法哲学カフェの実践と可能性
     2012年11月17日
 科学技術社会論学会ワークショップ
  日本のサイエンスカフェの変容


          ⼩林史明(明治大学)
          吉良貴之(常磐大学)
本発表の内容


∗ 「法と科学の哲学カフェ」「法哲学漫談」の
   実施状況の紹介

∗ 「法哲学」的な対話のあり方とカフェの理念

∗ 原理的な懐疑がもたらす「笑い」
「法哲学カフェ」って?


∗ 法哲学専攻の人が話題提供。

∗ 哲学の原理的問題と、現実の社会制度の根幹としての
  「法」との「両にらみ」「往復運動」

∗ とりあえず極端なことを言いたがるので、
  自然とおかしなことになってくる。
                   まず否定する、だめな
                    コミュニケーション
概要


∗ JST-RISTEX研究プロジェクト「不確実な科学的状況での
 法的意思決定」のアウトリーチ活動の一環。

∗ 「法と科学」の問題を、理論的なものから具体的なもの
 まで幅広く、そして面白おかしく話題に。

∗ 東京など大都市圏だけでなく、地方でも巡業開催。
法哲学カフェ実施記録


1.   「合理性の衝突」、2010.12.19 東京
2.   「Science at the Bar」、2011.12.2 京都市
3.   「科学論の「第三の波」と法哲学」、2012.3.30 東京
4.   「震災後のコミュニケーションにみる「事実」と「価値」」、
     2012.4.22 千葉市
5.   「科学が安全を保証するか・法は安全を保証するか」、2012.6.10
     大分市
6.   国際シンポジウム「科学の不定性と社会」アフターカフェ、
     2012.8.26 東京
              この後も、仙台市、水戸市などで開催予定
実施風景(1)




                      左から
                    吉良、小林、立花



∗ 若い2人がへらへらしながら、互いの悪口を言い合っている。
実施風景(2)




       ←放置の
        放置の        ↑ このへんで
                     このへんで
       話題提供者      盛り上がっている
        2名




 ∗ 話題提供者そっちのけで議論が進んでいる。
 ∗ ひたすら食べて飲む自由な人もいる。
通常の「哲学カフェ」との違い


∗ 話題提供者を複数にする

∗ 片方が一応進行していくが、他方が途中で
  どんどん「ツッコミ」を入れて話の腰を折っていく

∗ すると…参加者も真似して、いろいろ言うようになる
法哲学的対話の例

小林「人権とかそういう法的概念はね、社会的に構成されたもので…」
吉良「んなわけないでしょ、正解あるよ。そういう相対主義は悪質。滅びろ」
小林「どこに正解あるっていうんですか」
吉良「天に書いてあるから、人間はそれを読むんです」
小林「またそういうわけのわからんことを。吉良さん、それ見えるんですか」
吉良「見えないけど、理想状態を考えればよい。物理法則と一緒だから」
小林「いやいや、法は人間いないとないでしょ。物理とは違う」
吉良「人間は関係ないんじゃない。たまたま生まれてきたら法を見つけるだけ。現に
   さ、人権とか人類で共通してるのは正解があるからというのが合理的」
小林「だいたい共通だからって、唯一の正解があるとか飛躍でしょ」
吉良「じゃあ、人類はものすごく正しいかものすごく間違ってるかのどっちかか」
そうするとどうなるか?


∗ 用意していた話題からどんどんズレていく

∗ 参加者どうしで勝手に議論が盛り上がったりもする

∗ 結局、話題提供者が誰なのか、よくわからないことに
 なったりもする。
メリット


∗ 参加者はしゃべりたい放題なので、満足度が高い

  → カフェに来る人はとにかく 「しゃべりたい」

∗ 話題提供者からの一方的な知識伝達という「講演会」
 方式にはならない
 → 「知識勾配」による権威化を避け、フラットな対話へ
デメリット?


∗ 議論が拡散し「結論」「メッセージ」がはっきりしなくなる
∗ しゃべりたい人がたくさんいるため、手短な発言が理想
 となるが、誰でもそれができるわけではない
∗ 時間管理が難しくなる
∗ 若いのが笑いながらやっているため、どうもふまじめに
 思われやすい (-_-;)
話題提供者は……


∗ 置いてけぼりにされるので、さみしい。

∗ 持論を展開してすっきりするわけにもいかない。

∗ 流れやニーズに臨機応変に対応するスキルが必要。

「講演会」「講義」スタイルに慣れている研究者には
負担が大きくなるかもしれない。
考えるきっかけへ


∗ 「結論」「メッセージ」を無理にまとめない

∗ むしろ、「ツッコミ」で多様な考え方の可能性を
  浮かび上がらせるのが大事。
「何か言いたい」層の増加


∗ 都会・地方で盛り上がり方はあまり変わらない

→ 3.11以後、法や科学について「何か言いたい!」層が
 全国的に確実に増えていると実感
→ 「言う場所」が意外と少ない?

→ 「場を設定すること」の意義
「結論」は必要か?


∗ 「結論」「メッセージ」が提示されないことへの不安の声も
∗ 断言してもらうことでの安心感もあるのだが……
→ むしろ、不安になってもらうことが目的
→ あとで考えるきっかけとしての不安(もやもや)
→ 話題提供者は種まきに徹し、家庭、職場、友人関係
  といった場面での開花を期待
まとめ……てはいけない


∗ 「まとめないこと」から始まる思考

∗ あまりに根源的な疑いから生じる「笑い」

∗ 「笑い」がもたらす緊張感の緩和、新しい世界の見え方

3.11以後の科学コミュニケーションを覆う「怒り」や
「悲しみ」に、法哲学的対話の「笑い」はどこまで有効か?
ご清聴ありがとうございました。



∗ 小林 史明 (こばやし・ふみあき)   ※発表者

 明治大学大学院博士後期課程、法哲学専攻
 「法と文学」など、法学における人文学的想像力の役割を
 考察している。

∗ 吉良 貴之 (きら・たかゆき)
 常磐大学嘱託研究員、法哲学専攻
 「世代間正義論」「法と時間」など「時間」に関わる問題を
 法理論・正義論に組み込もうとしている。

2012.11.17 科学技術社会論学会 (総研大)