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小論文講座
2020.10.12(月)17:00-18:40
2020.10.15(木)18:00-19:40
2020.10.17(土)22:00-23:00
1
今日のTOPIC
テーマ「九州大学共創学部2020年 設問1 問2」
(試験時間:全体で180分 300点満点)
①前回の復習
②問題点と原因の整理
③添削
④問2の解答例
2
①前回の復習
3
[設問1]
世界遺産に関する資料1~11を参考にし、以下の
問いに応えなさい。
問1 [50点]
世界遺産に関する課題や問題点を、資料に基づ
き整理し記述しなさい。
問2 [100点]
問1で記述した世界遺産をめぐる課題や問題点に
関して、実現可能で最も効果的な解決方法をあな
た独自の考え方で提案しなさい。
4
【問題解決型の小論文の解答フレーム 復習】
①問題点の把握
②原因分析
③解決策の提示
6
・定義の把握、正確な現状認識が大前提
・「何が」「どう」問題なのかを明確に
・そのような問題がなぜ発生したのか
・可能な限り客観性の高い根拠をあげる
・具体性、実現可能性のあるものを!
・可能な限り必然性の高い策をあげる
②問題点と原因の整理
9
【資料1~5、11の読み取り】
資料1 世界遺産の定義
→世界遺産とは、過去から現在に引き継がれ、世界中の人々が保護すべきものである。
1972年の第17回UNESUKO総会によって採択され、2019年現在193カ国が加盟しており、
1120件の世界遺産が登録されている。
資料2 世界遺産の登録基準
→ ・真実性や完全性の条件を満たす
・締約国の国内法によって、適切な保護管理体制がとられていることが必要
資料3 世界遺産の分布図
→ヨーロッパ、海の近くの登録が多い
資料にはないが諮問機関の人間がヨーロッパの人が多い
資料4 世界遺産の累計登録数の変化
資料5 世界遺産の登録へ向けた手続き
資料11 登録が解除された世界遺産
→文化の価値が変化している文化遺産は登録数が増加し、諮問機関の審査が甘くなってい
る。一方もともと登録数が少ない自然遺産は人的要因によって自然遺産を解除されやすくも
なっている。
10
どう問題?
どう問題?
【資料6~10の読み取り】
資料6 近年の世界遺産委員会の審査状況
→諮問機関の権力が反映されていなかったが、2013年当たりから
改善されている。
資料7 世界遺産登録後の集客推移
資料8 知床の年度別観光客数
資料9 首里城公園の年度別入園者数
→登録直後は観光客が減り、その後緩やかに上がるが、地域による。
資料10 観光客の推移に関するデータ
→白神山地は順調に上がっている 上がる場所と上がらない場所が
ある。
11
なぜ減ったのか?
4
【問題点と原因】
①ヨーロッパの登録が多い
②諮問機関の審査が甘くなっている
③自然遺産が解除されやすくなっている
20
③添削
7
答案 髙梨さん
まず第一に、世界遺産が登録される地域に偏りがあることである。資料3から、世界遺
産はヨーロッパに集中する一方で、アジアの一部の地域はほとんど存在しない。これは、
資料2に記されている世界遺産登録基準を、古くから建造物にこだわってきたヨーロッパ
が他地域よりも容易に満たすことができるからである。加えて、国によっては世界遺産
となった場所でもそれを保存させ続けることが難しいケースがある。例えば、資料11で
示されたアラビアオリックスの保護地区のように、経済的利益のために世界遺産を侵す
必要があったり、保存の費用を負担しきれないなどが考えられる。
次に、世界遺産が人々にとって既に「宝物」とされていない点である。資料1では、世
界遺産とは過去から現在へと引き継がれてきたかけがえのない「宝物」と定義するのに
対し、資料7~10から分かるように、人々は世界遺産にあまり価値を感じていない。例え
ば、資料10の厳島神社は、世界遺産が登録後の方が登録前よりも観光客数が減って
いる。これは、1978年には100件も満たないほど希少価値の高かった世界遺産が2019
年には1121件と、ありふれたものとなってしまったからだ。また、富士山のような自然を
評価した世界遺産において、多くの観光客の訪れと彼らのマナー違反などが起因し、
自然を害するようなゴミ投棄などが散見される。これでは、世界自然遺産に必要な「自
然の真実性と完全性」が保たれているとは言い難い。
最後に、世界遺産登録のプロセスが不明瞭である点である。資料5.6から、毎年、諮問
機関が行なった「登録」勧告の数を上回った申請件数が通過している。本来は学術的
かつ専門的な観点から世界遺産登録の可否を判断するICOMOSやIUCNが、正常に機
能しているのか人々には分からず、何らかの他要素が原因として世界遺産登録を行っ
ている可能性がある。
8
答案 野田さん
世界遺産に関する問題点として、第一に、世界遺産の分布がヨーロッパに集中している点
が挙げられる。資料2より、そもそも世界遺産は「人間の創造的才能を表す傑作」や「文明の
存在を伝承する物証として無二の存在」であるものが登録される。ヨーロッパの遺産ばかり
登録されることで、他の地域の守られるべき文化などが人々に認知されない可能性がある。
この問題が起こった原因の1つは、世界遺産委員会の審査状況が考えられる。資料6より、
諮問機関が「登録」勧告以外の判断を下した遺産の多くが、世界遺産に登録されている。資
料5の手続きの流れから、最終的な登録の可否を判断する世界遺産審査会に課題があると
読み取れる。運営者にヨーロッパ人が多い、あるいはヨーロッパ人の責任者に権力が傾いて
いることなどが予想される。また、アフリカなどの発展途上国にとって不利な登録基準である
ことも原因とされる。大半の人々が今を生きることに精一杯な状況では、資料2にある「締約
国の国内法によって、適切な保護管理体制がとられていること」を満たすことが難しい。また、
一度登録されても、その後の保護ができず、資料11のオマーン国のように解除される場合も
ある。
第二に、世界遺産登録による観光客の増加が見込めない点がある。資料7~10より、白神
山地のように、一部観光客が増加している地域もあるが、多くは一時的な増加にとどまって
いる。観光客の増加は本来の世界遺産の目的ではないが、人々の遺産への関心を高める
ことに繋がるため、それらを未来へ継承しようとするうえで重要な役割を果たす。しかし、世
界遺産の登録数の多さが原因となって、問題が生じていると考えられる。資料1,4より登録数
は年々増加しており、現在1121件にまでのぼる。これにより、一つ一つの遺産の価値が低下
し、世界遺産の影響力が弱まっている。また、世界遺産の大半は外観の変化などが起こら
ないため、何度も訪れる人が少なく、一時的な増加になっている。人々の世界遺産への関心
の低下は遺産の背景にある歴史などの重要性を低下させる。これにより、資料11のドイツの
ような動きが起こり、登録解除を引き起こすことにもなる。
8
答案 栗原瑞穂さん
一つ目の問題点は、資料3から分かるように、世界遺産の分布に偏りがあることだ。
歴史的に見て、文化や技術発展を牽引してきたヨーロッパに特に多い。現状の登録基
準では、比較的科学技術の発展が遅い途上国は、世界遺産に登録されにくいと考えら
れる。また、資料11から分かるように、経済的な理由で、世界遺産に登録されても、そ
の遺産を保護することができない国もある。途上国と先進国との経済格差が、世界遺
産の登録数にも差を生んでいると考えられる。
次に、資料6の審査状況から、諮問機関と世界遺産委員会の力関係に差があるとい
う問題があげられる。2010年の世界遺産登録数21のうち、12は諮問機関が登録勧告を
出していない。二重の審査機関を設けているのにも関わらず、世界遺産委員会の独断
で世界遺産認定が行えるという状況が生じていては、世界遺産の質が担保できないだ
ろう。さらに、世界遺産委員会を構成する21か国の具体的な国名は資料には掲載され
ていないが、ヨーロッパに世界遺産が集中していることを鑑みると、ヨーロッパの国々が
委員会でも大きな力を持っていることが考えられる。
三つ目に、資料7,8,9,10から、世界遺産登録が観光客の増加に結びついていないとい
う課題があげられる。資料1の定義にあるように、世界遺産は、現在を生きる世界中の
人びとが過去から引き継ぎ、未来へと伝えていかなければならない人類共通の遺産で
ある。だとすると、世界遺産に登録されたものは、人びとに実際にその地を訪れてもら
い、価値を理解させる必要があるだろう。白神山地や、屋久島など、世界遺産登録後に
観光客が順調に増えているものもあるが、知床や、厳島神社などの多くの遺産は登録
後、観光客が減少し続けている。世界遺産の登録が増え、逆に希少価値がなくなってし
まったことが一つの原因だと考えられる。(767字)
④問2の解答例
19
問1
世界遺産に関する課題や問題点として、第一に、地域の偏りが指摘できる。資料3でわか
る通り、世界遺産はヨーロッパに集中しているが、これは基準がヨーロッパ的価値観に基づ
いたものだからである。「都市計画の発展に重要な影響を与えた」「文明の存在を伝承する
物証」「歴史上の重要な段階を物語る建築物」「科学技術の集合体」などの基準(資料3)は、
石造りの建造物が多く、科学技術発展の礎を築いたヨーロッパに有利である。それに加えて、
発展途上国は申請自体が困難であり、「アラビアオリックスの保護地区」が登録を解除され
た(資料11)ように、保存・管理にかかる負担も先進国と同じではない。
第二に、登録過程の不透明さも問題である。資料5・6より、諮問機関が行った「登録」勧告
の数を実際の登録数が大幅に上回っている年が多いことがわかる。ICOMOSやIUCNは申請
された案件を学術的・専門的観点から評価する機関であるが、その答申が世界遺産委員会
の決定に正しく反映されていないとすれば、登録決定に何らかの政治的判断が働いている
可能性がある。
第三に、登録数の増加による価値の低下が挙げられる。世界遺産の数は年々増加し(資
料4)、1121件に達した現在(資料1)、有名な史跡・建造物はすでに出尽くしたと言われている。
その結果、件数の多さが価値を低くするという「世界遺産のインフレ」が起きている。日本で
は法隆寺と姫路城の登録以降、世界遺産ブームが起き、今でも世界遺産で地域振興を図ろ
うとする自治体は多いが、資料7~10にあるように、その効果は一時的だ。観光客が増えた場
所もあるが、かえって減少した場所も多い。つまり、集客はその場所自体の魅力や地域の取
り組みにもよるのであり、世界遺産に登録されたからといって地域が活性化するとは限らな
い。また、たとえ観光地化に成功しても、観光客集中による混雑・渋滞・ごみ・し尿などの物
理的問題、土産物屋や飲食店の増加による景観や生活空間の変質、生態系の変化といっ
た問題が生じ、自然・文化の真実性と完全性が損なわれるという本末転倒の事態が起きる
こともあるのである。
問2
世界遺産は人類共通の遺産であり、未来に継承していくべき宝であって、世界遺産条約の
目的も本来、その保護にある。ただし、「保護」には「保存」と「活用」の面があるので、各国・
各地域の実情に合わせた柔軟な対応が必要である。
まず、問1で述べた第一の問題点については、登録数の少ない非ヨーロッパ地域への支援
が必要だ。アジア・アフリカ・中南米地域には、世界的にあまり知られてはいないが、顕著な
普遍的価値をもつ自然や文化がまだまだ存在する。条約締約国が協力してこうした遺産を
調査・発掘し、申請・登録を支援する。さらに、登録後の「活用」の仕方や維持・管理に関して
も、国任せにするのではなく、国際協力体制をとるべきだ。とくに、文化財の保護に関して長
い歴史と実績をもつ日本は、制度や技術の面で多くの貢献ができるはずである。
次に、第二の問題点に関しては、各国の推薦リスト作成から世界遺産委員会での決定に
至るまでの全過程を公開し、審議の内容について議論の場を設ける必要がある。この議論
はUNESCOや各国の公的機関で専門家が行うだけでなく、世界中の学校でも公開された情
報が議論の対象になるべきである。子どもたちは、自然遺産の学習を通じて地質や気候や
生態系を学び、文化遺産の学習を通じて文化の多様性や各地域の歴史を学ぶことができる
が、それだけでなく、選考過程について議論することで、自分たちが保存と継承の主体にな
るという自覚を形成していくことだろう。これも重要な世界遺産の「活用」である。
第三の問題に関しては、国ごと地域ごとに異なる対応が必要だが、基本的には法整備に
よる過剰利用(オーバーユース)の抑制が必要だ。2017年に「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連
遺産群」が世界遺産に登録されたが、宗像大社は改めて入島禁止の方針を明確にした。国
や自治体も、自然と伝統文化の保存を最優先に、毅然とした態度で「世界遺産ビジネス」に
よる過度の活用に歯止めをかけなければならない。さらに世界遺産委員会も、その主要な
役割を、新たな遺産の登録から、今ある遺産の保存へとシフトしていくべきだと考える。

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