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GGAによって研究されたいくつかのd開殻系
http://www.sissa.it/cm/thesis/2002/cococcioni.p
df
和訳:@dc1394
A LDA+U study of selected iron
compounds 第二章
序論
この章の概要
 この章では、計算に標準のDFTを使用した、鉄化
合物の研究を行う。
 すべての選ばれた系が、孤立原子の電子配置で
[Ar](3d)6(4s)2である鉄を含んでいる。
 鉄の電子配置の最も外側にある、3dと4sの電子
の両方が、この元素の化学で重要な役割を果た
す。
 4s電子は、原子核と最も内部の電子雲で構成さ
れるイオンコアによって弱く結合しており、より高
い電気陰性度を有する(例えば酸素)、他の元素
の存在で容易に電子を失う。
この章の概要
 4s電子より局在化していて、イオンコアとより結合
している、3d電子に対しては、違った振る舞いが
観測される。
 この事実にもかかわらず、3d電子は深くイオンが
形成する化学結合にかかわる。
 また3d電子は通常、最も高いエネルギーを持つ、
占有された状態であり、Fermiエネルギーによって
交差する不完全な縮退を表すように、しばしば鉄
化合物の伝導特性の原因となる。
この章の概要
 鉄化合物の金属的な振る舞いの原因となる電子
は、これらの3d状態に主に収容されるという事実
にもかかわらず、dレベルは通常、かなり狭いバン
ドと非常に局在化した電荷密度・磁気モーメントと
いった原子的な性質を有する。
 そして、(開いた)d軌道の電子の局在化が、原子
サイト上の電子相関を引き起こし、鉄(と一般に遷
移金属)化合物の物理的挙動における非常に重
要な役割を果たすかもしれない。
 同時にこれは、局在化した強相関電子を扱うよう
に設計されていない、従来のLDAかGGAアプロー
チへの問題を引き起こすかもしれない。
この章の動機
 この章の動機は二つある。
 我々は、GGAで正しく記述されるような物性を
LDA+U法で研究するが、それはLDA+U法でも、で
きるだけ良い記述のまま残したい。
 また一方で、従来の交換相関汎関数ではよく記
述できない場合を考慮する(そして、電子相関の
より良い取り扱いが必要となることがわかる)。
この章で扱う物質とその計算法
 この章は、3つの異なった物質(バルクの鉄、酸化
鉄FeO、Fe2SiO4というフェライトの一種)に対して、
3つのセクションで扱っている。
 これらの化合物を研究するために使用した計算
法は、NLCC擬ポテンシャルのスピン分極GGAで
ある。
 これらの系に対して、バンド構造、磁気モーメント
配列、そして構造特性(これは全エネルギー計算
のMurnaghanフィッティングによって行う)を示す。
 そして、これらの結果を実験結果と比較し、(GGA
による)この計算の成功と欠陥を検討する。
バルクの鉄について
 バルクの鉄は、第一原理計算によって広範囲に
わたって研究されており、そして、NLCC擬ポテン
シャルのGGAは、基底状態としてbcc構造の強磁
性(FM)相を予測する。
 この場合、この標準のDFT(の近似)によって、構
造、磁気、そして振動特性を正しく得ることができ
る。
 したがって、Fermi準位の周りのd電子に対する強
い相関が、この物質にはそれほど重要でないと予
想され、これはこの論文で調査したいと思う。
酸化鉄FeOについて
 酸化鉄FeO(と他の多くの遷移金属酸化物)は、
GGAで説明が不十分な物質である。
 GGAは磁気モーメントと平衡格子間隔に対して、
かなり成績が良いが、それは、圧力下(特に[111]
方向に沿った変形)のふるまいを、それほど正確
に説明しない。
 さらに重大なことは、観測されている絶縁性基底
状態の再現に失敗することである。
酸化鉄FeOについて
 事実、他の遷移金属酸化物のように、FeOは、バ
ンドギャップが実際存在し(これは電子が1つのサ
イトから別のサイトまで跳ぶことを禁じるオンサイ
トCoulomb斥力のため)、いわばMott絶縁体のよう
なものと推定される。
 その結果、従来のGGA汎関数の近似は、この化
合物の電子物性の良い記述を与えるほど正確で
はなく、これがおそらく、本章で示された物性の計
算結果が失敗している理由である。
Fe2SiO4について
 Fe2SiO4というフェライトの一種は、地球物理学上、
興味を持たれている鉱物である。
 我々は、この化合物のいくつかの計算(LDAと
GGAの両方を用いる)を示す。
 そして、磁気および構造特性の計算結果が、実験
値とかなり良く一致することを見る(なお、最も良
い結果はGGAから得る)。
 しかしながら、(実験で)観測された絶縁性のふる
まいにもかかわらず、計算結果は金属となる(計
算結果からFermiエネルギーで交差する鉄のd-レ
ベルの狭いバンドを得る)。
Fe2SiO4について
 この(Fermi)レベルの周りの状態の電荷密度は、
鉄部位で非常に局在化されており、それゆえに、
これらの電子の強い原子様性質とオンサイト相関
が重要である可能性がある。
 GGA計算を簡素化されたHubbard模型と比較して、
平均したHubbardがUであると本当に荒く見積ると、
この化合物のMott-Hubbardのふるまいと一致し
た、U~2.4eVの値を得ることができるだろう。
バルクの鉄(の計算)
バルクの鉄の計算法
 この節で、バルクの鉄の、平衡構造と磁気・電気的な
特性に関して、いくつかの結果を報告する。
 電子イオン相互作用について説明するために、以前
に鉄の構造的・振動的な研究で使用された修正
Rappe-Rabe-Kaxiras-Joannopoulos (RRKJ)から作ら
れた、ウルトラソフト擬ポテンシャルを使用する。
 LSDAがこの材料の基底状態構造性質に関して間
違った結果を与えるのが知られているので、交換と相
関汎関数の両方にGGA-PBEフレームワークを採用
する。
 A. M. Rappe, K. M. Rabe, E Kaxiras, J. D. Joannopoulos, Phys. Rev. B 41, 1227 (1990).
バルクの鉄の計算法
 電子擬波動関数について説明するために、35Ry
のエネルギーカットオフを選んだ(ただし、電荷密
度の補強部分は420Ryまで拡大する)。
 LDA+U計算では、鉄に対して、他の研究で使用さ
れるものより大きい波動関数エネルギーカットオ
フが必要であり、そして、このGGAによる計算と一
貫した結果を得るために、同じカットオフ値を採用
する。
バルクの鉄の計算法
 逆空間積分を実行するために、MonkhorstとPackの
スペシャルポイントテクニックを用いる。
 そして、メッシュは「スペシャルな」8×8×8ポイント
(これは既約Brillouinゾーンのウェッジの中の29非同
等ポイントに対応する)を用いれば、非常に正確に
Brillouinゾーンをサンプリングすることができるのが
わかっている。
 MethfesselとPaxtonのsmearingテクニックが、Fermi分
布を整えるために使用され、「普通」のDFT計算で必
要とされるより小さい0.005Ryの広がりを使用する。
 これは最後の章で見るように、LDA+U計算に対して
高精度を与え、またこの結果とこの節の結果とを比較
する。
バルクの鉄の平衡格子間隔と体積弾
性率
 バルクの鉄の基底状態はbccの強磁性(FM)であ
り、この構造特性を研究する。
 平衡格子間隔と体積弾性率を見積もるために、
体積とユニットセルの値を変えて計算された点を
Murnaghan状態式にフィッティングした(図2.1)。
 また、これらの量と、各イオンの磁気モーメントに
対して、実験結果と計算結果の比較を行った(表
2.1)。
図2.1 バルクの鉄の平衡格子間隔と
体積弾性率
 図2.1 bccのFM鉄のMurnaghan式へのフィッティング。
 体積の単位は(a. u.)3、エネルギー-体積曲線の最小
値を縦軸のゼロとしている。
表2.1 格子定数、体積弾性率、および
磁気モーメントの比較
 表2.1 格子定数(a0)、体積弾性率(B0)、および磁
気モーメント(μ 0)のGGA(この研究)とLSDA
(Corso他)による計算値とMoroni他による実験値
の比較
 A. Dal Corso, S. de Gironcoli, Phys. Rev. B 62, 273 (2000).
 E. G. Moroni, G. Kresse, J. Hafner, J. Furthmüller, Phys. Rev. B 56, 15629 (1997).
平衡格子定数での電子構造
 格子定数の計算値の実験との一致はかなり良い
が、体積弾性率と磁気モーメントの計算値は実験
値とかなり食い違いがある(ただし、LSDAで計算
された値より食い違いははるかに小さい)。
 図2.2に、平衡格子定数で得られた電子構造が示
されている。
 また同じ図に、Turner他による光電子放出によっ
て得られたいくつかの実験結果が示されている。
 A. M. Turner, A. W. Donoho, J. L. Erskine, Phys. Rev. B 29, 2986 (1984).
図2.2 bcc鉄のバンド構造
 図2.2 bcc鉄のバンド構造。多数スピンバンドに対
しては実線、少数スピンバンドに対しては点線。
エネルギーの0はFermiエネルギーに合わせてあ
る。
図2.2 bcc鉄のバンド構造
電子構造とその実験との比較
 二つのスピン分布(これは物質の強磁性の起源と
なる)の間の有限のスピン分裂が明白であり、そ
してそれがFermiレベル付近でより大きいことがわ
かる。
 この計算されたバンド構造と実験を比較すると、H
点の周りとΓ -P-H領域ではやや不一致が見られ
るが、特にΓ -N-P領域でよく一致しているように
見える。
 この図から、二つのグループの間を明らかに区別
することができ、それはまた図2.3の射影状態密度
から明らかである。
図2.3 bcc鉄の射影状態密度
 図2.3 bcc鉄の射影状態密度。
 d状態に対しては赤線、s状態に対しては黒線。多
数スピン状態は上側、少数スピン状態は下側。
最初のグループと二番目のグループ
 最初のグループは、Fermiエネルギーの周りの領
域(およそFermiエネルギーの5eV下から3eV上ま
で)で広がっていて、鉄の3dレベルによって主に
構成されている。
 二番目のグループは、はるかに大きい分散を有し、
Fermi準位の8eV下~4eV下の間に広がった4s状
態があり、それ以上の領域はd状態によって占め
られている。
遍歴強磁性
 二つのスピン分布の間の相対的なシフトによって
生成する、イオンの磁化はかなりd状態からきてい
る。
 その結果、同じ電子が金属的な挙動の原因となり、
また磁気特性をもたらす(遍歴強磁性)。
 図2.3からわかるように、s状態は不均衡を生み出
す二つのスピン状態の間でわずかに異なった状
態密度を有するが、その寄与は非常に小さい(二
つの状態密度の積分は、s状態の多数スピンで
0.39電子/セル、少数スピンで0.45電子/セルであ
る)。
金属特性の起源
 また、Fermi準位の周りの領域では、両方の種類
の状態が共存しているが、しかし、s状態の密度は、
dレベルが位置している領域では(両方のスピン
チャネルに対して)強く減少し、Fermi準位近傍で
少なくなっている。
 このように、二つの状態の混成がそれほど重要で
ないと予想されるので、この物質の金属特性は、
強く原子的なd状態から主に起こる。
ここまでのGGAアプローチのまとめ
 このような、電気・磁気的、構造的な特性に関す
る研究によって明白なように、GGAアプローチは
バルクの鉄に対して非常に良い記述を与える。
 しかしながら、物理的挙動に関していくつかの質
問がまだ残っている(例えば、原子的な磁気モー
メントを導くメカニズム)。
 事実、遍歴電子によって生み出された磁気は問
題であり、このような背景から、電子相関の重要
性は議論のポイントの1つである。
酸化鉄FeO
酸化鉄(FeO)について
 酸化鉄(FeO)は最先端の数値計算技術で研究さ
れる、Feよりはるかに問題の多い物質である。
 ほとんどの遷移金属酸化物において起きることで
あるが、観測された絶縁性のふるまい(Mottのよ
うなメカニズムによって生み出されると予想され
る)の再現に、LDAは完全に失敗する。
 しかしそれにもかかわらず、常圧・常温状態の実
験結果における、この化合物の構造・磁気的特性
については、合理的に説明できる。
酸化鉄の計算条件等
 この段落では、FeOのσ -GGA研究のいくつかの結果
を示し、そして、論文の後の章に示すLDA+U結果と比
較するために、構造・電子的特性に注目する。
 計算に用いた擬ポテンシャルは、Fe原子については、
US GGA-PBE NLCC擬ポテンシャル(バルクの鉄の
計算に用いた同じもの)を用い、O原子についてはUS
GGA-PBE(非NLCC)擬ポテンシャルを用いた。
 またバルクの鉄と同じように、smearingの幅として
0.005Ryを取り、Fermi分布を整えるのに使用した。
 そして同様に、逆空間積分の実行に十分であること
がわかっている、4×4×4メッシュのk-点(これはIBZ
の中の13独立ベクトルに対応する)を取った。
酸化鉄の計算条件等
 電子波動関数については、40Ryのエネルギー
カットオフが選ばれている。
 ただし、電荷密度への増強部分に対しては、
400Ryのカットオフを必要とする。
 前節と同じように、これらは「正常な」GGA(または
LDA)計算で必要な値より大きい値であるが、この
値が必要であるLDA+Uアプローチで得る結果と、
この章で述べるGGAの結果を直接比較するため
に、この値を選んでいる。
酸化鉄の構造と磁気的特性
 ひずみのない相における、FeOのユニットセルに
は、鉄の磁化から生じる菱面体対称の立方岩塩
(B1)型構造を有する。
 同じ[111]面に属するイオンに対して、図2.4に示さ
れている基底状態スピン構成は、強磁性である。
 間に横たわっている酸素イオンによって仲介され
る超交換相互作用のため、お互いに、最も近い隣
の磁気面は反強磁性配置にある。
図2.4 FeOのユニットセル
 図2.4 FeOのユニットセル。赤い球はFe原子、青い
球はO原子、矢は磁気イオンのスピン分極を表す。
菱面体晶ストレッチング
 常圧下で、Néel値(198K)より下まで温度を下げ、
[111]対角線に沿った、結晶構造の菱面体晶の伸
びについて述べる。
 変形は圧力の負荷で増加することがわかっており、
そしてまた、Néel温度も増加するのが観測される。
 より高い圧力では、系はここに記述しない他の構
造相に変化し、これは最近研究された。
計算の結果
 我々は、基底状態菱面体晶AFスピン配位のひず
みのない構造を研究する。
 計算の結果を図2.5に示す。
 この計算された点から、Murnaghanフィッティング
された曲線が描かれており、そしてこの曲線は、こ
の物質に関するいくつかの構造パラメータを取り
出すのに使われている。
 また、表2.2で、格子パラメータ、体積弾性係数、
およびそれぞれの鉄の磁気モーメントを実験結果
と比較する。
図2.5 酸化鉄に対するMurnaghan状
態式へのフィッティング
 図2.5 酸化鉄に対するMurnaghan状態式への
フィッティング。エネルギーのゼロはエネルギー-
体積フィッティングの最小値に合わせており、体
積の単位は(a.u.)3である。
表2.2 計算値の実験結果との比較
 表2.2 計算された格子定数(a0)、体積弾性係数
(B0)、および磁気モーメント(μ 0)と、Fangらの論
文から取った実験結果との比較
 Z. Fang, I. Solovyev, H. Sawada, K. Terakura, Phys. Rev. B 59, 762 (1999).
表2.2について
 実験結果における何らかの散乱にもかかわらず、
特に格子パラメータと体積弾性係数の値の一致
は合理的である(我々は、基本直接格子ベクトル
でない図2.4の従来の単位立方格子の側を報告
する)。
 鉄の磁気モーメントの値は、他よりも大きい食い
違いがあるが、これでも他の理論研究(Fangらの
研究)よりは良く実験値と一致している。
バンド構造
 図2.4に示した、ひずみのない立方構造のAFスピ
ン配位の均衡格子パラメータで酸化鉄のバンド構
造を計算した。
 結果は図2.6に示す(エネルギーのゼロはFermiエ
ネルギーに合わせてある)。
図2.6 図2.4のスピン配位に対応する
酸化鉄のバンド構造
 図2.6 図2.4のスピン配位に対応する酸化鉄のバ
ンド構造。実線は多数スピンバンド、点線は少数
スピンバンド。少数スピンは完全に縮退している。
図2.6 図2.4のスピン配位に対応する
酸化鉄のバンド構造
図2.6からわかること
 図2.6からわかるように、反強磁性の基底状態ス
ピン配位に対して、スピンアップとスピンダウンの
間で電子レベルは完全縮退している。
 それぞれの鉄の多数スピンd状態は、Fermiエネ
ルギーの4~1eV下に位置している。
 また、部分的に占められた少数バンドは、-1~
2eVの間のFermi準位の周りで広げられ、またいく
つかの点でFermi準位に交差し、その結果金属的
な挙動を生じる。
LDA(とGGA)の失敗と成功
 この計算結果は、低温低圧で絶縁性基底状態を
示しているこの化合物の実験結果と食い違ってお
り、この化合物群について説明する際の、LDA(ま
たはGGA)の最も明確な失敗を示している。
 しかしながら、実際に多数と少数スピン状態の間
の有限の分裂から生じた非ゼロ磁化とともに、鉄
のd電子の遍歴特性は矛盾していない。
 したがって、伝導特性の再現に失敗してはいるが、
LDAとGGAは各イオンにおける磁化に関して、か
なりの結果を与えることができる。
4つのグループ
 電子バンド構造において、状態の4つのグループ
を区別できる。
 酸素のs状態は、Fermiエネルギーの約20eV下に
存在しており、酸素のp状態は、Fermiエネルギー
の9~4eV間に存在している。
 鉄のdレベルは、Fermiエネルギー付近の-4から
2eVまでに存在する。
 鉄のs状態は、Fermiレベルより上の領域にあり、
完全に空となっている。
d状態をさらに二つに分割する
 完全に立方の環境においては、磁気イオンのd状態を
さらに2つのサブグループに分割できた。
 t2g(xy, yz, およびxz)レベルは低いエネルギーに存在
し、eg(x2-y2, 3z2-r2)状態はより高いエネルギーにあ
る。
 AFスピン配位における鉄によって感じられた菱面体
晶配位子場は、立方構造のt2g重なりを上げさせて、
A1g対称の1つの状態を生み出す。
 このA1g対称は、3Z2-r2の一次結合 に対応し、
ここでZは[111]菱面体晶軸に沿って取られる
 そして、FM[111]面の上に、Eg対称の他の2つの状態
( と )が存在する。
鉄のd電子
 この場合、縮退したt2g状態がすべてFermi準位に
あり、その結果、1/3充満バンドを生み出すので、
菱面体対称なしでは、絶縁性ギャップを実現でき
なかった。
 菱面体対称において生じるギャップのため、 A1g
状態は、t2gトリプレットを起源とする他の二状態に
関して、より低いエネルギーとなるべきである。
 そして、鉄の6つのd電子は、この場合5つの多数
スピン状態と最低エネルギーの少数スピン状態
を完全にいっぱいにし、その結果、Fermiエネル
ギーより上の他の状態を残すだろう。
バンドギャップの問題
 その結果、このことは、磁気イオンのd軌道を記述
する際に失敗するGGAにおいては、再現できない。
 その上、この記述が正しかったとしても、ギャップ
は、鉄に影響する配位子場によってちょうど生み
出されないので(これは、平均場近似のような「普
通の」LDAかGGA手法では適切に説明されない
電子相関によるためであると予想される)、バンド
構造におけるギャップは小さ過ぎるだろう(MnOや
NiOで起こるように)。
電荷移動絶縁体
 しかしながら、GGA計算でよく説明される場合が
あり、Fermi準位で開くギャップ(これは再現できな
いが)の分光的な性質である。
 酸化鉄における光電子放出および光学的実験が、
混成したO 2p-Fe 3d性質に、この化合物の価電
子帯があるのを明らかにしているので、価電子帯
と伝導帯の間の遷移状態は酸素から鉄まで跳ぶ
電子に関わるべきである(電荷移動絶縁体)。
酸素のp状態と鉄のdレベルの強い混
成
 したがって、酸素のp状態と鉄のdレベルの間の強
い混成は価電子バンドの先で観測されるべきで
ある。
 (バンド)ギャップはGGAの計算では得られないが、
しかし、これらの状態の混成は我々の計算で(異
なった原子の寄与について説明した、射影状態密
度をプロットした図2.7のように)明白である。
図2.7 ひずみのないAF酸化鉄の状態
密度
 図2.7 ひずみのないAF酸化鉄の状態密度。エネル
ギーのゼロはFermiレベルに合わせてある。
酸素p状態と鉄のd状態の重なり
 少数スピンd状態を主に起源とするFermiエネル
ギーでの状態を無視すると、酸素p状態と多数ス
ピンd状態のかなりの重なりが、Fermi準位の2eV
下に近い領域に存在するのを見ることができる。
 しかしながら、この重なり領域は、主に鉄の寄与
からなっていて、また、Fermi準位の5~9eV下で
は、酸素p状態と鉄のd状態の、より強い相互作用
を観測でき、これは酸素の状態の寄与が支配的
である。
 つまり、何らかの有限の重なりが存在していても、
2つの原子の寄与の中心は、エネルギースペクト
ルの異なった領域に置かれる。
菱面体晶ひずみ相の不安定性
 GGAはひずみのない立方体の構造の格子間隔と
FeOの体積弾性率の再現にかなり成功しており、
電子物性に対する記述の失敗は、おそらく菱面体
晶ひずみ相に対する、量的に間違った結果が理
由である。
 事実、FeOの立方構造は、[111]立方体対角線に
沿う菱面体晶の伸びに関して不安定であることが
わかっている。
 そしてこの理由は、電子/伝導特性、軌道秩序、
および結晶対称性の中の強い相互作用であり、こ
れは非常に効率的な磁気結晶相互作用を発生さ
せる。
Néel温度以下での変形
 事実、温度をNéel値(約198K)より下まで下げたと
き、大気条件で変形が観察され、圧力下では変
形が増加することがわかっている。
 FeOの研究に対するGGAアプローチは、歪構造が
常圧で基底状態であると正しく予測し(計算はい
つもゼロ温度で実行されることに注意)、また、圧
力下における菱面体晶の伸びの増大を再現する。
菱面体晶変形に対応するフィッティン
グ曲線
 図2.8に、異なった菱面体晶変形に対応するフィッ
ティング曲線を示す(変形パラメタは図2.9に示す2
つの表面の対角ベクトルの菱面体晶角度である)。
 この図は、圧力が増加すると、変形がますます大
きくなるという実際の結果と一致している。
 量的な観点から変形の増加を研究するために、
我々は、Murnaghan曲線のそれぞれの点に対応
する圧力を計算して、0~200kbarsの圧力の範囲
について調査した。
図2.8 異なった歪構造に対する
Murnaghanフィット
 図2.8 異なった歪構造に対するMurnaghanフィット。
よりわずかな角度は、より大きい菱面体晶変形に
対応している。体積の単位は(a.u)3である。
図2.9 菱面体角度
 図2.9 菱面体晶角度は、2つの表面の対角ベクト
ルの角度であり、ひずみのない構造では、値は
60°である。
菱面体晶変形の増大の明確な傾向
 選ばれたそれぞれの圧力について(選ばれた点の間
を20の部分に分解した)、系のエンタルピー(E+PV)に
ついて計算し、二次曲線でcosα rへの依存をフィッ
ティングして、最終的にエンタルピーの最小値に対応
する菱面体晶角度を得た。
 この結果は図2.10にあり、菱面体晶変形の増大に向
かう明確な傾向が観測される。
 同じ図で、実験による2点が示されている。
 Willisらの論文から常圧での実験結果を引用し、Yagiら
の論文から200kbarの実験結果を引用した。
 B. T. M. Willis, H. P. Rooksby, Acta Cryst. 6, 827 (1953).
 T.Yagi, T. Suzuki, S. Akimoto, Journ. of Geophys. Res. 90, 8784-8788 (1985)
図2.10 圧力の関数としての菱面体晶
角度
 図2.10 圧力の関数としての菱面体晶角度。
実験値とGGAによる計算値の比較
 実験結果の両方を非化学量論化合物に対して得
たので、Willisらの論文の鉄濃度(90K、常圧の実
験結果)と、菱面体晶角度の線形依存性を使用す
ることで、同じ量の鉄と酸素に対する構成まで実
験結果を外挿した。
 200kbarsの点でのイオン密度における同じ線形依
存性の使用は、それほど正確でないかもしれない。
 両方の場合で、GGAで予測された伸びの量(立方
構造値60°からの菱面体晶角度の差)は、実験
に用いられたのが非化学量論化合物であることを
考慮しても、実験値と比べるとはるかに大きい。
まとめ
 Isaakらは、計算と実験結果の一致という観点から、圧
力下での菱面体晶変形のふるまいが、GGAで正しく
説明されると導き、結論づけた。
 我々は、これが蓋し質的な面で本当であると考える。
 したがってGGAは、常圧と、より高い圧力領域の両方
の基底状態における、この化合物の構造性質につい
て説明しない。
 電子構造の不正確な記述に関連するこの失敗を予
想するとき、菱面体晶変形が更なる側面になり(もち
ろん、バンドギャップとその分光性質も)、これは
LDA+Uアプローチのときにテストされるだろう。
 D. G. Isaak, R. E. Cohen, M. J. Mehl, D. J. Singh, Phys. Rev. B 47, 7720 (1993).

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