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システム開発取引における
複合契約の解除
2023.12.9 情報ネットワーク法学会研究大会
ビジネス法務研究会
登壇者紹介
©Masahiro Ito 2
過去の研究大会振り返り
• 2016年 システム開発契約・紛争全般
• 2017年 プロジェクトマネジメント義務・協力義務
• 2018年 プロジェクトの中止の見極め
• 2019年 セキュリティ要件におけるベンダ・ユーザの責任分界点
• 2020年 システム開発取引における債権法改正の影響
• 2021年 実務家から見た 情報システム・モデル契約書
• 2022年 システム障害におけるユーザ・ベンダの責任分界と損害の範囲
©Masahiro Ito 3
今回のテーマ
システム開発取引が起きた際、ユーザは、
関連する契約をどこまで解除できるかを
考える
©Masahiro Ito 4
問題の所在
©Masahiro Ito 5
多段階契約で指摘される問題点
• 前工程A,B契約と,後工程C契約は別の契約
• C契約には債務不履行があるが,A,B契約においては債務不履行
がない
• C契約の債務不履行を理由として,C契約だけでなく,A,B契約も
解除できるか
©Masahiro Ito 6
要件定義 基本設計 開発
B契約 C契約
A契約
解除は必須か
• A契約やB契約を解除しなくても、C契約の債務不履行に基づく
損害賠償として、A契約・B契約の代金相当額の賠償を求めれば
よいのではないか
• C契約の損害賠償条項には契約金額を上限とする定めがあるか
ら、C契約を解除するだけでは支払済みのA,B契約代金を取り戻
せない
©Masahiro Ito 7
要件定義 基本設計 開発
B契約 C契約
A契約
最判平8.11.12(リゾートマンション事件)
©Masahiro Ito 8
同一当事者間の債権債務関係がその形式は甲契約及び乙契約といった二個
以上の契約から成る場合であっても、それらの目的とするところが相互に
密接に関連付けられていて、社会通念上、甲契約又は乙契約のいずれかが
履行されるだけでは契約を締結した目的が全体としては達成されないと認
められる場合には、甲契約上の債務の不履行を理由に、その債権者が法定
解除権の行使として甲契約と併せて乙契約をも解除することができるもの
と解する。
甲契約 乙契約
密接関連性
債務不履行
スポーツクラブ会員権売買契約 マンション売買契約
解除 解除
債権法改正時
• 中間試案(平成25年4月)
©Masahiro Ito 9
同一の当事者間で締結された複数の契約につき,それらの契約の内容が相
互に密接に関連付けられている場合において,そのうち一の契約に債務不
履行による解除の原因があり,これによって複数の契約をした目的が全体
として達成できないときは,相手方は,当該複数の契約の全てを解除する
ことができるものとする。
(注)このような規定を設けないという考え方がある。
債権法改正時
• 中間試案(平成25年4月)同補足説明
©Masahiro Ito 10
上記①の「それらの契約の目的とするところ」の「目的」は,「契約をした目的」(民法
第566条第1項)のような契約をした狙いという意味での「目的」ではなく(上記②の
「目的」はこのような意味であると理解される。),むしろ契約に基づく給付の内容とい
う意味であるとの指摘があることを踏まえ,①の「目的とするところ」を「契約の内容」
と表現することとしている。
複数契約の解除については,同一当事者間の複数契約に限らず,それ以外の場合,例えば,
AB間の契約とAC間の契約が一定の密接な関係にある場合も,AB間の契約の不履行を
理由にAB間の契約とAC間の契約の両方を解除できるとする規定を設けるべきであると
の考え方もある。
その後、法制審では議論されず、要綱案(平成27年12月)からは本テーマは外れている。
複合契約の解除に関係するシステム紛争裁判例
• 東京地判平28.11.30(平25(ワ)第9026号)
➢売買契約の解除を認めた事例
• 東京高判平29.12.13(平28(ネ)第5331号)
➢原審・控訴審ともに関連する契約の解除を認めた事例
• 東京高判令3.4.21(野村HDvs日本IBM事件)
➢原審にて、この論点について言及された事例
• 東京高判令4.10.5(Z会vs日立S事件)
➢平成8年最判の適用を認めた事例
©Masahiro Ito 11
判例報告
©Masahiro Ito 12
東京高判平29.12.13
(伊藤)
©Masahiro Ito 13
事案の概要
• AS/400(オフコン)からのマイグレーション事案(30億円規模)
• 物流システムと販売システムを時間差で着手
➢物流システムの開発・運用が行われ、約16億円支払われた。
➢販売システムの開発は、フェーズごとに個別契約して行われた。
©Masahiro Ito 14
第1契約 開発(合計約4.1億円支払済)
第2契約 開発(請求したが、未払い)
第3契約 会計システムのカスタマイズ(請求したが、未払い)
第4契約 別システム切替作業(一部のみ支払)
第5契約から第7契約 追加作業(成立に争いあり)
第8契約 要件定義(全額支払済み)
解除
ユーザによる
事案の概要
• ベンダ・ユーザともに債務不履行を主張して契約を解除
©Masahiro Ito 15
原審(東京地判平28.10.31(平23(ワ)第10498号)
原告と被告は,本件新システムの開発業務に関し,個別業務ごとに個別契
約を締結することを前提に,その基本的取引条件を定めた本件基本契約を
締結した上で,その個別契約として第1~第4契約を締結したものである
ところ,本件基本契約においては,本件解除条項2号により,正当な理由
なく,期限内にその義務を履行する見込みがなくなったときには,本件基
本契約若しくは個別契約の全部又は一部を解除することができるものとさ
れている。本件解除条項は,その規定上,解除の対象とされる個別契約に
ついて特段の制約を設けているものではなく,少なくとも当該個別契約と
密接な関連性を有する他の契約について上記の解除事由が発生し,当該個
別契約についてもその本旨を実現することができないという関係にあると
認められるときは,既に当該個別契約に基づく債務が履行済みであったと
しても,当該個別契約を解除することができるものと解すべきである。
本件解除条項
原告及び被告は,相手方に次の各号のいずれかに該当する事由が生じたと
きは,相手方に対する書面による通知をもって,本件基本契約若しくは個
別契約の全部又は一部を解除することができる。
1号 本件基本契約及び個別契約の条項のいずれかに違反し,指定された
期限までに当該違反を治癒するよう催告されたにもかかわらず,当該違
反が治癒されなかったとき
2号 正当な理由なく,期限内にその義務を履行する見込みがなくなった
とき
7号 その他,本件基本契約又は個別契約を継続し難い重大な事由が生じ
たとき
履行済みの第8契約解除の可否
第8契約は,cシステムの開発について,(略)要件定義作業を行うもの
として,マイグレーション作業に係る第1契約と時期を同じくして締結さ
れたものであると認められ,第1契約と密接な関連性を有し,第1契約に
基づくマイグレーションの成果物,あるいは,それを基にして完成される
販売システム(c)が存在しなければ,無駄に終わり,その本旨を実現す
ることができないという関係にあるものというべきである(なお,第8契
約に係る作業の中にマイグレーション以外のものに転用し得る汎用性のあ
る作業が一部存在したとしても,そのことから上記認定の関係が否定され
るものではない。)。
したがって,平成23年4月1日当時,第8契約に基づく原告の債務が既
に履行されていたとしても,被告は,本件解除条項2号に基づき,第1契
約に基づく原告の債務の履行不能を理由に第8契約を解除すること(被告
解除)ができたものというべきである。
契約の関係
• 第1契約
➢債務不履行があった契約。
➢Cシステムの開発。
• 第8契約
➢解除対象となった契約。履行済み、代金全額支払済み。
➢Cシステムの要件定義。
➢ほぼ同じ時期に締結。
©Masahiro Ito 19
ディスカッション
©Masahiro Ito 20
平成8年最判の射程は
直列型の多段階契約に及ぼすべきか
©Masahiro Ito 21
「相互に密接に関連付けられている」
とはどういう状況か
©Masahiro Ito 22
個別契約の契約の性質は
解除の成否に影響するか
©Masahiro Ito 23
(委任の解除の効力)
第652条 第620条の規定は、委任について準用する。
(賃貸借の解除の効力)
第620条 賃貸借の解除をした場合には、その解除は、将来に向かっ
てのみその効力を生ずる。この場合においては、損害賠償の請求を
妨げない。
契約書の書き方でどう変わるか
©Masahiro Ito 24
「基本合意書」がある場合に
影響があるか
©Masahiro Ito 25
下流工程で頓挫した
ユーザの実質的な救済を
どのように行うか
©Masahiro Ito 26
複数当事者の場合にも
契約解除を認めるべきか
(その場合の要件)
©Masahiro Ito 27

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