2022年１月９日 新英研関東ブロック研究集会

1. 英語教育政策のあり方
拙著『小学校英語のジレンマ』を中心に
関西学院大学社会学部
寺沢拓敬
2022年１月９日
新英研関東ブロック研究集会

2. 本書の構成
１章：第I期
-1980s
２章：第II期
1991-1998
3章：第III期
1995-2010
4章：第IV期
2003-2019
5章：第V期
2013-202X
行政論
- 制度の公式的説明
（公式文書）
- そこに至る政策過
程
(1.1. 前史を戦前か
ら駆け足で素描)
1.2. 英語教育の早
期化と臨時教育審
議会
2.1. 「国際化時
代」と英語教育
の議論
3.1. 小学校に英
語がやってきた
4.1.グローバル化
時代の人材育成
4.2.「必修だが教
科でない」
4.3. 特殊日本的な
外国語活動」
5.1. トップダウン型の
教育改革へ
5.2. 第二次安倍政権以
後の改革
実践 実際の取り組
み
2.2. 研究開発学
校
3.2. 総合学習
3.3. 教育特区
5.2. の一部
SLA・英語教育学・
科学社会学
学会・学界の動き
1.3. 学習と年齢効
果の研究
2.3. 小学校英語
推進派の理想主
義 3.4. 小学校英語
論争の勃発
4.4 英語力は向上
するのか、国語
力がダメになる
のか
5.3 教科化既定路線
の中の賛否
その他の社会動向
5.4. 世論・学校外学習
（I期～V期まとめて）
第６章 1章-5章のまとめ＆政策変遷を生んだ要因の説明
第7章 小学校英語の効果の有無に関する実証研究
第8章 グローバル化言説、英語使用ニーズ
第9章 教員需給にかかわる行政的制約
おわりに 今後ありえるべき改革案（選択肢）の提案

3. いわゆる「教科書・概説書」ではない…
「定説」以前の新規な知見を含めている
• 学習指導要領の「精読」
• 政策過程：地味かつ読みづらいテーマだが、ここの問題点に切り込まないと構造的問題は
見えてこない
• 児童英語教育学（者）批判
科学に対する素朴な権威主義
自覚のなき「政策語り」（だからこそ政策研究を考慮しない）
• 教員需給の行財政的制約（9章）

4. 本書の目的：政策批判
政策内容 vs. 政策過程 vs. 政策実施・帰結
本書はなかでも政策過程に対する批判が中心
• よい政策過程＝手続き的正義。筋を通す。関係者（子供、保護者、現場の教員、行政担当者、外部効果の受益者
＝市民・財界）がみな納得がいく決定過程。
• 実際にはゴールが先に決まっていて、議論は後付け。（専門家・関係者の声をきくのは形だけ）。
• 導入ありきで決まるので、「予算がつくならやる、つかないならやらない」という是々非々の判断が放棄されて
いる
「結果をめぐる批判」はこれからの（みんなの）課題
政策内容批判をめぐるジレンマ
• 教育内容の増殖につながりかねない
• 「中高はいいのに小学校ではなぜ駄目なのか」問題
• 価値観

5. 学習指導要領解説 批判的読解
政策意図が書いてあるのは「解説」
• 中教審答申がベース
• 「結果の宣言」型文書（寺沢, 2021）
• 眼前の改革プラン（＝新学習指導要領）の正当化が最重要課題
• 改革根拠の詰め込み → 悪文
• 根拠のチェリーピッキングが構造的に起きやすい
• 以前の指導要領解説と矛盾が生じても気にしない
→ 政策意図や政策間因果関係は、政策文書が言ってることを真に受けてはいけない。
寺沢拓敬 (2021)「英語教育政策研究の理論と方法―政策過程の記述的分析を中心に―」辻伸幸ほか編『英語教育の歴史に学
び・現在を問い・未来を拓く：江利川春雄教授退職記念論集』渓水社

6. 『小学校学習指導要領解説 外国語活動編』(2017年6月)
（1）中学年の外国語活動の導入の趣旨
今回の中学年の外国語活動の導入に当たっては，中央教育審議会答申を踏まえ，次のような，これまでの成果と課題等を踏まえた改善を図った。
○ グローバル化が急速に進展する中で，外国語によるコミュニケーション能力は，これまでのように一部の業種や職種だけでなく，生涯にわたる
様々な場面で必要とされることが想定され，その能力の向上が課題となっている。
○ 平成20年改訂の学習指導要領は，小・中・高等学校で一貫した外国語教育を実施することにより，外国語を通じて，言語や文化に対する理解を深
め，積極的に外国語を用いてコミュニケーションを図ろうとする態度や，情報や考えなどを的確に理解したり適切に伝えたりする力を身に付けさ
せることを目標として掲げ，「聞くこと」，「話すこと」，「読むこと」，「書くこと」などを総合的に育成することをねらいとして改訂され，
様々な取組を通じて指導の充実が図られてきた。
○ 小学校では，平成 23 年度から高学年において外国語活動が導入され，その充実により，児童の高い学習意欲，中学生の外国語教育に対する積極
性の向上といった成果が認められている。一方で，①音声中心で学んだことが，中学校の段階で音声から文字への学習に円滑に接続されていない，
②日本語と英語の音声の違いや英語の発音と綴りの関係，文構造の学習において課題がある，③高学年は，児童の抽象的な思考力が高まる段階で
あり，より体系的な学習が求められることなどが課題として指摘されている。
○ また，小学校から各学校段階における指導改善による成果が認められるものの，学年が上がるにつれて児童生徒の学習意欲に課題が生じるといっ
た状況や，学校種間の接続が十分とは言えず，進級や進学をした後に，それまでの学習内容や指導方法等を発展的に生かすことができないといっ
た状況も見られている。
○ こうした成果と課題を踏まえ，今回の改訂では，小学校中学年から外国語活動を導入し，「聞くこと」，「話すこと」を中心とした活動を通じて
外国語に慣れ親しみ外国語学習への動機付けを高めた上で，高学年から発達の段階に応じて段階的に文字を「読むこと」，「書くこと」を加えて
総合的・系統的に扱う教科学習を行うとともに，中学校への接続を図ることを重視することとしている。

7. 『小学校学習指導要領』（2017年3月発表）
第10節 外国語
第1 目標
外国語によるコミュニケーションにおける見方・考え方を働かせ、外国語による聞くこと、読むこと、話
すこと、書くことの言語活動を通して、コミュニケーションを図る基礎となる資質・能力を次のとおり育
成することを目指す。
(1) 外国語の音声や文字、語彙、表現、文構造、言語の働きなどについて、日本語と外国語との違いに気付
き、これらの知識を理解するとともに、読むこと、書くことに慣れ親しみ、聞くこと、読むこと、話す
こと、書くことによる実際のコミュニケーションにおいて活用できる基礎的な技能を身に付けるように
する。
(2) コミュニケーションを行う目的や場面、状況などに応じて、身近で簡単な事柄について、聞いたり話し
たりするとともに、音声で十分に慣れ親しんだ外国語の語彙や基本的な表現を推測しながら読んだり、
語順を意識しながら書いたりして、自分の考えや気持ちなどを伝え合うことができる基礎的な力を養う。
(3) 外国語の背景にある文化に対する理解を深め、他者に配慮しながら、主体的に外国語を用いてコミュニ
ケーションを図ろうとする態度を養う。

8. 『小学校学習指導要領解説 外国語活動編』 2008年8月
今回の外国語活動の新設は，中央教育審議会から次のように答申されたことを踏まえたものである。 …中略…
○ 我が国においては，外国語教育は中学校から始まることとされており，現在，中学校においてあいさつ，自己紹介などの初
歩的な外国語に初めて接することとなる。しかし，こうした活動はむしろ小学校段階での活動になじむものと考えられる。
また，中学校外国語科では，指導において聞くこと及び話すことの言語活動に重点を置くこととされているが，同時に，読
むこと及び書くことも取り扱うことから，中学校に入学した段階で４技能を一度に取り扱う点に指導上の難しさがあるとの
指摘もある。
こうした課題等を踏まえれば，小学校段階で外国語に触れたり，体験したりする機会を提供することにより，中・高等学
校においてコミュニケーション能力を育成するための素地をつくることが重要と考えられる。
○ 小学校段階における英語活動については，現在でも多くの小学校で総合的な学習の時間等において取り組まれているが，各
学校における取組には相当のばらつきがある。このため，外国語活動を義務教育として小学校で行う場合には，教育の機会
均等の確保や中学校との円滑な接続等の観点から，国として各学校において共通に指導する内容を示すことが必要である。
この場合，目標や内容を各学校で定める総合的な学習の時間とは趣旨・性格が異なることとなる。また，小学校における外
国語活動の目標や内容を踏まえれば一定のまとまりをもって活動を行うことが適当であるが，教科のような数値による評価
にはなじまないものと考えられる。これらのことから，総合的な学習の時間とは別に高学年において一定の授業時数（年間
３５単位時間，週１コマ相当）を確保する一方，教科とは位置付けないことが適当と考えられる。 （pp. 5-6 ）

9. 英語教育学批判
1. 英語教育政策の基調をなしている素朴因果モデル
2. 「政策の無謬性原則」という問題
3. データの未整備。とくに調査・実証研究に対する建設的な批
判の欠如

10. 素朴因果モデル
• 人間（児童生徒、教師、保護者、教育産業）の行動を単純な因果関係で捉える。
「Xを導入したら、VになってWになって、結果、Yが達成される」
• X：英語活動を推進したら／外国語活動を必修にしたら／教科化したら etc.
• Y：英語力が向上する／英語嫌いが減る／異文化理解が促進される etc.
素朴であるゆえん
• 素朴な人間観・社会観。「人間は狙ったとおりに動く・動かせる」
• 「意図せざる結果」に関する考慮がない
• 決定論的。確率論の発想がない。
• 程度問題という発想がない
しかし、学習指導要領解説は「素朴な因果モデル」を堂々と述べる→「宣言型」文書の問題

11. 外部試験
導入
受験指導担当
の高校教員に
四技能指導が
増える
受験生の
四技能能
力が向上
英語教育
の改善
受験指導を担当
しない高校教員
にも四技能指導
が増える
「英語がで
きる日本
人」の増加
生徒全体
の四技能
能力向上
トリクルダウン？
小中の英語教
員にも四技能
指導が増える
寺沢拓敬 (2018)「2020年に「英語革命」が起きるらしい（ただし、安河内哲也氏によれば）」 Yahoo!
ニュース 個人 https://news.yahoo.co.jp/byline/terasawatakunori/20180710-00088888
英語革命2020？

12. 政策の無謬性原則という問題
• 限られたリソース・情報を総合的に考慮して、最善の政策を計画・実施する ←異論なし
• 最善の政策だから、副作用は生じない。 ←え？
• だからセーフティネットは用意しない。 ←え？
• 最善の政策だから、検証する必要はない。 ←え？
• だから検証を前提にする施策（定義策定、データ収集）はしない。 ←え？
官僚の無謬性という問題（青木栄一 2020 『文部科学省』中公新書）
なぜか研究者までも無謬性の磁場にとりこまれているのでは？（現場や行
政関係者の「味方」になりすぎ）

13. 調査研究の未整備。建設的批判の欠如
• 日本児童英語教育学会プロジェクトチームの先駆性と過度の先駆性
• 推進熱に駆動された「実証研究」の危うさ
方法論的問題（亘理他, 2021）
• 効果のチェリーピッキング
• 有意差至上主義
• 建設的批判の欠如 → 先行研究（エビデンス）の序列づけの不在
• 独自測定、独自介入の乱立
政策論的問題
• 中立的評価者の不在（短期的なメリット・デメリットや行政的事情、現場の事情では動
かない、中長期的視座を持った人が必要）
• ビッグパワー（政府、教育企業）による調査を大学教員が下請け（名義貸し？）
亘理陽一・草薙邦広・寺沢拓敬・浦野 研・工藤洋路・酒井英樹著 (2021)『英語教育のエビデンス―これからの英語教育研究のために』研究社

14. 英語教育実施状況調査
学校教員に調査員を代行させるという調査
• 「CEFR A1/A2レベ ル相当以上を取得している生徒の割合」
• 「CEFR A1/A2レベル相当以上の英語力を有すると思われる生徒の割合」
雑多な目的の「オールインワン」
• 実態把握（本義）
• 自治体を競わせる
• 学校・教員を「反省」させる
• 事業の構成要素としての調査（予算消化）
• 次期施策にむけた証拠集め
→ 研究者にこそ求められる、データリテラシー、社会調査リテラシー。
寺沢拓敬 (2019) 「文科省『英語教育実施状況調査』の数値は信頼できない」 Yahoo!ニュース 個人
https://news.yahoo.co.jp/byline/terasawatakunori/20190422-00123134

15. まとめ
• 政策文書は批判的に読み解く
• 学者の主張は批判的に読み解く
• 調査は批判的に読み解く