31. 客観的なエスノグラフィやワークショップはありえない
エスノグラフィック調査とは, 書き手との関係性の中で相対的に表
象される, 自己と他者を絶え間なく構築していく行為(Clifford)
他者の文化を客観的に記述しようとすることは, 調査者自身が他
者を超越した絶対的立場であろうとすること.
調査者自身が文化の絶対的中心であれば, 他者の文化を客観的
に記述できるが, そうでなければ, 調査者との相対でしか文化を
記述することはできない. このように, 他者の文化というのはエス
ノグラファ(調査者)自身の立場・視点でしか記述できないわけで
あり, したがって, 絶対的客観の立場でエスノグラフィック調査を
することは不可能.
ワークショップとは, 多様な関係性における相互作用の中で, 協働し擦り合わせながら価
値共創していくダイナミックな実践. 誰かの頭の中に答えがあるわけではなく, アイデア
(知)は参加者と参加者の相互作用による協働で生み出される(状況主義). ファシリテー
ターがその実践から切り離され, 何の影響も受けない超越的な立場でいられることは考え
られない
ワークショップを, 個人の中にアイデアがあるというような考え方(心身二元論、認知主義)
で実施すると矛盾が生じる. もし, 個人の中に答えがあるのであれば, ワークショップでは
なくて, その個人(中心的存在)にインタビューしレクチャー・レポートしてもらえばよい. 個
人の中の思考力が中心なのであれば, 相互作用でアイデアを創り出す必要はなく, また, 能
力が個人に内包されるのであれば, ワークショップで創造性を発揮することはできない.
参考文献:
Anderson, P. (1998). The origins of postmodernity. Verso (角田史幸,浅見政江,田中人(訳)『ポストモダニティの起源』こぶし書房, 2002).
Clifford, J. (1986). Introduction: Partial Truths. In Clifford, J. & Marcus, G. E. eds., Writing culture: the poetics and politics of ethnography, 1. Berkeley University of California Press (足羽
與志子(訳)「序論―部分的真実」『文化を書く』紀伊国屋書店, 1-50, 1996).
Lave, J. & Wenger, E. (1991). Situated learning: Legitimate peripheral participation. Cambridge university press (佐伯絆(訳)『状況に埋め込まれた学習―正統的周辺参加』産業図書, 1993).
Wenger, E., McDermott, R. A. & Snyder, W. (2002). Cultivating communities of practice: A guide to managing knowledge. Harvard Business Press (櫻井祐子(訳),野中郁次郎(解説),野村恭
彦(監修)『コミュニティ・オブ・プラクティス ―ナレッジ社会の新たな知識形態の実践』翔泳社, 2002, p.343).
中原淳・長岡健(2009).『ダイアローグ対話する組織』ダイヤモンド社.
エスノグラフィもワークショップも
誰かが持ってる情報を引き出す行為ではない
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エスノグラフィもワークショップも
相手との相互作用で創り出す脱中心的行為
32. プロトタイピングも脱中心的
プロトタイピングは、「状況の中にある材料との対話」であり, その「状況の中で生まれた意図
せざる変化」によって, 「新たな認識と理解が生まれ, そこから新たな手立てを講ずることに
なる」という省察的実践に他ならず, つまり「私たちの知の形成はまさに, 行為の<中(in)>
にある」ということ.
このように状況の中におけるヒトとモノとの相互作用とすれば, プロトタイピングとはまさに
ラトゥールが主体‐客体の二元論を廃棄し人間‐非人間の視点で論を進め, 相対的客観的なア
クターとしての主体性をアクターネットワークとして示したこと.
プロトタイピングも, 主客・心身二元論的ではなく, 脱中心的行為
参考文献:
Latour, B. (1999). Pandora's hope: essays on the reality of science studies. Harvard university press (川崎勝,平川秀幸(訳)『科学論の実在―パンドラの希望』産業図書, 2007).
Latour, B. (2005). Reassembling the social: An introduction to actor-network-theory. Oxford University Press (伊藤嘉高(訳)『社会的なものを組み直す: アクターネットワーク理論入門』法政大学出版局, 2019).
Schön, D. (1983). The reflective practitioner: How professionals think in action. New York: Basic Books (柳沢昌一,三輪建二(監訳)『省察的実践とは何か―プロフェッショナルの行為と思考』鳳書房,2007).