放送大学教養学部教養学科4年
dc1394
第一原理計算と密度汎関数理論
第一原理計算とは
 第一原理計算(おおむね
物理分野で使われる言
葉であり,化学分野では
量子化学計算とも呼ばれ
る)とは,実験データや経
験パラメーターを用いな
いで,Schrödinger方程式
(Dirac方程式)から物性・
化学反応予測を行うこと
である.
 左図は新型コロナウイ
ルスSARS-CoV-2のSタ
ンパク質RBDドメインの
第一原理計算の結果[1]
[1] P. Adhikari, et al., Phys. Chem. Chem. Phys., 2020,
Advance Article
doi: doi.org/10.1039/D0CP03145C
第一原理計算の例
 第一原理計算(量子化学計算)によって現在研究
されている対象を幾つか列挙してみる.
 新型コロナウイルス,HIV,インフルエンザなど難
病のメカニズムの解明,治療薬の開発
 光合成,植物の窒素固定のメカニズムの解明
 高温超伝導,高効率の太陽電池,燃料電池,蓄
電池(二次電池)に必要な素材・物質…など.
 以上のような機構,薬品・素材・物質の構造や合
成法が,コンピュータ上のシミュレーションで,少
なくとも理論上は完全にわかる.
 →しかし現状はそうなっていない,なぜか?
第一原理計算の課題
 全く近似なしでまともにSchrödinger方程式を解くと,
計算量のオーダーは…見積もった人は(たぶん)
いない(Dirac方程式はさらに複雑).
 Schrödinger方程式において,Born-Oppenheimer近
似(後述)の下で,配置間相互作用(Full CI)法を
用いた計算(原理的に,最も厳密に近い解が得ら
れる計算法)では,計算量はおおむねO(N!)となる
(少なめに見積もっても,aを定数としてO(aN)).
 ここで,Nはだいたい原子の個数と思ってよい(正
確には考慮する軌道の個数).
第一原理計算の課題
 1グラムの水でさえ1023個のオーダーの原子を含
むので,マクロな系については,世界中のスー
パーコンピュータを全て用いても,現実的な時間
で結果を得ることは不可能である.
 これは,Schrödinger方程式(Dirac方程式)が多体
問題であることに起因する.
 多体問題は,古典力学の範疇でさえ解くことが困
難である.そして,量子力学では粒子は波として
の性質も併せ持つため,量子力学の多体問題(量
子多体問題)は解くことがいっそう困難である.
第一原理計算の課題
 Paul A. M. Diracの言葉:「物理の大部分
と化学の全体を数学的に取り扱うため
に必要な基本的法則は完全にわかって
いる.これらの法則を適用すると複雑す
ぎて解くことのできない方程式に行き着
いてしまうことだけが困難なのである.」 Paul A. M. Dirac
(1902-1984)
第一原理計算の課題
 このスライドの主なテーマである密度汎関数理論でも,
計算量はO(N3)であり,マクロな系の計算を現実的な
時間で行うことは依然不可能である.
 計算量が原子数に単に比例する,オーダーN密度汎
関数理論の開発も行われているが,今のところ最先
端の研究でも,Oakforest-PACSなどのスーパーコン
ピュータを用いて,N~104の系が限界(「富岳」をフル
に用いればN~105,あるいはN~106の系を計算可
能か?)
 また,CPU単一コアの性能の向上が鈍化した現在,大
規模計算にはSIMD,マルチスレッド,マルチプロセス,
GPGPUなどによる並列化が必要不可欠である.
Schrödinger方程式とは
 量子力学の(非相対論的な)基
礎方程式で,1926年にErwin R. J.
A. Schrödingerが提出.
 単一粒子について,時間に依存
しない定常状態でのSchrödinger
方程式(最も解きやすい表式)は,
Erwin R. J. A. Schrödinger
(1887-1961)
Dirac方程式とは
 原子番号の大きい元素を扱う際は,(特殊)相対論効
果が無視できない→Dirac方程式.
 Dirac方程式:Fermi粒子に対する相対論的量子力学
の基礎方程式で,1928年にPaul A. M. Diracが提出.
 単一粒子について,時間に依存しない定常状態での
Dirac方程式は(pだけベクトルの表記をBoldにした),
 この方程式は4成分方程式であり,第一原理計算で
は2成分相対論,スカラー相対論などで解く.
 非常に難しいのでこのスライドではこれ以上扱いませ
ん(著者も完全には理解していません).
Hartree原子単位系
 第一原理計算では,Schrödinger方程式の表式を簡潔
にするために,Hartree原子単位系が使用される
(Rydberg原子単位系が使用されることもある).
 この単位系では,長さの単位はBohr半径a0 (1 [a0] =
5.29×10-11 [m]), 質量の単位は電子の質量me, 電荷
は電気素量e, エネルギーはHartree (1 [Hartree] =
4.36×10-18 [J] = 27.2 [eV])を用いる.
 この単位系では,Dirac定数ℏと,Coulombポテンシャ
ルの比例定数1 / (4πε0)が1となる.
 単位を表す記号として,すべて atomic unit の省略形
である a.u. で表すことが多い.
水素原子に対するSchrödinger方程式
 最も簡単な水素原子について,定常状態における
Schrödinger方程式を以下に示す(以後,Hartree原子
単位系を用いる).
 ここで,
 この方程式は(少なくとも見かけ上は)単純であり,ま
た解析的に解くことができる(しかし実際に解こうとす
ると大変:参考「水素原子におけるシュレーディンガー
方程式の解 – Wikipedia」 http://bit.ly/12nEHqV ).
 この方程式の解から,重要な情報がいくつも得られる.
Coulombポテンシャル電子の運動エネルギーポテンシャル
Born-Oppenheimer近似
 一般に第一原理計算では,電子と(原子)核の二
つの粒子の質量の大きな差(水素原子の場合,
電子:核=1:1837)から,Born-Oppenheimer近似
が用いられる.
 この近似により,電子と核の運動を分離できる.
 これは,電子が核に相対的に運動している間は,
核が「静止」していると見なすことに相当する.
 通常,核の運動については,量子力学と古典的な
Newton方程式を併用する(第一原理分子動力学
法,これも難しいのでこのスライドではこれ以上扱
いません).
ヘリウム原子に対するSchrödinger方程式
 次に,Born-Oppenheimer近似の下で,ヘリウム原
子に対するSchrödinger方程式を書いてみる.
 この方程式は3次元×2=6次元の偏微分方程式
である(r1とr2は別の次元であることに注意).
 上記の方程式では省略しているが,本当は(電子
の)スピン次元も考えなければならない.
電子1の運動
エネルギー
ポテンシャル
電子2の運動
エネルギー
ポテンシャル
電子1の
Coulombポテン
シャル
電子2の
Coulombポテン
シャル
電子1と電子2間の
Coulombポテンシャル
→この項が問題
N電子系のSchrödinger方程式
 ヘリウム原子の場合には,数値解法で無理矢理
解けなくもない.
 しかし一般にN電子系では,3N次元(+スピン次
元)の偏微分方程式を解かなければならない(例
えば,リチウム原子では9次元,ベリリウム原子で
は12次元,これにスピン次元が加わる).
 Nが大きくなると,数値解法で無理矢理解こうとす
るのは明らかに無謀である.
 →何かいい方法はないか??
Hartree-Fock法
 多体問題に対処する一つの方法として,多体問題を
一体問題に帰着(一電子近似)させる,Hartree-Fock
法がある.
 この方法は,摂動の高次項を計算することで,系統的
に解の精度を改良できるのが特長であり(post-
Hartree-Fock法と呼ばれる),化学分野では一般的に
用いられている.
 物理分野でも,この方法で得た知見は,混成汎関数
などに活かされている.
 このスライドでは,この方法についてこれ以上触れな
い.多体問題に対処するもう一つの方法については,
以降で詳しく述べる.
密度汎関数理論
 粒子(ここでは電子に限る)の存在確率を求めた
い場合,3N次元波動関数ψ(r1, r2,..., rN)ではなく,
波動関数の絶対値の2乗である,3次元の電子密
度の関数ρ(r)のみで計算できる(Bornの確率解釈).
 ならば,ρ(r)を用いて他の物理量を求めることもで
きるのではないだろうか?
 もしそうならば,複雑な3N次元波動関数ではなく,
3次元の電子密度の関数ρ(r)を求めればよい.
 このような考えに基づいて,密度汎関数理論
(Density Functional Theory, DFT)が提出された.
Hohenberg-Kohnの第1定理
 1964年,HohenbergとKohnは,この定
式化が実際に可能であることを示し
た.
 Hohenberg-Kohnの第1定理:エネル
ギーのゼロ点の取り方を除いて,基
底状態の電子密度ρ(r)から外部ポテ
ンシャルv(r)が決定される.
 これは,基底状態の電子密度ρ(r)と,
外部ポテンシャルv(r)が1対1対応す
る,ということを述べている.
Walter Kohn
(1923-2016)
Hohenberg-Kohnの第1定理
 さらに言うと,この定理は,基底状態の電子密度
ρ(r)と,基底状態の多体波動関数ψ(r1,r2,…,rN) は,
外部ポテンシャルv(r)を通じて1対1対応する,とい
うことも述べている.
 つまりこの定理から,系のすべての物理量は基底
状態の電子密度ρ(r)を与えれば一意的に決まるも
の,即ち電子密度の汎関数である,ということを意
味していることがわかる.
Hohenberg-Kohnの第2定理
 Hohenberg-Kohnの第2定理:どのような外部ポテ
ンシャルv(r)に対しても成り立つ電子密度の汎関
数EHK[ρ](Hohenberg-Kohnの「普遍的な」エネル
ギー汎関数)が存在する.
 与えられた外部ポテンシャルの下で,この汎関数
は,基底状態の電子密度ρ0(r)で最小値を与え,こ
れは系の基底状態のエネルギーと等しい.
 よって,電子密度を変化させて,最小のエネル
ギーを与える電子密度を探索すれば,基底状態
の電子密度を求めることができる.
Hohenberg-Kohnの第2定理
 要するに,色々な電子密度ρ(r)があり得るが,
EHK[ρ]に代入すれば,得られるエネルギーが最小
となるような電子密度が「正解」である.
 従って,そのような電子密度ρ0(r)を何とかして探し
出せばよい,と言うことを言っている.
拘束条件付きの最小化
 以上の議論をより数学的に定式化すると,全電子
数が一定であるという拘束条件
 の下で,EHK[ρ]を最小化すれば,基底状態の電子
密度が求められる,ということになる.すなわち,
Lagrangeの未定乗数法を使って,電子密度ρ(r)が
停留条件
 を満たすとき,それは「正解」の基底状態の電子
密度であり,一意的に定まる.ここで,μは
Lagrangeの乗数(物理的にはFermiエネルギーあ
るいは化学ポテンシャル)である.
「普遍的な」汎関数を求めることの難
しさ
 「普遍的な」汎関数を見つけるための手段は,多体波
動関数を使ったもとの定義より他には,全く与えられ
ていない.
 また, 「普遍的な」汎関数のすべての部分は,電子数
の関数として非解析的な振る舞いをするであろう.
 従って,そのような「普遍的な」汎関数の明示的な形
を求めることは困難である.
 現在でも,「普遍的な」汎関数を求めるべく努力が続
けられているが,現状では近似式が用いられている.
局所密度近似(LDA)
 「普遍的な」汎関数はわからないので,「同じ密度を
持っている均質で一様な電子ガス」を考える.
 このような,「一様な電子ガス」に対する汎関数は,解
析的に求めることができる.
 そして,実際に計算したい系も,「一様な電子ガス」の
ように「局所的に」振る舞うと仮定する.
 これはポテンシャルについて,「汎関数」を「一様な電
子ガス」から求めた結果の,普通の「関数」で近似して
しまうことを意味する.
 これを局所密度近似(Local Density Approximation,
LDA)という.
 厳密には上記は間違いであり,相関汎関数(後述)だけは解析的に求めるこ
とは不可能である.
注意
 以後の局所密度近似(LDA)の導出は難しいので
割愛します.
 詳しく知りたい方は,
 R.G.パール, W.ヤング 『原子・分子の密度汎関数
法』シュプリンガー・フェアラーク東京(1996)
 を図書館で借りて読んでみて下さい(買うと高い
です).ただし内容はかなり難しいです(著者も理
解できていないところが多々あります).
 また,後で述べるThomas-Fermi方程式の導出につ
いても,かなり端折ります.
Thomas-Fermi-Diracのエネルギー汎関
数
 LDAの下で,多電子系に対するエネルギー汎関数
ETFD[ρ]を書くと以下のようになる.
 ただし,
 これはThomas-Fermi-Diracのエネルギー汎関数と呼ば
れる.そのためTFDというラベルを付けている.
運動エネルギー (電子-核間の)
Coulombエネル
ギー
電子-電子間の
Coulombエネルギー
(Hartreeエネルギー)
交換エネルギー
交換相互作用
 交換相互作用は電子のような同種Fermi粒子の間
で働く相互作用の一つである.
 古典力学による交換相互作用の説明はできない.
典型的な量子力学の効果として説明される.
 交換相互作用によるエネルギーを,交換エネル
ギーといい,交換相互作用によるポテンシャルを
交換ポテンシャルという.
Thomas-Fermiエネルギー汎関数
 第一近似として,交換エネルギー項を無視するな
ら,
 となる.これはThomas-Fermiエネルギー汎関数と
呼ばれる.そのためTFというラベルを付けている.
運動エネルギー (電子-核間の)
Coulombエネル
ギー
電子-電子間の
Coulombエネルギー
(Hartreeエネルギー)
交換エネルギー
Thomas-Fermi方程式を導く
 実際に,原子に対するETF[ρ]を考えてみよう.原子
では, である(ここでZは原子番号).
 ここで,ETF[ρ]をρで汎関数微分すると,対応する
Euler-Lagrange方程式が得られ,
 である.ここで,μTFは化学ポテンシャル,φ(r)は古
典的なCoulombポテンシャルであり,
 である.
Thomas-Fermi方程式を導く
 中性原子を考えると,μTF = 0とならなければなら
ない.従って,
 である.これから,
 である.ここで,古典的な電磁気学のPoisson方程
式をこの原子に適用すると,
 である.
Thomas-Fermi方程式を導く
 上記の二つの式を連立させ,変数変換を施すこと
によって,最終的に
 を得る.この非線形常微分方程式はThomas-Fermi
方程式と呼ばれる.ここで,
 である(原子は球対称であることを用いた).
Thomas-Fermi方程式を解く
 上記のThomas-Fermi方程式は,非線形常微分方
程式であり,解析的には解けない.
 従って,何らかの方法によって数値的に解く必要
がある.
Thomas-Fermiモデルの問題
 残念ながら,Thomas-Fermi方程式の解から与えられる
結果(以下T-Fモデルと呼ぶ)は正しくない.
 T-Fモデルの中性原子のエネルギーはおおむね-
0.7687Z7/3 (Hartree)となる(ここでZは原子番号であ
る).
 ここで水素原子について考えれば,Schrödinger方程
式を解析的に解くことによって得られる,厳密な基底
状態のエネルギーは-0.5 (Hartree)であるが,T-Fモデ
ルは54%も過大な値を与える.
 その他の原子についても同様であり,ヘリウム原子で
は35%,クリプトン原子では20%,そしてラドン原子
では15%過大な値を与える.
T-Fモデルの問題
 T-Fモデルは,エネルギーのみならず,(電子)密度そのも
のにおいても,物理的に誤った結果を与える.
水素原子におけるThomas-
Fermi密度と厳密な密度
水素原子におけるThomas-
Fermi密度と厳密な密度(y軸
対数目盛)密度が原点
で発散
密度が指数
関数で減衰
しない
T-Fモデルの問題
 厳密な密度は,遠方で指数関数で減衰するが,T-
Fモデルの密度は,遠方で距離rの6乗に反比例し
て減衰する.
 また,動径方向の電荷分布を示すr2ρ(r)も,原子
の正確な振る舞いを再現していない.
水素原子における動径方向のT-Fモデルでの電荷分布と厳密な電荷分布
T-Fモデルの問題
 水素原子について,T-Fモデルにおける電荷分布
と,厳密な電荷分布を三次元プロットで示した.
 T-Fモデルは,厳密な電荷分布を再現していない.
T-Fモデルの電荷分布 厳密な電荷分布
Thomas-Fermi-Diracモデル
 Thomas-Fermi-Diracモデルでも,これは改善されな
いばかりか,もっと悪くなる.
 交換エネルギーは正であるので,与えられた電子
密度に対して,ETFD[ρ]はETF[ρ]よりもさらに,負の方
向に大きくなる.
運動エネルギー (電子-核間の)
Coulombエネル
ギー
電子-電子間の
Coulombエネルギー
(Hartreeエネルギー)
交換エネルギー
Thomas-Fermiモデルの改良と限界
 Thomas-Fermiモデルの欠点を解決するため,改良さ
れたモデルがいくつか提唱されている.
 修正Thomas-Fermiモデル:Thomas-Fermiモデルの電子
密度は原点で不連続であるが,これを原点で連続に
なるように改良する.
 Thomas-Fermi-Dirac-Weizsackerモデル:Thomas-Fermi(-
Dirac)モデルでは,原子(や分子)の電子密度の非一
様性を考慮していなかったため,精度が悪かった.そ
こで,Thomas-Fermi運動エネルギーに対して,密度勾
配補正(Weizsacker補正)を加えて改良する.
 …が,いずれも根本的な解決にはなっていない.
Kohn-Sham法
 これまでのモデルのそもそもの問題点は,運動エ
ネルギー汎関数T[ρ]の近似が粗すぎることにあっ
た.
 そこで,KohnとShamは1965年に,T[ρ]に対する,
巧妙な間接的アプローチを提案した.
 この方法をKohn-Sham法と呼び,この方法によっ
て,密度汎関数理論は,厳密な計算を行うための
実際的な道具となった.
Kohn-Shamの補助系
 KohnとShamは,相互作用のある現実の系を,仮想
的な,「それと同じ密度を与える,相互作用のない
系の問題に置き換えて考える」ことを提案した.
 これをKohn-Shamの補助系(Kohn-Sham auxiliary
system)という.
 この仮想的な系は,相互作用のない粒子からでき
ているが,この系の基底状態の電子密度は,現実
の系の基底状態の電子密度と,全く同じである.
 言い換えれば,この仮想的な系は,同じ密度(と
全エネルギー)を与える別の系である.
Kohn-Sham方程式
 KohnとShamは,以上のような定式化に基づき,以
下の方程式を導いた.
 これは,Kohn-Sham方程式と呼ばれる(簡単のた
めスピン次元は省略した).ここで,veff(r)は,
 である.
(核による)外部
ポテンシャル
電子による古典的なCoulomb
ポテンシャル(Hartreeポテン
シャル)
運動エネルギーポテンシャル KS有効ポテンシャル
KS有効ポテンシャル 交換相関ポテン
シャル
(エネルギー)固有値Kohn-Sham軌道
相互作用のない系の意味
 Kohn-Shamの補助系において,「相互作用のない系」
とは,電子-電子間の相互作用を全て無視する,と
いう意味ではない.
 例えば,他の電子から受ける古典的なCoulomb相互
作用は,Kohn-Sham方程式において,Hartreeポテン
シャルとして取り入れられている.これは,電子の平
均的な電荷分布から生じる静電ポテンシャルである.
 ところで,Kohn-Sham方程式には,直接的な電子-電
子間の相互作用の項が含まれていない.
 結果として,Kohn-Sham方程式は一粒子に対する
Schrödinger方程式の形をしている(一粒子近似).こ
れを「相互作用のない」と呼んでいる.
Kohn-Sham方程式の解法
 Kohn-Sham方程式は,以下のような非線形連立偏
微分方程式であり,反復計算法によって解かなく
てはならない.これを自己無撞着場の方法(Self-
Consistent Field Method, SCF法)という.
この反復を,入力
の電子密度と出力
の電子密度が一
致するまで行う
(=SCFの達成).
このとき,全電子
エネルギーEKS[ρ]
は最小値をとる.
Kohn-Sham方程式の固有値と固有関
数の物理的意味
 Kohn-Sham方程式の(エネルギー)固有値は,相互作
用していない仮想的な系の固有値であるので,直接
には(たった一つの例外を除き)どんな物理的な意味
も持っていない.
 従って,Kohn-Sham方程式の固有値を実際の系のも
のと見なすことはできない.
 しかし,それはしばしば実験値と比較される.
 なお,「たった一つの例外」とは有限の系の最も高い
固有値であり,これは系のイオン化エネルギーの符
号を変えたものと等しい.
 また,固有関数(波動関数)においても,同じことが言
える(こちらは例外なく).
Kohn-Sham法の全エネルギー
 密度ρ(r)が求まったならば,N電子系のKohn-Sham
法の全電子エネルギーEKS[ρ]は以下の式で求めら
れる.
 すでに述べたとおり,SCFが達成されたとき,
EKS[ρ]は(大局的な)最小値をとる.
 全電子エネルギーは,各軌道の固有値の総和と
ならないことに注意.
電子-電子間のCoulombエ
ネルギー
(Hartreeエネルギー)
各軌道の固有値の総
和
交換相関エネルギー 交換相関ポ
テンシャル
の期待値
交換相関ポテンシャル
 すでに紹介したように,同種Fermi粒子の間で働く相
互作用の一つである,交換相互作用によるポテン
シャルを交換ポテンシャルという.
 また,運動エネルギー,Coulomb相互作用,そして交
換相互作用以外の全ての相互作用を相関相互作用
といい,相関相互作用によるポテンシャルを相関ポテ
ンシャルという.
 交換ポテンシャルと相関ポテンシャルを合わせて,交
換相関ポテンシャルと書くことも多い.
 Kohn-Sham法において,相関ポテンシャルには,「相
互作用のある」実際の系の運動エネルギーによるポ
テンシャルと,「相互作用のない」仮想的な系の運動
エネルギーによるポテンシャルの差も含まれる.
相関相互作用について
 相関相互作用によるエネルギー(相関エネルギー)は,
系にもよるが,概ね全エネルギーの1%程度に過ぎな
い.
 しかし,この相関相互作用を無視することは,しばし
ば非物理的な結果をもたらす.
 そして, 相関相互作用が重要である「強相関電子系」
と呼ばれる系(高温超伝導体やMott絶縁体がその一
例)は,現在の標準的な密度汎関数理論では,正確
に物性を記述できない(DFT+Uと呼ばれる方法や,
LDA+DMFTと呼ばれる方法もあるが,根本的な解決に
はなっていない).
 相関相互作用は,量子多体問題の理論における主要
な問題の一つであり,多大な研究努力が今なお続け
られている.
交換相関汎関数の詳細
 厳密な交換相関汎関数
を探す試みは,未だに密
度汎関数理論における
最大の挑戦課題である.
提案されている交換相関
汎関数は多数ある.
 交換相関汎関数は階層
的に分類することができ,
この様子は,新約聖書の
一節になぞらえて,「ヤコ
ビのはしご(Jacob‘s
ladder)」と呼ばれている.
交換相関汎関数の詳細
 LDA(Local Density Approximation,局
所密度近似):最も簡単な交換相関
汎関数であり,電子密度n(r)のみに依
存する.ここには,前述のDiracの交
換汎関数(今日ではSlaterの交換汎
関数と呼ばれることが多い),VWN
相関汎関数,PW92相関汎関数など
が含まれる.
 GGA(Generalized Gradient
Approximation,一般化勾配近似):
LDAを,電子密度の勾配∇n(r) を用
いて補正した交換相関汎関数.ここ
には,B88交換汎関数,LYP相関汎関
数,PBE交換相関汎関数,PW91交換
相関汎関数などが含まれる.
交換相関汎関数の詳細
 meta-GGA(メタGGA):GGAを,Kohn-
Sham運動エネルギーτ(あるいは電子密
度のラプラシアン∇2n(r))を用いて補正し
た交換相関汎関数.ここには,PKZB交換
相関汎関数,TPSS交換相関汎関数,KCIS
相関汎関数,mBJ交換相関汎関数,M06-L
交換相関汎関数などが含まれる.
 Hybrid functional(混成汎関数):LDA,
GGAやメタGGAの交換項を,Hartree-
Fock交換を一定の割合で混ぜることにより
補正した交換相関汎関数.相関項につい
ては,LDA,GGAやメタGGAのものをその
まま用いる.ここには,B3LYP交換相関汎
関数,PBE0交換相関汎関数,HSE交換相
関汎関数,M06-2X交換相関汎関数など
が含まれる.
交換相関汎関数の詳細
 一般化RPA:RPAとは,乱雑位
相近似(Random Phase
Approximation) の略.混成汎
関数では,Kohn-Sham占有軌
道のみを用いていたが,RPAで
はそれに加えてKohn-Sham仮
想軌道も用いる.Kohn-Sham仮
想軌道を用いるという意味で,
GGA交換相関項にHartree-
Fock交換に加え,Møller–
Plesset (MP2)の相関を混ぜた,
ダブルハイブリッド汎関数
(B2PLYPなど)もここに分類さ
れる.
交換相関汎関数の詳細
 右図で重要なことは,文字通りに受
け取るならば,下の段から上の段
にいくと汎関数は,常により良いも
のとなると解釈できるが,必ずしも
そうではないことである.
 特に,上の段の汎関数が経験的な
場合は,下の段の汎関数の方がよ
り精確な結果を与える場合も多々
ある(一般に,上の段の汎関数ほど
経験的パラメータが増える傾向が
ある).
 つまり,年を経るごとにヤコビのは
しごを上るように普遍的な汎関数
に着実に近づいており,結果として
最新の汎関数のほうが優れている,
と考えるのはあまりにも楽観的すぎ
ると言える.
 これは,摂動の高次項を計算する
ことで,系統的に解の精度を改良
できるのが特長である,(post-)
Hartree-Fock法とは好対照である.
例:Kohn-Sham法で計算した水素原子
の電子密度
 水素原子に対して,Kohn-Sham方程式を解き,得られた電
子密度を厳密な電子密度と比較した.なお,交換相関汎
関数にはGGA-PBEを用いた.
 T-Fモデルの電子密度よりも,はるかに厳密な電子密度と
近いことが分かる.
水素原子におけるKohn-
Sham密度と厳密な密度
水素原子におけるKohn-
Sham密度と厳密な密度(y軸
対数目盛)
例:Kohn-Sham法で計算した水素原子
のエネルギーと電荷分布
 GGA-PBE交換相関汎関数を用いた場合,Kohn-
Sham方程式を解いて得られる水素原子の基底状
態のエネルギーは,-0.49999 (Hartree)であり,こ
れは厳密な値の99.998%である.
 また,動径方向の電荷分布を示すr2ρ(r)は,原子
の正確な振る舞いをほぼ再現している.
水素原子における動径方向のKohn-Sham法での電荷分布と厳密な電荷分布
例:Kohn-Sham法で計算した水素原子
の電荷分布
 水素原子について,Kohn-Sham方程式を解いて得
られる電荷分布と,厳密な電荷分布を三次元プ
ロットで示した.
 Kohn-Sham法は,厳密な電荷分布を再現している.
Kohn-Sham法による電荷分布 厳密な電荷分布
第一原理計算における計算手法
 ここまで,密度汎関数理論(とKohn-Sham法)の概
略を紹介してきた.
 現在行われている第一原理計算では,たいてい
Kohn-Sham方程式を基礎方程式として,これを解く
ことで何らかの意味のある物理量を得ている.
 第一原理計算で用いられる,それ以外の方法とし
ては,例えば量子モンテカルロ(Quantum Monte
Carlo, QMC)法や,GW近似などが挙げられる。
第一原理計算におけるさらなる工夫
 第一原理計算において,実際にKohn-Sham方程式
を解くには,さらなる工夫が必要である.
 この工夫とは,例えば基底の導入(平面波基底,
Gauss関数基底,数値基底,有限要素基底など)
や,擬ポテンシャルの導入などである.
基底関数とは
 一般に,固体や分子に対するKohn-Sham方程式は,
数値的には解けない.
 従って,基底関数を用いて展開して解く必要があ
る.
 固体(周期系)に対する計算では平面波基底を,
分子(孤立系)に対する計算ではGauss関数基底
を用いることが多いが,完全系を成すならば,理
論的にはどのような関数でも構わない.
擬ポテンシャルの発想
 通常の化学反応や物性には,内殻電子はほとん
ど寄与しない.また,内殻電子は周囲の化学的環
境の影響をほとんど受けない.
 従って,内殻電子については,原子の状態であら
かじめ計算しておき,実際の固体や分子を計算す
るときは,内殻電子の部分の計算については,原
子について計算した結果をそのまま用い,価電子
部分のみ計算するという発想が生まれる.
 もしこのアイデアが実現可能ならば,計算時間の
短縮に繋がるであろう.
擬ポテンシャルとは
 この「内殻電子の部分の計算については,原子につ
いて計算した結果をそのまま用いる」というアイデア
のもとに生まれたのが,擬ポテンシャルである.
 擬ポテンシャルを用いた第一原理計算においては,
原子核近傍の内殻電子を直接取り扱わず,これを価
電子に対する単なるポテンシャル関数に置き換えて
計算する.
 擬ポテンシャルに,相対論効果を「埋め込む」こともで
きる.
 量子化学計算の分野では,擬ポテンシャルは,有効
内殻ポテンシャル(Effctive Core Potential, ECP)と呼ば
れる.
擬ポテンシャルと散乱問題
 擬ポテンシャルに関して、散乱問題を考える.
 いろいろな波数に対して電子の入射波が入射してき
て散乱されるが,このときの散乱波が全電子の場合
と同じ散乱波になるように,擬ポテンシャルを作成す
る.
擬ポテンシャルと有効内殻ポテン
シャル
 第一原理計算(物理分野)では,水素やヘリウム
などの軽い元素に対しても擬ポテンシャルを用い
るが,量子化学計算(化学分野)では,ナトリウム
以降の比較的重い元素に対して有効内殻ポテン
シャルを用いる.
 擬ポテンシャルを用いない第一原理計算は,全
電子計算と呼ばれる.
第一原理計算で得られる情報
 Kohn-Sham軌道(Kohn-Sham固有関数,Kohn-Sham
法では,厳密には波動関数と見なせない)
 バンド分散,状態密度,Fermi面,バンドギャップ
 結合長,結合角,平衡格子定数,体積弾性率
 電荷解析(Mulliken電荷,Voronoi電荷, ESPフィッ
ティング等)
 分極
 電気伝導特性,磁性
 フォノン分散
 …など,他にも多数
第一原理計算(量子化学計算)の
例
水素分子の分子軌道ダイアグラム
Hybrid-B3LYP
GAMESS (US)
参考
Wikipediaの「分子軌道ダイ
アグラム」の記事
( https://bit.ly/35i3reM )よ
り引用
水素分子のエネルギーダイアグラム
の比較
Hybrid-B3LYP
GAMESS (US)
GGA-PBE
GAMESS (US)
水素分子のHOMOとLUMO
HOMO LUMO
水(気体)分子の分子軌道ダイアグラ
ム
Hybrid-B3LYP
GAMESS (US)
参考
英語版Wikipediaの「Molecular orbital
diagram」の記事
( https://bit.ly/32acw7t )より引用
水(気体)分子のエネルギーダイアグ
ラムの比較
Hybrid-B3LYP
GAMESS (US)
GGA-PBE
GAMESS (US)
水(気体)分子のHOMOとLUMO
HOMO LUMO
分子から固体へ
http://sekigin.jp/science/chem/chem_02_6_11.html
より引用
水(気体)分子と水二量体(気体)分
子のエネルギーダイアグラムの比較
水分子(Hybrid-B3LYP汎関数で計
算)
水二量体分子(Hybrid-B3LYP汎関
数で計算)
普通の氷(Ih)の状態密度
普通の氷(Ih)のユニットセル
六方晶系
普通の氷(Ih)の構造
xy平面 xz平面
ダイアモンドのユニットセル
ダイアモンドの構造
ダイアモンドの状態密度
ダイアモンドのバンド分散
ダイアモンドの物性値
計算ソフト 汎関数 基底 格子定数
(Å)
体積弾性率
(Gpa)
バンド
ギャップ
(eV)
OpenMX GGA-PBE s3p3d2 3.571 434 4.11(絶縁
体)
(実験) - - 3.567 442 5.5
ケイ素(ダイアモンド構造)のユニット
セル
ケイ素(ダイアモンド構造)の構造
ケイ素(ダイアモンド構造)の状態密
度
ケイ素(ダイアモンド構造)のバンド分
散
ケイ素(ダイアモンド構造)の物性値
計算ソフト 汎関数 格子定数(Å) 体積弾性率
(Gpa)
バンドギャップ
(eV)
OpenMX GGA-PBE 5.475 88 0.58(半導体)
(実験) - 5.43 99 1.17
金属ナトリウムのユニットセル(体心
立方格子,bcc)
金属ナトリウムの状態密度
金属ナトリウムの状態密度
 金属ナトリウムの3s軌
道の電子は自由電子
に近い状態である.
 自由電子モデル(理
想フェルミ気体)では,
三次元の状態密度は
エネルギーの平方根
に比例.
 →概ね一致
金属ナトリウムのバンド分散
金属ナトリウムのフェルミ面
金属ナトリウムの物性値
計算ソフト 汎関数 基底 格子定数
(Å)
体積弾性率
(Gpa)
バンド
ギャップ
(eV)
OpenMX GGA-PBE s3p3d2 4.207 8.0 0.0
(実験) - - 4.225 6.8 0.0
鉄(金属)のユニットセル(体心立方
格子,bcc)
鉄(金属)の状態密度
鉄(金属)のバンド分散
鉄(金属)のフェルミ面(アップスピン)
鉄(金属)のフェルミ面(ダウンスピ
ン)
鉄(金属)の物性値
計算ソフト 汎関数 基底 格子定数
(Å)
体積弾性率
(Gpa)
バンド
ギャップ
(eV)
OpenMX GGA-PBE s3p3d3f1 2.829 230.0 0.0
(実験) - - 2.856 160-178 0.0
各元素のフェルミ面
 The VRML Fermi Surface Database
( http://www.phys.ufl.edu/fermisurface/ ) より引用。
まとめ
 第一原理計算は,物質科学のあらゆる分野で応
用されている.
 また密度汎関数理論は,第一原理計算で用いら
れる,極めて強力な理論であるが,既存の交換相
関汎関数では,どうしても精度に難がある(高精
度な結果を与える第一原理計算の手法も存在す
るが,どうしても計算コストが大きくなる).
 計算コストが少なく,かつ高精度な結果を与える
交換相関汎関数の開発が望まれている.
 貴方も挑戦してみませんか?
文献の紹介
 R.G.パール, W.ヤング 『原子・分子の密度汎関数
法』シュプリンガー・フェアラーク東京(1996)
 高田康民『多体問題特論―第一原理からの多電
子問題』朝倉書店(2009)
 R.M.マーチン 『物質の電子状態 上』シュプリン
ガー・ジャパン株式会社(2010)
 R.M.マーチン 『物質の電子状態 下』シュプリン
ガー・ジャパン株式会社(2012)
 J.M.ティッセン 『計算物理学』シュプリンガー・フェ
アラーク東京(2003)
 常田貴夫『密度汎関数法の基礎』講談社(2012)

第一原理計算と密度汎関数理論