日本語モーラの持続時間長:
単音節語提示による知覚実験
近畿大学 菅井康祐
2015.7.18 言語科学会
(於:別府国際コンベンションセンター)
モーラとは
モーラとは
日本語のリズムを構成する音韻単位。仮名1文
字(拗音は2文字)で表され等時性を持つとさ
れる(菅井,2003)。
例)
母音 /V/
子音+母音 /CV/
特集拍 撥音 /N/, 促音/Q/, 長音/:/
なぜ今モーラ?
自身の研究の関心
日本語母語話者による英語の音声知覚・認識
 
音声言語の知覚単位
音素,モーラ,音節,などの音韻項目と持続時間の
関係
外国語の音声知覚には母語の大きな影響
(Cutler & Otake, 1994)
モーラの持続時間長
先行研究
音響面からのアプローチ
モーラの音響的持続時間長
Port(1987)
1モーラずつ長さを変えた音声の発話データよ
り,モーラ数に比例して語の長さは120 ms長く
なる。
河野(1998)
日本語の音節(モーラ)の長さは平均145 ms
である。他の言語よりも正確な等時性。
モーラの音響的持続時間長
Port(1987)
同一語内の隣接するモーラ長の調査において,
同一語内のモーラに補償関係が見られた。それ
により同じモーラ数を持つ語の長さは近いもの
になると主張。
Sugito (1989),Sato(1996)などもこの説
を支持。
発話速度の影響
Hirata(2004)
発話速度の違いが,母音の短・長にどのような
影響をおよぼすか調査した。その結果,母音の
長さは発話速度の影響を大きく受けるが,短・
長の母音を含む語(CVCV : CVVCV, CVCV :
CVCVV )の長さの割合(2 : 2.70-2.95)はほ
とんど変わらなかった。
 →絶対的な長さは無い。
心理・知覚からのアプローチ
モーラの心理的持続時間長
藤崎・杉藤(1977)
/V_V/の単音節語の間の音の長さを操作した知
覚実験によって単語提示では141-169 ms, 文提
示では152-168 msにモーラの境界があるとし
た。
モーラの心理的持続時間長
Minagawa-Kawai他(2005)
/mama/という刺激語の語末の母音の長さを操
作した知覚実験により短母音と長母音の境界を
198 msと報告。
モーラの心理的持続時間長
Kinoshita他(2002)
/z_za/に5つの母音をそれぞれ挿入した課題を
用いた実験結果,F0の下降が長さの知覚に大き
な影響を及ぼすとしながらも1モーラと2モーラ
の長さの境界を示した.
/i/: 140 - 170 ms,/e/: 171 - 186 ms,
/a/: 158 - 177 ms,/o/: 149 - 177 ms,
/u/: 137 - 151 ms
菅井(2015)
菅井(2015)研究の目的
先行研究においてはいずれの調査も課題は語よ
りも大きな単位であり,ターゲットのモーラ以
外に,長さの比較対象となる音が存在する。
持続時間長を操作した母音を単独で提示するこ
とで,日本語母語話者の脳内に内在化している
モーラの長さを探る。
菅井(2015)課題音声
原音:男性,39歳,近畿方言話者が発声した5
母音(/i/, /e/, /a/, /o/, /u/)
各母音を150 - 430 msまで約20 ms刻みで15
種類に編集(praat使用)
5母音 15種類 = 75課題
モーラ数判定データ
反応時間データ
判定データから見るとモーラの境界は250 -
270 msの間に有るように思われる。
反応時間のデータから考えると,230 - 270 ms
の間にモーラ数の境界があると考えられる。
母音のモーラ境界は230 - 270 msの間にある。
菅井(2015)結果のまとめ
本研究の目的
研究の目的
母音単独提示の問題点
音の始点・終点の知覚に個人差が含まれる可能
性が高い。
立ち上がりのはっきりしている無声閉鎖音/t/
語末において長さの変化が小さい撥音/n/をもち
いた単音節語/tan/を用いてモーラの心的な長さ
を明らかにする。
実験
実験協力者
近畿圏の大学に通う18歳から21歳の大学生17
名。数名近畿方言話者以外も含まれるが実験結
果に差が見られなかったので全員を一つのグルー
プとして扱う。
課題音声
原音:男性,41歳,近畿方言話者が発声した単
音節語/tan/
/ta/のモーラの長さを150 - 430 msまで約20
ms刻みで15種類に編集(praat使用)
手順
SuperLab 4.0およびRB-830 response padを
用いた2肢強制選択のボタン押し課題。
画面に表示される1モーラと2モーラの表記を見,
ヘッドフォンから聞こえる音声がどちらかの表
記に該当するかを出来るだけ早く判断し該当す
るボタンを押す。
手順
手順
15刺激をランダム提示。
15刺激 10試行 = 150刺激
左右差のカウンターバランス
同一刺激(例:tan150)10試行の内,1モー
ラ・2モーラそれぞれの反応を左側(画面の表
記およびボタンの設定)・右側に5つずつに設定。
手順
実験のはじめに5つのダミー刺激を入れた。
協力者ごとの実験時間は説明等を含め約10分。
結果と分析
データの下処理
実験協力者の判断(1モーラ・2モーラ)と共に
反応時間を記録した。
各被験者の反応時間が平均値 2SDを超えるも
のについては,外れ値として分析データから除
外した。
2318 - 103 = 2215
(全データ)(外れ値4.44%) (分析データ)
モーラ数判定データ
1モーラと判断した反応を1,2モーラと判断し
た反応を2と記録した。
協力者(17),持続時間長(15)の2要因の
分散分析。
判定データ
2要因の交互作用・主効果ともに全て有意。
これはデータの多さに起因するものであると考
えられるので効果量も合わせて判断。持続時間
長(duration)のみに大きな値。
判定データ
判定データ
典型的な範疇知覚の傾向
250 msあたりが閾値
反応時間データ
反応時間データ
250 msまでは右肩上がりで反応時間も長
くなっている
250 msから反応が再び速くなる。
モーラ数判定+RT
・判定データから見るとモーラの境界は250 ms
あたり。
・反応時間のデータからもモーラ境界は250 ms
あたり
母音のモーラ境界は250 msあたり。
まとめ
まとめ
・日本語母語話者にとって,モーラは音韻だけ
でなく,音声的にも明らかな心的表象を持って
いる。
・モーラの長さの境界は250 msあたり
まとめ
言語研究との関わり
日本語母語話者の音声言語処理(外国語を含む)
を考える上では対象言語の音韻構造(音節など)
だけでなくモーラについても注意を払う必要が
ある(菅井,2014)。
参照文献
Cutler, A., & Otake, T. (1994). Mora or phoneme? Further evidence for language-specific listening. Journal
of Memory and Language, 844, 824–844.
藤崎博也・杉藤美代子(1977).「音声の物理的性質」『岩波講座日本語5:音韻』:65-106.東
京:岩波書店.
Hirata, Y. (2004). Effects of speaking rate on the vowel length distinction in Japanese. Journal of Phonetics
32, 565–589.
Kinoshita, K., Behne, D. M., & Arai, T. (2002). Duration and F0 as perceptual cues to Japanese vowel
quantity. Proceedings of the 7th International Conference on Spoken Language Processing (ICSLP 2002),
(1), 757–760.
河野守夫(1998).「モーラ,音節,リズムの心理言語学的考察」『音声研究』第2巻1号:16-24.
Minagawa-Kawai, Y., Mori, K., & Sato, Y. (2005). Different brain strategies underlie the categorical
perception of foreign and native phonemes. Journal of Cognitive Neuroscience, 17, 1376–1385.Port, R. F.
(1987). Evidence for mora timing in Japanese. The Journal of the Acoustical Society of America, 81(5),
1574-1585.
菅井康祐(2014).「英語の認知に関わる調査の課題統制について: 日本語のリズムに基づく
音韻統制の提案」『外国語教育メディア学会 (LET) 関西支部 メソドロジー研究部会2014年度報告
論集』:75-82.
菅井康祐(2015).「日本語モーラの心理的実在再考 : 母音の単独提示による知覚実験」『聴覚研
究会資料 』45(2):89-91.
菅井康祐他(2003). 「心理言語学」『応用言語学事典』小池生夫編:455-569. 東京:研究社.
杉藤美代子(1989).「音節か拍か―長音・撥音・促音―」『講座日本語と日本語教育2:日本語
の音声・音韻(上)』東京:明治書院,154-177.

日本語モーラの持続時間長: 単音節語提示による知覚実験(JSLS2015)