと意図するけれども、認識能力の限界によって、限られた合理性しか経済主体が
持ち得ないこと
 限られた範囲内で最善の力を尽くそうとして合理的であろうと意図しながら行動するのであって、非合
理的な行動をするというわけではない。
 人間は限定合理的なので、あらゆる事象を想定した完備契約を書くことはできない。
 予測不能な状況(例:1980年のモスクワオリンピックをボイコット。TVCM枠の価値がなくなった)
 計算費用と契約(たとえ事態が予期できたとしても、そのほとんどが起こりそうにもないとき、詳細に記
述するコストの方が高くつく)
 言語の不正確さ(言語そのものが多義的であり、契約の文言をめぐって争いが生じうる)
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限定合理性と契約の不完備性(P.138) Cont’d
 契約的な対応
 広範な事態に適用される「包括的条項」
 状況変化に対応するための「スポット市場契約」
 目標・目的や紛争解決方法のみを定めておく「関係的契約」
 漠然と共有している「暗黙の契約」
 非契約的な対応
 自身に対する評判への配慮、信頼
• 悪評のために将来の有益な取引可能性が減少する恐れによって、約束違反を食い止められる。
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機会主義的行動
 契約後の機会主義
 ホールド・アップ問題(P.146)
• 資産所有者が多額な特殊的投資のために、契約相手の機会主義的行動の被害を受けやすくな
る。
• 不完全な契約と、資産の特殊性が共存したときに起こる。
• 契約が不完備で不完全でしかないために、契約の当事者は契約の落とし穴を利用して相手から
利益を奪おうとする。
 契約前の機会主義
 戦略的虚偽表明(P.151)
• 交渉当事者が取引価格を有利にするために、自らの価値を偽って表明しようとする。
• 買い手が本当は100円の価値があると知っているのだが、ゼロ円だと言い張ることによって売り
手から利益を得る。
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インセンティブ効率性(整合性)(P.154)
 要は・・・
 情報を持っていない側としては、誘因つまりやる気を引き出す仕組みを適切に作って、望んだ行動を
情報を持っている側が取るように仕向けることが必要。誘引を引き出す行動が、依頼者の望んだもの
に合致していることを誘因整合的という。
 例えば・・・
 教授が研究室の整理のために学生アルバイトを雇う。このとき、学生の事務処理能力が高いのか、情
報の非対称性が存在する。
 そこで「時給を相場より少し安くするが、半日以内でキャビネット1個分の書類を整理できたら、ボーナ
スとして自給を2倍にする」というインセンティブを付与する。
 このとき、能力のある学生しか応募してこなくなるので、能力が高いと知っている学生だけが応募する
ような誘因になっている。一方、誘因によって学生の能力を引き出すことは、効率的に研究室を整理し
たいという教授の望みも満たしている。
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情報の非対称性
 情報の非対称性とは
 市場取引における買い手と売り手の当事者同士が保有する情報が不均衡であること。
 人間は限定合理的なので、全ての私的情報を手に入れることはできない。
 市場メカニズムが通常なら持っている資源の最適配分を達成する機能を損なう⇒市場以外の仕組み
が必要。
 ポイントは取引の前・後
 取引前の情報の非対称性(例:中古車の欠陥、保険契約者の健康状態)
• 「逆選択」を引き起こす。
• 対処法はスクリーニング、シグナリング、割り当て
 取引後の情報の非対称性(例:プリンシパル・エージェント問題)
• 「モラル・ハザード」を引き起こす。
• 対処法はモニタリング、インセンティブ付与
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逆選択
 定義
 情報を持っていない側の利益に逆らって、情報を持っている側が選択するので「逆選択」という。
 問題
 取引相手の性能や能力に関する情報が分からなくて取引開始前に情報の非対称性があると、取引が
行われにくくなる。
 具体例
 妊娠・出産をカバーする保険には、近い将来出産計画のある女性が集中的に加入してしまう。
 中古車の欠陥は売り手にしか分からないので、買取価格を低くしないと割に合わない。すると欠陥の
ない自動車を持つ人は売りに出さなくなるので、市場は欠陥自動車だらけになってしまう。
 問題解決
 いかに相手の異なる情報を見分けるかが重要。
 観察可能な指標に基づいて選別するのがスクリーニング、情報を持つ側に開示を促すのがシグナリ
ング。
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モラル・ハザード
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 定義
 効率的な結果をもたらすはずの行動を簡単には観察できず、そのため行動を実行する側の人間が、
他人の利益を犠牲にして自己利益を追求すること。
 問題
 目的の不一致により、プリンシパル(依頼人)の利益最大化が図られず、富の効率的な生産が行われ
なくなる。または、それを防止するために無駄な費用が投じられることになる。
 具体例
 企業の取締役が株主利益の最大化ではなく、自社の規模の拡大、ブランドの向上、福利厚生の充実
を図ろうとする。
 預金をしていた銀行が過度なリスクを取って貸し出しを行い、不良債権化してしまった。
 問題解決
 エージェント(代理人)の行動を監視し、プリンシパルの利益から逸脱しないようにする(モニタリング)。
 エージェントとプリンシパルが同じ目的・利害を共有できるようにする(インセンティブの付与)。
見分けよう
①フリーマーケットでラジオを買おうとしているが、ちゃんと動くか心配している。
②車の修理を頼もうとしているが、もしかしたら不必要なところまで修理した方がよいといわれるの
ではと心配している。
③採用面接で「一生懸命働きます」と言ってもなかなか信じてもらえない。
④同じく採用面接で、自分の能力には自信があり、「どんな難しい仕事でもらくらくこなします」と
言ってもなかなか信じてもらえない。
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答え:逆選択
ラジオが動くかどうかは取引のために発生している情報で、売り手は知っているのに買い手は簡単には分からないため。
答え:モラル・ハザード
修理工場が、修理が必要かどうか判断するのは、取引開始後のこと。車の持ち主にはそれが正しいかどうか分からない。
答え:モラル・ハザード
ここで信じてもらえないのは、採用後の努力に関して。採用後の努力は本人が決められるが、簡単には外部には示せない。
答え:逆選択
本人はやれると信じていても、会社としてみれば、採用してやらせてみなければやれるかどうか分からないため、能力に関して取引
前に情報の非対称性がある。
逆選択が引き起こす問題
 中古車市場
 質の良い中古車は50万円、質の悪い中古車は10万円で売れる。しかし見分けがつかないので、市場
価格は30万円まで下がる。このとき、30万円でもなお売りに出すのは質の悪い中古車の所持者だけ
なので、粗悪品ばかりが出回る市場となり、社会の厚生が低下してしまう。
 保険市場
 同様
 貸出市場での信用割り当て
 金利は本来需給で決まる。企業Aは1億円を借りて、1.4億円返済できる。企業Bは1/2の確率で1.8億
円、1/2の確率で0円を返済する。このとき、金利が40%以下なら両方の会社が借りに来る。しかし銀行
には1億円しかないので、金利は40%より引き上げられるはずである。
 金利を引き上げると企業Bしか借りに来なくなるが、企業Bの期待収益は0.9億円なので、銀行としては
貸し出さない方が合理的。よって需給以外の理由によって資金を割り当てようとする。
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逆選択の解決方法
 シグナリング
 自分の行動を通して相手に情報を伝えようと工夫すること。
 シグナリングとチープトークの違い
 「これは良い車だ」と言うだけなら誰でもできる(チープトーク)。シグナリングは自分のタイプを相手に
信用してもらうために、費用をかけて何らかの行動を取る。
 シグナリングの具体例
 学歴
 広告
 クエスチョン
 どこの国でも銀行は立派な店舗を構えている。なぜ?
 高級レストランに行くと自社のロゴが入った食器やナフキンを使っている。なぜ?
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逆選択の解決方法 Cont’d
 スクリーニング
 情報を持っていない側が、持っている相手に対していくつかの選択肢を提示してそこから選ばせること。
 誘因整合的になっていれば、相手の自己選択の結果が、自分の望んだものになる。
 いろいろなスクリーニング
 売り出す時期と価格
• 単行本と文庫本
• レンタルCD・DVD
 機能と価格
• 高機能TV
 期間と価格
• 航空運賃
• スポーツジムの平日コース
 問題
 予め相手のタイプを予想し、選択肢を作らなくてはならない。
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逆選択の解決方法 Cont’d
 例:業績給とスクリーニング
 若い時は低く、年を取ってから回収する賃金モデル。
 長期的な特殊投資をできる人がスクリーニングされる。
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モラル・ハザードが引き起こす問題
 保険市場
 事故を起こす可能性の高い、不注意な運転手ばかりが自動車保険に加入する。
 S&L危機
 S&Lはもともと、預金を集めてリスクの低い住宅融資に特化していたが、70年代のインフレで経営が
悪化。米政府が規制を緩和した結果、多数のS&Lが投機的な事業に走り、破綻した。政府の対応が
遅れて損失が膨らんだため、金融行政の失策としても知られる。米政府は89年に破綻処理専門機関
を設立し、700超のS&Lを清算した。処理コストは約50兆円にのぼったとの試算もある。
 預金保険によって政府がリスクを負担していたので、過度なリスクテイクを招いた。
 従業員の怠慢
 テイラー「スローペースで仕事をしながらも、結構いいペースで仕事が進んでいるように雇用主に思わ
せる方法を、有能な労働者なら必ずかなりの時間を割いて考えている。」
 航空管制官がわざと違反を犯して、就業障害保証金を受け取る。
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モラル・ハザードが引き起こす問題 Cont’d
 敵対的買収と経営者の自己保身
 ポイズンピルなどの買収防衛策によって、経営陣と取締役会が好まない買い手に、所有者が株を売
却できないようにする。
 金融契約上のモラル・ハザード
 負債の比率が増えると、自己資本の保有者ならびにその代表者である経営者にとって、リスクを冒す
インセンティブが大きくなる。
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モラル・ハザードの解決策
 モニタリングとインセンティブ
 ①モニタリングは困難か?
 ②何らかの測れる指標はあるか?
 ③インセンティブ契約のリスクは適正な範囲内
か?
 ④インセンティブ契約で引き出される努力の内容
は、求めている結果に合致しているか?
 観察可能性
 観察可能な指標と、観察不可能な行動の相関性
は?
 エージェントのリスク回避傾向
 リスクを受け入れてもらうために必要なリスクプレミ
アムは?
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モラル・ハザードの解決策 Cont’d
 保証金
 行動に責任(コミットメント)を持たせる。
 支払い可能額に限度あり。
• 官庁・企業の留学費用返還
 統合による解決とインフルエンスコスト
 取引や組織を同化することで自動的にインセンティブが同期化されるわけではない
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ディスカッション①
 日本における経営者のモラルハザードは何か?
 モニタリング、インセンティブの仕組みはどうなっているか?
 株価連動報酬は望ましいか?
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ディスカッション②
 上場ゴールの問題
 取引前の情報の非対称性が存在するが、制度の経済学の枠組みで分析できるか?
 シグナリング、スクリーニングなどの一般的な解決策はヒントとなるか?
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ディスカッション③
 日本的な雇用体系、インセンティブスキームとその理解
 終身雇用制
 年功序列制
 出世レース
 派閥
 内部労働市場(配置転換)
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20150329 第3回組織の経済学勉強会