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JAEP2019 Symposium 2
- 1. © 2019 Ikutaro Masaki.
職場のダイバーシティ・マネジメント構築に向けて
―社会心理学に基づく協働の意義と課題、
教育心理学との連携の可能性―
日本教育心理学会 第61回総会
準備委員会企画シンポジウム
2019年9月16日
正木 郁太郎(東京大学)
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- 2. © 2019 Ikutaro Masaki.
正木郁太郎(まさきいくたろう)
• 研究分野 「社会心理学」
– 社会心理学が背景にある、組織分野の研究者
• 専門内容、テーマ 「職場のダイバーシティ」
– ダイバーシティが高いチームの運営、影響
– 「高めるには」よりも、「高まったらどうなる」の議論が主
• 特徴 「企業との連携を軸に研究を推進」
– 2014年頃から民間企業の非常勤研究員
• 現在も個人での企業と共同研究、サービス開発多数
– 現場の課題意識を活かして、データを取って研究し、
それを還元する。「一緒に研究」の意識。
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- 3. © 2019 Ikutaro Masaki.
話題提供の構成
1. 研究背景
企業の「ダイバーシティ」に関する課題意識と、
「ダイバーシティの効果研究」の着眼点
2. 自身の研究紹介
職場のダイバーシティの心理的影響と、それを調整
する職場要因
3. 研究をより発展させるには?
教育心理学の応用可能性、連携の余地は?
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- 5. © 2019 Ikutaro Masaki.
組織研究上の、「ダイバーシティ」と「インクルージョン」の定義
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①種類: 何が多様でもかまわない、という中立的な概念
Demographic or Task-related、表層 or 深層
②分析単位: 社会? 企業? 役員? チーム?
③影響対象: モチベーション、コンフリクト(心理・行動系指標)
イノベーション、企業業績(パフォーマンス系指標)
インクルージョン
多様な人が
参画していること
ダイバーシティ
多様な人が
いること
正木(2019); Roberson, Ryan, & Ragins(2017); Shore, Cleveland, & Sanchez(2018); van Knippenberg &
Mell(2016)
- 6. © 2019 Ikutaro Masaki.
企業における「ダイバーシティ」をめぐる2つの課題意識
1. どのようにダイバーシティを高めるか?
– ダイバーシティを高めるための施策、研究
• 2013年頃からの政府方針(女性活躍推進法など)
• 例)“女性の”管理職登用、モチベーション向上など
2. 高まったダイバーシティにどう対処するか?
– ダイバーシティが「機能する」(良い効果をもたらす)ために必要
な環境づくりのための施策、研究
• 2018年頃からの政府方針(働き方改革、内閣府(2019))
– 「機能する」からダイバーシティが自然増することもありうる
• 例)「外国籍社員が円滑に協働し、多様なアイディアをもたら
すから、さらに雇う」
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- 7. © 2019 Ikutaro Masaki.
企業における「ダイバーシティ」をめぐる2つの課題意識
1. どのようにダイバーシティを高めるか?
– ダイバーシティを高めるための施策、研究
• 2013年頃からの政府方針(女性活躍推進法など)
• 例)“女性の”管理職登用、モチベーション向上など
2. 高まったダイバーシティにどう対処するか?
– ダイバーシティが「機能する」(良い効果をもたらす)ために必要
な環境づくりの施策、研究
• 2018年頃からの政府方針(働き方改革、内閣府(2019))
– 「機能する」からダイバーシティも自然増することもありうる
• 例)「外国籍社員が円滑に協働し、多様なアイディアをもたら
すから、さらに雇う」
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「ダイバーシティの効果研究」の課題意識は2番。
①ダイバーシティが高まると、何が起きるのか?
②その影響がよりポジティブになる要因や、その理由は?
⇒実践的には、②が分かれば、多様な人が協働するため
に必要な要因(「マネジメント」の要素)が分かる。
- 8. © 2019 Ikutaro Masaki.
「ダイバーシティの研究」の歴史の一部
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ダイバーシティを活かす
取り組み(条件)ダイバーシティの効果
理論化、体系化
初期の研究:ダイバーシティの効果・影響
• ダイバーシティが高いチーム・組織は、パフォーマンスや、
モチベーションが高いのか?
• メタ分析・レビュー論文複数。しかし企業により効果が様々。
ダイバーシティの種類の細分化
現在の研究:ダイバーシティを活かす取り組み・条件
• ダイバーシティの効果を調整する要因はなにか?
• アンケート調査、行動実験、人事データ分析など、様々な
実証研究が登場している。
2007~13年頃 2015~16年頃1999年
Roberson et al.(2017); van Knippenberg & Mell(2016)
- 9. © 2019 Ikutaro Masaki.
組織の階層別にみた、重要な調整要因
9
組織レベル
…トップのメッセージ、差別撤廃の制度
★上司レベル
…上司がコミュニケーションを積極的に取っているか?
★職場レベル
…役割が明確で、個々人が独立して働けるか?
個人レベル
…ダイバーシティの有用性を信じているか?
目的を明確に、コミュニケーションを取っているか?
組織に対する認識レベル
…メンバーが組織を肯定的に捉えているか?
組織を取り巻く環境
…ダイバーシティが役立つ業種か?
Shore et al.(2018), van Knippenberg & Mell(2016)などより作成
従業員にとっては、日々協働する「職場」が主な活動単位。
その協働のあり方を左右するため、マネジャーが鍵になる。
- 11. © 2019 Ikutaro Masaki.
ご紹介する研究
正木郁太郎(2019). 職場の性別ダイバーシティ
の心理的影響 東京大学出版会
• 博士論文を出版したもの
• 一部は査読付論文で出版済、
転載・再分析したもの
• 5年・約10社の質問紙調査の
実証分析の一部をご紹介
11
- 12. © 2019 Ikutaro Masaki.
ご紹介する研究の目的
• 扱ったダイバーシティ
– ①職場レベルの、②性別のダイバーシティの、
– ③心理的影響(情緒的コミットメント、対人的ストレス、離職意図など)
• アプローチ: 調整効果の研究
– ダイバーシティの主効果自体には関心が薄い
– どのような状況下では、効果が上向くか?
• 調整変数: 職務特性(取り組む仕事の特徴)
1. 仕事の相互依存性: 職場で互いの仕事が影響しあう状態
2. 役割の曖昧性: 一人一人の役割が曖昧な状態
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- 13. © 2019 Ikutaro Masaki.
ご紹介する研究の目的
• 扱ったダイバーシティ
– ①職場レベルの、②性別のダイバーシティの、
– ③心理的影響(情緒的コミットメント、対人的ストレス、離職意図など)
• アプローチ: 調整効果の研究
– ダイバーシティの主効果自体には関心が薄い
– どのような状況下では、効果が上向くか?
• 調整変数: 職務特性(取り組む仕事の特徴)
1. 仕事の相互依存性: 職場で互いの仕事が影響しあう状態
2. 役割の曖昧性: 一人一人の役割が曖昧な状態
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なぜ職場?
⇒日々の仕事が行われる単位。
コミュニケーション、相互作用が起きる単位。
なぜ性別?(15-17年。現在は別のダイバーシティも研究)
⇒社会的な論点の一つだった(女性活躍推進)。
現在は、働き方・職務経験・国籍も研究対象。
- 14. © 2019 Ikutaro Masaki.
ご紹介する研究の目的
• 扱ったダイバーシティ
– ①職場レベルの、②性別のダイバーシティの、
– ③心理的影響(情緒的コミットメント、対人的ストレス、離職意図など)
• アプローチ: 調整効果の研究
– ダイバーシティの主効果自体には関心が薄い
– どのような状況下では、効果が上向くか?
• 調整変数: 職務特性(取り組む仕事の特徴)
1. 仕事の相互依存性: 職場で互いの仕事が影響しあう状態
2. 役割の曖昧性: 一人一人の役割が曖昧な状態
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なぜ職務特性?
①個人の思い
「個人の意識の問題」にとどめたくなかった。
ダイバーシティが機能しない「構造的な理由」とは?
②理論的理由
次のスライドへ。
- 15. © 2019 Ikutaro Masaki.
ご紹介する研究の目的
• 仕事の相互依存性と役割の曖昧性は、斉一性圧力と
して機能するのではないか?
– 一体感や「暗黙の協調」によって職場の仕事が成り立つという、
構造・特性
– 従って職場のメンバーに対しても「一体であれ」という圧力が加
わりやすい(鈴木・麓, 2009; 濱口, 2013)
– 本来は、「一体であれ」という圧力が、モチベーションや組織市
民行動を高めるが…(池田・古川, 2015; 鈴木・麓, 2009)
• しかし、ダイバーシティとの相性はどうか…?
– 一体になりにくいメンバー構成にも関わらず、仕事による斉一
性圧力が高いと、コンフリクトが増加しうる(Brewer, 1999)
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- 16. © 2019 Ikutaro Masaki.
研究の手法
• 様々な企業で、働く人に質問紙調査を実施
– 企業ごとに分析、書籍内では合計約10社
– 企業内の「職場」のダイバーシティを分析
• 特に「男女共同参画」という観点で、多様な特徴
を持つ企業を対象とした
1. 業種: サービス業、製造業、食品メーカー、小売業
2. 日系・外資
3. 女性従業員・管理職比率:
従業員多・管理職多(昇進機会が比較的平等)
従業員多・管理職少(昇進機会が比較的不均等)
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- 17. © 2019 Ikutaro Masaki.
実証研究例(正木, 2019 研究2)
• 調査対象
– 人材サービス業の企業C社、625名
– 職場 =部・課に相当する社内区分
• 主要変数
– 性別ダイバーシティ: 回収率が高く、回答者の男女
比率をBlau’s Indexに変換(0~0.5の値、男女半々のとき0.5)
– 情緒的コミットメント(高木ほか, 1997)
– 仕事の相互依存性(鈴木・麓, 2009)
– 役割の曖昧性(鈴木・麓, 2009)
• 情緒的コミットメントのICCが低いため、重回帰分析
17
- 18. © 2019 Ikutaro Masaki. 18
(個人レベル)重回帰分析の結果(R2=.20)
• 相互依存性・ダイバーシティの交互作用 β=-.08, p<.10
• 相互依存性±1SDを用いた単純傾斜検定
• 低群のβ=-.00, n.s.; 相互依存性高群のβ=.09, p<.05
1.00
2.00
3.00
4.00
DV・低 DV・高
情緒的コミットメント
(愛着要素)
相互依存性・低
相互依存性・高
所属する職場の性別ダイバーシティ
低(-1SD) 高(+1SD)
- 19. © 2019 Ikutaro Masaki.
実証研究例(正木, 2019 研究3)
• 調査対象
– 地方の食品メーカー、248名
– 職場 =課に相当する社内区分
• 主要変数
– 性別ダイバーシティ: 男女比率をBlau’s Indexに変
換(0~0.5の値、男女半々のとき0.5)
– 対人的ストレス(職業性ストレス簡易調査票より 下光ほか, 2000)
– 仕事の相互依存性(鈴木・麓, 2009)
– 役割の曖昧性(鈴木・麓, 2009)
• 同じ目的でマルチレベル分析を実施(HLM)
19
- 20. © 2019 Ikutaro Masaki. 20
1.0
1.5
2.0
2.5
3.0
3.5
4.0
DV・低 DV・高
対人ストレス
(高いほどストレス)
相互依存
性・低
相互依存
性・高
所属する職場の性別ダイバーシティ
低(-1SD) 高(+1SD)
HLM(階層線形モデル)の結果
• 依存性・ダイバーシティの交互作用 γ=3.65, p<.05(集団レベル)
• 相互依存性±1SDを用いた単純傾斜検定
• 低群のγ=-.07, n.s.; 相互依存性高群のγ=2.15, p<.01
- 21. © 2019 Ikutaro Masaki.
考察
• 特に「仕事の相互依存性」は、ダイバーシティと相性が悪い
– 海外の一部先行研究とも一致(Joshi & Roh, 2009)
– 相互依存性は、仕事において斉一性圧力を強めるため?
– 役割の曖昧性にも同じ効果があるが、諸変数を統制すると消失
• ある程度頑健な結果である模様
– 複数の従属変数(情緒的コミットメント、対人ストレス)
– 複数の分析手法(個人レベル重回帰分析、マルチレベル分析)
• 画一性を前提とせず、職場で「独立的・自由な働き方」を
実現することが、ダイバーシティの機能も向上させる?
– 近年の「柔軟な働き方」の推奨と重なる点も(内閣府, 2019)
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- 23. © 2019 Ikutaro Masaki.
ある企業における「その後」の事例
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• ダイバーシティ推進担当・役員の依頼で調査を実施
• 調査結果を全社にフィードバック(社員報告会)
• 「多様な人が力を発揮できる環境の特徴が分かった」
• 「日々の仕事のやり方を変え、個人の独立性や裁量を
高めることが重要」
• 先方の担当者「…それで、ここからマネジャーや社員を
どう教育し、環境を変えていくか?」
「診断」を超えて、現場のマネジャーをどう支援するか?
※実在の複数企業における例をもとに、架空の企業事例を作成。
- 24. © 2019 Ikutaro Masaki.
「マネジャーの支援」の具体的な中身
目的
• マネジャーを中心に、ダイバーシティの概念を職場に
浸透させ、「多様な人が働きやすい環境」を作ること
具体的に必要になりそうなこと(案)
1. 知識伝達: フィードバックと問題意識共有
2. 動機づけ: 個々の社員をいかに動機づけるか
3. 対話と改善: 現場で議論し、改善できる環境作り
4. 活動の持続: 単発の研修を超え、活動を継続
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- 25. © 2019 Ikutaro Masaki.
「マネジャーの支援」の具体的な中身
目的
• マネジャーを中心に、ダイバーシティの概念を職場に
浸透させ、「多様な人が働きやすい環境」を作ること
具体的に必要になりそうなこと(案)
1. 知識伝達: フィードバックと問題意識共有
2. 動機づけ: 個々の社員をいかに動機づけるか
3. 対話と改善: 現場で議論し、改善できる環境作り
4. 活動の持続: 単発の研修を超え、活動を継続
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ここまでが現状の限界
「部下に教える」活動であり、
「部下への教え方を教わる」活動でもある
→ある種のFDとの共通点?
- 26. © 2019 Ikutaro Masaki.
論点1:動機づけ
背景・概要
• そもそも、「ダイバーシティに適した職場づくり」への動機づけ
を高める必要がある
• 「新しいことを学ぼう」「自分も何かやってみよう」
問題の難しさ
• (現場では)差し迫った必要性が薄いこと
アイディア
• 教育心理学の中でも、学習の動機づけに関する研究が
役に立たないか?
• いわゆる動機づけやワークモチベーションの理論研究を越
えて、教育手法や、実践上の注意点は?
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- 27. © 2019 Ikutaro Masaki.
論点2:対話と改善
背景・概要
• 「多様な人が働きやすい職場」といっても、個々の職場による
個別性が強く、個別に議論し、進める必要がある
– 例)正木研究でいえば、「あなたの職場で仕事の相互依存性とは?」
• 「働き方チェックリスト10問」のような、具体的な策が作りにくい
アイディア
• この種の学習に適切なマネジャー・部下の関係とは?
– メンターとメンティー、教師と生徒、リーダーとフォロワー
• 「考えることを促す」「一緒に答えを作る」ことができる環境?
– そもそも、安全に話しあえる学習環境の作り方は?
– アクティブ・ラーニングを活用したトレーニングが有効?
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- 28. © 2019 Ikutaro Masaki.
論点3:活動の持続
背景・概要
• この手の研修の最大の問題が、単発で終わりがちなこと
• 日常の仕事生活で活かされず、結局何も変わらない
– 「なんとなくよかった」「勉強になった」止まり
アイディア
• 「学習の転移」を促すための教育手法とは?
– 一般的に何が行われており、その効果はどうか?
• 反転学習のような手法の方が有効?
– 一定の知識を得て現場で実践し、結果を授業で議論
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- 29. © 2019 Ikutaro Masaki.
論点4:その他
そのほかの論点(悩み)
• 研究者は何に、どこまで関与すべきか?
– 関与・小: マネジャーに「教え方を教える」
– 関与・中: 加えて、マネジャーのフォローアップ?
– 関与・大: 個別の職場の教育を直接実施する
⇒より現場に近い「教育心理学」では実践範囲はどこまで…?
• 厳密な効果測定の難しさ
– トレーニング以外の剰余変数が多い
– 職場単位で検証したくても、1年でメンバー構成が変わってしまう
– そもそも、職場の名前が変わることも(組織改編)
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- 30. © 2019 Ikutaro Masaki.
まとめ
• 「職場のダイバーシティの研究」はあるが、トレーニングの
設計や実施、効果測定は未知数
– 「トレーニングの実験研究」はあるが、正解が無い
– 職場ごと、個人ごとの個別性が高い
• ただし、現場の改善ニーズは非常に強い領域
– 特に外資系企業や、ダイバーシティ推進の先進企業
– 「制度は一通り充実させたが、それでも前に進まない理由はど
こにあるのか?」
• 学際的な連携が必要?
– 社会心理学だけでは、教育手法が分からない
– 外部の研修ベンダーにもノウハウは無く、未知の領域
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- 31. © 2019 Ikutaro Masaki.
引用文献(主なもののみ略記)
Brewer, M. B. (1999). The psychology of prejudice: Ingroup love or
outgroup hate? Journal of Social Issues, 55, 429-444.
濱口桂一郎 (2013). 若者と労働―「入社」の仕組みから解きほぐす 中央公論新社.
Joshi, A. & Roh, H. (2009). The role of context in work team diversity
research: A meta-analytic review. Academy of Management Journal,
52(3), 599-627.
正木郁太郎(2019). 職場の性別ダイバーシティの心理的影響 東京大学出版会.
内閣府(2019).令和元年度 年次経済財政報告 https://www5.cao.go.jp/j-
j/wp/wp-je19/index_pdf.html
Roberson, Q., Ryan, A. M., & Ragins, B. R. (2017). The evolition and
future of diversity at work. Journal of Applied Pshychology, 102(3),
483-499.
Shore, L. M., Cleveland, J. N., & Sanchez, D. (2018). Inclusive
workplaces: A review and model. Human Resource Management
Review, 28, 176-189.
鈴木竜太・麓仁美 (2009). 職場における仕事のあり方とメンタリング行動に関する実証
研究 神戸大学経営学研究科Discussion paper, 2009-14, 1-13.
van Knippenberg, D. & Mell, J. N. (2016). Past, present, and potential
future of team diversity research: From compositional diversity to
emergent diversity. Organizational Behavior and Human Decision
Processes, 136, 135-145.
31