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家族法のこれまでとこれから
――ハーグ条約問題などを素材に
2013.07.04 栃木県連合戸籍住民基本台帳事務協議会総会
於:宇都宮市役所
宇都宮共和大学 専任講師
吉良 貴之(法哲学)
jj57010@gmail.com
http://jj57010.web.fc2.com
1
今日の内容
「家族法」について、その基本的な役割や
歴史的なあり方、今後の課題などを考えます。
……とはいいつつ、法哲学的な偏り(?) が随所で
出るはずなので、家族法から考える法哲学、という
感じにも多少はなればと思います。
特に、① 家族の多様化、② 家族の国際化 にあたり、
具体的な話題をいろいろと素材にしつつ、家族法の
そもそもの役割に立ち返りながら考えていきます。
2
① 家族の多様化は、社会から個人を守る防波堤としての家族に
どう影響を与えるか?
② そこにおいて「家族法」には何が求められるか?
そもそも
「家族」って
そういうもの
なの?
家族とは?
社会秩序の最小単位
としての家族(ヘーゲル)
3
社会と初めて出会う場としての家族
→ 家族は他人の始まり?
家族(法)はなぜ必要か?
(1) 社会秩序形成の肩代わり
— 特定の家族モデルを「制度化」する理由
① 生殖と保育: 子育て
② 経済の基盤: 労働力の生産と育成
③ 性愛の秩序: 夫婦間に「封じ込める」
④ 教育の場 : 基本的な道徳から
⑤ 生活の保障: 相互の扶助義務
⑥ 自律の基礎: 保護、休息、情緒安定
→ どれも社会秩序にとって重要な関心事
→ 本来であれば国家が行う役割を肩代わり
4参考、二宮周平『家族法(第二版)』(新世社、2005年)、序章1
家族(法)はなぜ必要か?
(2) 紛争解決と弱者保護
— 家族法は家族を「つくる」ルールである一方…
— 家族で目に見える紛争になりやすいのは、
だいたい家族が「終わる」とき。
→ 離婚、親権、相続、…etc.
5
1. 家族を「つくる」ときの手続きとモデルの提供
2. 家族を「終わらせる」ときの紛争解決ルール
弱者保護が
必要
「終わらせる」ルールは実務的に十分に厄介だが、
「つくる」ルールは紛争が見えにくいぶん、また難題。
日本の家族法の歴史
— 1871(明治04)年 戸籍法の制定
→ 徴税・徴兵の必要性から
— 1898(明治31)年 明治民法の制定
→ 家制度の確立: 戸主の強い権限
— 1947(昭和22)年 改正家族法
→ 日本国憲法「個人の尊厳と両性の本質的平等」
→ 家制度の廃止
6
1889-1892年
「民法典論争」
仏、英、独...…長いごたごた
時代とともに変わる家族法
— 家族法には強行規定が多いとされるものの……
→ 柔軟に解釈・運用される場合も多い
→ 法は「生き物」: 社会の変化に対応
— 【例】「内縁」の「準婚」化
① 明文の規定なし、法的保護の対象外
② 「婚姻の予約」、不当破棄したら契約違反
③ 不当破棄の不法行為責任
④ 協力扶助義務、貞操義務、解消時の財産分与
7
判例・
通説の
変遷
第三者の法律関係に影響のある
相続権については一定の限界も。
解釈でできること、
できないこと…
家族法の現代的課題
(1) 選択的夫婦別姓―1
8
2013.5.29 MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130529/trl13052911460001-n1.htm
家族法の現代的課題
(1) 選択的夫婦別姓―2
9
2013.2.16 時事ドットコム
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201302/2013021600242
家族法の現代的課題
(2) 同性婚
10
2013.6.27 MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130629/trl13062921570004-n1.htm
家族法改正の沈滞
――ジェンダー保守化?
— 1996(平成08)年 民法改正案要綱
① 選択的夫婦別姓の導入
② 非嫡出子の相続差別を撤廃
③ 女性の再婚禁止期間を100日に短縮
④ 5年以上の別居で離婚を認める ……など。
→ 「家族の崩壊」を恐れる保守派からの根強い
反対のため頓挫しているとされるが……
→ 選択的夫婦別姓などは、支持率も頭打ち。
11
②は違憲判決が
出るかも…?
一方で「進展」する分野も?
――立法による対応の例
— 2002年 ドメスティック・バイオレンス防止法
→ 「家庭の問題」に法が積極介入
→ 強姦罪の非親告罪化への流れも
— 2003年 性同一性障害者特例法
→ 戸籍上の性別変更を認める
12http://www.shikoku-np.co.jp/national/life_topic/20030710000533
危うさはある
ものの…
ハーグ条約の批准と今後の家族法 (1)
――「家族観」も「世界標準」に?
— ハーグ条約:
国際結婚の破綻において、相手方の承認を得ずに国外に連れ出
された子を、それまで住んでいた国に連れ戻す手続きを定める。
13
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130615/plc13061520260015-n1.htm
ハーグ条約の批准と今後の家族法 (2)
――いくつかの課題
【前提】
子の利益を判断するのに適しているのは、それまで
住んでいた場所。 …本当か?
【課題】
— 国内法の整備がいろいろ必要? 例)離婚後の共同親権
— 前提の非現実性? → DV被害の場所に連れ戻される…
→ サボイ事件 (2011年)
ハーグ条約自体は各国の家族法に変革を迫るものではないが、
現実には国際的な統一ルールの形成が不可避?
14
各国で異なる「(法)文化」としての
家族はどこまで守られるべき?
まとめ: 多様化のなかの家族
――「公序」とのバランス
— 多様化する「家族」はどこまで
法的に認められる(べき)か?
→ 一定の「安心できるモデル」を提供することによる
秩序形成機能もあり……。
→ 「選択的」夫婦別姓への反対が根強い理由は……
→ 「繭」は多様化に耐えられるか?
15
① 国家・社会から、個人を守るものとしての家族
② 個人を抑圧するものとしての家族
③ 多様な関係形成を抑圧する「特定の」家族モデル
家族の「多様化」と
個人の保護は微妙な
関係にある。

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