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地球市民セミナー(清泉女子大学・品川区)
政治哲学から考える移民政策
福原正人

高崎経済大学・フェリス女学院大学非常勤講師
政治哲学から考える移民政策
1. 政治哲学とは?
2. 国境管理と<移動の自由>
3. 移民政策と哲学の役割
1. 政治哲学とは何か?
・わたしたちが<実際に暮らしている社会>
はどのようなものなのか?

・わたしたちにとって<望ましい社会>はど
のようなものなのか?
政治哲学は何に関心があるのか
→<正しい社会>はどのようなものか?
<正しい社会>についての直観がある



→ただしこの直観は、多くの場合に先入観や偏見
が影響して偏っている(=バイアス)



=直観は出発点にはなるが問い直す必要がある
出発点としての直観(1)
* 直観:論理的な推論ではなく無意識のうちに判断すること。多くの場合に
「経験」や帰属する集団内の「社会常識」に沿った判断が行われる。
政治哲学とは?
1. 関心としての<正しい社会>
2. わたしたちの直観は信頼できない
3. 直観を問い直して<適切な理由>を考えよう
2. 国境管理と<移動の自由>
国境を越える人の移動(2)
難民
国家A 国家B
移民
難民の定義:1951年「難民の地位に関する条約(難民条約)

移民の定義:1年以上の居住が目安、単純労働者・高技能移民
移動の自由とその制限
国家A 国家B
就労目的の移民
国家は国境管理を通じて<移動の自由>を制限する
国境を越える移動に関する直観
国家は<移動の自由>を制限してもよい
国境管理:国家が滞在・就労の条件を設定して国境を越える人の
移動を管理統制する政策のこと
国内の移動の自由
大阪府 東京都
就労目的の転居
地方自治体が<移動の自由>を制限することはない
国内における移動に関する直観
国家や地方自治体は<移動の自由>を
制限してはならない
ジョセフ・カレンズ(Joseph Carens)

正義と国境を越える移動についての研究(1980年代後半∼)
(1) 国境管理は当然視されているが、こ
れは再検討するべきである。
(2) 国境管理は入国を希望する<移民の
自由や機会>も配慮するべきである。



(1)・(2)は「国内における移動に関する
直観」を問い直すことで明らかになる
J.カレンズによる移民正議論(3)
国境を越える移動に関する直観

<移動の自由>:制限してもよい





国内における移動に関する直観

<移動の自由>:制限してはならない

議論のポイント
移動の自由はなぜ制限するべきでないのか?
機会の平等
男性
医者になる機会

(ライフ・チャンス)
女性
・男性による機会の独占は「明らかな不正義」

・性別を問わず<平等な機会>を保障せよ
機会の平等と移動の自由
都会生まれの男性
医者になる機会
離島生まれの女性
・機会へのアクセスには移動が必要になる場合がある

・<平等な機会>のためには<移動の自由>も保障せよ
移動の自由はなぜ制限するべきでないのか?
<移動の自由>は<平等な機会>のために必要



<移動の自由>の制限は<機会の独占>を生む
近代以前の身分制社会(4)
貴族(武士)
仕事

教育 の機会

結婚
農民
・人生の機会は生まれた身分や場所で決まる

・関所や通行証:<移動の自由>は制限される
商人
奴隷
現代の国際社会
先進国
仕事

教育 の機会

結婚
途上国
・人生の機会は生まれた国家で決まる

・国境管理:<移動の自由>は制限される
先進国
途上国
・関所や通行証

特定の身分に生まれたひとが機会にアクセス
することを妨げる

→「不正義」

・国境管理

特定の国家に生まれたひとが機会にアクセス
することを妨げる

→同じように「不正義」
カレンズの議論のポイント
結論 (1)
国家による国境管理は当然視されてきたが、
これは「隠 されてきた不正義」である(5)。
移民はどういう機会にアクセスできないのか
カレンズに対する批判
多くの機会
・先進国と途上国では機会の数は確かに違う

・途上国でも<適切な数の機会>は保障されている
適切な数の機会
先進国
途上国
・関所や通行証

特定の身分に生まれたひとが<適切な数の機会>
にアクセスできないこと

→明らかな不正義

・国境管理

途上国に生まれたひとが先進国で<多くの機会>
にアクセスできないこと

→不正義ではない
カレンズ批判のポイント(6)
<適切な数の機会>へのアクセスで十分ある
と考えるのは間違っている
どのような応答が可能か?
あなたの場合:なぜ適切な数では問題なのか?
受験大学

就職先

結婚相手
あなたは、与えられた機会から選択するのではなく、
自分で描いた可能性にチャレンジしたいと思うはず(7)
両親が保障する機会
選択するあなた
移民の場合:なぜ適切な数では問題なのか?
移民もまた、与えられた機会から選択するのではな
く、自分で描いた可能性にチャレンジしたいと思う
途上国が保障する機会
選択する移民 教育

仕事

結婚
・関所や通行証

特定の身分に生まれたひとが<自分の可能性に
チャレンジする機会>にアクセスできないこと

→不正義

・国境管理

途上国に生まれたひとが<自分の可能性にチャレ
ンジする機会>にアクセスできないこと

→これもまた不正義
応答のポイント
結論 (2)
国境管理は、移民が自分の人生を選び取りそ
の可能性にチャレンジする機会へのアクセス
を妨げているという意味で不正である(8)
3. 移民政策と哲学の役割
・国家は国境管理の<権限>があるという議論もある(9
)

・カレンズも国境管理を撤廃すべきとは主張してない(10)
国家A 国家B
国境を越えて移動する人々
国境管理ないし移民受け入れは、人生を選び取
りその可能性にチャレンジする機会に配慮せよ
移民政策はどうあるべきなのか?
「外国人技能実習生制度」

1990年頃に技能実習を通じた国際貢献という名目で創設。
ベトナム、フィリピンなどが送り出し国として有力。
・パスポートや携帯の取り上げ

・転職の自由はない

・恋愛禁止や妊娠による不利益を被っている


なぜ問題なのか?

<人生の可能性にチャレンジする主体>として扱っていない
日本の移民受け入れ制度は?
むすび:哲学の役割
1. 想像力の喚起

わたしたちのあいだでダメなことがなぜ彼ら・彼女
らにはまかるとおるのか?

2. 理由の言語化
何となくダメではなくなぜダメであるのか?

→正しい国際社会を実現するための「拠り所」に
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nonxxxizm@icloud.com
質問はいつでもどうぞ

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