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期待効用②
〜期待効用理論の公理系〜
 担当:修士2年   金井
ここまでで確率の公理(及びギャンブルの再
定義)と、リスク下の意思決定について再確
認しました。
期待効用理論の公理に入る前に…

フォン・ノイマンとモルゲンシュテルン
(von Neumann and Morgenstern 1944,
1947)の期待効用理論を線形効用モデルと
いうモデルから説明します。
Pxは、選択肢の集合と解釈できるので、
Px上の2項関係を考え、全てのp,q∈Pxに対
して、

     p≻q ⇔ Φ(p,q)>0

を満たすPx×Px上の実数値関数Φを想定す
ることができる。
参考
 ここでEi∈Pxが有限集合であるとき、 p(Ei)=1となる確率
 測度は、単純(simple)であると言われる。この単純確
 率測度は下の表のような例から考えるとギャンブルや
 くじと解釈することが出来る。したがって、Pxが凸集
 合であるというのは、くじやギャンブルをある確率λと
 1-λで組み合わせた複合くじや複合ギャンブルも、Pxの
 要素となっていることであると解釈できる。

 A           x1:1000万円   x2:500万円   x3:0円

 X
 a1:ギャンブル1   p11:2/3     p12: 1/3   p13:0


 a2:ギャンブル2   p21:1/2     p22: 1/3   p23: 1/6


 a3:ギャンブル3   p31: 1/6    p32: 0     p33:5/6
この実数値関数Φをもとにして、フォ
ン・ノイマンとモルゲンシュテルン(von
Neumann and Morgenstern 1944, 1947)
の期待効用理論を次の線形効用モデルか
ら説明する。
線形効用モデルとは、
        p,q∈Px
Φ(p,q)=U(p)−U(q)となるようなPx上の線
形汎関数Uをさす。
線形汎関数

PxをR上の線形空間とし、写像U:Px→Rが、
下の二つの性質(線形性)を持っている
とき

(1)∀p,q∈Px, U(p+q)=U(p)+U(q)
(2)∀a∈R, ∀p∈Px, U(ap)=aU(p)

UはPxにおける線形汎関数であるという。
Uが線形であるというのは、別の言い方をする
と
すべてのp,q∈Pxと、すべての0<λ<1に対
して

U(λp+(1−λ)q) = λU(p)+(1−λ)U(q)

となる。
(2)∀a∈R, ∀p∈Px, U(ap)=aU(p)

Uの線形性の定義より、Φは正の定数倍す
        比例尺度
ることが可能である(比例尺度である)の
で、正の線形変換も可能であることがわか
る。

U’=αU+β (α>0)

とすると

αΦ(p,q) =U’(p)−U’(q)
ギャンブルai∈Aのm個の結果xj∈Xを、そ
          æm        ö
れぞれ、確率pij çå pij = 1÷
          ç         ÷   で生じさせ
          è j=1     ø
る

単純確率測度piの効用U(pi)をもとにした

線形効用モデルは、U(xj)の期待値を求め
て

いると考えることができる。
(2)∀a∈R, ∀p∈Px, U(ap)=aU(p)

                              m
というのもUの線形性より、 i ) = å pijU(x j )
           U(p
                              j=!

となり、U(pi)はU(xj)の期待値を求めてい
るこ

とになるためである。

この意味で、この線形効用モデルUは、期
待効用モデルであると考えることができ
る。
これまでに定義した、すべてのp,q∈Pxと、
すべての0<λ<1に対して成立する、ジェ
ンセン(Jensen, 1967)の期待効用の公理系
を紹介します。
公理 A1(順序公理)


Px上の≻は弱順序である。
ただし、選好関係≻が弱順序であるとは、
(1)非対称性 p≻q ⇒ not(q≻p)
(2)負推移性 not(p≻q)∧not(q≻r)
⇒not(p≻r)
公理 A1(順序公理)


またこれは、これまで勉強してきた

(1)推移性 p≿q∧q≿r ⇒ p≿r
(2)比較可能性 ∀p,q∈Px, p≿q∨q≿p

が成り立つことと等価である。
公理 A2(独立性公理)


p≻qならば

λp+(1−λ)r ≻ λq+(1−λ)r

となる。
公理 A3(連続性公理)


p≻qかつq≻rならば
あるα,β∈(0,1)が存在して、

αp+(1−α)r ≻ q かつ q≻βp+(1−β)r

となる。
連続性の公理:具体例

p,q,rがそれぞれ
p:バナナジュース
q:マンゴージュース
r:ブドウジュース          であり、
p≻qかつq≻rのとき、
qより選好されるαp+(1-α)r(バナナジュー
スとぶどうジュースのミックスの方法A)
のためのαが存在し、
かつ
qの方が選好されるようなβp+(1-β)r(バナ
ナジュースとぶどうジュースのミックスの
方法B)の為のβが存在しなければならない。
公理A1,A2,A3が成り立つとき、また、そ
のときに限り、Px上の線形汎関数Uが存在
して、
すべてのp,q∈Pxに対して、

p≻q ⇒ U(p)>U(q)

が成立する。
とくに「独立性公理」は、期待効用理論
において重要な性質である。

ある2つの選択肢(例:ギャンブル)の選
好関係が定まっている場合、それらの選
択肢に結果が等価であり、各結果を得る
確率が等しい別のギャンブルをそれぞれ
複合した場合にも、それらの選択肢の選
好関係は保存されることを意味している。
下の表のような例を考える。
ギャンブル1よりギャンブル2を選好していると
する。
ギャンブル1とギャンブル3、ギャンブル2とギャ
ンブル3を0.5の確率で混合した複合ギャンブル
を構成する。1:1万円
A      x     x2:0万円 x3:2万円

X
a1:ギャンブル1   p11:2/3    p12: 1/3   p13:0


a2:ギャンブル2   p21:1/2    p22: 1/3   p23: 1/6


a3:ギャンブル3   p31: 1/6   p32: 0     p33:5/6
ギャンブル1とギャンブル3、ギャンブル2とギャ
ンブル3を0.5の確率で混合した複合ギャンブル
を構成すると下の表のようなギャンブル1’とギャ
ンブル2’になる。
独立性公理は、ギャンブル1よりギャンブル2が
選好されるなら、ギャンブル1’よりギャンブル2’
を選好することを要請する。
A           x1:1万円     x2:0万円     x3:2万円

X
a1:ギャンブル1   p11:5/12   p12: 1/6   p13:5/12


a2:ギャンブル2   p21:1/3    p22: 1/6   p23: 1/2
では、こうして公理化された期待効用理論は
人々の実際の選好を表現しているのでしょう
か。
それはまた次回

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