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別府大学国際言語文化学科
日本語教育研究センター
准教授 篠﨑 大司
12章 言語教育法
・実技(実習)2
12.1 実践的知識・能力
-レベル別文型指導法
Copyright(c) Daishi Shinozaki All rights reserved.
本セクションの目的
これまで何度となく述べてきましたが、とりわけ初級に
おける文型指導は、授業の中心をなすほど非常に重要な位
置を占めています。また、中級以降においても文型指導は、
4技能すべての教育に関わる重要な指導項目です。実際、
1つの文型を覚えれば、それに多種多様な語句を入れ替え
ることによって表現の幅が広がるわけですから、文型の習
得は非常に効率的な言語学習であるということができます。
本セクションでは、各レベルに応じた文型の指導方法に
ついてみていきます。
12章 言語教育法・実技(実習)2 12.1 実践的知識・能力―レベル別文型指導法
Copyright(c) Daishi Shinozaki All rights reserved.
初級の文型指導
初級で扱う文型の内容と特徴
初級で扱う主な文型をあげると下の表のようになります。主な特徴として
は、文の種類(名詞文、形容詞文、動詞文)、格助詞、動詞の活用形とそれ
に関連するモダリティ表現、テンス、アスペクト、ヴォイスなど、伝達の骨
格に関わる文法事項が多いという点をあげることができます。
12章 言語教育法・実技(実習)2 12.1 実践的知識・能力―レベル別文型指導法
Copyright(c) Daishi Shinozaki All rights reserved.
初級で扱う文型例
文の種類(名詞文、形容詞文、
動詞文)
指示詞(現場指示用法) 時間、日時の言い方
テンス(名詞文、形容詞文、
動詞文のマス形過去)
連体修飾(~の~) 補助動詞(~ていく、~てく
る、~てみる、など)
存在文(~に~があります) 助詞(格助詞、取りたて助詞、
並列助詞、終助詞、など)
時間関係の表現(~まえに、
~てから、~た後で、など)
動詞の活用(ナイ形、マス形、
辞書形、テ形、タ形、など)
助数詞(~人、~台、~本、
~個、~冊、和語系、など)
授受表現(~てあげる、~て
もらう、~てくれる、など)
アスペクト表現(~ている、
~てある、~ておく、など)
ヴォイス表現(受身、使役、
使役受身、可能)
モダリティ表現(~だろう、
~ようだ、~はずだ、など)
「なくて」「ないで」 依頼・勧誘表現(~てくださ
い、~ませんか、など)
敬語(お~する、お~になる、
~(ら)れる、など)
初級の文型指導の特徴と留意点
初級の文型指導は、「11.1 実践的知識・能力(1)-初級の指導法」で
述べたとおり、新出文型の導入から文型練習(パターン・プラクティス)、
そしてコミュニカティブ活動という一連の指導の中で行われます。当然のこ
とながら、学習者の日本語力は極めて限定的なので、最初は絵カードやレア
リア、あるいは教師のジェスチャーなどを駆使しながら、文脈(コンテキス
ト)を通して新出文型を提示します。ここでいう文脈(コンテキスト)とは、
「新出文型を使わざるをえない状況」という意味です。例えば、動詞の命令
形/禁止形の導入であれば、下のような絵カードによって学習者にコンテキ
ストを提示しながら、(1)のように導入して
いきます。(Tは教師。Sは学習者。)
(1)T:先生は、学生に何と言いますか。
S:起きてください。寝ないでください。
T:皆さん、優しいですね。もっと強く
言います。
S:……。
T:寝るな! 起きろ!
S:寝るな! 起きろ!(コーラス)
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命令形/禁止形導入用
絵カード(筆者作成)
この後、右にあるような動詞の文字カードを使っ
た命令形/禁止形の活用形の練習、文型練習(パ
ターンプラクティス)、コミュニカティブ活動へと
進んでいくわけです。
初級の新出文型を導入する際の留意点をあげると
(2)のようになります。
(2)1.文型の文法的性質を十分反映した導入を
すること。
2.文脈(コンテキスト)は、できるだけシンプルで直感的に分かり
やすいものであること。
3.絵カードは、必要十分な情報を含んでおり、かつ分かりやすく、
親しみやすいものであること。
4.教師の言葉に未習語彙や未習文型を含まないこと。
5.文型を強調するあまり、不自然な発音にならないこと。
これらについて、先の命令形/禁止形の導入に当てはめて考えてみましょ
う。
まず1については、「~てください」や「~なければなりません」よりは
12章 言語教育法・実技(実習)2 12.1 実践的知識・能力―レベル別文型指導法
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文字カード:動詞
るかに強い語調で言っている場面を提示する必要があります。この場合、怒
りが頂点に達しているという演出(教師の顔の表情、全身が震えている、こ
ぶしを握っている)によって、それを表しています。
2については、学習者の日常生活のワンシーンを文脈(コンテキスト)に
選ぶということが重要です。彼らが日ごろどういう場面で命令形や禁止形に
触れるかを想像し、できるだけ具体的な状況をコンテキストとして取り上げ
ると、余計な説明をしなくても学習者は直感的に理解します。
3については、必要な情報が盛り込まれていなかったり、逆に必要以上に
情報が盛り込まれていたりすると、文型の意味をうまく学習者に伝えること
ができません。上手な絵を描くのではなく、絵を通じて必要充分な情報を伝
える、ということが大切です。詳しくは、「描画の技術」で述べます。
4については、教案作成の際に教師の発話を紙面上にすべて書き上げ、未
習語彙・文型がないかテキストを参照しながら逐一チェックする必要があり
ます。例えば、先の導入例の教師の発話の中に「先生は、学生に何と言いま
すか。」がありますが、これは「~と言います」が既習文型であるというこ
とが前提になっています。もし、この表現が未習であれば「先生は、学生に
何を言いますか。」といった言い方に差し替えなければなりません。
5については、例えば格助詞の導入の際に、格助詞を強調するあまり
「ラーメンをぉ⤴、はしでぇ⤴ 食べます。」のように言ってしまうと、まじ
めな学習者であればあるほどその発音を忠実に再現し習得してしまいます。
12章 言語教育法・実技(実習)2 12.1 実践的知識・能力―レベル別文型指導法
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初級の文型指導法
これまで文型練習(パターンプラクティス)については、「初級の指導
法」で、またコミュニカティブ活動については、「レベル別会話指導法」で
述べてきました。ここでは、新出文型の導入のうち既習文型からスライドさ
せて提示する方法、そして、学習した文型の理解と定着を図るためのタスク
シートを使った活動について紹介します。
まず、既習文型からスライドさせて提示する方法の例として、可能動詞
(例:書ける)の導入をあげることができます。具体的には、まず既習文型
である「~ことができる」で例文を提示します。「~ことができる」が既習
文型にあたるかどうかは、事前に主教材を確認する必要があります(例えば
『みんなの日本語』では、可能動詞は第27課、「~ことができる」は第18課
で扱います。)。例えば、下の板書例のように「~ことができる」を含んだ
文の下に、可能動詞で言い換え
た文を板書し、2文が同じ意
味であることを示したうえで、
上のヲ格が下ではガ格になる
こと、「作れる」が可能動詞
であること示します。後は、
絵カードを使って可能動詞を
含んだ文を2~3例ほど導入
12章 言語教育法・実技(実習)2 12.1 実践的知識・能力―レベル別文型指導法
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わたしは キムチを つくることができます。
わたしは キムチが つくれます。
可能動詞導入の際の板書例
すれば、可能動詞の導入は完了です。このように学習者の既有知識を利用す
ることは、授業をよりわかりやすく、かつ効率的に進められるだけでなく、
既有知識を復習する機会を与えることにもなり、非常に有効です。
次に、学習した文型の理解と定着を図るためのタスクシートを使った活動
です。例えば、先の可能動詞の作り方を定着させるものとして、下のような
タスクシートを使って指導することが考えられます。この際、漢字は総ルビ
で、学習者の解答はひらがなだけでもよしとする、といった配慮が必要です。
12章 言語教育法・実技(実習)2 12.1 実践的知識・能力―レベル別文型指導法
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1グループ 2グループ 3グループ
書きます 書ける 見ます 見られます します
読みます 寝ます 来ます
走ります 着ます 運転します
話します 起きます 参加します
飲みます 食べます
聞きます 降ります
直します 換えます
タスクシート例:可能動詞の作り方
初中級の文型指導
初中級で扱う文型の内容と特徴
初中級で扱う主な文型をあげると下の表のようになります。主な特徴とし
ては、例えば、「~たがっている」(初級では「~たい」)、「~のは、~
からだ」(初級では「~から、~」)のように、初級で扱った文型をさらに
発展的な形で提示しているものが多いという点をあげることができます。
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初中級で扱う文型例
「~という~」(『こころ』とい
う本。)
「~てばかりいる」
「はずだ/はずだった/はず
がない」
状態を表すタ形(例:眼鏡をかけ
た人。)
「~のは、~からだ」 「~がちだ/~ぎみだ」
「~たがっている」「~てもらい
たい」
「~おかげで/~せいで」 自動詞/他動詞
「~まま/~ままに/~ままで」
使役の用法(誘発、介護、
放任、放置、原因など)
「~のようだ/~のような/
~のように」(比喩)
「~のような~をしている」
(例:鷹のような眼をしている)
「~ことにする/ことにな
る」
「~と~/~ば~/~たら~
/~なら~」(条件表現)
「~ずに~」
「ものだ」「ことだ」「わ
けだ」「べきだ」
「~うちに/~あいだに」
初中級の文型指導の特徴と留意点
初中級の文型指導は、「初中級の指導法」で述べたとおり、文型、例文、
意味、構文を提示して理解を促すのが基本です。例えば、「~たがってい
る」を導入する際には、(3)のように行いながら、あわせて例文などを板
書していきます。この際、授業では「既習事項は学習者から引き出し、未習
事項は教師が提示する。」を徹底しながら、常に学習者とのインターアク
ションを心がけることが大切です。(Tは教師。Sは学習者)。
(3)T:今日は「~たがっています」を勉強します。(←新出文型の提示)
例えば、「私は水が飲みたいです。」は勉強しましたね。(←既
習事項の提示)この時「私」が「彼」になったらどうなりますか。
S:彼は水が飲みたいです?
T:いいえ、「私」は「彼」ではありませんから、「彼」が本当に水
が飲みたいかどうか、分かりませね。では、どうしましょうか?
(←既習事項の限界を提示。)
S:???
T:この時、「彼は水を飲みたがっています。」といいます。(←例
文の提示。板書。)意味は、「~したいようです」です(←意味
の提示。)
この時、「私」は「彼」や「山田さん」などになります。「が」
12章 言語教育法・実技(実習)2 12.1 実践的知識・能力―レベル別文型指導法
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は「を」になります。そして、
「ほしいです」が「ほしがって
います」になります。(←構文
の提示、説明。)
S:先生、「あなた」の時は、どう
しますか。
T:「あなた」の時は、その人に
「水がほしいですか。」と聞く時使います。(←補足説明。)
以上を踏まえ、初中級の新出文型を導入する際の留意点をあげると(4)
のようになります。
(4)1.文型、例文、意味、構文をしっかり提示して理解を促すこと。
2.「既習事項は学習者から引き出し、未習事項は教師が提示す
る。」を徹底しながら、常に学習者とのインターアクションを心
がけること。
3.語彙のコントロールに注意すること。ティーチャートークは、初
級の文型、語彙、表現の範囲で行うこと。
4.説明(特に構文の説明)は、シンプルかつ必要な情報を提供する
こと。また、例文は学習者にとって身近な話題を取り上げること。
12章 言語教育法・実技(実習)2 12.1 実践的知識・能力―レベル別文型指導法
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~たがっています
私は 水が 飲みたいです。
彼は 水を 飲みたがっています。
「~たがっています」板書例
初中級の文型指導法
初級中の文型指導法については、先の指導の特徴と留意点の項でも述べま
したが、ここでは、類似文型の指導法として「~うちに/~あいだに」の違
いの指導法についてみてみましょう。両者の意味・用法のポイントをあげる
と(5)のようになります。
(5)1.いずれも「~という期限までに~する」という意味を表す。
2.従って「~うちに~」「~あいだに~」の後件には状態を表す動
詞は来ない。
(例:*兄が外出している(うちに/あいだに)私は家にいた。
*は非文を表す。)
3.両者の際立った違いは、「~うちに」は前件に否定表現を取れる
が、「~あいだに」はそれができない点にある。
(例:誰も気づかない(うちに *あいだに)部屋から出る。)
従って、「~うちに/~あいだに」の違いを指導する場合、(6a)(6
b)のような例文を出して、両者の異同を確認するといいわけです。
(6a)みんながテレビを見ている(うちに あいだに)部屋から出る。
(6b)誰も気づかない(うちに *あいだに)部屋から出る。
12章 言語教育法・実技(実習)2 12.1 実践的知識・能力―レベル別文型指導法
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中級の文型指導
中級で扱う文型の内容と特徴
中級で扱う主な文型をあげると下の表のようになります。このレベルにな
ると、ほぼ文末表現か接続表現のいずれかに集約されます。主な特徴として
は、「もの」「ところ」「こと」「わけ」など、形式名詞を含んだ表現が多
い点をあげることができます。
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中級で扱う文型例
「~あげく/~あげくに」
「~ところを/~ところへ/
~ところに」
「~ほどだ/~ほど/~ほど
の」
「~かねる/~かねない」
「~ないことはない/~ない
ではいられない」
「~向きだ/~向けだ」
「~からいうと/~からいえ
ば/~からいって」
「~に対して/~について/
~にとって/~によって」
「~もの/~ものがある/~
ものか/~ものだ」
「~っけ/~っこない/~っ
ぽい/
「~に反して/~一方で/~
反面」
「~ものだから/~ものなら
/~ものの」
「~ことか/~ことから/~
ことだ/~ことだから」
「~に沿って/~に伴って/
~に基づいて/~のもとで」
「~わけではない/~わけに
はいかない/~わけがない」
「~というものだ/~という
ものではない」
「~に違いない/~に相違な
い」
「~を中心に/~をはじめ/
~をめぐって」
中級の文型指導の特徴と留意点
中級の文型指導は、基本的には初中級と同様、文型、例文、意味、構文を
提示して行います。ただし、中級以降になると扱う語彙数や技能別学習活動
のバリエーションなど、初中級に比べて学習量がかなり増えますので、より
短い時間でより多くの文型を扱えるよう、効率的に授業を進める必要がりま
す。また、このレベルの文型であれば、ただ知識として知っているというだ
けではなく、ある程度の運用能力も習得させる必要があります。従って、初
級や初中級と同様、文型導入だけでなく、知識の確認と定着を図るタスクに
加え、短作文など運用力を高める活動も行います。
また、文型の意味は、当該文型と最も意味が近い既習文型・表現に言い換
えて提示するわけですが、その際、新出文型と既習文型の意味・用法の違い
についても触れる必要があります。例えば、中級レベルの文型である「にか
ぎらず」は、「だけでなく」という表現とよく似ていますが、下の(7a)の
ように両方使える場合もあれば、(7b)のように「~だけでなく」しか使え
ない場合もあります。
(7a)今回のテストでは、山田君( にかぎらず だけでなく )クラス
の学生全員成績がよかった。
(7b)太郎( *にかぎらず だけでなく )次郎も、警察官の道に進ん
だ。
12章 言語教育法・実技(実習)2 12.1 実践的知識・能力―レベル別文型指導法
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このような違いが出る理由は、「AにかぎらずB」は、対象となる母数の
構成員が3以上((7a)の場合、山田君+クラス全員が3人以上。)という
条件のもと、「候補として最上位にあるAはもちろん、それだけでなく全員
(=B)~だ」という意味を表す文型だからです。従って、文型を導入する
際には、学習者が正しく使い分けられるよう、そうした情報もあわせて提示
する必要があります。なお、具体的な指導法については、次の項で説明しま
す。
以上を踏まえ、初中級で示した項目に加えるべき中級の文型指導の留意点
は(8)のようになります。
(8)1.文型の意味の説明は、既習文型・表現を使ったより易しい言い方
に置き換えて提示する。
2.その際、新出文型と既習文型・表現との意味・用法の違いについ
ても触れること。
また、指導上特に注意すべきポイントをあげると(9)のようになります。
(9)1.形式名詞を含んだ文型の意味・用法
例:「こと」:ことか/ことから/ことだ/ことだから/ことな
く/ことに/ことには/ことになっている/ことはない/
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ということだ/ないことはない、など。
2.言語形式と意味内容が矛盾している文型
例:「かねる/かねない」:「かねる」は動詞肯定形であるが、
意味は「~できない」、「かねない」は否定形であるが、意
味は「~の可能性がある」。しかも両者の意味は非対称であ
る。
3.類似文型の用法差
例:「ものだ/ことだ/わけだ/はずだ/べきだ」
「とともに/に応じて/に関して/にしたがい/に沿って/
につれて」
4.否定を含んだ文型の意味・用法差
例:ざるをえない/ずにはいられない/てしょうがない/てたま
らない/てならない/どころではない/ないではいられない
/にほかならない/よりほかない」
5.古語を含んだ文型の意味・用法
例:「がたい/まい/まいか」
以上のポイントは、学習者にとってもスムーズに習得できないものですの
で、とりわけしっかり指導する必要があります。
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中級の文型指導法
ここでは、中級文型の導入例として「にかぎらず」をあげます。先の分析
を踏まえ、概ね(10)のように提示するといいでしょう。
(10)T:では、「~にかぎらず」を勉強します。(←新出文型の提示)
例えば、「今回のテストでは、山田君にかぎらずクラスの学生全
員成績がよかった。」(←例文の提示。)
S:(例文コーラス)
T:この時、「~にかぎらず」の意味は何ですか。
S:だけでなく?
T:そうですね。この時は、「~だけでなく」にすることができます。
「~にかぎらず」と「~だけでなく」は同じ意味です。(←意味
の仮提示)
ですが、使い方が少し違います。例えば、この例文の時はどうで
しょう。(例文「太郎( にかぎらず だけでなく )次郎も、
警察官の道に進んだ。」を板書。)どちらが正しいでしょうか。
S:にかぎらず??
T:いいえ、この時「~にかぎらず」は使えません。どうして?
S:???
T:(「~にかぎらず」の例文を指して)クラスは何人いますか。
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S:???たくさんいます。
T:そうですね。(太郎…の例文を指して。)では、こちらは?
S:「太郎」と「次郎」の2人だけです。
T:そうですね。つまり、「~にかぎらず」は「~だけでなく、他の
人もみんな~だ」という意味なんですね。(←意味の再提示。)
以上のように、文型の意味を学習者から引き出す、そして両者の違いを類
推させる、その過程の中で学習者の理解にそって文型の意味を2段階で提示
するようにすると、文型の理解もスムーズに進み、また学習者の積極的な授
業参加を促すことができます。
12章 言語教育法・実技(実習)2 12.1 実践的知識・能力―レベル別文型指導法
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「~にかぎらず」の板書例
~にかぎらず
今回のテストでは、山田君 にかぎらずクラスの学生全員成績がよかった。
名詞 ≒だけでなく、ほかの人もみんな
太郎( にかぎらず だけでなく )次郎も、警察官の道に進んだ。
また、文型定着のためのタスクの例として、(11)のような組み合わせ式
の問題をあげることができます。以下のような組み合わせ式のタスクによっ
て、意味・用法がよく似た接続表現をまとめて整理することができます。
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中級文型を扱った組み合わせ式のタスク
例)右と左を正しく結びなさい。
(1)大学通りに沿って ・ ・ 将来の進路が大きく変わる。
(2)留学生にとって ・ ・ 議論されているが、まだ結論は出
ていない。
(3)試験の結果によって ・ ・ 食べ物を売る店が並んでいる。
(4)10年にわたって ・ ・ 日本語の勉強は大変だ。
上級の文型指導
上級で扱う文型の内容と特徴
上級で扱う主な文型をあげると下の表のようになります。基本的には中級
同様に文末表現と接続表現からなります。主な特徴としては、否定を含んだ
表現(とりわけ二重否定表現)が多い点、古い言葉を含んだ格式ばった表現
が多い点、やや回りくどい言い方が多い点をあげることができます。
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上級で扱う文型例
「~いかんだ/~いかんで/
~いかんでは/~いかんに
よっては/~いかんによらず
/~いかんにかかわらず」
「~ずにはおかない/~ずには
すまない/~ないではおかない
/~ないではすまない/~ない
ものでもない」
「~なくして/~なくしては
/~なしに/~なしには」
「~にあたらない/~にかた
くない/~を禁じ得ない」
「~かたがた/~がてら/~
かたわら」
「~たところで/~としたとこ
ろで/~といったところだ」
「~にたえる/~にたえな
い」
「~極まる/~極まりない」
「~を皮切りに/~を皮切りに
して/~を皮切りとして」
「~を余儀なくされる/~を
余儀なくさせる」
「~ごとく/~ごとき」
「~といい、~といい/~つ、
~つ/~なり、~なり」
「~んがため/~ゆえに/~
んばかりに」
「~ではあるまいし」 「~ながらに/~ながらも」
「~にあって/~にして/~
をもって/~をおいて」
上級の文型指導の特徴と留意点
上級の文型指導の手順は、扱う文型が異なるものの基本的には中級の文型
指導と同じです(ですので、上級の文型指導法は割愛します。)。そこで、
ここでは上級文型の指導上特に注意すべきポイントを(11)にあげます。
(11)1.形式名詞を含んだ文型の意味・用法
例:「ところ」:ところを/としたところで/というところだ/
2.二重否定構文の意味・用法差
例:ずにはおかない/ずにはすまない/ないではおかない/ない
ではすまない/ないものでもない/を禁じ得ない
3.類似文型の用法差
例:「そばから/なり/や(否や)/を皮切りに」「の至り/の
極み」「を余儀なくされる/を余儀なくさせる」
4.反事実・仮定を述べた文型の意味・用法
例:が最後/ではあるまいし/ないまでも
5.古語あるいは格式ばった表現を含んだ文型の意味・用法
例:たる/に足る/べからず/まじき/んがため/んばかりだ
6.同じ語彙の肯定形・否定形でありながら同じ意味をなす文型
例:「極まる/極まりない」(いずれも「非常に~だ」という意
味。)
12章 言語教育法・実技(実習)2 12.1 実践的知識・能力―レベル別文型指導法
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以上、レベル別文型指導法について見てきました。
文型の指導というのは、初級から上級に至るまで日本語指導の中心を担う
非常に重要な部分です。それは、人間の体で言えばまさに背骨にあたると
言っていいでしょう。それだけに、文型の指導がしっかりしていなければ、
読解、聴解、会話、作文など、全ての指導に大きく響いてくるといっても過
言ではありません。逆に、文型指導をしっかりマスターすれば、あらゆるレ
ベルのあらゆる科目で安定的に授業を行うことができるようになります。文
型マイスター目指して、しっかり精進していただきたいと思います。
12章 言語教育法・実技(実習)2 12.1 実践的知識・能力―レベル別文型指導法
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参考文献
庵功雄・高梨信乃・中西久美子・山田敏弘(2000)『初級を教える人のための日
本語文法ハンドブック』スリーエーネットワーク
石山恵子・山本忠行・鈴井宣行・山岡政紀(2004)『日本語2ndステップ[改訂
版]』白帝社
国際交流基金・日本国際教育協会(2002)『日本語能力試験出題基準〔改訂
版〕』凡人社
スリーエーネットワーク(2012)『みんなの日本語 初級Ⅰ〔第2版〕本冊』
スリーエーネットワーク
スリーエーネットワーク(2013)『みんなの日本語 初級Ⅱ〔第2版〕本冊』
スリーエーネットワーク
平井悦子・三輪さち子(2004)『中級へ行こう 日本語の文型と表現59』スリー
エーネットワーク
12章 言語教育法・実技(実習)2 12.1 実践的知識・能力―レベル別文型指導法
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