袁紹、曹操 天下分け目の決戦始まる
- 2. 第 21 集 官渡之戦上(曹操と袁紹、官渡にて戦うⅠ) 2009.5.04 更新
―「3 時間で~」第 23 話参照
チャプター① 盾を持った横並びの歩兵達(袁紹軍)、足音高くいっせいに前進~
チャプター② 伝令が馬に乗ってやって来て袁紹に「曹操軍が官渡で布陣しています」と告
げる~
チャプター③ 袁紹軍の猛攻を受けて撤退する曹操軍。袁紹の伝令が袁紹に「曹操軍は官
渡まで撤退しました」と告げる~
チャプター④ 陣営の中にいる曹操のもとへ参謀の劉曄がやって来て….
チャプター⑤ ピンチの曹操軍、劉曄の考案した投石車で少し挽回~
~投降しようとやってきた許攸を曹操は大喜びで迎え入れる。
②曹操と袁紹がそれぞれ大軍を率いて対陣。戦いを前に、両者は互いに相手を罵倒する。
曹操曰く“我奉詔討逆 (天子の詔を奉じて謀反人(袁紹)を討伐する)!”
一方、袁紹は“我奉衣帯詔討賊 (天子が帯にひそませた密詔を奉じて国賊(曹操)を討伐す
る)!”と言う。
ところでこの衣帯詔(天子が帯にひそませた密詔)とは一体何であろうか。それは後漢皇
帝・献帝が曹操の専制に憤り、自分の親戚である董承にこっそり手渡した「曹操を討て」
という詔( 時間で~」の第 14 話後半を参照)
「3 。
←董承に
密詔の入
った帯と
着物を渡
す献帝
( 「 第 15
集 袁曹
起兵」の
一場面)
- 3. 献帝から賜った
帯の中から密詔
を取り出す董承
( 第 15 集 袁曹
「
起兵」より)
董承が曹操に殺された後、この密詔は董承の仲間である劉備の手に渡り、そののち劉備が
身を寄せた袁紹の手に渡ったのであろう。
「董承死すれど、密詔死さず」と言ったところか….