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【数学パズル】
無限の囚人と帽子パズル
~選択公理を使ったトリック~
2018.06.24
時田 信一(TOKITA Shinichi)
tokit_s@nifty.com
©2018 TOKITA Shinichi All rights reserved. 1
目次
• イントロダクション
• 対象
• 昔流行った「囚人と帽子パズル」‐問題
• 昔流行った「囚人と帽子パズル」‐回答
• 無限バージョン‐問題
• 無限バージョン‐考え方
• 準備(言葉の定義・説明)
• 無限バージョン‐回答・解説
• 無限バージョン‐拡張問題
• 最後に
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イントロダクション
• 十数年前(西暦2000年ぐらい?)に、「赤白の帽子をかぶった囚人
が自分の帽子の色を当てる」という論理パズルが流行った。
• 本書では上記論理パズルの無限バージョンを紹介したい。
• Wikipediaによれば、この論理パズルは英語では「prisoners and
hats puzzle」というらしい。1 本書では「囚人と帽子パズル」と呼び、
無限バージョンの「囚人と帽子パズル」を「無限の囚人と帽子パズル」
と呼ぶ。
• 通常の「囚人と帽子パズル」とは論理パズルとして解けるが、 「無限
の囚人と帽子パズル」を解くには数学の集合論(大学1年生程度)を
理解する必要がある。
1:https://en.wikipedia.org/wiki/Hat_puzzle
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対象
• 本書は、読者が集合記号・集合演算を理解していることを想定する。
• 本書は、同値関係・同値類・代表元・代表系・選択公理について「準備
(言葉の定義・説明)」で説明するが、理解している読者は読み飛ばし
てよい。
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昔流行った「囚人と帽子パズル」‐問題
【ルール】
• 部屋に囚人が4人いて、左のように配置されている。
• 囚人4人は赤白の帽子をかぶらされており、自分の
帽子の色は分からない。
• 帽子の色は、赤は2つ、白は2つとなっている。
• つい立越しにはお互いに見えないし、後ろを振り向く
ことは出来ない。
• 囚人同士会話して答えることは出来ない。
• 自分の帽子を取って確認することは出来ない。
• 1人でも正解を回答出来ると、全員解放され、間違っ
た答えを回答すると全員処刑される。
このような状態で帽子の色を当てられる囚人はいるかど
うか。(左の図は一例)
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昔流行った「囚人と帽子パズル」 ‐回答
【BとCが同じ色の場合】
赤帽子2つ白帽子2つという条件と、BとC
が同じ色の帽子をかぶっていることから、
AはB・Cとは異なる色であると推測できる
ので、AがB・Cと違う色を答えればよい。
【BとCが違う色の場合】
BとCが異なることから、 Aは上記のように
判断することが出来ないので答えられない。
Aが無言のまましばらく時間がたったとき、
Aが答えられないことをBが察して、BとCの
帽子の色が異なると推測し、BがCと異なる
色を答えればよい。
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無限バージョン‐問題
無限人(可算)の囚人に看守が次のように言った。
「明日、各自に赤白の帽子をかぶせて帽子の色当てゲームを行う。かぶせる帽子の赤・白の数は
ランダムである。帽子をかぶせた後、一斉に赤・白かを全員が答える。間違いが有限であれば釈放
される。間違いが無限だと全員処刑される。事前にいくらでも相談することは出来る。」
この状態で囚人たちは助かる方法はあるだろうか。2,3
追加の条件として囚人は回答する前に回りの状況を確認することができ、また数学的な論理思考
が出来るものとする(無限集合における比較・操作などが出来る)。
2:チューリングと超パズル 田中 一之(著)(東京大学出版会) ISBN 978-4-13-063901-9
3:バナッハ=タルスキーのパラドックス - 京都大学 小澤 登高(著)
https://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=1&cad=rja&uact=8&ved=0ahUKE
wiVne2op6DZAhWFVbwKHaJLB-oQFggoMAA&url=http%3A%2F%2Fwww.kurims.kyoto-
u.ac.jp%2F~kenkyubu%2Fkokai-koza%2FH27-ozawa.pdf&usg=AOvVaw3q1-UAdzZqfr919gGnDxMh©2018 TOKITA Shinichi All rights reserved. 7
無限バージョン‐考え方
• 白と赤の組み合わせがランダムで、また人数が無限だと間違いを有限にするのは無理
に思える。各自何も考えずに答えてしまうと回答がバラバラになってしまうからだ。
• 帽子の色の状態がある特定のパターンになっており、次のように考えれば答えられる。
• 囚人に番号をつけ、一列に並べる。(無限に広い平面のイメージでは考えられない!)
• 各囚人は自分以外の帽子の色を見て以下のように判断する。
【赤が有限である場合】
全員が白と答える。赤の帽子をかぶった囚
人も白と答えても間違いは有限で収まる。
【2の倍数の番号の囚人が赤である場合】
この規則に従って全員が赤・白を答える。
自分の帽子の色が「規則に沿っていない」
とは考えない。
【白が有限である場合】
全員が赤と答える。白の帽子をかぶった囚
人も赤と答えても間違いは有限で収まる。
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無限バージョン‐考え方
• この問題は実際のところ、帽子の色の状態は無限にあるため、規則
正しくかぶらされているとは限らない。そのため、先ほど述べたような
考え方は出来ないように思える。
• だが、以下のようにすると間違いを有限にして答えることが出来る。
• 全ての色のパターンに対応した回答集を事前に作成し、囚人たちで共有
する。(選択公理を使うとこの回答集が作成できる)
• ゲームが始まったら、各囚人が周りの帽子の色の状況から、回答集の
中から同一の回答候補を選択し、その回答候補に基づいて自分の帽子
の色を答える。
• 回答集の作り方、回答の選択の方法が数学的に分かれば、数学的
に可能であると言えるはずである。。。
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準備(言葉の定義・説明)
• ここからは無限バージョンの回答を示すための準備として用語を定義、
説明する。
• 2項関係
集合𝑋 に対して 𝑋 × 𝑋 の部分集合𝑅 を2項関係といい、 𝑋 の元 𝑥, 𝑦
が𝑅 という関係にあるとき( (𝑥, 𝑦) ∈ 𝑅 ⊂ 𝑋 × 𝑋 であるとき)、 𝑥𝑅𝑦 と
書く。特別に定義した2項関係を記号で ~ 等で書くことが多い。
(簡単に言うと、2項関係とは 𝑋 の任意の
元𝑥, 𝑦について 𝑥~𝑦が成り立つ・
成り立たないが言うことが出来る関係のこと)
【例】 実数の集合ℝにおいて、< (小なり)は
2項関係である。数式 𝑥 < 𝑦 を満たす実数の
組(𝑥, 𝑦)の集合はℝ × ℝ の部分集合であるから。
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準備(言葉の定義・説明)
• 同値関係
集合𝑋上の2項関係~が同値関係であるとは、以下を満たすときのこ
とを言う。
i. (反射律)任意の 𝑥 ∈ 𝑋に対して 𝑥~𝑥 が成り立つ
ii. (対称率)任意の 𝑥, 𝑦 ∈ 𝑋に対して𝑥~𝑦 𝑦~𝑥
iii. (推移律)任意の 𝑥, 𝑦, 𝑧 ∈ 𝑋に対して𝑥~𝑦, 𝑦~𝑧 𝑥~𝑧
• 集合𝑋上に同値関係~があり、 𝑥, 𝑦 ∈ 𝑋 について 𝑥~𝑦 が成り立つと
き、 𝑥 と 𝑦 は同値であるという。
• 同値類
集合𝑋上に同値関係があり、互いに同値な元を集めて作った集合を
同値類と言う。
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準備(言葉の定義・説明)
• 同値関係・同値類の例1
自然数の集合ℕに対して、 𝑎 ≡ 𝑏 𝑚𝑜𝑑 2 (2つの自然数の差が2で
割り切れる) は同値関係になる。下記にあるとおり、 ℕ は奇数の集
合と偶数の集合に分かれ、それぞれが同値類となる。
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準備(言葉の定義・説明)
• 同値関係・同値類の例2
人間の集合に対して、「同じ性別」という関係を導入するとこれは同値
関係になる。
人間の集合は、「男性」のグループ(同値類)と「女性」のグループ(同値
類)に分かれる。この例で考えると同値類というのは数学に限らず自然
な考え方であると言える。
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準備(言葉の定義・説明)
• 商集合
同値類を集めた集合(集合の集合)を商集合といい、𝑋/~ と書く。
• [定理]同値類の性質
集合𝑋上に同値関係~があるとき、∀𝐴, ∀𝐵 ∈ 𝑋/~に対して、 𝐴 ∩
𝐵 = ∅ か 𝐴 = 𝐵 のどちらかが成り立つ。
(簡単に言うと異なる同値類は共通部分をもたない。また 𝑋 は互いに
交わらない同値類によって分割されるということを言っている)
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準備(言葉の定義・説明)
[証明]
背理法で示す。𝐴 と 𝐵 が異なる同値類( 𝐴 ≠ 𝐵 )で 𝐴 ∩ 𝐵 ≠ ∅ であると仮定する。
𝐴 ∩ 𝐵 ≠ ∅ より 𝑥 ∈ 𝐴 ∩ 𝐵 が存在し、 𝑥 ∈ 𝐴 かつ 𝑥 ∈ 𝐵 が成り立つ。
i. 𝐴 ⊂ 𝐵 を示す。
任意の元 𝑎 ∈ 𝐴 に対して、 𝑥 ∈ 𝐴 であるため𝑎~𝑥となる。 𝐵を元𝑏と同値な元
の集まりであるとすると、𝑥 ∈ 𝐵 より 𝑥~𝑏となり、 𝑎~𝑥と同値関係の推移律よ
り、𝑎~𝑏 となる。よって 𝑎 ∈ 𝐵となり、 𝐴 ⊂ 𝐵となる。
ii. 𝐵 ⊂ 𝐴 を示す。
任意の元 𝑏 ∈ 𝐵 に対して、 𝑥 ∈ 𝐵 であるため𝑏~𝑥となる。 𝐴を元𝑎と同値な元
の集まりであるとすると、 𝑥 ∈ 𝐴 より𝑥~𝑎となり、 𝑏~𝑥と同値関係の推移律よ
り、𝑏~𝑎 となる。よって 𝑏 ∈ 𝐴となり、 𝐵 ⊂ 𝐴となる。
𝐴 ⊂ 𝐵 かつ 𝐵 ⊂ 𝐴 より𝐴 = 𝐵となる。これは最初に仮定した 𝐴 と 𝐵 が異なる同値
類であることに反する。
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準備(言葉の定義・説明)
• 代表元
集合𝑋上に同値関係~があるとき、集合𝑋の元𝑥 に対して、 𝑥と同値
である元を集めた集合𝐴は同値類となる。このとき 𝑥 を同値類𝐴の代
表元といい、 𝑥 を代表元とする同値類𝐴を 𝑥 と書く。
𝑥 ≔ 𝑦 ∈ 𝑋 𝑥~𝑦
• 任意の 𝑦 ∈ 𝑥 に対して 𝑥 = 𝑦 である(同値類は代表元の取り方
には依存しない)。
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準備(言葉の定義・説明)
• 代表系
各同値類から代表元を集めたものを代表系という。𝑀 を 𝑋 上の同値関
係~ の代表系すると 、以下のように書ける。
𝑋/~ = 𝑥 𝑥∈𝑀・・・商集合は同値類の集まり
𝑥, 𝑦 ∈ 𝑀, 𝑥 ≠ 𝑦 𝑥 ∩ [𝑦] = ∅ ・・・異なる同値類は共通部分を持たない
𝑋 = 𝑥∈𝑀 𝑥 ・・・同値類の和集合をとると元の集合になる
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準備(言葉の定義・説明)
• 選択公理
空でない任意の集合族𝒜 = 𝐴 𝜆 𝜆∈𝛬に対して、𝑓: 𝒜 𝜆∈𝛬 𝐴 𝜆,
𝑓 𝑥 ∈ 𝐴 𝜆 となる写像(選択写像) 𝑓が存在することを言う。
(簡単に言うと、空でない集合を元にもつ集合族 𝐴 𝜆 𝜆∈𝛬(集合の集
合)に対して、各元𝐴 𝜆(これ自体が集合)から𝐴 𝜆の元を選び出せるこ
と)
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※選択公理の凄いところ
有限集合、有限個の集合族では当たり
前のように思える。だが、この公理では
どのような集合・集合族(無限集合)に対
しても具体的な選択方法を挙げなくても
「集合から元を選択できる」ということを
言っている。
無限バージョン‐回答・解説
• ここからは無限バージョンの回答について解説する。
• 囚人に番号を付けて一列に並べ、囚人の帽子の色の状態をビット列
で表す。0が白帽子、1が赤帽子を表す。
例:
ビット列1=01010101・・・
• ビット列は、囚人番号と組み合わせて下記のように表してもよいとす
る。ここではこの表記を集合表記と呼ぶ。
ビット列1=
1
0
,
2
1
,
3
0
,
4
1
,
5
0
,
6
1
,
7
0
,
8
1
, ⋯
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無限バージョン‐回答・解説
• 囚人に番号と帽子の色の組み合わせの集合について、以下のように
2項関係~を導入する。
ビット列1~ビット列2≔不一致ビットが有限である
• 2つのビット列𝑥, 𝑦 を集合表記にして、上記2項関係を集合で考えると、
以下のように表せることに注意する。
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無限バージョン‐回答・解説
[命題] 2項関係~は同値関係になる。
[証明] 反射律、対称律が成り立つのは簡単にわかる。
©2018 TOKITA Shinichi All rights reserved. 21
以下、推移律を示すためのアウト
ライン。右の図は3つのビット列を
集合表記にして推移律が成り立
つことを示している。𝑥と𝑧 の不一
致ビットの集合は 𝑥と𝑦、 𝑦と𝑧 の
不一致ビットの集合の部分集合で
表せ、それぞれは有限である。
よって 𝑥と𝑧 の不一致ビットは有限
となることが分かる。
無限バージョン‐回答・解説
(証明の続き)
以下、推移律を示す。 𝑥, 𝑦, 𝑧 を𝑥~𝑦, 𝑦~𝑧 となる𝑋の任意の元とする。 𝑥 − 𝑧 ∪
𝑧 − 𝑥 が有限集合であることが言えれば、 𝑥~𝑧が成り立ち、推移律が成り立つ。
𝑥~𝑦, 𝑦~𝑧 より、 𝑥 と 𝑦 、 𝑦 と 𝑧 の 不一致ビットが有限であることから、ビット列を
集合で考えると 𝑥 − 𝑦 ∪ 𝑦 − 𝑥 と 𝑦 − 𝑧 ∪ 𝑧 − 𝑦 は有限集合である。特に4つ
の集合𝑥 − 𝑦、 𝑦 − 𝑥、 𝑦 − 𝑧、 𝑧 − 𝑦は有限集合である(・・・①) 。 𝑥 − 𝑧 ∪ 𝑧 − 𝑥
は以下のように表すことができる。
𝑥 − 𝑧 ∪ 𝑧 − 𝑥 = 𝑥 − 𝑦 − 𝑧 ∪ 𝑦 − 𝑧 ∩ 𝑥 ∪ 𝑧 − 𝑦 − 𝑥 ∪ 𝑦 − 𝑥 ∩ 𝑧
右辺の4つの集合 𝑥 − 𝑦 − 𝑧 , 𝑦 − 𝑧 ∩ 𝑥 , 𝑧 − 𝑦 − 𝑥 , 𝑦 − 𝑥 ∩ 𝑧 は、そ
れぞれ①で示した有限集合の部分集合であるから、有限集合の和集合で表される
𝑥 − 𝑧 ∪ 𝑧 − 𝑥 は有限集合となる。そのため、 𝑥~𝑧が成り立ち、推移律が成り立
つ。
©2018 TOKITA Shinichi All rights reserved. 22
無限バージョン‐回答・解説
囚人につけた番号と帽子の色の組み合わせの集合(全てのビット列の
集合)は、同値関係~により、同値類に分割できる。1つの同値類の中
の元同士は有限ビットだけ異なるという状態になっており、同値類の和
集合をとるとビット列のすべての組み合わせとなっている。
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無限バージョン‐回答・解説
各同値類から選択公理を使って、代表元を選び、代表系を作る。これが囚人
で共有する回答集となる。
©2018 TOKITA Shinichi All rights reserved. 24
回答集
無限バージョン‐回答・解説
ここからはゲームが始まったとき、囚人たちがゲームに勝つために行う作業を
述べる。ゲームが始まったら、各囚人は自分以外の帽子の色を確認し、ビット列
𝑥 𝑛を作る。𝑛は囚人番号。このときの自分の帽子の色は何でもよく、ここでは白
としておく。
©2018 TOKITA Shinichi All rights reserved. 25
例
無限バージョン‐回答・解説
作成したビット列と同値となるビット列𝑐 を回答集から選ぶ。
©2018 TOKITA Shinichi All rights reserved. 26
※先ほどの例だと、ビット列𝑥 𝑛 =01010101000101010101・・・
となり、赤で括ったビット列(回答)を選ぶ。
ビット列𝑐 =01010101010101010101・・・
無限バージョン‐回答・解説
各囚人はビット列𝑐 に書かれているビットに従って自分の帽子の色を答える。
©2018 TOKITA Shinichi All rights reserved. 27
無限バージョン‐回答・解説
各囚人が作成するビット列 𝑥 𝑛は囚人によって異なるが、ビット列 𝑥 𝑛同士
は有限ビットでしか差異がない(差異ビットは高々2ビット)。よって、各
ビット列𝑥 𝑛同士は同値となり、各囚人が回答集から選ぶビット列 𝑐 は同
一のものとなる。
実際の帽子の状態を表したビット列を𝑎 とすると、ビット列𝑥 𝑛は自分以外
の帽子の色は一致しているから不一致となる帽子の数は高々1つであ
り、 𝑎~𝑥 𝑛となる。また、𝑥 𝑛~𝑐 であることと同値関係の推移律から 𝑎~𝑐
となり、𝑎 と 𝑐 の不一致ビットは有限になる。よって各自同一のビット列
𝑐 を基に回答するので(回答した色からビット列を作ると 𝑐 そのものに
なっている)、間違いは有限に収まる。
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無限バージョン‐拡張問題
【問題1】帽子の色の種類を3以上の任意の数とした場合、囚人はこの
ゲームに勝つことができるかどうか?
【問題2】帽子の色の種類を無限とした場合、囚人はこのゲームに勝つ
ことができるかどうか?
©2018 TOKITA Shinichi All rights reserved. 29
無限バージョン‐拡張問題
【問題1】帽子の色の種類を3以上の任意の数とした場合、囚人達はこの
ゲームに勝つことができるかどうか?
⇒帽子の色の種類を3以上の任意の数としても、 2項関係~は同値関係で
あることが言えるので、帽子の色が赤白のときと同様に回答集を事前に作
ることができ、囚人達はこのゲームに勝つことができる。(囚人番号と帽子
の色の状態をビット列と呼べなくなるが、同値関係は成り立つ)
【問題2】帽子の色の種類を無限とした場合、囚人はこのゲームに勝つこと
ができるかどうか?
⇒帽子の色の種類の集合が可算でも非可算でも、問題1と同様に2項関係
~は同値関係であることが言える(帽子の色の種類が無限でも、同値関係
の推移律が成り立つ)。よってこのときも囚人達はこのゲームに勝つことが
できる。
©2018 TOKITA Shinichi All rights reserved. 30
最後に
• 数学的には「無限の囚人と帽子パズル」の回答で説明した推論は正
しい(本書での「選択公理」の使い方は「ヴィタリ集合の構成方法」や
「バナッハ=タルスキーのパラドックスの証明」で使用方法と同じ)。
• では、現実的には可能なのか?(無限の囚人は差し置いて)
→不可能と思える。同値類から回答集を作成する操作で「選択公理」
を使って代表元を選んでいるが、 「選択公理」を使って選択する操作
は具体的な選択方法ではないので、現実的には出来そうにない。
• 「無限の囚人と帽子パズル」が考えられた背景・経緯はよく分かって
いないが、 「選択公理」を批判するために作られたのではないだろう
か?
©2018 TOKITA Shinichi All rights reserved. 31
最後に
• なぜ、このように直感に反するようなことが起きるのだろうか? この種の
問題は「選択公理」の使用が原因であると取り沙汰されることが多いが、
数学の証明には、「抽象的な集合族からそれぞれに含まれる元を選ぶ」
という操作はよくあり、「選択公理」の使用は不可欠と思われる。
• 筆者は同値関係から導かれた商集合・同値類に直感に反する原因があ
るように思える。もとの集合(ビット列全体)と同値関係(不一致ビットが有
限)の定義は明確なのに、同値類がはっきりしないように見えるからだ。
• 同値類の例で挙げた「𝑚𝑜𝑑 2」や「同じ性別」という関係では、もとの集合
が同値類に分割されることが容易に想像できる。例で挙げた同値関係が
分かりやすいからだろうか。それに比べ、ビット列全体に対する同値関係
(不一致ビットが有限)は、関係自体は一見単純であるように見えるが、こ
の同値関係から導かれる同値類は想像できない。それに輪をかけて選
択公理により各同値類から代表系を作るため、代表系が想像できなく
なってしまうように思える。これが直感に反する原因ではなかろうか。
©2018 TOKITA Shinichi All rights reserved. 32
修正履歴
• 2018.06.24
タイトルを変更。タイトルの変更に伴い、「イントロダクション」・「昔流
行った帽子色当てゲーム‐問題」を修正。「最後に」にコメントを追記。
33©2018 TOKITA Shinichi All rights reserved.

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