金属イオンの定性分析
- 1. 金属イオンの定性分析
1. 目的
金属イオンには特徴的な反応を示すものが多く、それによって金属イオンの種類を同定するこ
とができる。これを定性分析という。この実験では、代表的な数種の金属イオンについて、そ
の特徴的反応を確認する。
2. 原理
銀(I)イオンの反応
銀(Ⅰ)イオン Ag⁺は、無色のイオンであるが、塩化物イオン Cl⁻と反応して塩化銀(Ⅰ)
*₁AgCl の白色沈殿を生じる。
Ag⁺ + Cl⁻ → AgCl
この沈殿は光よって分解し、銀が黒色物質として遊離する。塩化銀(Ⅰ)は、アンモニア水に対
して、錯イオン:ジアミン銀(Ⅰ)イオン[Ag(NH₃)₂]⁺となって溶ける。
AgCl + 2NH₃ → [Ag(NH₃)₂]⁺ + Cl⁻
このイオンは無色で、直線形の構造であることが知られている。鉛(Ⅱ)イオン Pb²⁺も、塩化物
イオンに対して塩化鉛(Ⅱ)PbCl₂の白色沈殿を生成する。
塩化銀(Ⅰ)は、チオ硫酸ナトリウム Na₂S₂O₃水溶液にも無色の錯イオン:ビス(チオスルファト)
銀(Ⅰ)酸イオン[Ag(S₂O₃)₂]³⁻となって溶解する。
AgCl + 2NaS₂O₃ → [Ag(S₂O₃)₂]³⁻ + 4Na⁺ + Cl⁻
*₁ただし、濃塩酸を過剰に加えると錯イオンになって溶解してしまう。
沈殿をつくるハロゲン化銀のうち、アンモニア水に溶解するのは塩化銀(Ⅰ)だけだが、チオ硫
酸ナトリウムに対しては臭化銀(Ⅰ)AgBr、ヨウ化銀(Ⅰ)AgI も溶解する。現に、白黒写真での現
象プロセスで、フィルムに塗られた感光性の臭化銀はこの反応を用いて除去される。
銀(Ⅰ)イオンは塩基に対して、褐色の酸化銀(Ⅰ)*₂Ag₂O となって沈殿する。
2Ag⁺ + 2OH⁻ → Ag₂O + H₂O
この沈殿はアンモニア水に溶解する。
クロム酸イオン CrO₄²⁻に対しても褐色のクロム酸銀(Ⅰ)Ag₂CrO₄の沈殿を生じる。
2Ag⁺ + CrO₄²⁻ → Ag₂CrO₄
- 2. 銅(Ⅱ)イオンの反応
銅(Ⅱ)イオン Cu²⁺は、水溶液中では水分子が配意したテトラアクア銅(Ⅱ)イオン
[Cu(H₂O)₄]²⁺として存在している、鮮やかな青色のイオンである。銅(Ⅱ)イオンは
酸性の条件下であっても硫化物イオンと反応し、黒色の硫化銅(Ⅱ)CuS の沈殿を生じる。
Cu²⁺ + S²⁻ → CuS
塩基と反応すると、青白色の水酸化銅(Ⅱ)Cu(OH)₂の沈殿が見られる。
Cu²⁺ + 2OH⁻ → Cu(OH)₂
この沈殿は、過剰の塩基には溶けないが、アンモニア水には錯イオン:テトラアンミン銅(Ⅱ)
イオン[Cu(NH₃)₄]²⁺となって溶解する。
Cu(OH)₂ + 4NH₃ → [Cu(NH₃)₄]²⁺ + 2OH⁻
このイオンは深青色で、正方形の構造を持つことが知られている。
*₂多くは水酸化物が沈殿するところであるが、不安定なために水分子を失った酸化物の形で沈
殿する。
また、ヘキサシアノ鉄(Ⅱ)酸イオン[Fe(CN)₆]⁴⁻とは褐色の沈殿 Cu₂[Fe(CN)₆]を生成する。
2Cu²⁺ + [Fe(CN)₆]⁴⁻ → Cu₂[Fe(CN)₆]
これは、単離された銅(Ⅱ)イオンの確認によく用いられる。
鉛(Ⅱ)イオンに反応
鉛(Ⅱ)イオン Pb²⁺は無色のイオンである。塩化物イオンと反応し、塩化鉛(Ⅱ)PbCl₂の白色沈殿
を生じる。
Pb²⁺ + 2Cl⁻ → PbCl₂
この沈殿は、熱水に溶解する(温度が上がると、溶解度が急激に大きくなる)。硫酸イオンとも
反応し、硫酸鉛(Ⅱ)PbSO₄の白色沈殿を生成する。
Pb²⁺ + SO₄²⁻ → PbSO₄
鉛蓄電池の放電では、
正極・負極ともにこの硫酸鉛(Ⅱ)が沈着する。
硫化物イオンに対しては、
酸性であっても黒色の硫化鉛(Ⅱ)PbS を生じる。
- 3. Pb²⁺ + S²⁻ → PbS
クロム酸イオンについては、黄色のクロム酸鉛(Ⅱ)PbCrO₄の沈殿となる。
Pb²⁺ + CrO₄²⁻ → PbCrO₄
鉄(Ⅱ)、鉄(Ⅲ)イオンの反応
鉄(Ⅱ)イオン Fe²⁺は淡い緑色、鉄(Ⅲ)イオン Fe³⁺は黄褐色のイオンである。液性や溶液の酸化
還元電位、酸化剤・還元剤によってこれらは互いに移り代わる。多くの場合、溶液中の鉄(Ⅱ)
イオンは、空気酸化によって鉄(Ⅲ)イオンに酸化される。
鉄(Ⅱ)、鉄(Ⅲ)イオンは、塩基に対していずれも水酸化物沈殿を生じる。水酸化鉄(Ⅱ)Fe(OH)₂
は灰緑色、水酸化鉄(Ⅲ)Fe(OH)₃は赤褐色である。
Fe²⁺ + 2OH⁻ → Fe(OH)₂
Fe³⁺ + 3OH⁻ → Fe(OH)₃
過剰な塩基に対しても沈殿は溶解しない。
硫化物沈殿は中性または塩基性下で生じる。鉄(Ⅲ)イオンは硫化物イオンによって還元され、
鉄(Ⅱ)イオンとなって反応する。
したがって、
いずれの場合も硫化鉄(Ⅱ)FeS の黒色沈殿となる。
2Fe³⁺ + S²⁻ → 2Fe²⁺ + S
Fe²⁺ + S²⁻ → FeS
鉄イオンがその価数によって大きく異なる振る舞いを見せるのは、ヘキサシアノ鉄(Ⅱ)および
鉄(Ⅲ)酸イオンとチオシアン酸イオン SCN⁻に対してである。
ヘキサシアノ鉄酸イオンには中心の鉄の酸化数がⅡのもととⅢのものがある。鉄イオンは、そ
れぞれ酸化数の異なるほうとの反応において、群青色の沈殿が生じる。すなわち、鉄(Ⅱ)イオ
ンはヘキサシアノ鉄(Ⅲ)酸イオン、鉄(Ⅲ)イオンはヘキサシアノ鉄(Ⅱ)酸イオンとの反応におい
て、
特徴のある濃い青色の沈殿を生成する。
ちなみに鉄(Ⅱ)イオンとヘキサシアノ鉄(Ⅱ)酸イオ
ンでは白色沈殿、
鉄(Ⅲ)イオンとヘキサシアノ鉄(Ⅲ)酸イオンでは暗褐色の溶液になる。
チオシ
アン酸イオンは、鉄(Ⅲ)イオンとだけ反応し、錯イオンを含む血のような鮮やかな赤色の溶液
になる。鉄(Ⅱ)イオンの水溶液との反応では、変化は見られない。
亜鉛イオンの反応
亜鉛イオン Zn²⁺は無色のイオンである。亜鉛は両性元素である。
塩基に対しては、まず、水酸化亜鉛 Zn(OH)₂の白色ゲル状の沈殿を生じる。
Zn²⁺ + 2OH⁻ → Zn(OH)₂
- 4. 過剰に加えると無色のイオン:亜鉛酸イオン*₃ZnO₂²⁻となって溶ける。
Zn(OH)₂ + 2OH⁻ → ZnO₂²⁻ + 2H₂O
*₃水 2 分子を加えて[Zn(OH)₄]²⁻と書くこともある。
アンモニア水に対しては、初めは水酸化亜鉛の沈殿を生成するが、過剰に加えることにより無
色の錯イオン:テトラアンミン亜鉛(Ⅱ)イオン[Zn(NH₃)₄]²⁺となって溶解する。
Zn(OH)₂ + 4NH₃ → [Zn(NH₃)₄]²⁺ + 2OH⁻
この錯イオンの構造は正四面体であることが知られている。
硫化物沈殿は中性または塩基性下で生じ、その硫化亜鉛 ZnS は白色と、黒色系が多い硫化物沈
殿の中では特徴的である。
Zn²⁺ + S²⁻ → ZnS
アルミニウムイオンの反応
アルミニウムイオン Al³⁺は無色のイオンである。
アルミニウムは両性の性質をもっており、塩基に対して水酸化物:水酸化アルミニウム
Al(OH)₃の白色ゲル状沈殿を生じるが、
Al³⁺ + 3OH⁻ → Al(OH)₃
過剰な塩基に対しては溶解して、無色のアルミン酸イオン*₄AlO₂⁻となる。
Al(OH)₃ + OH⁻ → AlO₂⁻ + 2H₂O
しかし、アンモニアと錯イオンを作らないため、過剰なアンモニア水に対して、沈殿は溶解し
ない。
その他のイオンの反応
硫化物沈殿は、イオン確認の決め手となる場合が多い。とくに、硫化カドミウム CdS(黄色、酸
性でも沈殿:カドミウムイオンは無色)、
硫化マンガン(Ⅱ)MnS(淡い桃色、
中性・塩基性で沈殿:
マンガン(Ⅱ)イオンは淡い桃色)は独特の色を持つので重要である。アルミニウムよりも大きい
イオン化傾向を持つものについては沈殿を生じない。
*₄水 2 分子を加えて[Al(OH)₄]⁻さらに水 2 分子を加えて[Al(OH)₄(H₂O)₂]⁻と書くこともある。
アルカリ土類金属イオンは、
硫酸イオン SO₄²⁻、
炭酸イオン CO₃²⁻に対して白色の沈殿を生じ
る。バリウムイオン Ba²⁺はクロム酸イオン CrO₄²⁻と反応して黄色の沈殿としてクロム酸バリ
ウム BaCrO₄を生じる。
- 5. Ba²⁺ + CrO₄²⁻ → BaCrO₄
3. 準備
本実験で使用した器具について下記の表 1 に示す。
表 1.使用器具について
使用器具名 個数
試験管 10
試験管立て 1
廃液用ビーカー(300ml) 3
本実験で使用した試薬について下記の表 2 に示す。
表 2.使用試薬について
使用試薬名
塩化鉄(Ⅲ)(FeCl₃)水溶液
硝酸銀(AgNO₃)水溶液
硫酸亜鉛(ZnSO₄)水溶液
硫酸銅(Ⅱ)(CuSO₄)水溶液
硫酸アルミニウム(Al₂(SO₄)₃)水溶液
水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液
濃アンモニア(NH₃)水溶液
塩化ナトリウム(NaCl)水溶液
チオ硫酸ナトリウム(Na₂SO₃)水溶液
硫化ナトリウム(Na₂S)水溶液
ヘキサシアノ鉄(Ⅱ)酸カリウム
(K₄[Fe(CN)₆])水溶液
チオシアン酸カリウム(KSCN)水溶液
4. 実験方法
実験 1.鉄(Ⅲ)イオンの反応
FeCl₃水溶液に対して、
操作 1:NaOH 水溶液を少量加え、その後過剰に加えた。
操作 2: K₄[Fe(CN)₆]水溶液を加えた。
操作 3: KSCN 水溶液を加えた。
- 6. 実験 2.銀(Ⅰ)イオンの反応
AgNO₃水溶液に対して、
操作 1:NaOH 水溶液を少量加え、その後過剰に加えた。
操作 2:NH₃水溶液を少量加え、その後過剰に加えた。
操作 3:NaCl 水溶液を加えた(3 本の試験管を用い、同様の操作を行った)。
操作 4:操作 3 で調整した水溶液のうち 2 本に Na₂S₂O₃水溶液を加えた。
この時、片方の試験管は、全体を手で覆い、できるだけ光を入らない状態にした。
操作 5:操作 3 で調整した水溶液のうち 1 本に NH₃水溶液を加えた。
実験 3.亜鉛イオンの反応
ZnSO₄水溶液に対して
操作 1:NH₃水溶液を加え、その後 Na₂S 水溶液を加えた。
操作 2:NaOH 水溶液を少量加え、その後過剰に加えた。
操作 3:NH₃水溶液を少量加え、その後過剰に加えた。
実験 4.銅(Ⅱ)イオンの反応
CuSO₄水溶液に対して
操作 1:Na₂S 水溶液を加えた。
操作 2:NaOH 水溶液を少量加え、その後過剰に加えた。
操作 3:NH₃水溶液を少量加え、その後過剰に加えた。
操作 4: K₄[Fe(CN)₆]水溶液を加えた。
実験 5.アルミニウムイオンの反応
Al₂(SO₄)₃に対して
操作 1:NH₃水溶液を加え、その後 Na₂S 水溶液を加えた。
操作 2:NaOH 水溶液を少量加え、その後過剰に加えた。
操作 3:NH₃水溶液を少量加え、その後過剰に加えた。
5. 結果
実験 1 の結果を下記の「表 3.実験 1 の結果」に示す。
表 3.実験 1 の結果
操作 結果
0.FeCl₃水溶液の色 黄褐色
1.NaOH 水溶液を少量加え、
その後過剰に加
えた。
少量:赤褐色沈殿、過剰:赤褐色沈殿
2. K₄[Fe(CN)₆]水溶液を加えた。 濃青色沈殿
3. KSCN 水溶液を加えた。 赤血色溶液
- 7. 実験 2 の結果を下記の「表 4.実験 2 の結果」に示す。
表 4.実験 2 の結果
操作 結果
0.AgNO₃の水溶液の色 無色
1. NaOH 水溶液を少量加え、その後過剰に
加えた。
少量:褐色沈殿、過剰:褐色沈殿
2. NH₃水溶液を少量加え、その後過剰に加
えた。
少量:褐色沈殿、過剰:無色
3. NaCl 水溶液を加えた。 白色沈殿
4. 操作 3 で調整した水溶液のうち 2 本に
Na₂S₂O₃水溶液を加えた。
光なし:無色、光あり:黒色沈殿
5. 操作 3 で調整した水溶液のうち 1 本に
NH₃水溶液を加えた。
無色
実験 3 の結果を下記の「表 5.実験 3 の結果」に示す。
表 5.実験 3 の結果
操作 結果
0.ZnSO₄水溶液の色 無色
1. NH₃水溶液を加え、
その後 Na₂S 水溶液を
加えた。
白色沈殿
NaOH 水溶液を少量加え、その後過剰に加
えた。
少量:白色沈殿、過剰:無色
NH₃水溶液を少量加え、その後過剰に加え
た。
少量:白色沈殿、過剰:無色
実験 4 の結果を下記の「表 6.実験 4 の結果」に示す。
表 6.実験 4 の結果
0.CuSO₄水溶液の色 青色
1.Na₂S 水溶液を加えた。 黒色沈殿
2.NaOH 水溶液を少量加え、
その後過剰に加
えた。
少量:青白沈殿、過剰:青白沈殿
3.NH₃水溶液を少量加え、
その後過剰に加え
た。
少量:青白沈殿、過剰:深青色溶液
4.K₄[Fe(CN)₆]水溶液を加えた。 赤褐色沈殿
- 8. 実験 5 の結果を下記の「表 7.実験 5 の結果」に示す。
表 7.実験 5 の結果
操作 結果
0. Al₂(SO₄)₃水溶液の色 無色
1.NH₃水溶液を加え、
その後 Na₂S 水溶液を
加えた。
白色沈殿
2. NaOH 水溶液を少量加え、その後過剰に
加えた。
少量:白色沈殿、過剰:白色沈殿
3. NH₃水溶液を少量加え、その後過剰に加
えた。
少量:白色沈殿、過剰:白色沈殿
6. 考察
考察①(光を当てたときと当てなかった時で色の変化に差が出た理由)
実験 2 の操作 3 の結果は、光ありでは黒色沈殿が、光なしでは無色の溶液であった。
このことは、チオ硫酸ナトリウムと反応したことによる錯体形成と塩化銀(Ⅰ)が持つ感光性に
よって説明できる。光なしの無色の溶液では、光は反応に関与せず、単純に塩化銀(Ⅰ)とチオ
硫酸ナトリウムの化学反応が起こる。
AgCl + 2Na₂S₂O₃ → [Ag(S₂O₃)₂]₃⁻ + 4Na⁺ + Cl⁻
上記の反応式の通り、
反応によって無色のビス(チオスルファト)銀(Ⅰ)酸イオンを形成する。
そ
のため、光がない場合は、無色の溶液であった。
一方、光ありの黒色沈殿では、塩化銀(I)が持つ「光を当てると、銀が遊離する」という感光性
が関わってくる。相対的にイオン化傾向が小さい銀はなるべく銀イオンで存在するよりは、銀
単体として存在したいため、
AgCl は、光による還元作用によって、自身で酸化還元反応を起こ
す。
2AgCl → 2Ag + Cl₂
自身で酸化還元反応を起こしたため、上記の反応式の通り単体の銀が沈殿(遊離)した。
他に強力な還元剤を用いない、光と自身による酸化還元反応であったため、還元力は弱く
この反応で生じる銀は微粒子であったと考えられる。ここで、生じた銀の微粒子は、一般的な
銀と比較して、金属結晶が未完成であることや表面が粗いと仮定すれば、上手く光の出入りが
出来ないため、黒色になったと考える。また、単体の銀はイオン化傾向が小さいため、チオ硫
酸ナトリウムとは反応しにくい。よって、チオ硫酸ナトリウムと反応するのは、生成された塩
素または未反応の AgCl である。
- 9. Na₂S₂O₃ + 4Cl₂ + 5H₂O → 8HCl + H₂SO₄ + Na₂SO₄
AgCl + 2Na₂S₂O₃ → [Ag(S₂O₃)₂]₃⁻ + 4Na⁺ + Cl⁻
どちらの反応式の生成物も色に大きな影響を与えるものはない。
以上のことにより、光を当てたときと当てなかったときで色の変化に差が出たと考える。
考察②(同じ硫化ナトリウムを加えたが、それぞれ異なる反応が起きている理由)
ZnSO₄、Al₂(SO₄)₃に対し、
「NH₃水溶液を加え、その後 Na₂S 水溶液を加えた」という同様の操
作を行ったが、それぞれ異なる反応が起きた。
Zn²⁺は、塩基性条件下で Na₂S と反応し、ZnS が沈殿していた。
Zn²⁺ + S²⁻ → ZnS
Al³⁺は、NH₃水溶液と反応し、Al(OH)₃が沈殿していた。
Al³⁺ + 3OH⁻ → Al(OH)₃
Zn²⁺が NH₃水溶液と反応しなかったことと、Al³⁺が Na₂S と反応しなかったことは、HSAB 則
によって説明することができる。HASB 則とは、酸および塩基の相性を、硬いおよび軟らかい
で表したもので、一般に、硬い酸と硬い塩基と強く結合し、軟らかい酸と軟らかい塩基と強く
結合する。
ここで反応物質の HSAB 則を下記の「反応に関わる物質の HSAB 則による分類」に示す。
表 8.反応に関わる物質の HSAB 則による分類
硬い酸 Al³⁺
軟らかい酸(中間の酸) Zn²⁺
硬い塩基 OH⁻
軟らかい塩基 S²⁻
硬い酸と硬い塩基が強く結合しやすいことから、Al³⁺と OH⁻が反応しやすく、軟らかい酸と軟
らかい塩基が強く結合しやすいことから、Zn²⁺と S²⁻が反応しやすい。このことが理由で、本
実験では、ZnS と Al(OH)₃がそれぞれ沈殿していた。
以上のことにより、同様の操作であっても、それぞれ異なる反応が起きていた。
- 10. 考察➂(自由考察)
実験失敗として、実験4の操作 1 において、CuSO₄に対して Na₂S 水溶液を加えた際に、本来
であるならば黒色沈殿が生じるはずだが、
抹茶色の溶液になった。
黒色沈殿になるはずなので、
Na₂S の量が少ないと判断し、追加したが、抹茶色がより濃くなるだけであった。そこで、新し
い試験管を用意し、
CuSO₄の量を先ほどよりも多めにして、
Na₂S を同程度加えたところ、正し
く黒色沈殿を観察することができた。Na₂S量が少ないと判断していたが、そもそもこの色の
変化は金属イオンの存在が充分にあってこそ起こるものであるため、母体となる金属イオンが
少なければ反応を観察することができないという初歩的なことに気づけなかったことが失敗
の理由である。
7. 結論
本実験で扱った各金属イオンは加える試薬によって、特徴的な反応を示すものが多く、この特
徴的な反応を比較することで、金属イオンの種類を正しく同定することが可能だと確認できた。
また、試薬に含まれるイオンと金属イオンの酸塩基の相性によって、同様の操作をしたとして
も、HSAB 則に従って、異なる反応経路をたどっていることがわかった。さらに、例えば、塩
化銀(Ⅰ)であれば、光の有無によって銀が遊離する、錯体を形成すると反応性が異なるとわか
り、金属イオンの特徴的反応は、試薬だけにとどまらず、光や物質の相性など様々な要因によ
って起こるものだと考えられる。
8. Question
Question1(AgCl と PbCl₂の見分け方について述べよ。)
AgCl と PbCl₂の見分け方は主に3つある。
1 つ目として、熱水を加えることで溶解するのが PbCl₂、溶解しないのが AgCl
2 つ目として、光によって、沈殿が分解するのが AgCl、分解しないのが PbCl₂
3 つ目として、過剰アンモニア水溶液を加え、錯イオンを形成し溶解するのが、AgCl、溶解し
ないのが PbCl₂
Question2(上の化学反応式の酸化・還元のようすを、半反応式で表してみよう。)
酸化の半反応式:S²⁻ → S + 2e⁻
還元の半反応式:Fe³⁺ + e⁻ → Fe²⁺
還元の半反応式:Fe²⁺ + 2e⁻ → Fe
Question3(混合溶液からの Al³⁺と Zn²⁺の分離方法について述べよ。)
過剰にアンモニア水溶液を加える。
Al³⁺はアンモニアと錯イオンを形成しないので、アンモニア水溶液を過剰に加えたとしても、
水酸化物である Al(OH)₃の白色ゲル状沈殿である。一方で、Zn²⁺は、アンモニア水溶液を過剰
に加えることで、無色の錯イオン[Zn(NH₃)₄]²⁺となり、溶解する。
つまり、過剰にアンモニア水溶液を加えることで、Al³⁺と Zn²⁺は分離することができる。
- 11. Question4(ここで、液性を塩基性にするのはなぜだろう。)
硫化物イオン S²⁻の濃度を大きくし、沈殿を生じやすくするため。(ルシャトリエの原理より、
塩基性にすることで、S²⁻の濃度が増加する方向に平衡が傾く。)
Question5(実験廃液の事後処理について調査してみよう。)
本実験で廃液になった NH₃や NaOH(廃アルカリ)とシアン化合物の処理方法について調査した。
(1)廃アルカリの事後処理について
NH₃や NaOH の廃液(廃アルカリ)の処理方法は、焼却、中和処理、再資源化がある。焼却が廃
アルカリの主な処理である。中和処理は、廃アルカリに対し、酸性の廃酸を混ぜることで、
酸塩基反応により、中性にする方法である。しかし、廃酸で中性することが困難であること
や、中和処理の過程で、有毒性物質が生じる危険性がある。再資源化は、廃アルカリの不純
物を取り除き、再び塩基として使用することや、廃酸の中和剤として利用するといった処理
方法である。
(2)シアン化合物の事後処理について
シアン化合物は C と N の化合物であるため、廃液処理が目指すところは CO₂と N₂の状態で
ある。この状態にするために、アルカリ塩素法で 3 段階の処理工程を行う。
1 段階目では、
廃液に塩基を加えて塩基性にした後に、酸化剤を加え、
シアンをシアン酸にす
る。酸化剤としては、次亜塩素酸ナトリウムが使用されることが多い。
NaCN + NaClO → NaCNO + NaCl
2 段階目では、
1 段階目の廃液に弱い酸を加えた後に、
1 段階目と同様の酸化剤(次亜塩素酸ナ
トリウム)を加えることで、シアン酸を窒素ガスと炭酸水素ナトリウムへと分解させる。
2NaCNO + 3NaClO + H₂O → N₂ + 3NaCl + 2NaHCO₃
NaHCO₃は加熱することで、
CO₂を生成物として得ることができるので、
上記の反応によって、
シアン化合物の処理が目指す、CO₂と N₂の状態にすることができた。
3 段階目では、シアンと化合していた金属イオンの処理方法である。シアンから分離した金
属イオンは、pH を調整し塩基を加えることで水酸化物の沈殿を作り、沈降分離によって処理
される。本実験で使用した、鉄(Ⅲ)イオンであれば、次の反応で水酸化物の沈殿を生成する。
Fe³⁺ +3OH⁻ → Fe(OH)₃
以上が、実験廃液の事後処理について調査した結果である。
- 12. 9. 課題
課題①
・本実験で反応を確認した 5 種のイオン Fe³⁺、Ag⁺、Zn²⁺、Cu²⁺、Al³⁺をすべて含む溶液から、
それぞれのイオンを単離し、確認するための実験フローを考えなさい。
別紙に解答
・硫化物沈殿とそれが起こる液性の違いについて、下記を参考にして説明しなさい。
本実験で硫化物の沈殿が見られた Zn²⁺と Cu²⁺に着目して考える。
ZnS の溶解度積は 2×10^(-24)であり、CuS の溶解度積は 4×10^(-38)なので、
相対的に、ZnS の溶解度積>CuS の溶解度積である。
ここで、テキストで使用されている式
Ksp=[M²⁺][S²⁻]…①
H₂S=2H⁺+S²⁻…②
を用いて考えると
Zn²⁺の場合、Ksp の値が大きいので、①式の[S²⁻]が大きくないと沈殿が起きない。
つまり、②式の平衡が[S²⁻]の濃度が大きくなる方向に傾く必要がある。そのためには、H⁺の
値が小さければ良いので、液性は塩基性である。
Cu²⁺の場合、Ksp の値が小さいので、①式の[S²⁻]が小さい値であっても、沈殿が生じる。つ
まり、②式の平衡が[S²⁻]の濃度が小さくなる方向に傾けば良い。そのためには、H⁺の値が大
きければよいので、液性は酸性である。
以上が、硫化物沈殿とそれが起こる液性の違いの説明である。
10.参考文献
化学・バイオ工学科実験テキスト(2 年生対象)2022
理工系基礎レクチャー無機化学
「分析化学」第 12 回講義資料スライドページ 2,3
シアンの無害化処理|技術情報|MISUMI-VONA【ミスミ】
- 14. 操作 3:すべての溶液を混合したものでも、操作 2 と同様な実験を行い、観察した。
操作 4:観察後、針金を水に浸して冷やした。
5.結果
NaCl 水溶液の場合、炎の色は黄色に変化した。
KCl 水溶液の場合、炎の色は紫色に変化した。
BaCl₂水溶液の場合、炎の色は黄緑色に変化した。
CuCl₂水溶液の場合、炎の色は緑色に変化した。
LiCl 水溶液の場合、炎の色は赤色に変化した。
SrCl₂水溶液の場合、炎の色は紅色に変化した。
全ての溶液を混合したものの場合、炎の色は橙赤色に変化した。
6.考察
考察①(炎色反応において、どのような仕組みで発色しているのか)
炎の中で金属塩を熱すると、電子が高いエネルギー状態に励起される。励起状態は不安定ので
あるため、基底状態に戻る。この励起状態から基底状態に戻るには、励起されるのに必要だっ
たエネルギー分を放出することが必要である。
このエネルギーの放出が、
外への光に該当する。
そして、放出された光の波長が可視領域内であるとき、炎に金属固有の色が観察できる。
考察②(炎色反応と ICP 発光分析との関連性)
ICP 発光分析は、炎色反応を応用した分析方法である。炎色反応で、各金属において励起状態
から基底状態に戻る際に放出する光の波長が異なるということがわかる。また、物質はエネル
ギーをもらうと基底状態から、1つまたは複数の励起状態をとることができる。このことから
表示できるスペクトルグラフは各金属固有のものであるから、金属の種類を特定することがで
きる。ICP 発光分析では、炎色反応と同じ原理で高い電子密度と高温(10000k)を持つ誘導結合
プラズマによって、励起状態にし、基底状態に戻る際の光を分光することによって得られる原
子スペクトル線の波長および強度から原子の種類と濃度を決定することができる。炎色反応と
比べ、高温で本格的な化学分析法であるため、約 70 種類の元素について精密な分析を可能に
している。
考察➂(自由考察)
すべての溶液を混合したものの場合、炎の色は橙赤色に変化した。本来、橙赤色は、本実験で
使用していないカルシウムが炎色反応で示す色である。カルシウムを混合はしていないので、
すべての溶液を混ぜ合わせた結果、カルシウムに近い色になったと考えるのが妥当である。ま
た、
今回の使用した金属の炎色反応は大まかにわけて、
赤(NaCl、
KCl、
LiCl、
SrCl)と緑(BaCl₂、
CuCl₂)に分類することができる。一般的に、赤と緑の光を混ぜ合わせることで黄色の光になる
ことから、今回は赤成分が緑成分と比較して多いため、黄色よりも赤みがかった橙赤色になっ
たと考えられる。