2021年1月28日
岐阜大学脳神経内科 抄読会
御宿 龍彦
目次
• 筋萎縮性側索硬化症(ALS)について
• 本日の論文
ALSの概要
ALSとは
• 主に運動系に影響を与える神経変性疾患
• 運動皮質、脳幹核、脊髄前角の上位・下位運動ニューロン喪失による進行性
の筋力低下と筋萎縮
• 限局性の発症もあるが、その後さまざまな部位に広がり、呼吸筋の障害に
よって2~5年で死に至る
• 50%ほどに行動変容、高次機能障害、言語障害などの運動外症
状がみられる
• 10%ほどは常染色体優性遺伝パターンを示すが、残り90%は孤
発例である
• 発症原因の全容は不明であり、効果的な治療法にも乏しい
1. Masrori P, Van Damme P. Amyotrophic lateral sclerosis: a clinical review. Eur J Neurol. 2020 Oct;27(10):1918-1929. doi:
10.1111/ene.14393. Epub 2020 Jul 7 . PMID: 32526057; PMCID: PMC7540334
疫学
• 日本におけるALS(推計)
• 発症率 1.1~2.5人/10万人/年
• 有病率 7~11人/10万人
• 家族歴 約5%
• 孤発例の発症リスク
• 年齢 60~70歳代で発症率が最大
• 性別 男性が女性の1.3~1.4倍程度
診断(updated Awaji基準)
診断グレード
Definite
〇脳幹と脊髄2領域における上位・下位運動ニューロン障害の臨床徴候あるいは電気生理学的異常
〇または、脊髄3領域における上位・下位運動ニューロン障害の臨床徴候あるいは電気生理学異常
Probable
〇2領域における上位・下位運動ニューロン障害の臨床徴候あるいは電気生理学的異常、かつ下位運
動ニューロン徴候より頭側の領域に運動ニューロン徴候
Probable-laboratory supported
〇1領域における上位・下位運動ニューロン障害の臨床徴候、かつ2領域における下位運動ニューロ
ン障害の電気生理学的異常
Possible
〇1領域における上位・下位運動ニューロン障害の臨床徴候あるいは電気生理学的異常
〇または、2領域以上の上位運動ニューロン徴候のみ
〇または、1領域の上位運動ニューロン徴候とそれより頭側の下位運動ニューロン徴候
治療
• 薬物療法
• リルゾールを100mg/日で経口
投与する。2~3カ月の生存期
間延長が期待できる(左図)
• エダラボンを60mg/日、生理
食塩水などで希釈して60分か
けて点滴静注する
• その他
• 対症療法、呼吸管理、代謝・栄
養療法、リハビリテーションな
どを必要に応じて
1. Stage at which riluzole treatment prolongs survival in patients with amyotrophic lateral sclerosis: a retrospective analysis of data from a
dose-ranging study Ton Fang, et al Lancet Neurol 2018; 17: 416–22
ALSの原因と生活習慣
• ALSと喫煙との関連が指摘されている
• 喫煙者は、喫煙経験のない人と比較して、ALSによる死亡リスクがほぼ2倍
• 元喫煙者のリスクは50%増加した
• 喫煙に費やした年数はALSのリスクを増加させ、33年以上喫煙した人は、喫
煙したことがない人と比較してALSのリスクが2倍以上増加した
• 一方、ALSと飲酒との関連はさまざまな観察研究がなされている
が、その結果は関連の可能性を指摘するものから、関連を否定
するものまでさまざまである。
1. Gallo V, Bueno-De-Mesquita HB, Vermeulen R, Andersen PM, Kyrozis A, Linseisen J, Kaaks R, Allen NE, Roddam AW, Boshuizen HC, Peeters PH, Palli D,
Mattiello A, Sieri S, Tumino R, Jiménez-Martín JM, Díaz MJ, Suarez LR, Trichopoulou A, Agudo A, Arriola L, Barricante-Gurrea A, Bingham S, Khaw KT,
Manjer J, Lindkvist B, Overvad K, Bach FW, Tjønneland A, Olsen A, Bergmann MM, Boeing H, Clavel-Chapelon F, Lund E, Hallmans G, Middleton L, Vineis P,
Riboli E. Smoking and risk for amyotrophic lateral sclerosis: analysis of the EPIC cohort. Ann Neurol. 2009 Apr;65(4):378-85. doi: 10.1002/ana.21653.
PMID: 19399866.
2. D'ovidio F, Rooney JP, Visser AE, et al. Association between alcohol exposure and the risk of amyotrophic lateral sclerosis in the Euro-MOTOR study. J Neurol
Neurosurg Psychiatry. 2019;90(1):11-9.
飲酒と疾患の関係
1. アルコールと健康問題~アルコール健康障害対策基本法が制定されて~ 瀧村剛、樋口進
飲酒と疾患の関係
Relative risk curves for selected conditions by number of
standard drinks consumed daily
1. Alcohol use and burden for 195 countries and territories,1990–2016: a systematic analysis for the Global Burden ofDisease
Study 2016GBD 2016 Alcohol Collaborators*
女性 縦軸は相対リスク 横軸は1日の飲酒量(1杯=純アルコール約10g)
乳癌
糖尿病 結核
虚血性心疾患
飲酒と疾患の関係
Relative risk curves for selected conditions by number of
standard drinks consumed daily
1. Alcohol use and burden for 195 countries and territories,1990–2016: a systematic analysis for the Global Burden ofDisease
Study 2016GBD 2016 Alcohol Collaborators*
男性 縦軸は相対リスク 横軸は1日の飲酒量(1杯=純アルコール約10g)
口唇・口腔癌
糖尿病 結核
虚血性心疾患
担当症例は大酒家
→ALSの発症に関係があるのではないか
本日の論文:
MR分析による飲酒とALSの因果関係の証明
Introduction
• ALSは致命的な神経変性疾患であり、今後数
十年で世界で約70%の症例増加が見込まれる
• しかし、ALSの遺伝構造の理解の進展に反し
て、根底にあるメカニズムはほぼ不明である
• 観察研究では飲酒とALSリスクの関係性を示
されたが、因果関係は不明である
Methods
• メンデルランダム分析(MR分析)
• 従来、観察研究では交絡因子の存在する可能性が
残ることから、因果関係を証明するには無作為化
介入試験が必要となった
原因
(例:珈琲好き)
第3因子
原因に関係し、結果に影響を与える
(例:喫煙。珈琲好きに多く、心筋梗塞に影響する)
結果
(例:心筋梗塞)
因果関係
Methods
• そこで、メンデルランダム化では、対立形質が無
作為に遺伝することことを利用して、観察研究を
介入試験の無作為化をしたかのように評価するこ
とができる。
原因
(例:珈琲好き)
第3因子
原因に関係し、結果に影響を与える
(例:喫煙。珈琲好きに多く、心筋梗塞に影響する)
結果
(例:心筋梗塞)
因果
遺伝子
(例:珈琲好きgene)
因果
原因に影響を与える遺伝子を
同定し、別の要素(多面発現)
が含まれていないことを証明
すればよい
Methods
• 本論文におけるMR分析の実際
• ヨーロッパのアルコール消費のゲノムワイド関連研究からヨー
ロッパ系の480,842人のアルコール摂取および関連遺伝子の
データを収集し、ALS:20,806例とcontrol:59,804例を抽出した
• 飲酒に関連し、ALSに関連しない46の独立した一塩基多型(SNP)
から不均一性を示した2個を除いた44個を選択し、操作変数とし
て使用して交絡因子を除いた。SNPはメンデルの法則に基づいて
ランダムに選択されるため、リスクアレルをもつ群ともたない群
の間の背景因子の分布は等しくなる。これにより観察研究を疑似
的にRCTに近づける。
• 飲酒量は参加者の自己申告量を1日あたりのアルコールグラム数
に変換して集計
Methods
原因
(飲酒)
第3因子
原因に関係し、結果に影響を与える
(喫煙など)
結果
(ALS)
因果
遺伝子
(酒好きSNP44個)
因果
原因に影響を与える遺伝子を
同定し、別の要素(多面発現)
が含まれていないことを証明
すればよい
Results
• 固定効果逆分散加重回帰法(点線)
• ドットは各SNPの影響力で、勾配はALSに対す
るアルコールの推定因果効果を表す
• 推定オッズ比(OR)= 2.48
• 95%信頼区間(CI)=1.38–4.44
• p = 0.002(アルコール10g消費毎)
• アルコール消費量が約10g /日増加するご
とにALSのリスクが約1.5倍に増加する。
• MR-Egger(実線)
• ①点線と実線がほぼ重なっている
• ②飲酒←SNP→ALSの間に余計な交絡
因子がない
• ③方向性多⾯発現の証拠はほぼない
Results
• LOO分析(図B)
• 一つのデータを取り出して、残
りのデータを学習用として検証
する
• 横軸は因果関係の強さ、縦軸は
密度。突出した強さをもつSNP
の偏りがなく、正規分布様に
なっている。
• 本結果では有意ではない→不均
一性はない
• 単一のSNPによって全体の因果
関係を支配していない
Results:
多面発現(≒交絡因子の存在)の否定
• MR-Egger(前出)
• 回帰切⽚= 0.010
• 95%CI = -0.025~0.027
• p =0.941
• ファンネルプロット(図C)
• 縦軸が標準偏差の逆数、横
軸が因果効果であり、
• 因果効果の周りに対称的で、
MR-Eggerの結果を支持し
た
Results
• 飲酒内容と因果効果(図D)
• 11の飲酒行動
• ⾚ワイン、白ワイン、スピ
リッツ、シャンパンなどのア
ルコールの種類
• ハザード比、95%信頼区間は
ほぼ1.0
• 飲酒行動の種類とALSの因果
関係はほぼなし
Discussion
• アルコール摂取はALSのリスクを大幅に高める可能性
があり、ALSのアルコールに対する長期暴露の危険性
を示唆している
• アルコールの種類とALS発症に因果関係は認められな
かった
• しかし、ALS発症におけるアルコールの病態生理学的
機能のさらなる調査が必要である
Discussion
• Limitation
• MR分析は線形効果が前提で、非線形効果を調べることができな
い
• 男女の飲酒行動に差があるがゲノムワイド関連研究データがない
ため、飲酒がALSに及ぼす性別特異的な影響を調べることがで
きない
• ALSの重症度と期間のデータが不足しており、アルコール摂取量
とALSとの用量反応関係を評価できない
• アルコールにはさまざまな種類があり、アルコール消費量を正確
に測定することは難しい
• アルコール消費量は主に自己報告であり、想起バイアスの可能性
がある
• 母集団がヨーロッパであり、アジアにおいて一般化できるか不明
個人的見解
• ALS発症とアルコールの因果関係が示されたものの、実際にどう
いった機序によって疾患を誘発しているかは不明である
• 約10g/日のアルコール摂取でALSのリスクが1.5倍となるが、こ
れはビール約250ml/日に相当し、これを回避するには相当の節
酒が必要である。また、有病率が10万人に1-2.5人であり、これ
が1.5倍になったとして影響はさほど大きくないといえる
• MR分析はRCTでは困難な疾患における因果関係の解析に光明を
もたらしているように思われる。本論文についてもALS発症では
なく進行速度などに焦点を絞ったMR分析を行うことや、他の
神経疾患を対象とするなどさまざまな活用が期待できるだろう

Alcohol as a risk factor for ALS

Editor's Notes

  • #18 それぞれのGWASデータは、どこから取得したのでしょうか?
  • #19 通常の方法でやるなら 飲酒をしているひと、していない人に分けて、前向きに追跡した際の、ALSの発症割合を調べる しなしながら、ALSの罹患率は極めて低く、この手法では膨大な人数を集めなければいけないのにもかかわらず、全然ALSの人がいないという、きわめて非効率な試験となってしまう。 しかも飲酒がALS発症の直接的な理由となっているかは不明である。 もしかすると飲酒が多い→喫煙が多い→だからALSが多い とかいうように、「喫煙」が交絡因子として挟まっているのかもしれない でも、それを調べる方法はなかった。 そこで、メンデルランダム試験の登場となる。 今回これを使用するメリットは、アルコールそれ自体がALSの発症にどのように寄与しているかという疑問に、より迫ることができる点にある。 やりかたとしては、飲酒量が多くなることが知られている遺伝子多型を洗い出し、それと飲酒量の関係を調べる。 ここまでで、すくなくとも多型たちが直接・もしくは間接的に飲酒量を増加させることが言えるが、この作業だけだと、「多型→交絡因子→飲酒→交絡因子→ALS」と、交絡因子が挟まってしまう可能性がある。 そこで、この多型が、飲酒やALSの原因となりそうなほかの要因との因果関係が成立しないことを統計学的に示す必要がある。 たぶん、そのために必要なのがMR Egger、LOO解析、ファンネルブロットで、これらからこのような交絡因子の存在は統計学的にはあまり考えられないので、筆者らは、「多型→飲酒→ALS」が成立すると判断した。 解析上はアルコール10gごとに、ALSが1.5倍になることが示された。ただそもそも母数が少ないので、これがすごく有意な事かは不明。10万人に1-2.5人といわれているので、これが1.5倍になってもあまり影響はないように思われる。ただし、遺伝子多型を用いてより質の高い臨床研究を目指した点は意義が大きく、今後関心を持つ必要のある領域である。 今後の発展としては、「多型→飲酒量→ALSの「進行速度」」とか、「多型→飲酒量→その他の神経筋疾患」というメンデルランダム化解析によって、いままで成し遂げることができなかった、さまざまなリスク因子が、一挙に解明される可能性があり、大変興味深い解析手法と思われる。 今後の臨床研究を大きく変えうる、衝撃的な論文かもしれません。 統計家ではないので検討は未熟だが、MR解析の神経学への利用に関し、関心を持っていく必要がある。 現在のALSマネージメントを大きく変えるほどの影響力はないという印象ではあるが、このような手法で、より多くの神経難病のリスクをより正確に判断するようになれば、病態解明に何歩も近づくことができそう。
  • #22 MR Eggerの「方向性多面発現」がないというのは、このグラフをどのように見るということができるのか?