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人はいつ 政治 を必要とするのか?
:政策の利害に対する反応に注目して
神戸大学法学研究科(政治学)
後期博士課程3年 秦 正樹
hachuchun@me.com
2014/07/17 第二回SSP研究会@関学 1
はじめに:損失時代における有権者
p  経済不況と政治的対応
l  長引く経済不況と政治的変動(政権交代)
l  財政的負担が重くのしかかる…
→ 人々にとって「得られる」よりも「失う」ことが
強調される社会になりつつある?
2014/07/17 第二回SSP研究会@関学 2
はじめに:問題意識とR.Q.
p  有権者の求める「政治」とは?
l  大辞林によると政治とは…
『諸権力・諸集団の間に生じる利害の対立などを調整すること』
l  利害の意味の変容:個人的利益 v.s. 団体利益
l  社会不安は政治圧力のリソース?(c.f ギリシャ)
p  リサーチクエスチョンと答え(暫定)
l  R.Q. 有権者は,いかなる政策的対応が生じた際に,
政治に興味を持つようになるのか?
l  A. 有権者において,利益・損失においてそれぞれ
の関心が生じるメカニズムが異なり,個人のコスト
が予想される場合に最も関心が高まる
2014/07/17 第二回SSP研究会@関学 3
先行研究の整理
p  経済状況と政治行動
l  業績投票(retrospective vote)
•  与党の業績がよい場合は与党に,悪い場合は野党に投票
する(V.O.Key 1961; Fiorina 1981; Duch&Stevenson 2008)
 →「業績」とは,殆どの場合において経済政策を指す。
l  経済認識に関する2仮説(Lewis-Beck et al., 2000)
•  ソシオトロピック仮説:国全体の経済状況
•  ポケットブック仮説:自分自身の経済状況
→日本では,ポケットブック型が多い一方で,近年はソシ
オトロピック型の有権者も増えつつある(池田 2000)。
2014/07/17 第二回SSP研究会@関学 4
先行研究の検討・課題
2014/07/17 第二回SSP研究会@関学 5	
p  モデルに関する課題
•  賞罰のうち「賞」の部分に過大に注目しており,与野党と
もに損失を強いる政策(c.f.消費税)が提示された場合に
ついては考慮されない。
→ ゲインだけでなくロスが予想される状況に注目
p  方法論に関する課題
•  内生性(endogeneity)・因果推論(causal inference)の問題
:回帰分析を用いた場合,政府(与党)評価と政治関心の
関係には内生性が存在するため,実証的な因果推論が困難
→ 回帰分析はあくまで相関→ 実験的手法の利用(飯田 2013)
理論的背景
2014/07/17 第二回SSP研究会@関学 6	
p  経済状況と不確実性の違い
•  利益予測と損失予測ではメカニズムが異なる
 ① 利益が予想される場合
•  国全体が儲からなければ自分自身の懐も潤わない
 ② 損失が予想される場合
•  国全体が損失を被った時のダメージよりも,自分自身
に直結するダメージの方が大きい
•  ただし,損失時代においては,利益に対する反応よりも損
失に対する反応の方がより強いはず。(ネガティブ・バイ
アス; Ito et al., 1998)
仮説の導出
2014/07/17 第二回SSP研究会@関学 7	
p  経済状況に対する認識と情報
•  利益が予想される場合の生起メカニズム
→ 国全体(ソシオ) > 個人(ポケット)
•  損失が予想される場合の生起メカニズム
→ 国全体(ソシオ) < 個人(ポケット)
p  導出される仮説群
H1:利益が予想される場合は,個人ではなく,国全体に関
する経済状況に反応する
H2:損失が予想される場合は,国全体ではなく,個人に関
する経済状況に反応する
H3:個人の損失が予想される場合が最も関心が高まる
実験デザイン:概要と方法
2014/07/17 第二回SSP研究会@関学 8	
p データと実験の概要
l  調査名:日本人の政治意識に関するアンケート調査
l  実施主体:日経リサーチ
l  実施期間:2014年7月22日∼25日
l  サンプル数:1500
p  実験の方法
l  サーベイ調査上での完全無作為配分法を用いたフレー
ム実験(Randomed-Assignment Example Survey Experiment:RAESE)
l  サーベイ自体は,層化無作為抽出法を利用
実験デザイン:フレームの設計(1)
次のような仮想的な政治のニュースをご覧いただき、その内容についてできる
だけ記憶してください。
【リード文】現在、政府では、耐震や堤防工事などの災害対策のために、総額
200兆円規模の大規模な公共工事を日本全体で行うことが検討されています。
l  実験群1:ポジティブ+ソシオトロピック型フレーム
この政策が本格的に実施されると、市場により多くのお金が回るようになりま
す。その影響から、日本全体における景気回復の起爆剤としてはたらくことが
期待されています。また、国内GDPをはじめとする経済成長率が高まることで、
日本全体の税収が拡大し、財政状況が改善すると予想されます。
l  実験群2:ポジティブ+ポケットブック型フレーム
この政策が本格的に実施されると、市場により多くのお金が回るようになりま
す。その影響から、国民ひとりひとりの家計状況の改善が広がると期待されて
います。また、あなた自身の所得や給料も増えることが見込まれており、ご家
庭の家計状況は、現在より潤うようになると予想されます。
2014/07/17 第二回SSP研究会@関学 9
実験デザイン:フレームの設計(2)
2014/07/17 第二回SSP研究会@関学 10	
l  実験群3:ネガティブ+ソシオトロピック型フレーム
この政策が本格的に実施されると、財源を捻出するために国債(国の借金)の
発行が予定されています。その影響から、日本の財政状況のさらなる悪化を招
くことが懸念されています。
また、我が国の借金はますます増えることで、財政赤字が拡大し、日本の国家
破綻(デフォルト)の危機が高まると懸念されています。
l  実験群4:ネガティブ+ポケットブック型フレーム
この政策が本格的に実施されると、財源を捻出するために国債(国の借金)の
発行が予定されています。その影響から、国民ひとりひとりの家計状況のさら
なる悪化が懸念されています。
また、あなた自身の所得や給料の低下や消費税などの増税が見込まれており、
ご家庭の家計状況は、現在よりますます悪化すると懸念されています。
Q. さきほどの政治のニュースを見て、あなたは、どの程度、政治のできごと
に関心をもちましたか。  
(なし)1…2…3…4…5…6…7(あり)
実験を用いた検証方法
2014/07/17 第二回SSP研究会@関学 11	
p  実験群のまとめ
p 作業仮説
H1.実験群1の平均値は,実験群2の平均値よりも統計的有意に
高い。  
H2.実験群4の平均値は,実験群3の平均値よりも統計的有意に
高い。
H3.実験群4の平均値は,他群の平均値よりも統計的有意に高い。
ソシオトロピック ポケットブック
利益フレーム 実験群1 実験群2
損失フレーム 実験群3 実験群4
!"#$%! >!!"#$%!
!"#$%! >!!"#$%!
!"#$%! > (!"#$%! + !"#$%! + !"#$%!)
結論とまとめ
p  仮に予測通りの結果がでたとすれば…
l  経済状況が悪い状況において,政治への関心がより高
まるのは,政府が国民に「痛み」をしいる時。
l  裏を返せば,政府が国民にバラ巻いたところで,有権
者がそれを「評価」するとは限らない
→ 実際に,定額給付金を行った麻生政権や,子ども手
当を行った初期民主党政権が,政治的に失敗する理由?
l  近年において政治に抱くイメージの源泉が「ネガティ
ブ」であるならば,そこで生起する 政治関心 は安定
的な民主主義の維持にとって好ましいのだろうか?
2014/07/17 第二回SSP研究会@関学 12
ご清聴ありがとうございました。
2014/07/17 第二回SSP研究会@関学 13

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