メークイン
あっさぶのまち
2017年11月17日(金)
作成:石 井 淳 平
昔から今へと続くまちづくり
厚沢部小学校4年生社会科
と
ここはどこでしょう?
ここはどこでしょう?
ここはどこでしょう?
ここはどこでしょう?
ここはどこでしょう?
ここはどこでしょう?
これはなんでしょう?
これはなんでしょう?
これはだれでしょう?
国土地理院発行基板地図情報(海岸線)及び国土地理院発行数
値標高データ(10mメッシュ)を加工しました。
あっさぶのなりたち
国土地理院発行基板地図情報(海岸線)及び国土地理院発行数
値標高データ(10mメッシュ)、植生調査(1/50,000縮尺)植
生調査図(第2-5回植生調査重ね合わせ)「渡島・檜山支
所」GISデータ(環境省生物多様性センター)を加工しました。
鹿子舞が伝わっている
ところ
明治19年『青江理事官諮問回答書』による各集落の草分け
俄虫村 徳兵衛 天正年間(1573〜1591)
赤沼村 喜代三 万治年間(1658〜1660)
土橋村 喜三郎 延宝二年(1674)
安野呂村 久右衛門 正保年間(1644〜1647)
厚沢部の先人
松浦武四郎『再航蝦夷日誌』1846年に厚沢部をおとずれたときの記事
ニシン漁のきせつには、浜で仕事をする。
ニシン漁が終わったら、畑づくりや炭焼き、
ヒバを切る仕事も多い。
サケをとる場所が1かしょある。サケの季節
には流し木が禁止されている。
漁の時期には皆浜に出て稼ぎ、その後、山稼ぎするなり。
畑作炭焼き、また檜山稼ぎも多し。鮭場一カ所有り。秋味
の節は、流し木を禁ず。
170年前の厚沢部
厚沢部のまちのでき方
2014年11月27日撮影 新町市街地線拡幅工事
2013年9月13日撮影
厚沢部公民館(「厚沢部町史櫻鳥」より)
昭和37年
檜山農事試作場
原種農場が
町に払い下げ
昭和39年 
厚沢部公民館
厚沢部保育所
厚沢部高校実習農場
厚沢部駐在所
建設間もない厚沢部保育所
公民館
高校
中学校
図書館と体育館
農協
保育所
役場
「拓農魂」の石碑(昭和53年に厚沢部高校農業科閉課にとも
なって実習農場跡地に建立された)
「厚沢部高等学校」の石碑(昭和57年に厚沢部高校が江差高
校に統合されたことを記念して建立された)
「メークイン発祥の地」の石碑(メークインの試験栽培が行われた原種農場と普及改良に努め
た人々を顕彰するために厚沢部農協によって建立された)

厚沢部昔のまち探検