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細胞培養と遺伝子改変植物



              絵とき植物生理学入門 3.2
                     担当:伊藤


12年4月22日日曜日
細胞培養の歴史
   •   挿木の技術は古代から知られていた(※)
   •   1665年、Robert Hookeが細胞(細胞壁)を発見。
   •   1892年、Klerchkerがプロトプラストを機械的な方法で分離。
   •   1902年、Haberlandtが遊離細胞の培養を試みる。分化全能性の概念を提唱。
   •   1910年、E. KüsterがKlerchkerの方法で得たプロトプラストで細胞融合を観察。
   •   1926年、Wentがオーキシンの存在を示唆。
   •   1931年、KöglがオーキシンとしてIAAを分離、同定。
   •   1935年、Whiteがトマト根の長期継代培養に成功。
   •   1939年、R. J. Gautheret(仏)、P. Nobécourt(仏)、White(米)がそれぞれ独立に植物組織の培養に成功。
   •   1953年、WatsonとCrickによるDNAの分子構造決定。
   •   1954年、Muir、Hildebrandt、Rikerにより遊離細胞の培養が成功。
   •   1955年、Skoogらがカイネチン(サイトカイニンを発見。1926年のWent、1931年のKöglの研究で発見されていたオーキシン
       (IAA)と組み合わせ、器官分化の研究が盛んに。
   •   1958年、Stewardらがニンジンの単細胞から個体を再生。
   •   1960年、Cockingが酵素を用いたプロトプラスト作成法を考案。プロトプラストを用いた研究が盛んに。
   •   1962年、MurasigeとSkoogによるMS培地の考案。
   •   1967年、GellertらがDNAリガーゼを発見。
   •   1970年、Smithらが制限酵素を発見。
   •   1970年、マンデルと比嘉が塩化カルシウム法による細胞へのDNA導入法を考案。
   •   1972年、BergとKaiserが2分子のDNAから1分子環状DNAを作成。
   •   1973年、BoyerとCohenが制限酵素、DNAリガーゼにより切断・連結した2種類のプラスミドを大腸菌に導入し、形質を
       転換。組換えDNA技術が確立される。
   •   1974年、KaoらとWallinらが独立にポリエチレングリコールを用いた高率の細胞融合法を考案。細胞融合の研究が急速に進
       む。
   •   1983年、Zambryskiらがアグロバクテリウム法により遺伝子組換えタバコを作出する。
   •   1994年、遺伝子組換え作物としてトマトのFlavr Savrが米カルジーン社より発売される。

                      ※ asahi.com: イチジクが最古の作物?米ハーバード大研究班が発表http://www.asahi.com/science/news/JJT200606020004.html

12年4月22日日曜日
胚と不定胚
  • 胚:種子の中にあり、小さな葉、

     根を含んでいる。

  • 不定胚:培養細胞塊に適当な比率
                         http://www.fukuoka-edu.ac.jp/~fukuhara/keitai/2-1.html

     のオーキシン、サイトカイニンを
     与えると得られる胚と同様な器
     官。機能も胚と同様で完全な植物
     体に再生できる。

                       http://www8.ocn.ne.jp/~rinse-21/page8/jyouhou18.3.htm



12年4月22日日曜日
プロトプラスト
  • 細胞壁がない状態の細胞のこと


  • 現在では細胞壁分解酵素を使って作る

     方法が一般的

  • 1892年にJ. Klerckerが作り出した方法は原

     形質分離させた後に絞り出すというや       http://www.sho-oh.ac.jp/blog_old/bio/2008/10/no306.html



     り方


12年4月22日日曜日
カルス
  •   未分化細胞の塊

  •   植物の切断面に形成され、永続的な培養
      が可能

  •   適当な比率でオーキシン、サイトカイニン
      を与えることでも作成できる(脱分化)

  •   オーキシンとサイトカイニンの比率によ
                            http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%82%B9_(%E6%A4%8D%E7%89%A9)


      り様々に再分化するが、一般的にはオー
      キシンが多ければ不定根が、サイトカイ
      ニンが多ければ不定芽が分化する。


12年4月22日日曜日
葯培養
 •   葯に含まれる花粉は半数体なの
     で、葯を培養して作り出した植物
     も半数体になる。

 •   半数体をコルヒチン処理で倍加す
     ると元の2倍体の植物になるが、こ
     のとき全ての遺伝子がホモになる    http://www.agri.hro.or.jp/center/kankoubutsu/hagres/no01.htm



     ため、形質が完全に固定される。

 •   イネの育種への応用が有名。



12年4月22日日曜日
植物への遺伝子導入


              代表的な方法とその特徴




12年4月22日日曜日
パーティクルガン法
    •   金などの金属の微粒子にDNAを
        コーティングし、高圧ガスの圧力な
        どを利用して高速で細胞に打ち込ん
        でDNAを導入するという力技

    •   どんな資料にも使えるが高率が悪い

    •   昔の火薬を使うタイプは銃刀法に抵   wikipedia: パーティクル・ガン法


        触するので許可が必要だったらしい


12年4月22日日曜日
プロトプラスト法
  • 塩化カルシウム法

     →プロトプラストを塩化カルシウム存在下で冷却する
     とDNAを取り込みやすい細胞(コンピテントセル)にな
     り、プラスミドなどの小型DNAを導入できる。

  • ポリエチレングリコール(PEG)法

     →PEG存在下ではDNAが細胞内に取り込まれる。原理
     は現在も不明。

12年4月22日日曜日
アグロバクテリウム法
  •   Agrobacterium tumefaciensという細菌は自身の
      プラスミド(Tiプラスミド)に含まれるあるDNA領
      域(T-DNA)を宿主細胞に組み込むことができる

  •   T-DNAには植物ホルモンやオパイン(A. tumefaciens
      が利用できるアミノ酸)を合成するための遺伝子が
      含まれており、植物にはオパインを生成する腫瘍
      ができる(根頭がんしゅ病)
                                           https://kakibyo.dc.affrc.go.jp/list/detail.php?data_id=334

  •   Tiプラスミドの上記の遺伝子を切り取り、目的の
      遺伝子配列を代わりに挿入すると、感染させるだ
      けで目的遺伝子の導入ができるアグロバクテリウ
      ムの完成!


12年4月22日日曜日
FLAVR SAVR
  •   主要な細胞壁成分であるペクチンを分解する酵
      素、ポリガラクツロナーゼ(PG)の遺伝子のアン
      チセンス遺伝子を導入し、PGの働きを抑えた

  •   Flavr Savrは機械的な損傷(打ち身)やカビの害に
      は強かったものの、軟化については通常の品種
      と同様であった。当時の予想とは異なりPGは
      軟化の主要因子ではなかった。
                                     http://en.wikipedia.org/wiki/Flavr_Savr
  •   1994年5月の発売当初は話題をさらったもの
      の、商業的な成功は収めず1997年に生産終了。
      Calgene社もMonsanto社に買収された。


12年4月22日日曜日
参考文献
  •   原田・駒嶺 編「植物細胞組織培養 実際・応用・展望」理工学社
      → 細胞培養の歴史について

  •   池上正人 著「植物バイオテクノロジー」理工図書
      → アグロバクテリウム法やフレーバーセーバーについて

  •   伊藤康博「トマトの成熟変異遺伝子の利用による日持ち性の改
      善と低アレルゲン化について」食料-その科学と技術-No.45
      http://www.naro.affrc.go.jp/publicity_report/publication/laboratory/nfri/
      outline/012767.html
      → フレーバーセーバについて

12年4月22日日曜日

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細胞培養と遺伝子改変植物

  • 1. 細胞培養と遺伝子改変植物 絵とき植物生理学入門 3.2 担当:伊藤 12年4月22日日曜日
  • 2. 細胞培養の歴史 • 挿木の技術は古代から知られていた(※) • 1665年、Robert Hookeが細胞(細胞壁)を発見。 • 1892年、Klerchkerがプロトプラストを機械的な方法で分離。 • 1902年、Haberlandtが遊離細胞の培養を試みる。分化全能性の概念を提唱。 • 1910年、E. KüsterがKlerchkerの方法で得たプロトプラストで細胞融合を観察。 • 1926年、Wentがオーキシンの存在を示唆。 • 1931年、KöglがオーキシンとしてIAAを分離、同定。 • 1935年、Whiteがトマト根の長期継代培養に成功。 • 1939年、R. J. Gautheret(仏)、P. Nobécourt(仏)、White(米)がそれぞれ独立に植物組織の培養に成功。 • 1953年、WatsonとCrickによるDNAの分子構造決定。 • 1954年、Muir、Hildebrandt、Rikerにより遊離細胞の培養が成功。 • 1955年、Skoogらがカイネチン(サイトカイニンを発見。1926年のWent、1931年のKöglの研究で発見されていたオーキシン (IAA)と組み合わせ、器官分化の研究が盛んに。 • 1958年、Stewardらがニンジンの単細胞から個体を再生。 • 1960年、Cockingが酵素を用いたプロトプラスト作成法を考案。プロトプラストを用いた研究が盛んに。 • 1962年、MurasigeとSkoogによるMS培地の考案。 • 1967年、GellertらがDNAリガーゼを発見。 • 1970年、Smithらが制限酵素を発見。 • 1970年、マンデルと比嘉が塩化カルシウム法による細胞へのDNA導入法を考案。 • 1972年、BergとKaiserが2分子のDNAから1分子環状DNAを作成。 • 1973年、BoyerとCohenが制限酵素、DNAリガーゼにより切断・連結した2種類のプラスミドを大腸菌に導入し、形質を 転換。組換えDNA技術が確立される。 • 1974年、KaoらとWallinらが独立にポリエチレングリコールを用いた高率の細胞融合法を考案。細胞融合の研究が急速に進 む。 • 1983年、Zambryskiらがアグロバクテリウム法により遺伝子組換えタバコを作出する。 • 1994年、遺伝子組換え作物としてトマトのFlavr Savrが米カルジーン社より発売される。 ※ asahi.com: イチジクが最古の作物?米ハーバード大研究班が発表http://www.asahi.com/science/news/JJT200606020004.html 12年4月22日日曜日
  • 3. 胚と不定胚 • 胚:種子の中にあり、小さな葉、 根を含んでいる。 • 不定胚:培養細胞塊に適当な比率 http://www.fukuoka-edu.ac.jp/~fukuhara/keitai/2-1.html のオーキシン、サイトカイニンを 与えると得られる胚と同様な器 官。機能も胚と同様で完全な植物 体に再生できる。 http://www8.ocn.ne.jp/~rinse-21/page8/jyouhou18.3.htm 12年4月22日日曜日
  • 4. プロトプラスト • 細胞壁がない状態の細胞のこと • 現在では細胞壁分解酵素を使って作る 方法が一般的 • 1892年にJ. Klerckerが作り出した方法は原 形質分離させた後に絞り出すというや http://www.sho-oh.ac.jp/blog_old/bio/2008/10/no306.html り方 12年4月22日日曜日
  • 5. カルス • 未分化細胞の塊 • 植物の切断面に形成され、永続的な培養 が可能 • 適当な比率でオーキシン、サイトカイニン を与えることでも作成できる(脱分化) • オーキシンとサイトカイニンの比率によ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%82%B9_(%E6%A4%8D%E7%89%A9) り様々に再分化するが、一般的にはオー キシンが多ければ不定根が、サイトカイ ニンが多ければ不定芽が分化する。 12年4月22日日曜日
  • 6. 葯培養 • 葯に含まれる花粉は半数体なの で、葯を培養して作り出した植物 も半数体になる。 • 半数体をコルヒチン処理で倍加す ると元の2倍体の植物になるが、こ のとき全ての遺伝子がホモになる http://www.agri.hro.or.jp/center/kankoubutsu/hagres/no01.htm ため、形質が完全に固定される。 • イネの育種への応用が有名。 12年4月22日日曜日
  • 7. 植物への遺伝子導入 代表的な方法とその特徴 12年4月22日日曜日
  • 8. パーティクルガン法 • 金などの金属の微粒子にDNAを コーティングし、高圧ガスの圧力な どを利用して高速で細胞に打ち込ん でDNAを導入するという力技 • どんな資料にも使えるが高率が悪い • 昔の火薬を使うタイプは銃刀法に抵 wikipedia: パーティクル・ガン法 触するので許可が必要だったらしい 12年4月22日日曜日
  • 9. プロトプラスト法 • 塩化カルシウム法 →プロトプラストを塩化カルシウム存在下で冷却する とDNAを取り込みやすい細胞(コンピテントセル)にな り、プラスミドなどの小型DNAを導入できる。 • ポリエチレングリコール(PEG)法 →PEG存在下ではDNAが細胞内に取り込まれる。原理 は現在も不明。 12年4月22日日曜日
  • 10. アグロバクテリウム法 • Agrobacterium tumefaciensという細菌は自身の プラスミド(Tiプラスミド)に含まれるあるDNA領 域(T-DNA)を宿主細胞に組み込むことができる • T-DNAには植物ホルモンやオパイン(A. tumefaciens が利用できるアミノ酸)を合成するための遺伝子が 含まれており、植物にはオパインを生成する腫瘍 ができる(根頭がんしゅ病) https://kakibyo.dc.affrc.go.jp/list/detail.php?data_id=334 • Tiプラスミドの上記の遺伝子を切り取り、目的の 遺伝子配列を代わりに挿入すると、感染させるだ けで目的遺伝子の導入ができるアグロバクテリウ ムの完成! 12年4月22日日曜日
  • 11. FLAVR SAVR • 主要な細胞壁成分であるペクチンを分解する酵 素、ポリガラクツロナーゼ(PG)の遺伝子のアン チセンス遺伝子を導入し、PGの働きを抑えた • Flavr Savrは機械的な損傷(打ち身)やカビの害に は強かったものの、軟化については通常の品種 と同様であった。当時の予想とは異なりPGは 軟化の主要因子ではなかった。 http://en.wikipedia.org/wiki/Flavr_Savr • 1994年5月の発売当初は話題をさらったもの の、商業的な成功は収めず1997年に生産終了。 Calgene社もMonsanto社に買収された。 12年4月22日日曜日
  • 12. 参考文献 • 原田・駒嶺 編「植物細胞組織培養 実際・応用・展望」理工学社 → 細胞培養の歴史について • 池上正人 著「植物バイオテクノロジー」理工図書 → アグロバクテリウム法やフレーバーセーバーについて • 伊藤康博「トマトの成熟変異遺伝子の利用による日持ち性の改 善と低アレルゲン化について」食料-その科学と技術-No.45 http://www.naro.affrc.go.jp/publicity_report/publication/laboratory/nfri/ outline/012767.html → フレーバーセーバについて 12年4月22日日曜日