SlideShare a Scribd company logo
誤誘導情報を与える媒体の違いと証言をとるまでの時間が,誤誘導情報を与えられた後の犯行現場の記憶にいかなる影響を与えるのかを検討
事後情報の提示媒体と時間経過が目撃証言に及ぼす効果
榎本かおり ・ 村本由紀子
(東京大学大学院人文社会系研究科)
1.犯行現場の目撃
2.事後情報の提示
3.犯行現場の証言
犯行現場の記憶は,
直後に再認を行う際は映像で誤誘導情報を与えられた方が歪みやすく,
後日再認を行う際は文字で誤誘導情報を与えられた方が歪みやすい
本研究のポイント
①情報媒体と証言をとるまでの時間の交互作用効果を検討
②犯行現場を再現
前処理
・ 犯行現場を目撃していなかった2名を分析対象から除外
⇒分析対象は60名(男性32名・女性28名,平均年齢20.78歳)
・ 10 の質問のうち,誤誘導情報に関する6の質問の正答数を再認得点とした
※「正答」を1点,「覚えていない」と「誤答」を0点とした
2(情報媒体)☓2(証言までの時間) の2要因分散分析
・ 情報媒体と証言までの時間の交互作用効果は有意(F(1,56)=4.60,p<.05)
・ 単純主効果の検定
⇒映像条件における証言までの時間と,直後条件における情報媒体に
それぞれ有意傾向(F(1,56)=3.83,p<.10; F(1,56)= 3.10,p<.10,図3)
※従属変数の算出方法を変更しても,情報媒体と証言までの時間の交互作用
効果は有意
結果と考察
独立変数
誤誘導情報を提示する媒体(映像・文字)
証言をとるまでの時間(直後・遅延)
従属変数
犯行現場の再認得点(犯行現場に関する
質問↓への回答に基づき算出)
研究計画
2要因参加者間計画
実験参加者
東京都内の国立大学の
学部生62名
 目撃場面の記憶を歪める要因⇒誤誘導情報(名畑・仲・高田,2011)
※被暗示効果(Loftus,1979)
目撃した事件の内容と異なる情報を提示された場合に,不一致
情報の内容をもとの事件で目撃したと誤って反応してしまうこと
 誤誘導情報が目撃証言に与える影響を変える要因
・証言をとるまでの時間(Malpass & Devine,1981)
・誤誘導情報を提示する媒体(丸山・西・厳島,2005) など・・・
 上記の要因が相互に影響しあうのはどのようなときか
・処理水準仮説(Craik & Lockheart,1972)
映像などの形態的分析⇒浅い処理・記憶が保持されにくい
文字などの意味的な分析⇒深い処理・記憶が保持されやすい
形態的分析は短時間経過後,意味的分析は長時間経過後の
記憶に,それぞれより強い影響を与える可能性あり
方法
仮説問題
研究の目的
実験手続き
犯行現場の目撃
1.参加者(2名, うち1名はサクラ)に
実験趣旨(虚偽)を説明
2.実験者がいったん退室
3.犯人が実験室に侵入し,実験者の
鞄から財布を盗んで退室
4.実験者が再入室
5.参加者はフィラー課題(IAT)実施
1.実験者が鞄の中を確認
2.参加者役のサクラが先に課題を終え
実験者とともに退室
3.実験者が再入室し,財布が盗まれた
ことを参加者に伝える
4.サクラの証言を得たと称して,参加者に
その証言内容を提示(映像or文字)
1.直後条件では,誤誘導情報の
提示後すぐに犯行現場に関する
10の質問を尋ねる
2.遅延条件では,4日後に同様の
手続きをとる
入口 ↓
・・・実験者の鞄
・・・実験参加者
・・・参加者役のサクラ
図1.実験室内の配置
図2.実験の流れ
・ 結果は,従属変数の算出方法に依らず,一定の頑健性をもつ
・ 犯行現場の再認では,正導情報は再認を促進し,誤誘導情報は再認を阻害するとは言い切れない
・ メディアの情報と証言を得るまでの時間が相互に影響を及ぼしあっていることを念頭に置くべき
⇒ 他の要因も相互に影響を及ぼしあっている可能性あり
⇒ 今後は性別や感情など,他の要因の影響も含めた検討が必要
3PM
|
053
図3.情報媒体と証言までの時間における犯行現場の再認得点
犯行現場に関する質問内容(10問)
・犯行現場を目撃したか否かの確認(1問)
・正導情報に関する質問(3問),誤誘導情報に関する質問(6問)
盗まれた ‼
犯人
実験者
実験
参加者
事後情報の提示 犯行現場の証言

More Related Content

What's hot

Stan超初心者入門
Stan超初心者入門Stan超初心者入門
Stan超初心者入門
Hiroshi Shimizu
 
媒介分析について
媒介分析について媒介分析について
媒介分析について
Hiroshi Shimizu
 
因果関係を時系列変化で分析
因果関係を時系列変化で分析因果関係を時系列変化で分析
因果関係を時系列変化で分析
DaikiNagamine
 
Rで因子分析 商用ソフトで実行できない因子分析のあれこれ
Rで因子分析 商用ソフトで実行できない因子分析のあれこれRで因子分析 商用ソフトで実行できない因子分析のあれこれ
Rで因子分析 商用ソフトで実行できない因子分析のあれこれ
Hiroshi Shimizu
 
心理学におけるベイズ統計の流行を整理する
心理学におけるベイズ統計の流行を整理する心理学におけるベイズ統計の流行を整理する
心理学におけるベイズ統計の流行を整理する
Hiroshi Shimizu
 
統計的因果推論 勉強用 isseing333
統計的因果推論 勉強用 isseing333統計的因果推論 勉強用 isseing333
統計的因果推論 勉強用 isseing333Issei Kurahashi
 
2 3.GLMの基礎
2 3.GLMの基礎2 3.GLMの基礎
2 3.GLMの基礎
logics-of-blue
 
2 5 3.一般化線形モデル色々_Gamma回帰と対数線形モデル
2 5 3.一般化線形モデル色々_Gamma回帰と対数線形モデル2 5 3.一般化線形モデル色々_Gamma回帰と対数線形モデル
2 5 3.一般化線形モデル色々_Gamma回帰と対数線形モデル
logics-of-blue
 
(実験心理学徒だけど)一般化線形混合モデルを使ってみた
(実験心理学徒だけど)一般化線形混合モデルを使ってみた(実験心理学徒だけど)一般化線形混合モデルを使ってみた
(実験心理学徒だけど)一般化線形混合モデルを使ってみた
Takashi Yamane
 
潜在クラス分析
潜在クラス分析潜在クラス分析
潜在クラス分析
Yoshitake Takebayashi
 
ベイズ推論とシミュレーション法の基礎
ベイズ推論とシミュレーション法の基礎ベイズ推論とシミュレーション法の基礎
ベイズ推論とシミュレーション法の基礎
Tomoshige Nakamura
 
ANOVA君とanovatan
ANOVA君とanovatanANOVA君とanovatan
ANOVA君とanovatan
Takashi Yamane
 
MCMCによる回帰分析@ベイズセミナー
MCMCによる回帰分析@ベイズセミナーMCMCによる回帰分析@ベイズセミナー
MCMCによる回帰分析@ベイズセミナーTakashi Yamane
 
ベイズファクターとモデル選択
ベイズファクターとモデル選択ベイズファクターとモデル選択
ベイズファクターとモデル選択
kazutantan
 
Jmrx 時系列データを用いた広告効果測定の実際20150529公開版
Jmrx 時系列データを用いた広告効果測定の実際20150529公開版Jmrx 時系列データを用いた広告効果測定の実際20150529公開版
Jmrx 時系列データを用いた広告効果測定の実際20150529公開版
MROC Japan
 
有意性と効果量について しっかり考えてみよう
有意性と効果量について しっかり考えてみよう有意性と効果量について しっかり考えてみよう
有意性と効果量について しっかり考えてみよう
Ken Urano
 
20180118 一般化線形モデル(glm)
20180118 一般化線形モデル(glm)20180118 一般化線形モデル(glm)
20180118 一般化線形モデル(glm)
Masakazu Shinoda
 
構造方程式モデルによる因果探索と非ガウス性
構造方程式モデルによる因果探索と非ガウス性構造方程式モデルによる因果探索と非ガウス性
構造方程式モデルによる因果探索と非ガウス性
Shiga University, RIKEN
 
機械学習研究の現状とこれから
機械学習研究の現状とこれから機械学習研究の現状とこれから
機械学習研究の現状とこれから
MLSE
 
因果推論の基礎
因果推論の基礎因果推論の基礎
因果推論の基礎
Hatsuru Morita
 

What's hot (20)

Stan超初心者入門
Stan超初心者入門Stan超初心者入門
Stan超初心者入門
 
媒介分析について
媒介分析について媒介分析について
媒介分析について
 
因果関係を時系列変化で分析
因果関係を時系列変化で分析因果関係を時系列変化で分析
因果関係を時系列変化で分析
 
Rで因子分析 商用ソフトで実行できない因子分析のあれこれ
Rで因子分析 商用ソフトで実行できない因子分析のあれこれRで因子分析 商用ソフトで実行できない因子分析のあれこれ
Rで因子分析 商用ソフトで実行できない因子分析のあれこれ
 
心理学におけるベイズ統計の流行を整理する
心理学におけるベイズ統計の流行を整理する心理学におけるベイズ統計の流行を整理する
心理学におけるベイズ統計の流行を整理する
 
統計的因果推論 勉強用 isseing333
統計的因果推論 勉強用 isseing333統計的因果推論 勉強用 isseing333
統計的因果推論 勉強用 isseing333
 
2 3.GLMの基礎
2 3.GLMの基礎2 3.GLMの基礎
2 3.GLMの基礎
 
2 5 3.一般化線形モデル色々_Gamma回帰と対数線形モデル
2 5 3.一般化線形モデル色々_Gamma回帰と対数線形モデル2 5 3.一般化線形モデル色々_Gamma回帰と対数線形モデル
2 5 3.一般化線形モデル色々_Gamma回帰と対数線形モデル
 
(実験心理学徒だけど)一般化線形混合モデルを使ってみた
(実験心理学徒だけど)一般化線形混合モデルを使ってみた(実験心理学徒だけど)一般化線形混合モデルを使ってみた
(実験心理学徒だけど)一般化線形混合モデルを使ってみた
 
潜在クラス分析
潜在クラス分析潜在クラス分析
潜在クラス分析
 
ベイズ推論とシミュレーション法の基礎
ベイズ推論とシミュレーション法の基礎ベイズ推論とシミュレーション法の基礎
ベイズ推論とシミュレーション法の基礎
 
ANOVA君とanovatan
ANOVA君とanovatanANOVA君とanovatan
ANOVA君とanovatan
 
MCMCによる回帰分析@ベイズセミナー
MCMCによる回帰分析@ベイズセミナーMCMCによる回帰分析@ベイズセミナー
MCMCによる回帰分析@ベイズセミナー
 
ベイズファクターとモデル選択
ベイズファクターとモデル選択ベイズファクターとモデル選択
ベイズファクターとモデル選択
 
Jmrx 時系列データを用いた広告効果測定の実際20150529公開版
Jmrx 時系列データを用いた広告効果測定の実際20150529公開版Jmrx 時系列データを用いた広告効果測定の実際20150529公開版
Jmrx 時系列データを用いた広告効果測定の実際20150529公開版
 
有意性と効果量について しっかり考えてみよう
有意性と効果量について しっかり考えてみよう有意性と効果量について しっかり考えてみよう
有意性と効果量について しっかり考えてみよう
 
20180118 一般化線形モデル(glm)
20180118 一般化線形モデル(glm)20180118 一般化線形モデル(glm)
20180118 一般化線形モデル(glm)
 
構造方程式モデルによる因果探索と非ガウス性
構造方程式モデルによる因果探索と非ガウス性構造方程式モデルによる因果探索と非ガウス性
構造方程式モデルによる因果探索と非ガウス性
 
機械学習研究の現状とこれから
機械学習研究の現状とこれから機械学習研究の現状とこれから
機械学習研究の現状とこれから
 
因果推論の基礎
因果推論の基礎因果推論の基礎
因果推論の基礎
 

日本心理学会ポスター発表

  • 1. 誤誘導情報を与える媒体の違いと証言をとるまでの時間が,誤誘導情報を与えられた後の犯行現場の記憶にいかなる影響を与えるのかを検討 事後情報の提示媒体と時間経過が目撃証言に及ぼす効果 榎本かおり ・ 村本由紀子 (東京大学大学院人文社会系研究科) 1.犯行現場の目撃 2.事後情報の提示 3.犯行現場の証言 犯行現場の記憶は, 直後に再認を行う際は映像で誤誘導情報を与えられた方が歪みやすく, 後日再認を行う際は文字で誤誘導情報を与えられた方が歪みやすい 本研究のポイント ①情報媒体と証言をとるまでの時間の交互作用効果を検討 ②犯行現場を再現 前処理 ・ 犯行現場を目撃していなかった2名を分析対象から除外 ⇒分析対象は60名(男性32名・女性28名,平均年齢20.78歳) ・ 10 の質問のうち,誤誘導情報に関する6の質問の正答数を再認得点とした ※「正答」を1点,「覚えていない」と「誤答」を0点とした 2(情報媒体)☓2(証言までの時間) の2要因分散分析 ・ 情報媒体と証言までの時間の交互作用効果は有意(F(1,56)=4.60,p<.05) ・ 単純主効果の検定 ⇒映像条件における証言までの時間と,直後条件における情報媒体に それぞれ有意傾向(F(1,56)=3.83,p<.10; F(1,56)= 3.10,p<.10,図3) ※従属変数の算出方法を変更しても,情報媒体と証言までの時間の交互作用 効果は有意 結果と考察 独立変数 誤誘導情報を提示する媒体(映像・文字) 証言をとるまでの時間(直後・遅延) 従属変数 犯行現場の再認得点(犯行現場に関する 質問↓への回答に基づき算出) 研究計画 2要因参加者間計画 実験参加者 東京都内の国立大学の 学部生62名  目撃場面の記憶を歪める要因⇒誤誘導情報(名畑・仲・高田,2011) ※被暗示効果(Loftus,1979) 目撃した事件の内容と異なる情報を提示された場合に,不一致 情報の内容をもとの事件で目撃したと誤って反応してしまうこと  誤誘導情報が目撃証言に与える影響を変える要因 ・証言をとるまでの時間(Malpass & Devine,1981) ・誤誘導情報を提示する媒体(丸山・西・厳島,2005) など・・・  上記の要因が相互に影響しあうのはどのようなときか ・処理水準仮説(Craik & Lockheart,1972) 映像などの形態的分析⇒浅い処理・記憶が保持されにくい 文字などの意味的な分析⇒深い処理・記憶が保持されやすい 形態的分析は短時間経過後,意味的分析は長時間経過後の 記憶に,それぞれより強い影響を与える可能性あり 方法 仮説問題 研究の目的 実験手続き 犯行現場の目撃 1.参加者(2名, うち1名はサクラ)に 実験趣旨(虚偽)を説明 2.実験者がいったん退室 3.犯人が実験室に侵入し,実験者の 鞄から財布を盗んで退室 4.実験者が再入室 5.参加者はフィラー課題(IAT)実施 1.実験者が鞄の中を確認 2.参加者役のサクラが先に課題を終え 実験者とともに退室 3.実験者が再入室し,財布が盗まれた ことを参加者に伝える 4.サクラの証言を得たと称して,参加者に その証言内容を提示(映像or文字) 1.直後条件では,誤誘導情報の 提示後すぐに犯行現場に関する 10の質問を尋ねる 2.遅延条件では,4日後に同様の 手続きをとる 入口 ↓ ・・・実験者の鞄 ・・・実験参加者 ・・・参加者役のサクラ 図1.実験室内の配置 図2.実験の流れ ・ 結果は,従属変数の算出方法に依らず,一定の頑健性をもつ ・ 犯行現場の再認では,正導情報は再認を促進し,誤誘導情報は再認を阻害するとは言い切れない ・ メディアの情報と証言を得るまでの時間が相互に影響を及ぼしあっていることを念頭に置くべき ⇒ 他の要因も相互に影響を及ぼしあっている可能性あり ⇒ 今後は性別や感情など,他の要因の影響も含めた検討が必要 3PM | 053 図3.情報媒体と証言までの時間における犯行現場の再認得点 犯行現場に関する質問内容(10問) ・犯行現場を目撃したか否かの確認(1問) ・正導情報に関する質問(3問),誤誘導情報に関する質問(6問) 盗まれた ‼ 犯人 実験者 実験 参加者 事後情報の提示 犯行現場の証言