コミュニケーション・メディア史 第3回 新聞と戦争

1. コミュニケーション・メディア史
③ 新聞と戦争
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2. 戦争で新聞が産業化した
明治期の日清・日露の戦争は，日本
を西洋列強に伍する 一等国 に押し
上げた
日本の新聞産業は戦争の推移に関す
る戦況報道を機に，一気に産業化が
進んだ
通信/取材網，輪転機，配達網など，
新聞も資本投下が必要な「第二次産
業」の側面が強くなった

3. 新聞と「国民国家」「日本国民」
近代(国民)国家のナショナリズムは，
多様な文化(メディア)装置を駆使して，
国家が国民に浸透させた
(万世一系の天皇制という)同じ文化と
歴史を共有し，同じ国語(標準語)を話
す「日本国民」という意識は，学校
教育の普及，日清・日露戦争の経験，
新聞・雑誌などのメディアの発達な
どにより創出された

4. 小学校での臣民教育
教育勅語
歴代天皇名の暗唱
御真影(奉安殿)への礼拝
国旗掲揚・国歌斉唱
公衆衛生の維持と健康の増進
始業時刻に遅れず，日課に基づき規
律正しく行動する(遅刻の誕生:工業社
会における 隠れたカリキュラム )

5. 帝国憲法発布(1889)
天皇と総理大臣らが皇居賢
所で「皇祖皇宗」と誓約し，
「神の子孫」としての天皇が，
皇祖から「憲法を授かる」という儀式が
演出された
「国体の精華」を内外に知らしめるため，
神武∼孝明の120代を超える「天皇陵」
が確定され，全国に整備された

6. 文化的排外主義
「脱中華思想」が明治政府の大きな課題
アヘン戦争以降，「文明」と「野蛮」に
二分する世界観が主流に。東アジアを
「停滞した社会」と欧米列強はみなして
いた
日本が「野蛮な国」から脱却するには，
中華文明の影響を排除し，近代的な「文
明国」であることを証明する必要に迫ら
れたのである

7. 多様性の排除
「文明」政策は，均質な「国民」を
前提として人々の身体を監視し，暮
らし方や生活風俗を「文明的か野蛮
か」に審判し，野蛮だと判定された
ものは「矯正」の対象となる
方言，農作業唄・長唄などが「野蛮
なる 声」とされ排除された

8. 総力戦体制
職業軍人だけでなく，召集した国民を
兵士として戦場に送らざるをえない
「戦時国債」を国民に売る，特別税を
賦課するなどで戦費を調達する
軍需優先の傾斜生産方式を採る
「国民精神」に「戦争の大義」を植え
付け，戦争に対する疑念を払拭する
(メディアを用いたコントロール)

9. 富国強兵・殖産興業
明治22年 大日本帝国憲法発布
明治23(1890)年 総選挙・帝国議会
明治27(1894)年 日清戦争/28年 講
和(三国干渉)・ 臥薪嘗胆 ・台湾接収
明治35(1902)年 日英同盟
対露交渉/非戦論・主戦論で二分
明治37(1904)年 日露戦争

10. ニュースの誕生
日清・日露戦争の戦争速報合戦によ
り，中立報道新聞の企業化が加速
旅
順
会
戦
(
⽇
露
戦
争
)

11. 二大紙の成立
日清・日露戦争報道により，「大阪
朝日新聞」と「大阪毎日新聞」(本山
彦一)の二大新聞体制が確立
本山彦一の「新聞商品主義」:新聞の
信用とは内容ではなく発行部数であ
り，経営の独立こそが信用の要
1911年，「東京日日新聞」を買収し，
東西二本社制度を確立

12. 日清戦争主戦論：言論人も
日清戦争は文明と野蛮との戦争なり
(福沢諭吉)/日清戦争は吾人に取りて
は実に義戦なり(内村鑑三)
新聞で非戦派は「東京日日」のみ
焦点は朝鮮半島の支配権を巡る攻防。
日本側は条約改正における対外強硬
派(国権主義者)の台頭を牽制し，国内
の危機を回避するための戦い

13. 戦況報道
従軍記者は66社・114人，画工11人，
写真師4人の総数129人
記者が実際に目撃した戦況を報道
速報合戦は大都市が中心。農山漁村
では電話がなく，郵便局・警察署に
電信線が敷かれているだけで警察が
掲示板に情報を書き出した。。そう
した地域では新聞よりも警察のほう
が有力な情報源

14. 号外
通信網の発達で特派記者に
よる「速報体制」が整うと，
号外の発行で新聞社が競う
‒ 当時の号外は「有料」。号外売りという商売
も生まれた。速報性のアピールで，新聞の声
価を高めると同時に，販売促進につなげる
‒ 日露戦争中に「大阪毎日新聞」は498回(月平
均25回)の号外を発行。速報体制を整えた
「大阪朝日」「時事新報」を含めた三紙が競
争優位に

15. 義和団の乱(1900年)を報じる⼤阪朝⽇新聞号外 (明治33年6⽉16⽇)

16. 軍国美談の
つくられ方

17. 木口小平(日清戦争)
シンデモ ラッパ ヲ クチカラ
ハナシマセンデシタ
成歓の戦いで中隊の
喇叭手を務め戦死
尋常⼩学校
修⾝書

18. 「ラッパが突然止んだ
ため，隊長が『ラッパは
どうした?』と問いかけ
ると，木口小平は銃を
杖にして立ち上がりラッ
パを吹き続けていた。部
隊は突撃を続け敵陣地を占領したが
木口小平の姿がなく，不審に思った
隊長が引き返すと木口小平はラッパ
を吹いている姿勢のまま息絶えてい
たと伝えられる。享年23歳」
島根県・浜⽥護国神社
にある⽊⼝⼩平の銅像

19. 喇叭の響
一 渡るにやすき安城(あんじょう)の
名は徒(いたずら)のものなるか
敵のうちだす弾丸に
波は怒りて水騒ぎ
二 湧き立ちかえる紅(くれない)の
血潮のほかに道もなく
先鋒たりし我が軍の
苦戦の程ぞ知られける
三 この時一人の喇叭手(らっぱしゅ)は
取佩(とりは)く太刀の束の間も
進め進めと吹きしきる
進軍喇叭の凄まじさ
作詞︓加藤義清
作曲︓荻野理喜治
明治27(1894)年
6⽉の戦いの2か⽉
後に制作。この曲
の「喇叭⼿」は⽩
神源次郎のこと

20. 四 その音（ね）忽（たちま）ち打ち絶えて
再び微（かす）かに聞えたり
打ち絶えたりしは何故（なにゆえ）ぞ
微（かす）かに鳴りしは何故ぞ
五 打ち絶えたりしその時は
弾丸（だんがん）咽喉（のんど）を貫けり
微（かす）かに鳴りしその時は
熱血気管に （あふ）れたり
六 弾丸（だんがん）咽喉（のんど）を貫けど
熱血気管に （あふ）るれど
喇叭放たず握りつめ
左手（ゆんで）に杖つく村田銃
七 玉とその身は砕けても
霊魂天地をかけめぐり
なお敵軍をやぶるらん
あな勇ましの喇叭手よ
八 雲山万里かけ隔（へだ）つ
四千（しせん）余万の同胞も
君が喇叭の響にぞ
進むは今と勇むなる

21. 「木口小平は死んでもラッパを放しませ
んでした」の「軍国美談」を作るに際し
て，「兵は誰でもよかった」とみられる
日清戦争直後には「白神源次郎」(現在
の倉敷市出身)の名で美談が語られた。
ところが，戦記を精査すると，白神源次
郎は「成歓の戦い」夜間戦で「 死」し
ていることが判明した。低湿地で雨のた
め増水していたのが原因である。そして
白神源次郎は当日の戦闘でラッパ手を務
めていないことも判明した

22. 第五師団(広島)は精査の結果，同じ日に
戦死したラッパ手・木口小平(島根県浜
田市出身の二等兵)の名を見つけ出し，
「諸調査の結果，かの喇叭手は白神にあ
らずして木口小平なること判明せり」と
1年後に発表し直した。木口には屍体検
案書があり， 死ではなく狙撃死である
ことが明らかだったからだ
軍国美談はフォーマットが先にありきで，
そこに「事実らしきもの」を当て嵌めれ
ばできあがる。木口小平がフレームアッ
プされたところで何の違和感もない

23. 廣瀬武夫海軍中佐
軍神 。享年36
日露戦争旅順港閉塞作戦
(1904年)で，撤退時に行方不
明になった部下を何度も捜索し，
ロシア軍の反撃で被弾して死亡
 その 美談 が唱歌になり，
昭和に入り，広瀬神社も
→爆弾三勇士の美談と共通する
枠組み

25. 広瀬中佐(文部省唱歌)
一．轟く砲音 飛び来る弾丸
荒波洗う デッキの上に
闇を貫く 中佐の叫び
「杉野は何処 杉野は居ずや」
三．今はとボートに 移れる中佐
飛び来る弾丸に 忽ち失せて
旅順港外 恨みぞ深き
軍神広瀬と その名残れど
唱歌制定は，明治45(1912)年

26. NHKスペシャルドラマ(2010)『坂の上の雲』第9話「広瀬死す」

27. 軍国美談の作られ方
一つの事実を拡大して，美談に加工
し，神格化していく(瓦版の伝統?)
社説などで讃美し，滅私奉公・大和
魂と折り紙をつけていく(同上)
新聞社自ら率先して遺族へ弔慰金を
贈り，広く国民から弔慰金を募る。
遺族を新聞社が招待して慰める。歌
などを作って，軍部に代わって散華
の精神を鼓舞

28. 日清戦争講和(下関条約)
清が朝鮮国の独立を保障
遼東半島・台湾・澎湖島の割譲
賠償金銀二億両(テール)
 三国干渉(独・仏・露)
遼東半島の接収の放棄を日本に勧告
ロシアが南下して不凍港である旅順・大
連の領有が不可能になり，満州地域の 経
営 も不可能になるため

29. 臥薪嘗胆
遼東半島の放棄に，新聞論説が沸騰
三宅雪嶺が新聞「日本」に「嘗胆臥
薪」の論説
政府系とみられた「東京日日新聞」
さえも政府の弱腰外交を批判し，三
日間の発禁をくらった
「臥薪嘗胆」は「いつの日かロシア
に復讐してやるのだ!」という意味の
流行語に

30. 三
宅
雪
嶺
の
「
嘗
胆
臥
薪
」
の
論
説
「
⽇
本
」
⼀
⼋
九
五
年
五
⽉
⼀
五
⽇

31. 徳富蘇峰の転向
「国民新聞」主筆。臥薪嘗胆
を機に，平民主義から国家主
義/政府系新聞への転換。太
平洋戦争時は大日本言論報国会長
「遼東還付が，予のほとんど一生に
おける運命を支配した。このことを
聞いて以来，予は精神的にほとんど
別人になった」(『蘇峰自叙伝』より)

32. 日露非戦論/主戦論
多くの新聞が開戦前から「主戦論」
「萬朝報」は「非戦論」。桂太郎内閣が
開戦を決意する(明治35年〈1902〉年)と，
「戦は避く可からざるか」，「最後の一
断」を掲載し「主戦論」に転換
「非戦論」の内村鑑三・幸徳秋
水・堺利彦が， 転向 を批判し
て退社(平民新聞を続ける)

33. 戦争廃止論①(内村鑑三)
余は日露戦非開戦論者である許りでない。
戦争絶対的反対論者である。戦争は人を
殺すことである、爾うして人を殺すこと
は大罪悪である。爾うして大罪悪を犯し
て個人も永久に利益を収め得よう筈はな
い。世には戦争の利益を説く者がある、
然り、余も一時は斯かる愚を唱へた者で
ある、然しながら今に至て其愚の極なり
しを表白する、戦争の利益は其害悪を償
ふに足りない、戦争の利益は強盗の利益
である (「萬朝報」明治36年6月30日)

34. 戦争廃止論②(内村鑑三)
勿論サーベルが政権を握る今日の日本に
於て余の戦争廃止論が直に行はれやうと
は余と雖も望まない、然しながら戦争廃
止論は今や文明国の識者の与論となりつ
つある、爾うして戦争廃止論の声の揚ら
ない国は未開国である、然り、野蛮国で
ある、余は不肖なりと雖も今の時に方て
此声を揚げて一人なりとも多くの賛成書
を此大慈善主義のために得たく欲ふ、世
の正義と人道と国家とを愛する者よ、来
て大胆に此主義に賛成せよ。

35. 帝
国
⼤
学
七
博
⼠
が
⽇
露
開
戦
を
迫
る
意
⾒
書
東
京
朝
⽇
新
聞
明
治
三
六
(
⼀
九
〇
三
)
年
六
⽉
⼀
〇
⽇
自
発
的
な
意
見
書
で
は
な
く
、
政
府が
書
か
せ
た
と
も
い
う
。
伊
藤
博
文
は
﹁
な
ま
じ
学
の
あ
る
バ
カ
程
恐ろ
し
い
も
の
は
な
い
﹂
と
評
し
た
。
の
ち
、
文
部
大
臣
は
東
京
大
学
総
長
を
更
迭
し
た
が
、
教
員
ら
は
自
治
侵
害
の
理
由
で
総
辞
職
を
宣
言
し
た
(
そ
し
て
復
職
)
。

36. 日露戦争(1904年～)
日本海海戦(バルチック艦隊に打撃)
二百三高地(旅順)・奉天でも辛勝
奉
天
会
戦
⽇本海海戦。「三笠」の東郷平⼋郎

37. 戦況報道
海軍は記者の乗艦を拒否したが，陸
軍は一軍で30名前後に制限
「朝日」だけで40人余，「大阪毎
日」は30人余
電報の通信費に大半の取材経費が費
やされた(下関や岡山が大陸からの通
信の中継拠点)

39. ⼆
百
三
⾼
地
占
領
を
伝
え
る
「
⼤
阪
毎
⽇
新
聞
」
号
外
明
治
三
七
(
⼀
九
〇
四
)
年
⼀
⼆
⽉
⼀
⽇

40. ↑号外
←三笠丸
→東郷平⼋郎
⽇本海海戦
1905年5⽉27⽇

42. 日露戦争講和
ポーツマス条約(小村寿太郎全権)
全樺太の割譲をロシアが承知せず，南
樺太の割譲・南満州鉄道の経営権委譲
(+日本の朝鮮国への優越権の承認)で
妥協が成立
政府は「国民新聞」のみに条約の概要
をリーク
戦勝ムード に酔っていた国民は激怒

43. 「
国
⺠
新
聞
」
号
外
︓
⼀
九
〇
四
年
⼋
⽉
三
⼀
⽇

44. 日比谷焼き打ち事件
9月5日「非講和国民大会」
(日比谷公園)。新聞各紙は
「講和に不満!」のキャンペー
ンを展開
群衆は警官隊と衝突，「国民新聞社」を
襲撃し，警察署に放火する
戒厳令公布(6日)。内務省は新聞発行禁停
止権を発動(大阪朝日は37日間，讀賣は
11日間など。無期停止も)

45. ↑ 新聞報道
(上⽑新聞)
←撒かれたビラ

46. 暴
徒
撃
退
始
末
を
報
じ
る
「
国
⺠
新
聞
」
⼀
九
〇
五
年
九
⽉
六
⽇

47. 戦争報道の問題点
日本の総力は底を衝き始め，局地戦では
辛勝したが，全面衝突となると不利にな
るのは明らか
したがって，アメリカの仲介を渡りに舟
として講和を急いだが，ロシア側は「敗
戦」を納得したわけではない
ところが，新聞は主戦ムードで「勝った，
勝ったまた勝った」報道に偏し，日本軍
の実勢を伝えきれなかった(検閲も一因だ
が)

48. 不平痛恨
ポーツマス条約肯定は「国民新聞」のみ
「萬朝報」「時事新報」「朝日」「毎日」
など有力紙はすべて条約破棄を主張し，世
論に迎合したとも言える
ただし，世論は，戦争・講和の内実を知ら
されないまま，感情論に走っていただけで
もある(新聞記者は内実を知っていた)
報道第一(論説第二)・部数優先の中立報道新
聞の姿勢は，ただ空気を反映するのみ

49. 社会正義と営利主義
論説新聞から報道新聞への変化は，社
会正義と商業主義の結合とも言える
1890年の議会開設で 制度化された政
論空間 (公)から締め出されたエネル
ギーを吸収する装置(公共圏)として機能
しかし，新聞が成長し，議会への影響
力が強まっていくと，逆に「官」の支
配力が強まり，新聞のフォーラム的機
能は衰退した