SlideShare a Scribd company logo
1 of 15
誰のためのデザイン?
第5章『ヒューマンエラー? いや、デザインが悪い』
静岡大学 情報学部 行動情報学科 伊藤大貴
概要
ほとんどの産業事故はヒューマンエラーが原因とされる。
推定では75%から95%の割合。
では、彼らがポンコツなのか? ――否、デザインが悪いのである。
概要
事故が起こったとき、ヒューマンエラーを見つけると彼らを責めて終わりにし
てしまいがちだが、それでは何の解決にもならない。
ヒューマンエラーは、単なる人間のミスではなく、他の根本的な問題がかか
わっている可能性が高い。
橋が崩壊したならば崩壊した原因を発見、改善して建て直すように、ヒューマ
ンエラーを見つけた場合もエラーが起きた原因を見つけて直すべきである。
根本原因解析
根本原因解析とは、たった一つの根本的な原因がわかるまで、事故
を調査する方法。
ヒューマンエラーにおいては、人が誤った意思決定や行動をしたと
き、何がその人を誤らせたのかを調べる。
根本原因解析
根本原因解析ができていなかった例:アメリカ空軍
F-22という航空機が墜落して死亡事故が起きた時のやり取り
空軍 監察総監
あれはパイロットのエラーです。パイロットは回復動作を起こせなかったのです
それはおそらくパイロットが意識を失っていたからではないでしょうか
つまり、パイロットが問題を修正できなかったということに同意していただけた
のですね
パイロットが意識を失った原因を追究していない
5つのなぜ
トヨタグループの創始者である豊田佐吉によって広められ、日本人
は昔からこの手法を取ってきた。
何かの理由を探すにあたり、最初の一つが見つかってもそこでやめ
ないで、それが理由である理由をさらに追及する手法。
5つのなぜ
質問 答え
質問1:なぜ飛行機は墜落したのか? それは制御不能の急降下だったからである。
質問2:なぜパイロットは急降下から回復で
きなかったのか?
それはパイロットが適切なタイミングでの回復
を行わなかったからである。
質問3:それはなぜか? それは彼が意識を失っていたからである。
質問4:それはなぜか? わからない。確認しなければならない。
…
アメリカ空軍の例に当てはめると……
二種類のエラー スリップとミステーク
エラー
行為ベース
スリップ ミステーク
記憶ラプス
ルールベース
知識ベース 記憶ラプス
二種類のエラー スリップとミステーク
・エラー:「適切な」ふるまいからの逸脱。
・スリップ:何かをしようと計画したが、別のことをしてしまうこと。
・ミステーク:何かをしようと計画し、その通りに行動したが、そも
そも計画が誤っていること。
初心者はミステークを犯しやすく、熟練者はスリップを犯しやすい。
二種類のエラー スリップとミステーク
・行為ベースのスリップ:間違った行為が行われる。
ex. コーヒーにミルクを注いだ後、カップを冷蔵庫に入れてしまった。
・記憶ラプスのスリップ:行為が行われない。
ex. 調理の後、コンロのガスを消すのを忘れてしまった。
二種類のエラー スリップとミステーク
・ルールベースのミステーク:誤った規則に従って行動してしまう。
・知識ベースのミステーク:不完全な知識によって問題を誤って捉える。
ex. 燃料の量をキログラムではなくポンドで計算してしまった。
・記憶ラプスのミステーク:ゴール、プラン、評価の段階で忘却が起こる。
ex. 整備士がぼーっとしていたせいで、故障点検ができなかった。
エラーに備えてデザインする
・エラーを防ぐために制約を加える。
・意味的妥当性のチェックを行う。その行為は常識的なものか?
・行為を元に戻せるようにする。すなわち「アンドゥー(undo)」で
きるようにする。もしくは、確認やエラーメッセージで注意を促す。
・生じたエラーを発見、訂正しやすくする。
スイスチーズモデル
出典:https://resilient-medical.com/human-error/swiss-cheese-model
スライスの穴がぴったり整列した
場合に事故が起こる。
スイスチーズモデル
スイスチーズモデルは、事故を減らすためのいくつかの方法を示唆し
ている。
・チーズのスライスをさらに加える。
・穴の数を減らす。もしくは穴を小さくする。
・いくつかの穴が整列した場合には、人間のオペレーターに警告する。
レジリエンス・エンジニアリング
レジリエンス・エンジニアリングとは、問題が起こったときに対応
できるように、システム、手順、管理、人々の訓練をデザインする
こと。
エラーを数え上げて表に並べ、その数を少なくするための介入を行
う方法とは対照的な考え方。レジリエンスを有する組織は、安全を
中心的な価値として取り扱い、数え上げられるモノとして扱わない。

More Related Content

What's hot

「クリエイティブ・ラーニング:これからの学びと、学校・書店・図書館の新しい役割」(井庭崇, 図書館総合展2019)
「クリエイティブ・ラーニング:これからの学びと、学校・書店・図書館の新しい役割」(井庭崇, 図書館総合展2019)「クリエイティブ・ラーニング:これからの学びと、学校・書店・図書館の新しい役割」(井庭崇, 図書館総合展2019)
「クリエイティブ・ラーニング:これからの学びと、学校・書店・図書館の新しい役割」(井庭崇, 図書館総合展2019)
Takashi Iba
 

What's hot (20)

業務マニュアルの作り方、使い方
業務マニュアルの作り方、使い方業務マニュアルの作り方、使い方
業務マニュアルの作り方、使い方
 
つたわるスライド
つたわるスライドつたわるスライド
つたわるスライド
 
CarPlayの対応方法と日本での現状
CarPlayの対応方法と日本での現状CarPlayの対応方法と日本での現状
CarPlayの対応方法と日本での現状
 
Introduction to boost test
Introduction to boost testIntroduction to boost test
Introduction to boost test
 
人工知能概論 5
人工知能概論 5人工知能概論 5
人工知能概論 5
 
コネクタ、接続、トリガー、アクションってなに?(気ままに勉強会#02)
コネクタ、接続、トリガー、アクションってなに?(気ままに勉強会#02)コネクタ、接続、トリガー、アクションってなに?(気ままに勉強会#02)
コネクタ、接続、トリガー、アクションってなに?(気ままに勉強会#02)
 
25 perguntas poderosas para obter clientes de coaching
25 perguntas poderosas para obter clientes de coaching25 perguntas poderosas para obter clientes de coaching
25 perguntas poderosas para obter clientes de coaching
 
SICPの紹介
SICPの紹介SICPの紹介
SICPの紹介
 
20230912JSSST大会基調講演_丸山.pdf
20230912JSSST大会基調講演_丸山.pdf20230912JSSST大会基調講演_丸山.pdf
20230912JSSST大会基調講演_丸山.pdf
 
人工知能概論 1
人工知能概論 1人工知能概論 1
人工知能概論 1
 
動的計画法入門(An introduction to Dynamic Programming)
動的計画法入門(An introduction to Dynamic Programming)動的計画法入門(An introduction to Dynamic Programming)
動的計画法入門(An introduction to Dynamic Programming)
 
「クリエイティブ・ラーニング:これからの学びと、学校・書店・図書館の新しい役割」(井庭崇, 図書館総合展2019)
「クリエイティブ・ラーニング:これからの学びと、学校・書店・図書館の新しい役割」(井庭崇, 図書館総合展2019)「クリエイティブ・ラーニング:これからの学びと、学校・書店・図書館の新しい役割」(井庭崇, 図書館総合展2019)
「クリエイティブ・ラーニング:これからの学びと、学校・書店・図書館の新しい役割」(井庭崇, 図書館総合展2019)
 
ZDD基礎
ZDD基礎ZDD基礎
ZDD基礎
 
画像解析の基礎知識
画像解析の基礎知識画像解析の基礎知識
画像解析の基礎知識
 
誰でも見やすいパワーポイントを作るための パワーポイントバイブル
誰でも見やすいパワーポイントを作るための パワーポイントバイブル誰でも見やすいパワーポイントを作るための パワーポイントバイブル
誰でも見やすいパワーポイントを作るための パワーポイントバイブル
 
ZeroFormatterに見るC#で最速のシリアライザを作成する100億の方法
ZeroFormatterに見るC#で最速のシリアライザを作成する100億の方法ZeroFormatterに見るC#で最速のシリアライザを作成する100億の方法
ZeroFormatterに見るC#で最速のシリアライザを作成する100億の方法
 
Ruby 勉強会 第42回 発表資料 IO について
Ruby 勉強会 第42回 発表資料 IO についてRuby 勉強会 第42回 発表資料 IO について
Ruby 勉強会 第42回 発表資料 IO について
 
ツール利用でTOC思考プロセスを楽々実践 問題解決入門
ツール利用でTOC思考プロセスを楽々実践 問題解決入門ツール利用でTOC思考プロセスを楽々実践 問題解決入門
ツール利用でTOC思考プロセスを楽々実践 問題解決入門
 
文章を読み、理解する機能の獲得に向けて-Machine Comprehensionの研究動向-
文章を読み、理解する機能の獲得に向けて-Machine Comprehensionの研究動向-文章を読み、理解する機能の獲得に向けて-Machine Comprehensionの研究動向-
文章を読み、理解する機能の獲得に向けて-Machine Comprehensionの研究動向-
 
人工知能概論 3
人工知能概論 3人工知能概論 3
人工知能概論 3
 

More from ymmt3-lab

ゲーム実況動画のハイライト自動検出
ゲーム実況動画のハイライト自動検出ゲーム実況動画のハイライト自動検出
ゲーム実況動画のハイライト自動検出
ymmt3-lab
 
2019年度卒業研究審査会 発表資料「確証バイアスとウェブ検索行動の関係分析」
2019年度卒業研究審査会 発表資料「確証バイアスとウェブ検索行動の関係分析」2019年度卒業研究審査会 発表資料「確証バイアスとウェブ検索行動の関係分析」
2019年度卒業研究審査会 発表資料「確証バイアスとウェブ検索行動の関係分析」
ymmt3-lab
 
DEIM2019発表資料(藤堂晶輝)
DEIM2019発表資料(藤堂晶輝)DEIM2019発表資料(藤堂晶輝)
DEIM2019発表資料(藤堂晶輝)
ymmt3-lab
 

More from ymmt3-lab (20)

IR Reading 2020「Studying How Health Literacy Influences Attention during Onli...
IR Reading 2020「Studying How Health Literacy Influences Attention during Onli...IR Reading 2020「Studying How Health Literacy Influences Attention during Onli...
IR Reading 2020「Studying How Health Literacy Influences Attention during Onli...
 
IR Reading 2020春「Effects of Past Interactions on User Experience with Recom...
IR Reading 2020春「Effects of Past Interactions on  User Experience  with Recom...IR Reading 2020春「Effects of Past Interactions on  User Experience  with Recom...
IR Reading 2020春「Effects of Past Interactions on User Experience with Recom...
 
ゲーム実況動画のハイライト自動検出
ゲーム実況動画のハイライト自動検出ゲーム実況動画のハイライト自動検出
ゲーム実況動画のハイライト自動検出
 
卒業研究審査会2019_伊藤
卒業研究審査会2019_伊藤卒業研究審査会2019_伊藤
卒業研究審査会2019_伊藤
 
Soro2019 murata
Soro2019 murataSoro2019 murata
Soro2019 murata
 
2019年度卒業研究審査会 発表資料「確証バイアスとウェブ検索行動の関係分析」
2019年度卒業研究審査会 発表資料「確証バイアスとウェブ検索行動の関係分析」2019年度卒業研究審査会 発表資料「確証バイアスとウェブ検索行動の関係分析」
2019年度卒業研究審査会 発表資料「確証バイアスとウェブ検索行動の関係分析」
 
Research 20200206 nagano
Research 20200206 naganoResearch 20200206 nagano
Research 20200206 nagano
 
Journalclub 20191211 nagano
Journalclub 20191211 naganoJournalclub 20191211 nagano
Journalclub 20191211 nagano
 
研究室勉強会資料「データ分析チュートリアル」
研究室勉強会資料「データ分析チュートリアル」研究室勉強会資料「データ分析チュートリアル」
研究室勉強会資料「データ分析チュートリアル」
 
Journalclub sato 20191218
Journalclub sato 20191218Journalclub sato 20191218
Journalclub sato 20191218
 
Journal club 20191211_murata
Journal club 20191211_murataJournal club 20191211_murata
Journal club 20191211_murata
 
Journal_club_1120
Journal_club_1120Journal_club_1120
Journal_club_1120
 
ジャーナルクラブ_20191120
ジャーナルクラブ_20191120ジャーナルクラブ_20191120
ジャーナルクラブ_20191120
 
Journalclub sato 20191031
Journalclub sato 20191031Journalclub sato 20191031
Journalclub sato 20191031
 
静岡大学 山本研究室 勉強会資料 機械学習
静岡大学 山本研究室 勉強会資料 機械学習静岡大学 山本研究室 勉強会資料 機械学習
静岡大学 山本研究室 勉強会資料 機械学習
 
Journal club 20191030 ito
Journal club 20191030 itoJournal club 20191030 ito
Journal club 20191030 ito
 
Journalclub 20191023 nagano
Journalclub 20191023 naganoJournalclub 20191023 nagano
Journalclub 20191023 nagano
 
Journal club 20191023_murata
Journal club 20191023_murataJournal club 20191023_murata
Journal club 20191023_murata
 
DEIM2019発表資料(藤堂晶輝)
DEIM2019発表資料(藤堂晶輝)DEIM2019発表資料(藤堂晶輝)
DEIM2019発表資料(藤堂晶輝)
 
DEIM2019_horiuchi
DEIM2019_horiuchiDEIM2019_horiuchi
DEIM2019_horiuchi
 

誰のためのデザイン? 第5章