Innovation Myopia ~ 第２編 ~

Innovation Myopia
第２編：イノベーションとタイミング
ちかふじりゅう

イノベーションとタイミング

You do not have to be the first to succeed.
What matters is to solve the right problem.
Being first at that is extremely important.
Andreas Bechtolsheim(*),
“The Process of Innovation”
- open lecture at Stanford University
『一番、最初に成功する必要なんてないんだ．
�重要なのは、”Right Problem”を解くことだ．
�その一番手となることが、とても重要なんだ』
(*) シリアル・アントレプレナー．サン・マイクロシステムズ
の創業メンバーであり、他、複数の企業を設立．Googleへ最初
に出資したエンジェル投資家として有名．

何が ”Right Problem” か正しく把握し、
それを解くRight Solutionであることが
イノベーションの必要条件だが、
Right Problem探索については、こちらの第３編を参照．

同時に市場投入がRight Timingであることも
極めて重要な条件になる．

アンディ・ベクトルシェイム(*)氏曰く、
『全てのイノベーションは、非常に正しい
　タイミングで生まれている』
“Timing is everything”
Andreas Bechtolsheim
-from Stanford Engineering Hero Lecture

早すぎも遅すぎもしない、絶妙のタイミング、
機会の窓が開いているのは、一年か半年か、
あるいは、もっと短いかもしれない．

それは、極めてコストの問題だろう．

Googleの創業は、ハードウェアの対コスト性
能が飛躍的に向上し、また、LinuxやApache、
サーバーの並列化技術などオープン・ソース
が拡充しはじめたタイミングだった．
Photo courtesy of Steve Jurventson
http://ﬂickr.com/photos/jurvetson/157722937/
Google初の商用サーバー

もし創業が１年早ければ、ウェブ・サーバ
構築だけで莫大なコストが掛った．Googleの
タイミングの良さは、技術に対してだけで
ない．

ベクトルシェイム氏曰く、Google成功の最大の
要因は2000年のドット・コム・バブル崩壊だ．
狂乱のバブル時代、クライアントは費用対効果
を真面目に測定せず、派手なバナー広告に大金
を投じた．

一転、バブル崩壊後は広告に対する費用対効果
を厳密に考えるようになり、絶妙のタイミング
で立ち上げた検索連動型広告サービスで、瞬く
間にウェブ広告業界の頂点に登り詰めた．

しばしば、最も金の掛かる顧客への啓蒙活動を
Googleは必要としなかった．オンライン広告の
可能性は、バブルを通して顧客が勝手に学んで
いた．

「ビジネスはスピード」というが、実際には
遅れて市場参入した企業が勝つ事例は枚挙に
いとまがない．

Googleは、ガイ・カワサキ氏ですら「なぜ、
今更、新しい検索エンジンが必要なんだ(*)」
と思ったくらい遅い市場参入だった．
‘93
‘94
‘95
‘96
‘97
‘98
‘99
W3Catalog, Aliweb, JumpStation
WebCrawler, Infoseek, Lycos
AltaVista, Open Text, Web Index, Magellan,
Excite
Dogpile, Inktomi, HotBot, Ask Jeeves
Northern Light, Yandex
Google !!!
(+) Andreas Bechtolsheim: “The Process of Innovation”
- Stanford Engineering Hero Lecture
(*) Guy Kawasaki, “The Art of the Start”

Facebookが創業した時点では、少なくとも
百を超えるSNSが乱立していた．そのため、
(*) Andreas Bechtolsheim: “The Process of Innovation”
- Stanford Engineering Hero Lecture
(’99)
(’04)
(’02)
(’03)
(’00)
(’03)
(’01)
100を超える先行サイト

SNSの基本コンセプトを啓蒙する必要はなく、
サイトを簡単に設計・開発するツールも存在し、
ユーザーを効率的に獲得する理論・ノウハウ・
ツールまで研究、共有され、活用できた．

AppleのMP3プレイヤー市場参入も遅かった．
ドットコム・バブル崩壊直後で他社も厳しい
状況だったがAppleの財務事情も悲惨だった(*)．
しかし、初代 iPodは構想から１年も経ずに
市場に登場する．
(*) Photo courtesy of Aaron Logan, wikipedia
初代iPod (2001年)
(*) 売上が前年度比33％も減少し、売上54億ドルに対し、
最終損失が2,500万ドルだった．

当時、既にMP3プレイヤーなるものは、市場に
何種類も存在、既に、消費者には広く知られて
いた．ただ、記憶メディアが高価で十数曲しか
保存できず、コスパが悪すぎた．
• Diamond Rioなど、既にMP3プレイヤーが何種類も市
場に存在、人々を啓蒙する必要はなかった．
• PortalPlayerが、MP3プレイヤー用のハードウェア
を提供するタイミングだった．
• Pixo社は、MP3プレイヤー用にOSを提供していた．
• iTuneの原型、SoundJam MPというアプリが存在．
• 東芝が1.8インチの小型ハードディスクを販売する
タイミングだった．

ハードウェアは、半導体スタートアップ(*1)が
作った設計をほぼそのまま、組込OS／ソフト
も他社製品を利用できた(*2)．
(*1) PortalPlayer社．iPodで成功し、NASDAQ上場を果たすが
2006年以降iPodでは使われなくなり、突如、経営危機に陥る．
2007年、Nvidiaが買収．
(*2) Pixo社のPixo OS．後にAppleはPixo OSを買い取り、非iOS
のiPod Nanoなどで使っている．一方、会社としてのPixoは2003
年にサン・マイクロシステムズが買収した．

iTuneの土台となるアプリも社外の技術者が
サイドビジネスで開発していた(*)．つまり、
MP3プレイヤーを低コストでサクッと開発
できるタイミングだった．
(*) 社外の技術者２名が開発した“SoundJam MP”というソフトを
技術者ごと買収、iTuneのベースとなった．ちなみに、２名の技
術者はAppleの社員となった(一人はVPへ)．

そして、何より、初代 iPodのコンセプト、
即ち「千曲の音楽をポケットに」のための
キー・デバイス、1.8インチで5GBの極小
HDDが利用可能になるタイミングだった．
(+) この時代、1.8インチで5GBは、同じサイズの半導体メモリー
の百倍、驚異的な大容量だった．初代 iPodがリリースされる僅か
半年前に東芝が出荷開始．

デジタル・ミュージックの使い方を啓蒙する
必要は、もはや、なかった．「1000曲の音楽
をポケットの中に」の啓蒙に集中できた．

2000年以降のAppleは、市場の開拓者ではない．
むしろ、知らぬ素振りで開拓者たちを泳がせ、
虎視眈々と新市場を研究、技術の進歩やコスト
の低下、顧客の認知度から参入時期を見積もり、
市場開拓者 Apple
MP3 Player
SaeHan (’98)
Diamond Rio(’98)
Audible(’98)
Sony(’99)
Creative(’00)
（他、多数）
iPod(’01)
Music Download
Site
MP3.com(’97)
Napster (’99)
Gnutella(’00)
Kazaa(’01)
… (*)
Sony bitmusic(’99)
iTune Music
Store(’03)
Smart Phone
i-mode製品(’99)
Danger Hiptop(’02)
WindowsMobile(’03)
BlackBerry(’03)
(他、Nokia, Palm)
iPhone(’07)
App Store
i-modeのiアプリ(’99)
Download Catalog(’02)
Handango(’03)
GetJar(’04)
AppStore(’08)
ネットPC
各社Netbookリリース
(’07)
iPad(’10)
(*) 多くは違法だったが
カッコ内が市場投入された年

その時が訪れると、開拓者達が作り上げた製品・
サービス・市場を華麗に再定義、再設計し、
後出しジャンケンで市場をひっくり返す．

昔のソニーも開拓者のイメージが強かったが、カラー
テレビでは大きく遅れて参入、後にトリニトロンと
呼ばれる技術で華麗に製品を再定義・再設計、市場
をひっくり返した．ソニーを徹底的に研究したジョ
ブズは、これをヒントに真似たのかもしれない．
No. We will only do great products.
We will only do high quality goods.
We will only do breakthrough technology.
~ 井深大、ソニー創業者
上記は、米国人記者に「ソニーは、早急にカラーテレビ市場に
参入せねばならない」と言われた時の返答．
http://afﬂictor.com/tag/masaru-ibuka/

タイミングの重要さはデジタルカメラの歴史を
振り返るとよく分かる(*)．本誌付録に「デジタ
ルカメラの歴史とタイミング」としてまとめた
ので、一読頂ければと思う．
(*) 筆者が大学でデジカメのアプリに関する研究をはじめたのが
1991年．その後、カメラメーカーでの勤務を含め、20年以上デジ
カメ畑を見てきた．デジカメ市場を選んだのは、単に私にとって
身近な市場であったからだ．が、他の多くの分野でも、時間軸の
長短はあっても、同様の歴史が繰り返されていると思う．

後出しジャンケンで市場を奪っても、それで
安堵していたら、他の誰かが、再び、後出し
ジャンケンで市場を奪いに来るだろう．

何故なら、『イノベーションとは、終わりなき、
ベター・ソリューションの探索』なので．
Innovation is the never-ending search for
better solution.
~ Andy Bechtolsheim

今日、最適であっても、明日、周囲のちょっと
した変動で、新たなベター・ソリューションが
生まれる隙間ができる．
成功は常に、その成功をもたらした行動を
陳腐化する。新しい現実を作り出す。

「こうして幸せに暮らしました」と言って
終わるのは、おとぎ話だけである。

〜ピーター・ドラッカー

イノベーションは、ある期間、市場の利益を
独占的にもたらすのであって、永遠ではない．

ただ、幸いにして人生は有限なので、その
期間、一度でもイノベーションを起こせば、
大きな満足を勝ち得るだろう．

イノベーションで注目すべきは『技術』
ではない．まずは、

何が富を生み出す『資源』なのか見極める．
それは、ユーザーの入力する言葉かもしれな
いし、自家用車ドライバーの空いた時間かも
しれないし、人々の虚栄心かもしれない．
『資源』は何か？見極める．
『資源』から富を効率的に生み出す仕組
み作りに集中する．
Right Problemを解くRight Solutionであ
ること．
Right Timingを知る．
状況が変われば、新しいRight Timingが
現れる．

厄介者かもしれないし、日頃、気付かない、
地味な存在かもしれない．何が富をもたら
すのか、その本質たる『資源』を見極め、
そこに光を当てない限り、経済学の概念で
あるイノベーションは生まれない．
ること．
現れる．

ること．
現れる．
ひとたび『資源』を見極めたなら、そこから、
いかに効率的に富を生み出すか、その仕組み
作りに邁進することだ．優先順位を間違えて
はならない．
まいしん

イノベーションが、Right Problemを解く
Right Solutionであることは、当たり前(*)で
あるが、それだけでなく、
ること．
現れる．
(*) 間違った問題設定(Wrong Problem)を解くRight Solution
開発に精を出しているケースが多々見られるが…

製品・サービスは、Right Timingで開発、
市場投入しないとイノベーションへは昇華
しない．
ること．
現れる．

それは、極めてコストの問題だろう．
ること．
現れる．

一年、あるいは、半年ズレるだけで開発や
製造のコストが大幅に下がることもあれば、
ること．
現れる．
(*) Googleのサーバー設計・開発、Facebookのサイト設計・
開発、顧客獲得、AppleのiPod、カシオのQV-10、等々

関連製品・サービスの登場で、顧客の商品
購買に対するコストパフォーマンスが急上
昇したり、何より、
ること．
現れる．
(*)‘95年にデジカメ市場が立ち上がった時はWindows95、
’98年にメガピクセル市場が立ち上がったのはインク
ジェットプリンタ、2000年に入ってからは、ブログや
SNSがデジカメの価値を押し上げた．

顧客への啓蒙活動を容易にし、最も訴えたい
訴求ポイントに啓蒙活動を集中できる．
ること．
現れる．
(*)Googleのクライアントへの検索連動型広告、Facebookの
実名登録、Apple iPodの千曲をポケットに、GoProのエクス
トリーム・アクション・ビデオ・フォトグラフィー、等々

イノベーションは『終わりなき、ベター・
ソリューションの探索』、長期的戦略なら、
チャンスは一度ではない．
ること．
時が経てば、新しいRight Problem、
Right Timingが現れる．

Steve Jobsが率いた最後の10年、Appleは市場
の開拓者ではなく、次なるRight Problemの
探索者であり、虎視眈々とRight Timingを測
り、その時が来ると革新的な製品、サービス
で市場全体を華麗に塗り替えた．

イノベーション創造で大企業に優位な点がある
とすれば、それは、次のRight Timingを長期的
視野で虎視眈々と狙えることだ．
ること．

時と共に変わりゆく技術や社会環境を注意
深く観察、新しいRight Problemを見つけ
出し、Right TimingでRight Solutionを創造、
市場投入する．
ること．

それは、社会の何かを刷新するだろう．
Re-deﬁne
Re-invent
Re-frame
Re-…
and make the world a better place.

そのために必ずしも特別な知識が
必要な訳ではない．
イノベーションとは、天才のひらめきではない．
仕事である．
ピーター・ドラッカー

イノベーションが受ける最高の賛辞は、人々がこう言うことだ．
『これは明白ではないか．私は、何故、�これに気付かなかったのだろう？』
− ピーター・ドラッカー

最後まで読んで頂き、ありがとうございました．
ちかふじりゅう
（2016年5月24日〜2017年7月18日）

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