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COVID-19と喫煙
一宮西病院呼吸器内科 城下彰宏 (PGY6)
今回の論文
“ Prevalence of current smoking and association
with adverse outcome in hospitalized COVID-19
patients: a systematic review and meta-analysis”
(doi:10.20944/preprints202005.0113.v1)
Konstantinos Farsalinos, et al.
Introduction
▪ 喫煙は呼吸器感染症のリスク因子である。
▪ 過去の研究では喫煙者は非喫煙者と比較して14倍のオッズ比でCOVID-19患者において
病勢悪化と関連していた。ただ、全体で78人の患者が対象とされ、喫煙者は5人しかいな
かった。
▪ 中国からのケースシリーズからは5人の対象患者において喫煙者は病勢悪化の割合は統計
学的に優位に多くなかった。
▪ 過去のシステマティックレビューからは喫煙者は非喫煙者と比較して合併症が多い傾向にあっ
たと報告されている。
▪ 中国のCOVID-19患者を対象としたメタアナリシスでは一般人口と比較して喫煙者の割合
は1/4程度と低かった。
Introduction
▪ 今回の研究では
1. COVID-19患者において喫煙者の割合を計算し、一般人口での割合と比較すること
2. 現喫煙者と非現喫煙者、現喫煙者と過去の喫煙者を比較して、喫煙とCOVID-19の合
併症の割合を比較すること
を目的としている。
Methods
▪ 2020年4月25日までのPubmedに掲載された論文を対象とした。
▪ 検索ワードとしては[SARS-CoV-2 OR COVID-19 OR 2019-nCoV] AND [Clinical
OR Mortality OR Outcome]がタイトルもしくはアブストラクトに記載されていることとした。
▪ Inclusion criteria: COVID-19で入院した患者を対象とした研究のうち、重症度の分類
を行っている(分類方法は問わない)かつ、それぞれの重症度分類ごとの喫煙についての
データのある研究。
Methods
▪ 1398研究のうち、19研究がinclusion criteriaを満たした。Colombi 2020はデータが信
頼できないため除外した。結果、18研究が対象となった。
▪ 15研究は中国からで、2研究は米国から、1研究は韓国から報告されていた。
▪ 4研究で現喫煙者、過去の喫煙者を区別していたため、現喫煙者と過去の喫煙者との比較
に用いた。
▪ 1研究は外来患者と入院患者の両方を対象としていたため、入院患者のみを今回の対象と
した。
Methods
横断的に解析を行った。
1. 現喫煙者の割合を計算した。
▪ 過去の喫煙者について報告されていない論文は喫煙歴ありの患者はすべて現喫煙者として
扱った。過去の喫煙者について報告している論文は過去の喫煙者を非現喫煙者という扱い
をした。
▪ 対象となった研究での現喫煙者の割合と、一般人口の現喫煙者の割合を性別に関して調
整した割合とのオッズ比を計算することで比較した。
▪ 各国の一般人口の現喫煙者の割合は中国は男性:女性=48.4%:1.9%、米国は
15.6%:12.0%、韓国は35.8%:6.5%とした。
Methods
2. 現喫煙者と非現喫煙者とのアウトカムの比較をオッズ比を計算することで比較した。また、過
去の喫煙者について言及している論文については現喫煙者と過去の喫煙者とのアウトカムの比
較もおこなった。
▪ MetaXL v5.3を用いて、random-effects modelを使用して解析した。
Results
▪ 全体で6515人の患者が対象となった。そのうち440人んが現喫煙者であった。
▪ 合併症とはそれぞれの研究の定義での「重症」、もしくは死亡とした。
Results
▪ 現喫煙者の割合は6.8%(95%CI 4.8~9.1%)であった。対象となった研究での現喫
煙者の割合と一般人口での割合とのオッズ比は0.21(95%CI 0.16~0.26,
p<0.001)で、I2=68%と不均一性を認めた。
▪ 中国からの研究に絞ると、オッズ比は0.22(95%CI 0.17~0.27, p<0.001)であった。
▪ 現喫煙者は非現喫煙者と比較してオッズ比1.53(95%CI 1.06~2.20, p=0.022)
で 有害事象が多かった( I2=43%)。
▪ 過去の喫煙者は現喫煙者と比較してオッズ比0.42(95%CI 0.24~0.74,
p=0.003)で 有害事象が少なかった( I2=0%)。
Discussion
▪ 今回の研究ではCOVID-19入院患者において現喫煙者の割合は一般人口の性別を調整
した割合と比較して1/5と低値であった。
▪ 現喫煙者は過去の喫煙者と比較して有害事象が少なかった。
▪ ニコチンはコリン性抗炎症パスウェイを保護してCOVID-19に対して保護的な作用があるので
はないか。
▪ 現喫煙者は入院して急に禁煙を行うことで体内のニコチンが減少するため、仮説に矛盾しな
い。
▪ 喫煙者と非喫煙者での合併症の違いは喫煙に関連する併存疾患による可能性がある。
▪ Limitation
- 年齢や併存疾患など交絡因子の調整ができていない(ただし、中国の研究では高年齢層で
喫煙率は高く、ほかの研究では高年齢層で低かったため年齢の調整をおこなっていないことが
完全に影響しているとはいえない)。
- 社会的人口学的な差異についても調整できていない。
- 重症患者では喫煙歴について偽の報告がされている可能性がある(ただし、4倍もの差は説
明できないだろう)。
Conclusion
入院したCOVID-19患者のうち、現喫煙者の割合は一般人口より少なかった。
現喫煙者は過去の喫煙者と比較して有害事象が少なかった。
喫煙者は様々な合併症のリスクがあるため禁煙を推奨すべきであるが、ニコチンは重症の
COVID-19患者に対して保護的な作用をもつ可能性がある。
私見
▪ 現喫煙者の定義がわからない。
来院当日まで喫煙をしていた患者を現喫煙者とするならば、現喫煙者には軽症のCOVID-19患者が多い可能性
がある。例えば10日前からCOVID-19に罹患しており、体調が悪化して来院した患者はその数日間は禁煙してい
る可能性が高い。この患者は過去の喫煙者と定義される?一方、来院当日に発熱をきたした初期の患者は現喫
煙者で割合が多い。そのうちの多くは疫学的に軽症になるだろう。
▪ COVID-19と診断されたら隔離のために入院措置をとる国や地域が多いのではないか。
今回の研究が入院患者を対象としているのであれば、そもそもルーズな喫煙者は病院受診の頻度が少なく、非喫煙
者が病院受診の頻度が多くなる可能性がある。非喫煙者はCOVID-19と診断される機会が多いため入院患者に
非喫煙者の割合が多くなったのではないか。
▪ 今回は喫煙歴がある場合は現喫煙者と定義し、現喫煙者と過去の喫煙者をわけている場合は過去の喫煙者を
非現喫煙者と定義している。
喫煙者の割合が低く見積もられている可能性があるので、過去の喫煙者を現喫煙者とした感度解析を行ったほうが
良いのではないか。
▪ 喫煙者vs非喫煙者で喫煙者のほうが重症化が多く、現喫煙者vs過去の喫煙者で過去の喫煙者のほうが重症
化が多かったといっても、補正なしの多重検定を行っており、またin vitroの説明も整合性がない。
私見(細かな指摘)
▪ MethodsとResultsが混ざっていて論文が読みにくい。
▪ 事前にプロトコールの登録はされているのか不明。
▪ 欠損値をどのように対応したのかが不明。
▪ Pubmedのみを対象とし、検索式もかなり簡素であり、検索漏れが懸念される。ただ、過去のシステマティックレ
ビューで対象となっている研究は網羅されてはいる(Constantine I. Vardavas, et al. DOI:
https://doi.org/10.18332/tid/119324)。
▪ 除外基準の記載がない。
▪ 喫煙の合併症の定義が研究間でかなり違っている。
▪ なぜColombi 2020が除外されたかの理由が明確ではない。
▪ Discussionに記載があるように交絡因子の調整が不十分である。過去の喫煙者には重篤な併存疾患のために
禁煙を行った患者も多いのではないか。
▪ Fixed effects modelの感度解析も行ったほうがより良かったかもしれない。

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