趙武霊王②(趙の武霊王、秦宮を騒がす)
- 1. 戦国篇 第 17 集
趙武霊王②(趙の武霊王、秦宮を騒がす)
自分の素性を隠して秦の昭王(左)と対面する
趙・武霊王(主父)(右)
- 2. 第 17 集 趙武霊王②(趙の武霊王、秦宮を騒がす) -戦国篇-
―あらすじ―
趙成(ちょうせい)の処刑を命じた武霊王(ぶれいおう)
、しかし、公子・何(か)や他の
重臣達の懇願によって結局、処刑は取り止めとなる。
公子・何は武霊王に問う:
「単に胡服騎射(こふくきしゃ)に反対しただけで、なぜ叔父に
当たる趙成を処刑しようとなさったのです?」すると武霊王は笑って言う:
「胡服騎射に反対
したからではない。趙成はもともと野心家で、ワシの亡き後、お前の王位を危うくする存在
なのだ。だから、胡服騎射にかこつけて処分しようとしたのだ」
驚く何に武霊王は更に言う:
「王室の中の権力争いはむごたらしいものだ。従順そうに見え
ていた人間がたちまち殺人鬼に変る。だからお前も十分用心しなければならない。王になる
者が温情を示せば、かえって仇となるのだ」
しかし儒教教育を受けて育った何にとってその言葉は受け入れがたいものがあった。何は
言う:
「父上、私は軟弱で、とてもご期待に添えそうもありません」すると武霊王は怒ったよ
うに言う:
「いや、お前にはできる。いや、ワシがお前を立派な王に育ててみせるぞ!」
その後、趙軍は東胡との戦いに勝利する。そして東胡の王が捕らえられ、武霊王の前に引
き出される。武霊王は東胡王に自害を促すため、自分の剣を抜いて投げてやる。すると東胡
王は、自害すると見せかけ、隙をついて武霊王に斬りかかる。
が、あっという間に護衛の兵らに囲まれ、東胡王の方が重傷を負って倒れる。その痛々し
い姿からそっと目をそらす公子・何。と、それに気づいた武霊王、わざと何に向かって言う:
「奴(東胡王)の首を斬れ!」
しぶしぶ東胡王の方に向かうが、どうも気の進まない公子・何。
「他人の弱みにつけ入るの
は嫌です」と何度も辞退するが、武霊王は許さない。と、その間に息を吹き返した東胡王、
公子・何の背後に飛びつき何を引き倒す。二人はもみ合って、そこら中を転げまわる。もう
こうなったら(公子を傷つける恐れがあるので)護衛の兵も手が出せない。
どうなることかと皆がハラハラしながら見守る中、なんと、公子・何は東胡王の喉仏に喰
らいつき、相手の首を噛み切って殺してしまう。
- 3. 東 胡 王
(右上)の
のど元に
喰らいつ
く公子・
何(左下)
こうして武霊王による帝王学は結実していく。武霊王は、逞しくなっていく何の手をとり、
そっと立ち上がらせた。
武霊王の心は常に外を向いていた。彼は趙の最大の敵である秦を討ち滅ぼすため、自ら秦
王に会い、秦国を偵察しようと考える。そこで、彼は王位を公子・何に譲り、自分は主父(君
主の父)と自称する。そして、趙の使者・趙招(ちょうしょう)と偽称して秦の都・咸陽(か
んよう)に入り、秦の昭王に謁見する。
秦・昭王は、使者になりすました主父に尋ねる:
「趙王はまだまだお若いのに、なぜ譲位さ
れたのか」すると主父は答える:
「趙王は世継ぎがまだ人情に通じておらず、国を治めた経験
もないため、早々に即位させ、それらを自ら手取り足取り教えようと考えたのであります」
昭王はまた尋ねる:
「現在、五国の諸侯達は我が秦を恐れているが、趙国も恐れているのか」
すると主父は答える:
「恐れているとも言えますし、恐れていないとも言えます。恐れている
と言うのは、秦との関係が悪化して戦争にでもなれば、民は苦しみ、両国とも傷つくからで
す。一方、趙国では胡服騎射政策を取って以来、領土は拡大し、軍隊は強化されました。そ
のため、今では秦軍に十分対抗できますので、恐れてはおりません」
- 4. 秦 宮 で
秦 昭 王
(左)と
対 面 す
る 主 父
(右)
この威風堂々たる主父の前では、さすがの秦・昭王も圧され気味であった。そして主父は、
秦の地形や要塞の位置を部下に書き取らせるや、昭王に置手紙を残し、早々に秦から退散し
た。
その置手紙にはこうあった:
「私は以前より秦国が、天の時と地の利を得、秦王は立派な君
主であると聞いており、今回、実際に見聞きし、その通りだと感じました。これ以上秦に留
まると、秦王様が私の正体を見破り、私を国王としてもてなし、散財させてしまうことを恐
れ、この度はご挨拶もせずに帰国致します。盛大なご招待をお受けできませんでしたが、そ
のお心だけは頂戴しました。今後、趙と秦が、末永い友好関係を保てますことを願って止み
ません」
その手紙を読んだ昭王は唖然とする。そして、主父には太刀打ちできないと悟り、彼が生
きている限り、趙を攻撃すまいと考える。
一方、秦から帰国した主父は、息子の恵文王(公子・何)が趙軍の兵士らを除隊させ、農
村に帰したと聞き、怒りを爆発させる。しかし、恵文王は言う:
「私が除隊させたのは趙軍の
ほんの一部だけで、精鋭部隊の活動には問題ありません。更に趙ではここ数年戦争が続き、
田畑は荒れ、農民の中から不平の声が上がっております。これを無視して秦討伐を強行すれ
ば、かえって失敗するのではないかと思われます」
- 5. 主父はある時、腹心であり今は恵文王の補佐役になっている肥義(ひぎ)に相談する:
「趙
国にある代の地を長子・章に与えて代王としようと思うが、お前はどう思う?」 肥義は驚い
て「一国に二君を立てることは良くありません。内乱が起こります」と反対するが、主父は
強引に言う:「この件を恵文王に伝え、王の反応を見よ」
代の地を割き趙を二分しようとしているという噂はたちまち広がった。それを聞いた長
子・章は、
「チャンス到来」とばかりに喜び、腹心の田不礼(でんふれい)と相談し、弟であ
る恵文王を倒す計画を立て
る。
章(左):
「父上が土地を割き、
国を封じようとしいてるの
か?!」
田不礼(右):「その通りでご
ざいます」
一方、かつて主父から処刑されそうになった趙成も、趙が二分されるという状況に困惑し
ていた。しかし、彼自身も野心家であるため、将来、章と恵文王との間で争いが起これば、
どちらか有利な側について自身の発言力を高めようと考えていた。
しかし最も困惑したのが、当の恵文王自身であった。彼は父である主父の意向を測りかね
ており、母・呉娃(ごあ)に相談しようと、彼女のもとに来た。するとそこへ、いきなり主
父がやって来て恵文王に聞く:
「お前はワシの命に従わず、兄(章)に土地を与える事を厭っ
ておるのだな!?」
すると恵文王は答える:
「そうではありません。兄上(章)を廃して弟である私を立てたこ
と自体が礼法に適っていなかったのですから。しかし今、また一国に二人の君主を立てれば、
趙国は更に混乱するでしょう。ですから、私はこの際、退位し、父上のご判断を仰ぎましょ
う」そう言って主父の前にひざまずく恵文王。
それを聞いた主父、 はっはっはっ!」
「 と高笑いしたかと思うと、いきなり恵文王に「立て!」
- 6. と命じて蹴り飛ばす。主父は言う:
「一国の君主たるもの、天地の神と祖先の霊以外のものを
拝んではならぬのだ!跪いて哀願するとは、婦女子にも劣るわ。君主は王位を守るため体を
張って戦うもの。それなのに退位を考えるとは、何と情けないことだ! かつて一人で東胡の
陣に殴りこみ、ワシの首に剣を突きつけたあの気概はどこに行った!? この意気地無しめ
が!」
そして主父は恵文王
に殴る蹴るの暴行をは
たらく。傍らで見ていた
呉娃は、最愛の息子が痛
めつけられるのを見、何
とかそれを阻止しよう
とする。が、主父は相変
わらず殴り続ける。
ついに堪りかねた呉娃
は、主父の足にしがみ
つき、
「何(恵文王)を
殺すおつもりなら、先
に私を殺してくださ
い!」と叫ぶ。
主父は呉娃を払いのけようとするが、彼女はしっかりとしがみつき、離れようとしない。
主父はとうとう力まかせに呉娃を突き飛ばす。と、その勢いで彼女は部屋の隅に置いてあっ
- 7. た編鐘(へんしょう/音色の違った鐘を 16 個吊り下げた古楽器)に頭をぶつける。
頭から血を出して倒れる呉娃に、恵文王は走り寄る。呉娃は一瞬息を吹き返して恵文王に
言う:
「父上を恨んではなりません。父上はあなたのためを思ってやっているのです。父上の
言うことを聞いて、本当の君主になるのですよ…」そう言ったかと思うと、呉娃の息が絶え
た。
恵文王は母・呉娃を抱
き上げ、呆然と歩き始
める。
その後ろには、涙をためて虚
空を見つめる主父の姿があっ
た。
(→「趙武霊王③」につづく)