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左右の耳からの情報を統合して得られる脳磁場活動
1
狩野章太郎 
2
湯本真人 
3
伊藤憲治 
1
山岨達也
1 東京大学医学部附属病院耳鼻咽喉科
2 東京大学医学部臨床病態検査医学
3 東京大学医学部認知神経科学
FL (Hz) FR (Hz)
Left 39 channels Center 124 channels Right 40 channels
Min Max Median Min Max Median Min Max Median
240.00 244.00 0 8 2 0 15 5 0 13 2
244.00 240.00 0 5 2 0 28 3 0 8 1
480.00 484.00 0 3 0 0 16 3 0 10 3
484.00 480.00 0 7 1 0 16 3 0 10 1
240.00 246.66 0 5 2 3 23 9 1 7 4
246.66 240.00 0 5 1 2 14 6 0 12 4
480.00 486.66 0 13 2 1 9 5 1 4 2
486.66 480.00 0 11 3 3 10 7 0 8 2
FL (Hz) FR (Hz)
Temporal Region Posterior Parietal Region
Left Right Left Right
240.00 244.00 8 9 3 3
244.00 240.00 9 9 4 4
480.00 484.00 7 7 5 3
484.00 480.00 9 8 4 5
240.00 246.66 9 9 5 2
246.66 240.00 9 8 3 1
480.00 486.66 8 8 4 1
486.66 480.00 8 9 3 2
Mean 8.4 8.4 3.9 2.6
はじめに
Binaural Beat (BB) :周波数のわずかに異なる正弦波を左右の耳の別々に提示したときに
知覚される周期的な聴覚現象。左右の耳で抽出された位相情報が保存されて聴覚経路を伝
わり、統合されるために生じると考えられている。
BB の神経学的基盤
BBは両耳間の情報が脳幹及びより中枢側の聴覚路において統合され処理されることを典
型的に示している。
BBを実現させるための末梢側での基盤は、蝸牛神経の音に対する位相同期である。
(図1)
BB の主観的な振動が聴覚皮質での神経活動の振動に基づくものかどうかをヒトで調べる
ことが目的である。このような周期的な神経活動を非侵襲的に測定するには、BBが提示
されている間の聴性定常反応 (auditory steady-state response (ASSR)) を記録、解析する
必要がある。
脳磁図 (magnetoencephalography (MEG)) は、脳神経細胞の電気的活動により生じる微弱
な磁場を、頭部に近接させた高感度磁気センサで記録する神経生理学的検査法で、時間分
解能に優れている。(図2)
方法
対象
耳疾患・神経疾患の既往のない健常聴覚者9名(男性6名、女性3名)、年齢 23-57 歳
(mean = 36.1, SD = 11.2) を対象とした。利き手をエジンバラ式質問法で調べた結果、利
き手指数(完全な右利きが +100 で完全な左利きが -100 になる)は 0 を示した被験者1
名を除いては 89.5 から 100 に分布した。
音刺激
音刺激はパーソナルコンピュータ上で作成し、オーディオインターフェイスとプラスチッ
クチューブを介してイヤホンから被験者に提示された。まず、シールドルーム内で脳磁図
測定の場合と同じ条件(後述)下で、 240 Hz および 480 Hz の持続音の聴取閾値を各被
験者において測定した。片側から提示した音が反対側の蝸牛に伝わり、そちら側の蝸牛に
影響を及ぼすこと(クロスヒアリング)を避けるために、脳磁図測定の際には閾値上
40dB の持続音を用いてBBをきかせた。
脳磁場の記録
204 チャネル全頭型脳磁計 (Vectorview; Neuromag, Helsinki, Finland) を用いて脳磁場を
記録した。被験者は磁気シールドルーム内に座位をとり、ヘルメット型の Dewar に頭部
が接する姿勢とした。 3-D digitizer により頭部表面の形態情報を取得し、頭部に貼付した
コイルに電流を流して磁場を測定することにより、頭部の空間座標を確定させた。記録し
た磁場は 1.0-200 Hz のバンドパスフィルターを通し、 600 Hz でデジタル化した。加算
波形には 40 Hz のローパスフィルターをかけた。各々の BB 刺激に対して、 BB の約
1000-2000 周期分に相当する時間の脳磁場を記録した。
BB 4周期分の解析時間を採用して加算したので、 250-500 回の加算が行われた。
図3は BB 刺激、脳磁計へのトリガ、および誘発波形の時間的配列を示している。 BB を
構成する2種類の正弦波がともに 0 の値をとる瞬間、すなわち BB 1周期に1回トリガ
が脳磁計に送られた(図3 AB )。
誘発された反応の周期性を可視化するために、 BB 4周期分の解析時間で加算した様子を
図3 CD に示す。この4周期分の平均振幅をベースラインとした。
Synchronization with IPD in
the inferior colliculus (Cat)
Kuwada et al. 1979
Synchronization with IPD
in the auditory cortex
(Cat)
Reale et al. 1990
Coding of IPD in the auditory cortex
(Macaque)
Malone et al. 2002
蝸牛神経における
Phase locking
結果
steady-state response の波形
全被験者において振幅の大きい steady-state response が両側の側頭部チャネル群で見られた。図4 A は 4Hz-BB 刺激および対応する No-BB 刺激下における加算された磁場波形の典型例を示す。 BB 刺激下
においては主に側頭部のチャネルにおいて、 BB 4周期分の区間内に4個のピークが明瞭に観察された。一方、 No-BB 刺激下ではそのようなピークは見られなかった。
B. 左半球の代表的な isofield contour map を示
す。磁場の湧き出し(赤線)と吸い込み(青
線)が 2 fT 間隔で示されている。これは左側頭
部に双極性の磁場分布を示す時点を BB 1周期
の区間内から選んだもので、 F 中の矢印で示さ
れた時点に相当する。
C. 右半球の代表的な isofield contour map を
示す。これは右側頭部に双極性の磁場分布を示
す時点を BB 1周期の区間内から選んだもので
、 G 中の矢印で示された時点に相当する。代
表的な磁場分布を左右半球ごとに独立して選択
して示しているので、 B と C ではタイミング
が異なっている。
steady-state response の強度
まず最初に、脳磁場の継時変化を見るために、
左側頭部チャネル群、右側頭部チャネル群およ
び中央部の 124 個のチャネル群の3グループ
に分けて、それぞれの root mean square
(RMS) を計算した。次に、この RMS 波形の
中から、 BB 1周期分の区間をきりだして時間
平均を算出し、これらを上記3グループそれぞ
れの代表値とした(図4DE)。
図5はこの RMS 値の被験者9人分の平均値を
示す。無人の状態で8種類の BB 刺激と2種類
の No BB 刺激を用いて磁場の記録を行い、
左・中央・右の3領域における RMS 値を同様
に算出したが、有人の場合に比べて著しく小さ
かった。このノイズの強度に比べて、 BB 刺激
下の RMS 値は約 2.5 倍、 No BB 刺激下の
RMS 値は約2倍の強度を示した。 BB 刺激下
及び No-BB 刺激下で検出された磁場の強度は
ノイズレベルよりも十分に大きかったことを示
している。刺激周波数および IFD が steady-
state response の強度に系統的な影響を及ぼさ
なかった。
各チャネルにおける周波数解析
各被験者において、 BB 周波数に特異的な
スペクトルのピークが現れているチャネル
を探した。図4HIはそのような特異的な
ピークを検出する手法を示している。
図4Iは図4Gと同じチャネルのスペクト
ルを示す。この右半球のチャネルにおいて
も BB 刺激による 4 Hz のピークは、 4Hz-
BB 条件、 6.66Hz-BB 条件および No BB
条件における 3.5 Hz から 4.5 Hz の区間の
95% 信頼区間を超えている。
L240R246.66 および L240R240 の場合には
このような 4 Hz のピークは見られなかった
。
したがって図4HIのチャネルに示された
チャネルの 4 Hz におけるピークは 4Hz-BB
を特異的に反映しているものと考えられた
。
同様に以下のような条件を満たすチャネルは BB 周波数を反映していると判定した。
1) BB 周波数におけるピークが以下の3種類の 95% 信頼区間のいずれをも超えている
BB 条件
2種類の対照条件すなわち
もうひとつの BB 条件( 4Hz-BB なら 6.66Hz-BB 、 6.66Hz-BB なら 4Hz-BB )
No BB 条件
2)同一被験者の同一チャネルにおいて、2種類の対照条件では、このようなピークが見られない
表1は上記の条件を満たすチャネルの個数を各被験者別、各条件別に調べ、9人の被験者の中央値を表したものである。例えば、 L240R244 において
は、 4Hz-BB に同期した反応を示していると考えられるチャネルの個数の中央値は、左側頭部、中央部、右側頭部において各々2個、5個、2個で
あった。
図6は表1に示した陽性チャネルの空間的分布を模式的に示したものである。
図6Aは 4Hz BB の9人分を集めたもの、図6Bは 6.66Hz BB の9人分を集めたものである。
各被験者の解剖学的差異を無視して、左側頭部、右側頭部、前頭部、頭頂部、後頭部の5領域に大別すると
、両側の側頭部で陽性チャネルが多いが、頭頂部や前頭部にも多く存在し、バラツキが大きいことが分かる
。
Minimum-norm Current Estimate (MCE)
L1 minimum-norm 推定法を用いて反応の電源推定を行った。記録された脳磁場を生成するため
に必要な電流分布でその絶対値の総和が最小になる場合を推定することにより、電流源に関する
アプリオリな制限なしで電源推定を行う方法である。
各被験者について、 T1 強調の冠状断・軸位断・矢状断の頭部 MRI 画像を 1.2mm のスライス
厚で撮像し、脳の球体モデルを作成した。図3に示した BB 1周期の範囲で電流源の分布を計算
した。
BB により誘発された反応の電流源の候補としていくつかの部位が示された。
図7は L244R240 刺激の際の典型的な MCE を示す。大部分の被験者において 0.5 nAm を超え
る強度の電流源が両側の側頭葉上部で認められ、この領域は聴覚皮質を含んでいると考えられた
(図7 AB )。
全被験者ではないが、上・下頭頂小葉を含む頭頂葉後部にも電流源を示す被験者が存在した(図
7 CD )。また、より少ない頻度で散発的に前頭葉での活動が認められた。
しかし、これらの電流源が BB 1周期中の特定の位相で出現しやすいという傾向はなかった。
BB 1周期の中で側頭葉上部および頭頂葉後部に電流源が確認された被験者の人数を数え、表2に示し
た。 BB 刺激の種類によって電流源の頻度に差がないことが分かる。
各陽性チャネルにおける波形の位相解析
Source strength 波形の場合と同様に、 BB に同期していると判定された各チャネルにおいて、
脳磁場波形と IPD サイクルとの相関関係を調べた。図8 A は図4Fと、図8 B は図4Gと
それぞれ同じチャネルの波形を示している。
図8Cは8週類の BB 刺激下において、陽性チャネルの位相を図6の5つの領域別に分けて示
したものである。
いずれの BB 刺激においても特定の位相に集中しているという傾向は見られなかったが、 BB
周波数成分の振幅が大きいチャネルは両側頭部に多い傾向が認められた。考察
各チャネルにおける解析と MCE による BB ASSR の電源推定
今回の実験では、周期性を有する音刺激として、 AM 変調音の代わりに BB を聴かせたときの SSR を MEG で測定し
、 BB の周波数に同期して周期的に変動する信号が記録できるか試みた。2種類の対照条件の波形との比較により、 BB
刺激下での磁場波形が、 BB に誘発された ASSR そのものであることが明らかとなった。
このような各チャネルごとの周波数解析は振幅変調音による ASSR の研究において用いられてきた。今回我々は、特に
厳しい基準を採用して真に BB 周波数が表しているピークを選んだ。この選択基準が厳しいために結果的に BB に同期
していると判定されたチャネルの数は少なくなり、また偽陰性のチャネルが存在する可能性もあるが、陽性と認定され
たチャネルは十分な信頼度をもって BB 周波数に一致した周期的反応を示したといえる。一方、陽性チャネルが少な
かったことにより、これらのチャネルの分布に大きなバラツキが生じた可能性もある。
陽性チャネルの分布を調べることと同様に、 MCE もチャネルの選択といったアプリオリな前提を必要としないモデル
であり、 BB 刺激によって誘発される脳活動の部位を推定するのに適している。ほとんどの被験者において聴覚皮質を
含む両側頭部に活動が認められた。 MCE は BB に特異的な周波数成分を検出するものではないが、 BB ASSR の主た
る電源が従来の ASSR と同様に側頭部にあることを示唆する所見である。
ヒトの一次聴覚野はブロードマン41野に同定され、 Heschl 回に相当する。外科手術の際に電極で記録した研究では一
次聴覚野は特に Heschl 回の内側部と報告されている。 MEG を用いた研究では、 40Hz 付近の刺激により誘発される
従来の ASSR の電源は一次聴覚野と報告されている。動物に電極を挿入して記録した実験でも 40 Hz の ASSR の電源
は一次聴覚野と報告されている。
これまでの神経生理学的研究において、聴覚皮質は BB 周波数をコードしているという報告がなされている。 BB は、
聴神経が音響刺激の特定の位相で発火すること( phase locking )により周波数情報を保存していることに基づいている。
動物実験では、連続して変化する IPD の情報が聴覚中枢で保存され利用されていることが示されている。 Reale らはネ
コの一次聴覚野のニューロンの IPD に対する感受性を調べた。左右の耳に位相がわずかに異なる音を聞かせて、固定し
た IPD を提示すると、一次聴覚野のニューロンに反応が見られた。このような固定した IPD に感受性のあるニューロ
ンのうち、約26%が BB によって提示される連続的に変化する IPD にも反応した。 BB の場合は IFD が 5-29 Hz の
場合に反応が確認され、 5 Hz の BB と 9 Hz の BB とで反応に差は見られなかった。 IPD に対する反応は、内側上オ
リーブ核や下丘のニューロンの反応に類似しており、これらの脳幹での IPD の情報が基本的には修飾されることなく聴
覚皮質に伝達されることが示唆された。覚醒したマカクザルの聴覚皮質のコア領域においても、 BB の連続して変化す
る IPD に対する反応が報告されている。
脳波を用いてヒトの BB ASSR を記録した実験では、吻側から尾側に向かって系統的な位相のずれが報告されており、
複数の電源の存在が示唆された。この研究では側頭部だけでなく前頭部や頭頂部の電極からも BB 周波数の反応が記録
された。我々の実験でも BB に同期した反応が側頭部だけでなく前頭部や頭頂部のチャネルでも記録されている。 MCE
でも側頭部の他に後頭頂葉にも活動が認められた。これらの結果はやはり複数の電流源の可能性を示している。
陽性チャネルの位相解析では、特に BB 周波数成分の振幅が大きいチャネルが側頭部に多く見られた。また、加算波形
の振幅が両側頭部で有意に大きかった。これらの結果は、 BB ASSR の主たる電源が聴覚皮質にある可能性を示すが、
今回の測定では聴覚皮質が唯一の電源であることは見いだされなかった。
聴覚心理実験では 4 Hz BB も 6.66 Hz BB も同様に主観的な振動の感覚を生じさせることを示している。今回の実験の
全被験者も8種類の BB 刺激のいずれにおいても狭義での BB を知覚したと報告したが、陽性チャネルの個数や MCE
の分布では、8種類の BB による違いは認められなかった。
BB ASSR の位相解析
先に引用した Reale らの実験では、 BB に感受性のあるネコ一次聴覚野のニューロンの発火は、連続的・周期的に変化
する IPD に同期していた。特定の IPD で発火が増す、すなわち左右の特定の時間差に反応するという点で聴覚皮質の
反応は脳幹での反応に類似していた。 BB 刺激は周期的に変化する IPD から成るので、 IPD の周期と BB ASSR の波
形の間に何らかの相関があると予想された。 Reale らの実験では、同側の耳への音の位相が反対側よりも遅れている時
にネコ一次聴覚野のニューロンが最も発火しやすいことが示されている。
しかし今回の実験結果では、 BB に同期したチャネルの反応は、 IPD ( = 右耳への音の位相 - 左耳への音の位相)が
正あるいは負といった特定の位相に集中することはなかった。どの BB 条件においても被験者間の位相のバラツキが大
要約
Binaural Beat (BB) は周波数のわずかに異なる正弦波を左右の耳に提示したときに知覚される周期的な聴覚現象(音のうねり)であり、左右の
耳で抽出された位相情報が保存され、中枢聴覚路において統合されるために生じると考えられている。正常被験者に BB をきかせたときの聴
性定常反応 (auditory steady-state response: ASSR) を測定した結果、 BB の周波数に一致した周期的な反応が特に両側側頭部で強く認められ
た。記録された脳磁場波形にスペクトル解析を行った結果、左右の周波数差 (interaural frequency difference : IFD) に精確に一致したピークが
確認され、この反応が BB に対する ASSR そのものであることが判明した。大脳皮質が、脳内ではじめて算出される周波数で周期的な神経活
動を行うことが明らかになった。
図1
図2
図3
図4
図5
表1
図6
図7
表2
図8
文献
Karino S, et al. J Neurophysiol 96:1927-38, 2006.
Kuwada S, et al. Science 206: 586-588, 1979.
Malone BJ, et al. J Neurosci 22: 4625-4638, 2002.
Reale RA, et al. J Neurophysiol 64: 1247-1260, 1990.
Uutela K, et al. Neuroimage 10: 173-180, 1999.

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左右の耳からの情報を統合して得られる脳磁場活動

  • 1. 左右の耳からの情報を統合して得られる脳磁場活動 1 狩野章太郎  2 湯本真人  3 伊藤憲治  1 山岨達也 1 東京大学医学部附属病院耳鼻咽喉科 2 東京大学医学部臨床病態検査医学 3 東京大学医学部認知神経科学 FL (Hz) FR (Hz) Left 39 channels Center 124 channels Right 40 channels Min Max Median Min Max Median Min Max Median 240.00 244.00 0 8 2 0 15 5 0 13 2 244.00 240.00 0 5 2 0 28 3 0 8 1 480.00 484.00 0 3 0 0 16 3 0 10 3 484.00 480.00 0 7 1 0 16 3 0 10 1 240.00 246.66 0 5 2 3 23 9 1 7 4 246.66 240.00 0 5 1 2 14 6 0 12 4 480.00 486.66 0 13 2 1 9 5 1 4 2 486.66 480.00 0 11 3 3 10 7 0 8 2 FL (Hz) FR (Hz) Temporal Region Posterior Parietal Region Left Right Left Right 240.00 244.00 8 9 3 3 244.00 240.00 9 9 4 4 480.00 484.00 7 7 5 3 484.00 480.00 9 8 4 5 240.00 246.66 9 9 5 2 246.66 240.00 9 8 3 1 480.00 486.66 8 8 4 1 486.66 480.00 8 9 3 2 Mean 8.4 8.4 3.9 2.6 はじめに Binaural Beat (BB) :周波数のわずかに異なる正弦波を左右の耳の別々に提示したときに 知覚される周期的な聴覚現象。左右の耳で抽出された位相情報が保存されて聴覚経路を伝 わり、統合されるために生じると考えられている。 BB の神経学的基盤 BBは両耳間の情報が脳幹及びより中枢側の聴覚路において統合され処理されることを典 型的に示している。 BBを実現させるための末梢側での基盤は、蝸牛神経の音に対する位相同期である。 (図1) BB の主観的な振動が聴覚皮質での神経活動の振動に基づくものかどうかをヒトで調べる ことが目的である。このような周期的な神経活動を非侵襲的に測定するには、BBが提示 されている間の聴性定常反応 (auditory steady-state response (ASSR)) を記録、解析する 必要がある。 脳磁図 (magnetoencephalography (MEG)) は、脳神経細胞の電気的活動により生じる微弱 な磁場を、頭部に近接させた高感度磁気センサで記録する神経生理学的検査法で、時間分 解能に優れている。(図2) 方法 対象 耳疾患・神経疾患の既往のない健常聴覚者9名(男性6名、女性3名)、年齢 23-57 歳 (mean = 36.1, SD = 11.2) を対象とした。利き手をエジンバラ式質問法で調べた結果、利 き手指数(完全な右利きが +100 で完全な左利きが -100 になる)は 0 を示した被験者1 名を除いては 89.5 から 100 に分布した。 音刺激 音刺激はパーソナルコンピュータ上で作成し、オーディオインターフェイスとプラスチッ クチューブを介してイヤホンから被験者に提示された。まず、シールドルーム内で脳磁図 測定の場合と同じ条件(後述)下で、 240 Hz および 480 Hz の持続音の聴取閾値を各被 験者において測定した。片側から提示した音が反対側の蝸牛に伝わり、そちら側の蝸牛に 影響を及ぼすこと(クロスヒアリング)を避けるために、脳磁図測定の際には閾値上 40dB の持続音を用いてBBをきかせた。 脳磁場の記録 204 チャネル全頭型脳磁計 (Vectorview; Neuromag, Helsinki, Finland) を用いて脳磁場を 記録した。被験者は磁気シールドルーム内に座位をとり、ヘルメット型の Dewar に頭部 が接する姿勢とした。 3-D digitizer により頭部表面の形態情報を取得し、頭部に貼付した コイルに電流を流して磁場を測定することにより、頭部の空間座標を確定させた。記録し た磁場は 1.0-200 Hz のバンドパスフィルターを通し、 600 Hz でデジタル化した。加算 波形には 40 Hz のローパスフィルターをかけた。各々の BB 刺激に対して、 BB の約 1000-2000 周期分に相当する時間の脳磁場を記録した。 BB 4周期分の解析時間を採用して加算したので、 250-500 回の加算が行われた。 図3は BB 刺激、脳磁計へのトリガ、および誘発波形の時間的配列を示している。 BB を 構成する2種類の正弦波がともに 0 の値をとる瞬間、すなわち BB 1周期に1回トリガ が脳磁計に送られた(図3 AB )。 誘発された反応の周期性を可視化するために、 BB 4周期分の解析時間で加算した様子を 図3 CD に示す。この4周期分の平均振幅をベースラインとした。 Synchronization with IPD in the inferior colliculus (Cat) Kuwada et al. 1979 Synchronization with IPD in the auditory cortex (Cat) Reale et al. 1990 Coding of IPD in the auditory cortex (Macaque) Malone et al. 2002 蝸牛神経における Phase locking 結果 steady-state response の波形 全被験者において振幅の大きい steady-state response が両側の側頭部チャネル群で見られた。図4 A は 4Hz-BB 刺激および対応する No-BB 刺激下における加算された磁場波形の典型例を示す。 BB 刺激下 においては主に側頭部のチャネルにおいて、 BB 4周期分の区間内に4個のピークが明瞭に観察された。一方、 No-BB 刺激下ではそのようなピークは見られなかった。 B. 左半球の代表的な isofield contour map を示 す。磁場の湧き出し(赤線)と吸い込み(青 線)が 2 fT 間隔で示されている。これは左側頭 部に双極性の磁場分布を示す時点を BB 1周期 の区間内から選んだもので、 F 中の矢印で示さ れた時点に相当する。 C. 右半球の代表的な isofield contour map を 示す。これは右側頭部に双極性の磁場分布を示 す時点を BB 1周期の区間内から選んだもので 、 G 中の矢印で示された時点に相当する。代 表的な磁場分布を左右半球ごとに独立して選択 して示しているので、 B と C ではタイミング が異なっている。 steady-state response の強度 まず最初に、脳磁場の継時変化を見るために、 左側頭部チャネル群、右側頭部チャネル群およ び中央部の 124 個のチャネル群の3グループ に分けて、それぞれの root mean square (RMS) を計算した。次に、この RMS 波形の 中から、 BB 1周期分の区間をきりだして時間 平均を算出し、これらを上記3グループそれぞ れの代表値とした(図4DE)。 図5はこの RMS 値の被験者9人分の平均値を 示す。無人の状態で8種類の BB 刺激と2種類 の No BB 刺激を用いて磁場の記録を行い、 左・中央・右の3領域における RMS 値を同様 に算出したが、有人の場合に比べて著しく小さ かった。このノイズの強度に比べて、 BB 刺激 下の RMS 値は約 2.5 倍、 No BB 刺激下の RMS 値は約2倍の強度を示した。 BB 刺激下 及び No-BB 刺激下で検出された磁場の強度は ノイズレベルよりも十分に大きかったことを示 している。刺激周波数および IFD が steady- state response の強度に系統的な影響を及ぼさ なかった。 各チャネルにおける周波数解析 各被験者において、 BB 周波数に特異的な スペクトルのピークが現れているチャネル を探した。図4HIはそのような特異的な ピークを検出する手法を示している。 図4Iは図4Gと同じチャネルのスペクト ルを示す。この右半球のチャネルにおいて も BB 刺激による 4 Hz のピークは、 4Hz- BB 条件、 6.66Hz-BB 条件および No BB 条件における 3.5 Hz から 4.5 Hz の区間の 95% 信頼区間を超えている。 L240R246.66 および L240R240 の場合には このような 4 Hz のピークは見られなかった 。 したがって図4HIのチャネルに示された チャネルの 4 Hz におけるピークは 4Hz-BB を特異的に反映しているものと考えられた 。 同様に以下のような条件を満たすチャネルは BB 周波数を反映していると判定した。 1) BB 周波数におけるピークが以下の3種類の 95% 信頼区間のいずれをも超えている BB 条件 2種類の対照条件すなわち もうひとつの BB 条件( 4Hz-BB なら 6.66Hz-BB 、 6.66Hz-BB なら 4Hz-BB ) No BB 条件 2)同一被験者の同一チャネルにおいて、2種類の対照条件では、このようなピークが見られない 表1は上記の条件を満たすチャネルの個数を各被験者別、各条件別に調べ、9人の被験者の中央値を表したものである。例えば、 L240R244 において は、 4Hz-BB に同期した反応を示していると考えられるチャネルの個数の中央値は、左側頭部、中央部、右側頭部において各々2個、5個、2個で あった。 図6は表1に示した陽性チャネルの空間的分布を模式的に示したものである。 図6Aは 4Hz BB の9人分を集めたもの、図6Bは 6.66Hz BB の9人分を集めたものである。 各被験者の解剖学的差異を無視して、左側頭部、右側頭部、前頭部、頭頂部、後頭部の5領域に大別すると 、両側の側頭部で陽性チャネルが多いが、頭頂部や前頭部にも多く存在し、バラツキが大きいことが分かる 。 Minimum-norm Current Estimate (MCE) L1 minimum-norm 推定法を用いて反応の電源推定を行った。記録された脳磁場を生成するため に必要な電流分布でその絶対値の総和が最小になる場合を推定することにより、電流源に関する アプリオリな制限なしで電源推定を行う方法である。 各被験者について、 T1 強調の冠状断・軸位断・矢状断の頭部 MRI 画像を 1.2mm のスライス 厚で撮像し、脳の球体モデルを作成した。図3に示した BB 1周期の範囲で電流源の分布を計算 した。 BB により誘発された反応の電流源の候補としていくつかの部位が示された。 図7は L244R240 刺激の際の典型的な MCE を示す。大部分の被験者において 0.5 nAm を超え る強度の電流源が両側の側頭葉上部で認められ、この領域は聴覚皮質を含んでいると考えられた (図7 AB )。 全被験者ではないが、上・下頭頂小葉を含む頭頂葉後部にも電流源を示す被験者が存在した(図 7 CD )。また、より少ない頻度で散発的に前頭葉での活動が認められた。 しかし、これらの電流源が BB 1周期中の特定の位相で出現しやすいという傾向はなかった。 BB 1周期の中で側頭葉上部および頭頂葉後部に電流源が確認された被験者の人数を数え、表2に示し た。 BB 刺激の種類によって電流源の頻度に差がないことが分かる。 各陽性チャネルにおける波形の位相解析 Source strength 波形の場合と同様に、 BB に同期していると判定された各チャネルにおいて、 脳磁場波形と IPD サイクルとの相関関係を調べた。図8 A は図4Fと、図8 B は図4Gと それぞれ同じチャネルの波形を示している。 図8Cは8週類の BB 刺激下において、陽性チャネルの位相を図6の5つの領域別に分けて示 したものである。 いずれの BB 刺激においても特定の位相に集中しているという傾向は見られなかったが、 BB 周波数成分の振幅が大きいチャネルは両側頭部に多い傾向が認められた。考察 各チャネルにおける解析と MCE による BB ASSR の電源推定 今回の実験では、周期性を有する音刺激として、 AM 変調音の代わりに BB を聴かせたときの SSR を MEG で測定し 、 BB の周波数に同期して周期的に変動する信号が記録できるか試みた。2種類の対照条件の波形との比較により、 BB 刺激下での磁場波形が、 BB に誘発された ASSR そのものであることが明らかとなった。 このような各チャネルごとの周波数解析は振幅変調音による ASSR の研究において用いられてきた。今回我々は、特に 厳しい基準を採用して真に BB 周波数が表しているピークを選んだ。この選択基準が厳しいために結果的に BB に同期 していると判定されたチャネルの数は少なくなり、また偽陰性のチャネルが存在する可能性もあるが、陽性と認定され たチャネルは十分な信頼度をもって BB 周波数に一致した周期的反応を示したといえる。一方、陽性チャネルが少な かったことにより、これらのチャネルの分布に大きなバラツキが生じた可能性もある。 陽性チャネルの分布を調べることと同様に、 MCE もチャネルの選択といったアプリオリな前提を必要としないモデル であり、 BB 刺激によって誘発される脳活動の部位を推定するのに適している。ほとんどの被験者において聴覚皮質を 含む両側頭部に活動が認められた。 MCE は BB に特異的な周波数成分を検出するものではないが、 BB ASSR の主た る電源が従来の ASSR と同様に側頭部にあることを示唆する所見である。 ヒトの一次聴覚野はブロードマン41野に同定され、 Heschl 回に相当する。外科手術の際に電極で記録した研究では一 次聴覚野は特に Heschl 回の内側部と報告されている。 MEG を用いた研究では、 40Hz 付近の刺激により誘発される 従来の ASSR の電源は一次聴覚野と報告されている。動物に電極を挿入して記録した実験でも 40 Hz の ASSR の電源 は一次聴覚野と報告されている。 これまでの神経生理学的研究において、聴覚皮質は BB 周波数をコードしているという報告がなされている。 BB は、 聴神経が音響刺激の特定の位相で発火すること( phase locking )により周波数情報を保存していることに基づいている。 動物実験では、連続して変化する IPD の情報が聴覚中枢で保存され利用されていることが示されている。 Reale らはネ コの一次聴覚野のニューロンの IPD に対する感受性を調べた。左右の耳に位相がわずかに異なる音を聞かせて、固定し た IPD を提示すると、一次聴覚野のニューロンに反応が見られた。このような固定した IPD に感受性のあるニューロ ンのうち、約26%が BB によって提示される連続的に変化する IPD にも反応した。 BB の場合は IFD が 5-29 Hz の 場合に反応が確認され、 5 Hz の BB と 9 Hz の BB とで反応に差は見られなかった。 IPD に対する反応は、内側上オ リーブ核や下丘のニューロンの反応に類似しており、これらの脳幹での IPD の情報が基本的には修飾されることなく聴 覚皮質に伝達されることが示唆された。覚醒したマカクザルの聴覚皮質のコア領域においても、 BB の連続して変化す る IPD に対する反応が報告されている。 脳波を用いてヒトの BB ASSR を記録した実験では、吻側から尾側に向かって系統的な位相のずれが報告されており、 複数の電源の存在が示唆された。この研究では側頭部だけでなく前頭部や頭頂部の電極からも BB 周波数の反応が記録 された。我々の実験でも BB に同期した反応が側頭部だけでなく前頭部や頭頂部のチャネルでも記録されている。 MCE でも側頭部の他に後頭頂葉にも活動が認められた。これらの結果はやはり複数の電流源の可能性を示している。 陽性チャネルの位相解析では、特に BB 周波数成分の振幅が大きいチャネルが側頭部に多く見られた。また、加算波形 の振幅が両側頭部で有意に大きかった。これらの結果は、 BB ASSR の主たる電源が聴覚皮質にある可能性を示すが、 今回の測定では聴覚皮質が唯一の電源であることは見いだされなかった。 聴覚心理実験では 4 Hz BB も 6.66 Hz BB も同様に主観的な振動の感覚を生じさせることを示している。今回の実験の 全被験者も8種類の BB 刺激のいずれにおいても狭義での BB を知覚したと報告したが、陽性チャネルの個数や MCE の分布では、8種類の BB による違いは認められなかった。 BB ASSR の位相解析 先に引用した Reale らの実験では、 BB に感受性のあるネコ一次聴覚野のニューロンの発火は、連続的・周期的に変化 する IPD に同期していた。特定の IPD で発火が増す、すなわち左右の特定の時間差に反応するという点で聴覚皮質の 反応は脳幹での反応に類似していた。 BB 刺激は周期的に変化する IPD から成るので、 IPD の周期と BB ASSR の波 形の間に何らかの相関があると予想された。 Reale らの実験では、同側の耳への音の位相が反対側よりも遅れている時 にネコ一次聴覚野のニューロンが最も発火しやすいことが示されている。 しかし今回の実験結果では、 BB に同期したチャネルの反応は、 IPD ( = 右耳への音の位相 - 左耳への音の位相)が 正あるいは負といった特定の位相に集中することはなかった。どの BB 条件においても被験者間の位相のバラツキが大 要約 Binaural Beat (BB) は周波数のわずかに異なる正弦波を左右の耳に提示したときに知覚される周期的な聴覚現象(音のうねり)であり、左右の 耳で抽出された位相情報が保存され、中枢聴覚路において統合されるために生じると考えられている。正常被験者に BB をきかせたときの聴 性定常反応 (auditory steady-state response: ASSR) を測定した結果、 BB の周波数に一致した周期的な反応が特に両側側頭部で強く認められ た。記録された脳磁場波形にスペクトル解析を行った結果、左右の周波数差 (interaural frequency difference : IFD) に精確に一致したピークが 確認され、この反応が BB に対する ASSR そのものであることが判明した。大脳皮質が、脳内ではじめて算出される周波数で周期的な神経活 動を行うことが明らかになった。 図1 図2 図3 図4 図5 表1 図6 図7 表2 図8 文献 Karino S, et al. J Neurophysiol 96:1927-38, 2006. Kuwada S, et al. Science 206: 586-588, 1979. Malone BJ, et al. J Neurosci 22: 4625-4638, 2002. Reale RA, et al. J Neurophysiol 64: 1247-1260, 1990. Uutela K, et al. Neuroimage 10: 173-180, 1999.