日本心理学会第87回大会の公募シンポジウム「心理療法研究の最前線：エビデンスと個別性の双方を尊重するために」用に作成したスライド資料です (8つある資料の3個目)。 心理ネットワークアプローチによって臨床実践にどのような変革がもたらされるのか，その展望を樫原 潤 (東洋大学) が示しています。臨床心理学に携わるみなさまに，ぜひ目を通していただきたい内容です！

1. 日本心理学会第87回大会
2023年9月15日
樫原 潤 (東洋大学)
心理ネットワークアプローチ
がもたらす「臨床革命」
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2. 統計なんていくらがんばっても，
現場の臨床実践には役立たないじゃん
(個人的に長らく戦ってきたナラティブ)
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3. 心理ネットワークアプローチとの出会い
◼ 2015年，アムステルダムでDenny Borsboomと
出会ってしまった
https://dennyborsboom.com/
Borsboom et al. (2004)
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4. Network guysへの仲間入り
樫原・伊藤 (2022)
翻訳中！
(2024年刊行？)
Isvoranu et al. (2022)
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5. ブームへのかすかな違和感
◼ 「統計データ解析」としての側面ばかり切り取られすぎ
※ Borsboom et al. (2021) より引用
樫原 (2021)
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6. ルーツから紐解くと・・・
◼ ネットワーク科学
• 世の中の多様な現象をネットワーク (複
雑系) として捉え，説明・予測・制御に
つなげる学際科学
◼ 心理ネットワークアプローチ
• 一人ひとり異なっている「心」をネッ
トワーク (複雑系) として捉え，説明・
予測・制御につなげる成長分野
Barabási (2016)
池田他 (監訳) (2019)
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7. 心理ネットワークアプローチの構成
心理ネットワーク
アプローチ
心理ネットワーク
理論
心理ネットワーク
分析
ネットワーク思考
(ものの見方) を
「心」に適用する
ネットワーク科学全体
で構築されてきた理論
を，「心」の説明・予
測・制御に役立てる
実データを数理モデル
に当てはめて分析し，
心理的変数間の複雑な
相互作用を理解する
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8. 「アプローチ」の要点
うつ病
抑うつ 不眠 無価値観
e1 e2 e4
食欲不振
e3
抑うつ 不眠
食欲不振
無価値観
DSM的な発想から，臨床実践の
現実に則したものの見方へ
クライエントは，「概念」ではなく
「症状の連鎖」に苦しんでいる
治療者が介入できるのは，「症状」や
「連鎖」のみであり，「概念」は直接
攻撃できない
※ 樫原 (2021) より引用 8/20

9. 「理論」の要点
ネットワーク科学で構築された
様々な理論の援用
ネットワークの維持には「ハブ」が
大きな役割を果たしている
動的平衡が崩れて相転移が生じる前に
は，早期警告信号として，臨界加速 /
減速が確認される
※ Epskamp et al. (2018)
をもとに作図
Dablander et al. (2022) 9/20

10. 「分析」の要点
実データを数理モデルに当ては
め，変数の関連を可視化
時系列データの場合，N = 1でも推定
を実施できる
ネットワーク全体の特徴や，個々の
ノード (変数) がもつ機能について，
数量的指標をもとに議論できる
※ Borsboom et al. (2021) より引用
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11. 心理統計学者発のアプローチも，
臨床実践に大いに役立つ！
(いま，声を大にして言いたいこと)
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12. 「アプローチ」がもつ臨床的意義
◼ 概念ではなく，「具体的なものごとの連鎖」に着目して
ケースに向き合う姿勢が鍛えられる
• Thが「『うつ病』のClだから『認知行動療法』で対応しよう」
という形の処理に流れてしまいそうな場面はよくある
• 概念の一言では表せない「連鎖のパターン」にこそ，ケースの
個別性がよく現れるはず
◼ 複雑な「心」を，複雑な形のまま理解することにつながる
• 「概念」からこぼれ落ちる個別性・複雑性も，ネットワークの形
ならもっと表現しやすくなる
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13. 「理論」がもつ臨床的意義
◼ ネットワーク科学由来の諸理論をメタファーとして活用し，
問題の発生・維持・変容メカニズムの理解につなげられる
• 「少し良いことがあってもClがすぐに元のパターンに戻るのは，
システム全体で『動的平衡』が働いているからだ」
• 「Clにとっての『ハブ』を見出せば，効率的な介入も考えつき
やすいだろう」
• 「Clにとって重要なコンポーネントの変動に着目して，『相転
移』レベルの大きな変容の前兆を掴もう」 …など
※ 「心理の場合にもこれらの理論が正しいと言えるか」は，今後
データ解析で確かめていく必要がある 13/20

14. 「分析」がもつ臨床的意義
◼ 個々のClがもつ複雑系を，「データで記述可能な範囲」
だけでも明らかにできる
• 心理ネットワーク分析に必要な「データ測定・解析」にかかる
コストは，今後下がっていくはず
• データ分析が自動化されていけば，Thは「データでは表現しきれ
ないもの」を集中的に検討できる
◼ 「データを測定し，解析し，結果をもとに話し合う」とい
うプロセス自体が，良好なTh-Cl関係の構築につながる
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15. 実例：Kroeze et al. (2017)
心理ネットワークアプローチの
proof-of-principal研究
うつ・不安の諸症状で長年苦しむ67歳
女性が対象
介入前に2週間のアセスメント期間を
取り，経験サンプリング法を実施
収集したデータからネットワーク図を
推定し，それを見ながら介入方針を話
し合う
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16. 先進的なデータ解析を誇るだけでは，
臨床実践にはあまり役立ちません
(まとめにかえて)
心理ネットワークの観点や理論も学べば，
「臨床革命」にみんな参画できます
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17. 文献
Barabási, A.-L. (2016). Network Science. Cambridge University Press.
(バラバシ， A.-L. 池田 裕一・井上 寛康・谷澤 俊弘 (監訳) (2019). ネットワー
ク科学――ひと・もの・ことの関係性をデータから解き明かす新しいアプロー
チ―― 共立出版)
Borsboom, D., Deserno, M. K., Rhemtulla, M., Epskamp, S., Fried, E. I., McNally,
R. J., ... & Waldorp, L. J. (2021). Network analysis of multivariate data in
psychological science. Nature Reviews Methods Primers, 1, 58.
https://doi.org/10.1038/s43586-021-00055-w
Borsboom, D., Mellenbergh, G. J., & van Heerden, J. (2004). The concept of
validity. Psychological Review, 111(4), 1061–1071.
https://doi.org/10.1037/0033-295X.111.4.1061
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18. 文献
Dablander, F., Pichler, A., Cika, A., & Bacilieri, A. (2023). Anticipating critical
transitions in psychological systems using early warning signals: Theoretical
and practical considerations. Psychological Methods, 28(4), 765–790.
https://doi.org/10.1037/met0000450
Epskamp, S., Borsboom, D., & Fried, E. I. (2018). Estimating psychological
networks and their accuracy: A tutorial paper. Behavior Research Methods,
50(1), 195–212. https://doi.org/10.3758/s13428-017-0862-1
Isvoranu, A.-M., Epskamp, S., Waldorp, L., & Borsboom, D. (Eds.). (2022).
Network psychometrics with R: A guide for behavioral and social scientists.
Routledge.
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19. 文献
樫原 潤 (2021). 理論構築の観点から紐解く心理ネットワークアプローチの活用上
の留意点――松本論文へのリプライ―― 心理学評論, 64(2), 204–223.
https://doi.org/10.24602/sjpr.64.2_204
樫原 潤・伊藤 正哉 (2022). 心理ネットワークアプローチがもたらす「臨床革命」
――認知行動療法の文脈に基づく展望―― 認知行動療法研究, 48(1), 35–45.
https://doi.org/10.24468/jjbct.20-015
Kroeze, R., van der Veen, D. C., Servaas, M. N., Bastiaansen, J. A., Voshaar, R.
C. O., Borsboom, D., Ruhe, H. G., Schoevers, R. A., & Riese, H. (2017).
Personalized feedback on symptom dynamics of psychopathology: A proof-of-
principle study. Journal for Person-Oriented Research, 3, 1–10.
https://doi.org/10.17505/jpor.2017.01
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20. Enjoy the
Psychological Network Approach!
※本発表は，科研費課題 (21H05068) の一環で行われました。
※本発表について，開示すべき利益相反関連事項はありません。
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