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78 ヒューマンニュートリション 2015. No.37
既存の枠組みを超えた政策提言
急激な少子高齢化が進み、社会保障を取り巻く
状況が大きく変化していることは、医療現場で働い
ていても感じることが多くなっているのではないだろ
うか。診療報酬改定や地域医療構想などの政策
を通して、医療現場の仕組みが刻々と変わってきて
いる。このような既存の政策を策定する過程でも、
さまざまな審議会や分科会が開かれ、有識者や現
場からの意見、国民の意見を収集して政策が決定
されていく。こうした流れとは別に、中長期的な視
点を踏まえ、かつ縦割りになることなく全体的な見
地をもった政策提言の機会が2015年2月から定期
的に開催されてきた。その協議結果がとりまとまり、
7月に提言書という形で厚労相に提出された。
通常の政策決定の会議とは違い、既存の枠組
みを超えた内容も含まれており、今後の保健医療
のあり方を考えるうえで参考になるので、本稿でみ
ていきたい。
まず、提言書では、「リーン・ヘルスケア」「ライフ・
デザイン」「グローバル・ヘルス・リーダー」3つの方
針が示された(図表1)。それぞれの方針に沿って、
2020年と2030年までの時点で実施すべきアクショ
ンが提示され、そのアクションの実行に必要なインフ
ラが示されている。すべての内容を確認するのは
提言書そのものをご覧いただき*
、以下では提言さ
れた内容で、既存の政策検討過程では議論がさ
れていない・進んでいないものを確認する。
「リーン・ヘルスケア 〜保健医療の価値を高
める〜」
都道府県など地域における医療費の格差がある
ことは、これまでもさまざまな場面で指摘されている。
提言書ではその事実をもとに、「地域ごとのサービ
ス目標量を設定し、不足している場合の加算、過
剰な場合の減算を行なうなど、サービス提供の量
に応じて点数を変動させる仕組みの導入を検討す
る」としている。つまり、地域ごとの人口動態から「本
The Point of View
*保健医療2035Webサイト
http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/hokabunya/shakaihoshou/hokeniryou2035/
制度を読み解くキーワード
図表1 2035年の保健医療が実現すべき展望
リーン・ヘルスケア 保健医療の価値を高める
ライフ・デザイン 主体的選択を社会で支える
グローバル・ヘルス・リーダー 日本が世界の保健医療を牽引する
中長期的な視点と
全体的な見地から出された
枠にはまらない政策提言
藤井将志 特定医療法人谷田会 谷田病院 事務部長
厚生労働省の「保健医療2035」策定懇談会は7月9日、2035年を見据えた中長期の医療
政策の提言をまとめた。渋谷健司座長が同日、塩崎恭久厚労相に提言書を渡した。厚労相は
「できるものから着実に進めていきたい」と述べた。
© aleciccotelli - Fotolia.com
(C) 2015 日本医療企画.
2015. No.37 ヒューマンニュートリション 79
来あるべきサービスの提供量はどのくらいか」を目
標値設定し、不足していたら加算、過剰であれば
減算する、という事例が示された。
因みに、人口構成を補正した医療費を都道府県
ごとに比較すると、最も高いのは福岡県で全国平均
の1.2倍ほどになる。逆に少ないのは千葉県で平均
の0.87倍ほどで済む(図表2)。端的にいうと、福
岡県は診療報酬が減点されて、千葉県は加算され
る、という仕組みが提示された。すぐに導入できる
仕組みではないが、今後検討が進む可能性はある。
「ライフ・デザイン 〜主体的選択を社会で支
える〜」
どんな治療法よりも、予防が望ましいことは誰も
がわかっている。しかし、これまで予防活動は「医
療」ではなく、福祉の領域で行なわれることが多く、
医療機関が積極的にかかわることが少なかった。
提言書では「効果が実証されている予防(禁煙、ワ
クチンなど)に関しては、積極的に推進する」とし、
十分に科学的エビデンスが揃っていないものについ
ては「予防・健康づくりに関する科学的エビデンス
に関し、世界で最もデータ集積が進んだ国を目指
す」としている。
すでにエビデンスがある予防策については、診
療報酬でも積極的に評価し、これまで福祉で実施
してきたことに医療側が介入していってはどうだろう
か。たとえば、禁煙の推進については、禁煙外来
など喫煙習慣がある人を非喫煙者にすることが医
療者の主たる取り組みであった。しかし、喫煙習慣
を身に着ける以前に、喫煙しなければ健康的にも
医療経済的にもプラスになることは明らかだ。そうで
あるならば、喫煙に興味をもちだしそうな中学生~
高校生向けに喫煙に関する教育を医療者が専門
的な知識でもって行なうのはどうだろうか。現在、こ
うした活動への評価は診療報酬上では一切ない。
「グローバル・ヘルス・リーダー 〜日本が世
界の保健医療を牽引する〜」
本項目で示されている提言は、日本の医療を世
界に勧める、という内容であり、医療機器や製薬、
ITメーカーなど企業のこと、もしくは一部の海外展
開している医療機関だけの問題ではないか、と思
われるだろう。提言書では「診断・治療提供だけで
なく、保健医療の制度設計や運用を含む地域包括
ケアシステムそのもの、つまり、地域単位での医療・
介護システムの輸出も目指す」と示されている。さら
に、「グローバル・ヘルスへの貢献が、包括的か
つ戦略的に行われるよう、社会インパクト投資など
が促進されるような仕組みを支援し、保健関連
ODA を大幅に増加させる」としている。
つまり、単なる医療機器の輸出や病院の海外建
設ではなく、日本で“成功した”地域包括ケアシステ
ムを、仕組みそのものを含めて輸出する、というこ
とである。世界で最も急速に少子高齢化が進む日
本において、各地域が切磋琢磨したうえで、うまく
いった地域包括ケアシステムをモデルとして、ODA
の予算のもと世界に展開していくというわけだ。日
本の鉄道や水道がモノだけでなく、システムとして
世界の国々で導入されている。同じようなことが医
療の分野でも実現される日が来るかもしれない。
以上、提言書の一部ではあるが、内容をみてき
た。現時点ではまだ懇談会が提示した提言書のレ
ベルを超えていない。つまり、これに基づき政策を
議論していくまでの仕組みは提示されていないとい
うわけだ。しかし、提言の“はじめに”の中に「本提
言をもとに、厚生労働省内で推進体制を整え、国
民的議論を喚起し、実行可能な施策から着実に
実施すべきである」と示されている。具体的な推進
体制ができるかどうか、注目していきたい。
藤井将志 特定医療法人谷田会 谷田病院 事務部長
ふじい・まさし◎早稲田大学政治経済学部を2006年に卒業。病院向け経
営コンサルティング会社である(株)アイテック、(株)MMオフィスを経て、12年
度から沖縄県立中部病院・経営アドバイザーとして病院経営支援を行なう。
診療報酬を駆使した収益増、医療機器等の費用削減、業務効率化に携わ
る。15年度から特定医療法人谷田会・谷田病院の事務部長として着任する
図表2 都道府県別医療費の地域差指数
地域差指数
順位 順位
北海道 1.155 5 滋賀県 0.978 26
青森県 0.919 39 京都府 1.045 17
岩手県 0.897 42 大阪府 1.107 10
宮城県 0.970 29 兵庫県 1.042 18
秋田県 0.935 34 奈良県 0.977 27
山形県 0.924 35 和歌山県 0.991 23
福島県 0.956 31 鳥取県 0.989 24
茨城県 0.893 43 島根県 1.022 20
栃木県 0.899 41 岡山県 1.064 16
群馬県 0.923 36 広島県 1.140 6
埼玉県 0.917 40 山口県 1.119 8
千葉県 0.874 47 徳島県 1.099 12
東京都 0.980 25 香川県 1.085 14
神奈川県 0.938 32 愛媛県 1.025 19
新潟県 0.877 46 高知県 1.161 2
富山県 0.969 30 福岡県 1.208 1
石川県 1.087 13 佐賀県 1.158 4
福井県 0.997 22 長崎県 1.159 3
山梨県 0.921 37 熊本県 1.099 11
長野県 0.889 44 大分県 1.117 9
岐阜県 0.937 33 宮崎県 1.009 21
静岡県 0.881 45 鹿児島県 1.127 7
愛知県 0.970 28 沖縄県 1.084 15
三重県 0.920 38
(C) 2015 日本医療企画.
82 ヒューマンニュートリション 2015. No.36
過去最大級のマイナス改定
全体の改定率は▲2.27%と、9年ぶりのマイナ
ス改定となった。内訳は、介護職員への処遇改善
が+1.65%、中重度者への対応強化など介護サー
ビスの充実に+0.56%が充当されるが、基本報酬
を中心に▲4.48%マイナスされる。また、処遇改
善で増収する部分はそのまま費用として支出される
ので、事業者から見ると実質的には5%を超えるマ
イナス改定と言えよう。過去の改定率と比較しても
大きなマイナスであることがわかる(図表参照)。
ただし、“マイナス改定”だからと言って、市場規
模そのものが縮むわけではない。国全体の介護費
用は毎年増えており、過去5年間の平均(09〜13
年度)でも6.4%も増えている。今年も同じ比率で
伸びると考えると、全体としては4%程度増えること
になる。実際に、厚生労働省も現状で9.4兆円(13
年度)の介護費用が25年度には21兆円になると見
込んでいる。つまり、全体は増えるが、マイナス改
定によりメリハリがつけられる1人当たりの単価はマ
イナスになる可能性があり、利用者数を増やさない
と減収になる恐れがある、ということである。
メリハリとは、要するに“厚労省の改革プランに
沿っているか”どうかで評価が変わり、意向に沿え
ればプラスになり、沿えなければマイナスになるわ
けだ。以下では改定の要点を確認しつつ、厚労省
の“意向”をみていく。
地域包括ケアシステムへの対応
15年度改定では次の3つの基本方針に沿って評
価がされた。「1.中重度の要介護者や認知症高齢
者への対応の更なる強化」は、重点的に評価(条件
を満たせば点数アップ)された項目である。「2.介護
人材確保対策の推進」は介護職員の報酬を上げれ
The Point of View
制度を読み解くキーワード
図表 介護報酬改定率の推移
年度 改定率 主たる内容
2000 — 介護保険制度施行
2003 ▲2.3% 初の改定
2005 ▲1.9% 06年改定前倒し
2006 ▲0.5%
2009 +3.0%
2012 +1.2% 処遇改善分+2.0%
2014 +0.63% 消費税増税分
2015 ▲2.27% 処遇改善分+1.65%
介護報酬の大幅マイナス改定
改定の“意向”をどう読み解くか
藤井将志 特定医療法人谷田会 谷田病院 事務部長
2015年4月、公的介護サービスの価格である介護報酬が改定された。介護報酬は3年に1回改定
されており、今改定のマイナス幅は2000年の介護保険施行以来、2番目に大きいものとなった。
© PhotographyByMK - Fotolia.com
(C) 2015 日本医療企画.
2015. No.36 ヒューマンニュートリション 83
ば、その分に見合う収益をアップさせるというもの。「3.
サービス評価の適正化と効率的なサービス提供体
制の構築」は、点数ダウンさせる項目となっている。
まず1で評価された内容として、診療報酬と介護
報酬共通して厚労省が示しているゴールイメージに
「地域包括ケアシステム」がある。住み慣れた地域
で完結された医療・介護を提供し、できるだけ住み
慣れた家(在宅)を拠点に各種サービスを受けてもら
う。結果として病院や居住系の施設にできるだけか
からずに、生活し続けられるようにサポートする仕
組みだ。このゴールの達成に必要なことが、今回
の介護報酬改定でも評価された。人員体制をしっ
かりと整え、定期的に複数職種で会議を行ない、
情報を共有することに加算が設けられた。さらに、
重症者や認知症の利用者を受け入れたり、夜間帯
でも対応できる体制についても加算が設けられた。
リハビリテーションについては、「機能回復訓練」
を主眼に置いたリハビリがゴールではなく、日常生
活の「活動」ができるように、さらに家庭や社会への
「参加」ができるようにすることが、リハビリテーショ
ンのゴールであるという方向性が明確に示された。
自治会や地域サロンといった社会活動に参加するこ
と、介護報酬の範囲内だと通所介護に通えること
が、社会への参加とされている。そこにつなげら
れれば介護報酬でも評価され、できなければ評価
されないこととなった。具体的には、訪問リハから
通所リハに移行できたり、通所リハから通所介護に
移行できることに対し、評価が設けられた。
ほかに、看取りをする居宅サービスや施設サー
ビス、口腔機能を維持するための取り組みなどが
評価された。上記のようなキーワードが今回の改定
で厚労省が積極的に評価するとした項目である。
介護職員だけに対する処遇改善
続く基本方針の2では、介護職不足を解消する
ため、他業界に比べて低い賃金を上げる対策とし
て「処遇改善加算」が設けられた。これまでも加算
はあったが、より賃上げをするところを評価するもの
だ。事業所にとっては利益が増えるわけではなく、
増収になった金額をそのまま介護職員に限定して
賃上げすることになる。
理屈上の意図はわかるが、事業を運営している
側からすると非常に課題が多い加算だ。同じ組織
に働いている職員のうち、介護職だけの賃金を上
げる必要があるからだ。しかも、介護報酬の対象
部分だけが評価され、医療系の施設と併設してい
る場合は、同じ介護職であっても加算対象にはなら
ない。診療報酬でも産婦人科に優遇した配分や、
夜間対応の医師を優遇した配分などが評価された
ことはあるが、対象者の賃上げが必須という強い
縛りはない。組織として考えた場合、一部の人だ
け賃金体系を変えるのは、とてもやりにくいだろう。
賃金を上げたければ、事業所への加算という形
で配分するのではなく、介護職員個人の申請等に
よる配分をすべきであろう。一組織の賃金体系にま
で指図するような政府の介入はいかがなものか。
全体的に大幅減算
最後の3の項目は、厚労省が減額すると示して
いるものだ。そもそも、全体として基本料を中心に
減算されており、これは介護事業所の収益状況を
みると“余裕がある”という判断のもとに全体的に減
額されているということだ。さらに減額されている項
目は、同一建物内に複数の利用者がいたり事業所
がある場合、である。一カ所や近隣に複数の利用
者が多数おり、効率的にサービスを提供できる場合
と、個々の家が独立しており移動にも時間がかか
る場合の評価に差をつけたことになる。
また、通所介護や通所リハビリテーション、認知
症対応型通所介護において、送迎を行なっていな
い場合は減額になる。減額を免れるためには送迎
をする人員や車両設備等を整えなければならない
ので、事業者への負担は大きい。
効果が出るサービスが求められる
大きな流れとしては、社会参加という“効果”が出
ないサービスを漫然と提供していることに対しては
厳しい評価となった。短期間で集中的にサービスを
提供すること、重傷者や認知症、24時間体制に
ついては評価されたといえる。収益を維持するため
には、稼働率を高めることはもちろん、地域から求
められている対象者に効果が出るサービスを提供
できる体制がつくれるかどうかが、中長期的に影響
してくるだろう。
藤井将志 特定医療法人谷田会 谷田病院 事務部長
ふじい・まさし◎早稲田大学政治経済学部を2006年に卒業。病院向け経
営コンサルティング会社である(株)アイテック、(株)MMオフィスを経て、12年
度から沖縄県立中部病院・経営アドバイザーとして病院経営支援を行なう。
診療報酬を駆使した収益増、医療機器等の費用削減、業務効率化に携わ
る。15年度から特定医療法人谷田会・谷田病院の事務部長として着任する
(C) 2015 日本医療企画.
76 ヒューマンニュートリション 2015. No.35
示された具体的な未来図
昨年から始まった病床機能報告制度や地域医療
ビジョンといった、2025年の医療体制構築に向けた
施策の方向性が具体的になってきた。報告制度で
集めたデータや全国のレセプトデータなどをどのよう
な考え方で分析し、どのように活用し、どのように公
開していくのか、といったことが3月18日の地域医
療構想策定ガイドライン等に関する検討会で発表さ
れた。
ガイドラインでは、一般病床と療養病床を今度ど
のように再編していくべきか、ということが明確に示
されている。特徴的なのは「こうあるべき」という抽
象的な文言の羅列だけではなく、数字等も用いて
具体的に「どのような病床機能を持つ施設が、どの
ような患者像を診るべきか」ということを示している点
である。さらに、そこで見えてきた方針を、どのよう
に進めていくべきか、ということにも言及している。
つまり、医療体制の“ゴール”とそこに向けて実施する
“How to”が提示されている。以下では、2025年
の日本の医療提供体制の未来図でもあるガイドライ
ンの内容を見ていく。
高度急性期病床の患者像
病床機能が「高度急性期・急性期・回復期・慢
性期」の4区分に分かれたことは周知のとおりであ
る。このうち、高度急性期は「急性期の患者に対し、
状態の早期安定化に向けて、診療密度が特に高
い医療を提供する機能」と定義されている。該当す
る病棟の例として、救命救急病棟やICU、HCU
等が挙げられていた。ガイドラインではさらに踏み込
み、これらを“数字”で表すと、診療報酬点数が
3000点以上とされた。
この3000点という数字は“医療資源投入量”とい
う概念で、DPC病院のような包括される場合でも仮
に出来高であったらどのくらいの医療費がかかった
のか、を計算したものになる。たとえば、入院中の
ある1日に注射(400点)を投与し、心電図(130点)
を実施し、栄養指導(130点)を実施すると、合計
が660点になる。こうした医療資源をどのくらい投下
したかを計るため、看護師の配置等で変動する入
院基本料や特定入院料などは除外される。仮に7
The Point of View
制度を読み解くキーワード
各地域ごとの機能別の
病床数の算出により
具体的な施策の検討が始まる
宇都宮将綱 医療ジャーナリスト
地域医療構想策定ガイドライン等に関する検討会は3月18日、各都道府県が地域の医療需要に応
じて提供体制を構築するための指針を了承した。2025年に到来する超高齢化社会に耐えうる医療
提供体制構築に向け、医療需要を推計し、地域の実状にあった医療提供体制構築をめざす。
© Thierry RYO - Fotolia.com
(C) 2015 日本医療企画.
2015. No.35 ヒューマンニュートリション 77
対1入院基本料(1591点)に各種加算分を加えて、
入院基本料等が2000点相当が除外されている施
設だとすると、1日の単価が5万円(3000点+2000点)
を超える日が高度急性期病棟の対象者となる。
ガイドライン中には提示されていないが、過去の
検討会で議論された資料には、次のような患者像
の例が示されている。「くも膜下出血に対して、脳
動脈瘤クリッピング術を行なった。人工呼吸器を装
着し、また点滴、動脈圧測定、導尿カテーテル、
鼻腔栄養、ドレーンなど複数の管が入っている。呼
吸、脈拍、血圧、体温、尿量等を1〜2時間おき
にみて全身状態を観察しながら、集中治療を行なっ
ている」(図表参照)。こうした状態にある患者が高
度急性期病棟の対象と考えられている。
その他の病床機能の患者像
続いて、急性期についてみていく。定義上は「急
性期の患者に対し、状態の早期安定化に向けて医
療を提供する機能」と示されており、まだ“安定して
いない”ことが急性期であるか回復期であるかの線
引きとなる。医療資源投入量の値では600点以上と
示されている。先の高度急性期と同じ仮定で1日当
りの単価に換算すると2万6千円以上ということにな
るので、高度急性期に比べるとかなり多くの患者が
対象になることがわかる。
急性期の患者像の例、回復期と慢性期の定義と
医療資源投入量、患者像の例は図表に提示した通
りであるので、確認してもらいたい。
各医療機関では何をすべきか
これらの具体的な患者をDPCデータ、レセプトデー
タからはじき出し、各地域で必要な機能別の病床数
を算出することとなっている。各都道府県には二次
医療圏ごとの算出後の結果も通達されており、数字
を目にするのは時間の問題であろう。現状の病床数
に比べて2025年では、ほとんどの都道府県で病床
過剰という数字が出てくることが推測される。その示
された目標値に向かって、地域ごとに具体的な施策
を検討する段階が今年の4月から始まる。
その際に、各医療機関と都道府県がどのように
取り組むべきか、ということもガイドラインに明示され
ている。各医療機関がひとまず取り組むべきことは
「個々の病棟にさまざまな病期の患者が入院してい
るが、各病棟について、高度急性期から慢性期ま
での選択を行なったうえで、病棟単位で当該病床
の機能に即した患者の収れんのさせ方や、それに
応じた必要な体制の構築や人員配置を検討するこ
とが望ましい」とされている。
つまり、先に提示した“患者像=医療資源投入量”
の基準に照らし合わせて、自院の状況はどうなって
いるのかを把握すべき、ということである。おそらく
病棟単位で高度急性期〜慢性期の患者が入り組ん
で入院していると考えられ、それを病棟別になるよう
に経営資源を再配分しなさい、ということである。
来年4月に控えている診療報酬改定も、このガイドラ
インと整合性をとってくることは想像に難くないので、
早急に上記数字を算出して今後の対応策を検討す
る必要がありそうだ。
宇都宮将綱 医療ジャーナリスト
本名、藤井将志(ふじい・まさし)◎1983年生まれ。2006年、早稲田大
学政経学部卒業。医業経営コンサルティング会社の(株)アイテック、(株)
MMオフィスにて、大学病院や公的、私的病院の経営改善支援を行なう。
現在はNPO法人病院経営支援機構に所属し、沖縄県立中部病院の経
営アドバイザーとして病院経営の実行支援を専門に行なう。
出典:地域医療構想策定ガイドライン等に関する検討会(第7回・第9回)資料
図表 医療機能の定義と患者像
定義
医療資源
投入量
(下限)
患者像の例
高度
急性期
急性期の患者に
対し、状態の早期
安定化に向けて、
診療密度が特に
高い医療を提供
する機能
3000点
くも膜下出血に対して、脳動
脈瘤クリッピング術を行なっ
た。人工呼吸器を装着し、ま
た点滴、動脈圧測定、導尿
カテーテル、鼻腔栄養、ドレ
ーンなど複数の管が入って
いる。呼吸、脈拍、血圧、体
温、尿量等を1〜2時間お
きにみて全身状態を観察し
ながら、集中治療を行なって
いる。
急性期
急性期の患者に
対し、状態の早期
安定化に向けて、
医療を提供する
機能
600点
慢性閉塞性肺疾患の急性
増悪に対して、非侵襲的人
工呼吸器による換気補助
療法を実施していたが、脱し
た。鼻カニューレによる持続
酸素吸入療法、ステロイド
薬の全身投与及び気管支
拡張薬の吸入による薬物療
法を行なっている。
回復期
急性期を経過した
患者への在宅復
帰に向けた医療や
リハビリテーション
を提供する機能
225点
尿路感染症に対し、抗菌薬
治療を行なった。解熱し、尿
路感染症は改善したが、高
齢でもあり、経口摂取が不
十分で、全身状態の回復が
遅れている状態。補液を行
ないつつ、在宅復帰に向け
ての治療を行なっている。
慢性期
長期にわたり療養
が必要な患者を
入院させる機能
−
脳幹出血のため、急性期病
院へ入院した。意識障害及
び人工呼吸器による呼吸補
助が長期化し、気管切開を
行った。意識障害が続き、さ
らに長期にわたる療養が必
要なため、療養病床のある
病院へ転院し、経鼻胃管に
て栄養剤を注入している。
(C) 2015 日本医療企画.

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  • 1. 78 ヒューマンニュートリション 2015. No.37 既存の枠組みを超えた政策提言 急激な少子高齢化が進み、社会保障を取り巻く 状況が大きく変化していることは、医療現場で働い ていても感じることが多くなっているのではないだろ うか。診療報酬改定や地域医療構想などの政策 を通して、医療現場の仕組みが刻々と変わってきて いる。このような既存の政策を策定する過程でも、 さまざまな審議会や分科会が開かれ、有識者や現 場からの意見、国民の意見を収集して政策が決定 されていく。こうした流れとは別に、中長期的な視 点を踏まえ、かつ縦割りになることなく全体的な見 地をもった政策提言の機会が2015年2月から定期 的に開催されてきた。その協議結果がとりまとまり、 7月に提言書という形で厚労相に提出された。 通常の政策決定の会議とは違い、既存の枠組 みを超えた内容も含まれており、今後の保健医療 のあり方を考えるうえで参考になるので、本稿でみ ていきたい。 まず、提言書では、「リーン・ヘルスケア」「ライフ・ デザイン」「グローバル・ヘルス・リーダー」3つの方 針が示された(図表1)。それぞれの方針に沿って、 2020年と2030年までの時点で実施すべきアクショ ンが提示され、そのアクションの実行に必要なインフ ラが示されている。すべての内容を確認するのは 提言書そのものをご覧いただき* 、以下では提言さ れた内容で、既存の政策検討過程では議論がさ れていない・進んでいないものを確認する。 「リーン・ヘルスケア 〜保健医療の価値を高 める〜」 都道府県など地域における医療費の格差がある ことは、これまでもさまざまな場面で指摘されている。 提言書ではその事実をもとに、「地域ごとのサービ ス目標量を設定し、不足している場合の加算、過 剰な場合の減算を行なうなど、サービス提供の量 に応じて点数を変動させる仕組みの導入を検討す る」としている。つまり、地域ごとの人口動態から「本 The Point of View *保健医療2035Webサイト http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/hokabunya/shakaihoshou/hokeniryou2035/ 制度を読み解くキーワード 図表1 2035年の保健医療が実現すべき展望 リーン・ヘルスケア 保健医療の価値を高める ライフ・デザイン 主体的選択を社会で支える グローバル・ヘルス・リーダー 日本が世界の保健医療を牽引する 中長期的な視点と 全体的な見地から出された 枠にはまらない政策提言 藤井将志 特定医療法人谷田会 谷田病院 事務部長 厚生労働省の「保健医療2035」策定懇談会は7月9日、2035年を見据えた中長期の医療 政策の提言をまとめた。渋谷健司座長が同日、塩崎恭久厚労相に提言書を渡した。厚労相は 「できるものから着実に進めていきたい」と述べた。 © aleciccotelli - Fotolia.com (C) 2015 日本医療企画.
  • 2. 2015. No.37 ヒューマンニュートリション 79 来あるべきサービスの提供量はどのくらいか」を目 標値設定し、不足していたら加算、過剰であれば 減算する、という事例が示された。 因みに、人口構成を補正した医療費を都道府県 ごとに比較すると、最も高いのは福岡県で全国平均 の1.2倍ほどになる。逆に少ないのは千葉県で平均 の0.87倍ほどで済む(図表2)。端的にいうと、福 岡県は診療報酬が減点されて、千葉県は加算され る、という仕組みが提示された。すぐに導入できる 仕組みではないが、今後検討が進む可能性はある。 「ライフ・デザイン 〜主体的選択を社会で支 える〜」 どんな治療法よりも、予防が望ましいことは誰も がわかっている。しかし、これまで予防活動は「医 療」ではなく、福祉の領域で行なわれることが多く、 医療機関が積極的にかかわることが少なかった。 提言書では「効果が実証されている予防(禁煙、ワ クチンなど)に関しては、積極的に推進する」とし、 十分に科学的エビデンスが揃っていないものについ ては「予防・健康づくりに関する科学的エビデンス に関し、世界で最もデータ集積が進んだ国を目指 す」としている。 すでにエビデンスがある予防策については、診 療報酬でも積極的に評価し、これまで福祉で実施 してきたことに医療側が介入していってはどうだろう か。たとえば、禁煙の推進については、禁煙外来 など喫煙習慣がある人を非喫煙者にすることが医 療者の主たる取り組みであった。しかし、喫煙習慣 を身に着ける以前に、喫煙しなければ健康的にも 医療経済的にもプラスになることは明らかだ。そうで あるならば、喫煙に興味をもちだしそうな中学生~ 高校生向けに喫煙に関する教育を医療者が専門 的な知識でもって行なうのはどうだろうか。現在、こ うした活動への評価は診療報酬上では一切ない。 「グローバル・ヘルス・リーダー 〜日本が世 界の保健医療を牽引する〜」 本項目で示されている提言は、日本の医療を世 界に勧める、という内容であり、医療機器や製薬、 ITメーカーなど企業のこと、もしくは一部の海外展 開している医療機関だけの問題ではないか、と思 われるだろう。提言書では「診断・治療提供だけで なく、保健医療の制度設計や運用を含む地域包括 ケアシステムそのもの、つまり、地域単位での医療・ 介護システムの輸出も目指す」と示されている。さら に、「グローバル・ヘルスへの貢献が、包括的か つ戦略的に行われるよう、社会インパクト投資など が促進されるような仕組みを支援し、保健関連 ODA を大幅に増加させる」としている。 つまり、単なる医療機器の輸出や病院の海外建 設ではなく、日本で“成功した”地域包括ケアシステ ムを、仕組みそのものを含めて輸出する、というこ とである。世界で最も急速に少子高齢化が進む日 本において、各地域が切磋琢磨したうえで、うまく いった地域包括ケアシステムをモデルとして、ODA の予算のもと世界に展開していくというわけだ。日 本の鉄道や水道がモノだけでなく、システムとして 世界の国々で導入されている。同じようなことが医 療の分野でも実現される日が来るかもしれない。 以上、提言書の一部ではあるが、内容をみてき た。現時点ではまだ懇談会が提示した提言書のレ ベルを超えていない。つまり、これに基づき政策を 議論していくまでの仕組みは提示されていないとい うわけだ。しかし、提言の“はじめに”の中に「本提 言をもとに、厚生労働省内で推進体制を整え、国 民的議論を喚起し、実行可能な施策から着実に 実施すべきである」と示されている。具体的な推進 体制ができるかどうか、注目していきたい。 藤井将志 特定医療法人谷田会 谷田病院 事務部長 ふじい・まさし◎早稲田大学政治経済学部を2006年に卒業。病院向け経 営コンサルティング会社である(株)アイテック、(株)MMオフィスを経て、12年 度から沖縄県立中部病院・経営アドバイザーとして病院経営支援を行なう。 診療報酬を駆使した収益増、医療機器等の費用削減、業務効率化に携わ る。15年度から特定医療法人谷田会・谷田病院の事務部長として着任する 図表2 都道府県別医療費の地域差指数 地域差指数 順位 順位 北海道 1.155 5 滋賀県 0.978 26 青森県 0.919 39 京都府 1.045 17 岩手県 0.897 42 大阪府 1.107 10 宮城県 0.970 29 兵庫県 1.042 18 秋田県 0.935 34 奈良県 0.977 27 山形県 0.924 35 和歌山県 0.991 23 福島県 0.956 31 鳥取県 0.989 24 茨城県 0.893 43 島根県 1.022 20 栃木県 0.899 41 岡山県 1.064 16 群馬県 0.923 36 広島県 1.140 6 埼玉県 0.917 40 山口県 1.119 8 千葉県 0.874 47 徳島県 1.099 12 東京都 0.980 25 香川県 1.085 14 神奈川県 0.938 32 愛媛県 1.025 19 新潟県 0.877 46 高知県 1.161 2 富山県 0.969 30 福岡県 1.208 1 石川県 1.087 13 佐賀県 1.158 4 福井県 0.997 22 長崎県 1.159 3 山梨県 0.921 37 熊本県 1.099 11 長野県 0.889 44 大分県 1.117 9 岐阜県 0.937 33 宮崎県 1.009 21 静岡県 0.881 45 鹿児島県 1.127 7 愛知県 0.970 28 沖縄県 1.084 15 三重県 0.920 38 (C) 2015 日本医療企画.
  • 3. 82 ヒューマンニュートリション 2015. No.36 過去最大級のマイナス改定 全体の改定率は▲2.27%と、9年ぶりのマイナ ス改定となった。内訳は、介護職員への処遇改善 が+1.65%、中重度者への対応強化など介護サー ビスの充実に+0.56%が充当されるが、基本報酬 を中心に▲4.48%マイナスされる。また、処遇改 善で増収する部分はそのまま費用として支出される ので、事業者から見ると実質的には5%を超えるマ イナス改定と言えよう。過去の改定率と比較しても 大きなマイナスであることがわかる(図表参照)。 ただし、“マイナス改定”だからと言って、市場規 模そのものが縮むわけではない。国全体の介護費 用は毎年増えており、過去5年間の平均(09〜13 年度)でも6.4%も増えている。今年も同じ比率で 伸びると考えると、全体としては4%程度増えること になる。実際に、厚生労働省も現状で9.4兆円(13 年度)の介護費用が25年度には21兆円になると見 込んでいる。つまり、全体は増えるが、マイナス改 定によりメリハリがつけられる1人当たりの単価はマ イナスになる可能性があり、利用者数を増やさない と減収になる恐れがある、ということである。 メリハリとは、要するに“厚労省の改革プランに 沿っているか”どうかで評価が変わり、意向に沿え ればプラスになり、沿えなければマイナスになるわ けだ。以下では改定の要点を確認しつつ、厚労省 の“意向”をみていく。 地域包括ケアシステムへの対応 15年度改定では次の3つの基本方針に沿って評 価がされた。「1.中重度の要介護者や認知症高齢 者への対応の更なる強化」は、重点的に評価(条件 を満たせば点数アップ)された項目である。「2.介護 人材確保対策の推進」は介護職員の報酬を上げれ The Point of View 制度を読み解くキーワード 図表 介護報酬改定率の推移 年度 改定率 主たる内容 2000 — 介護保険制度施行 2003 ▲2.3% 初の改定 2005 ▲1.9% 06年改定前倒し 2006 ▲0.5% 2009 +3.0% 2012 +1.2% 処遇改善分+2.0% 2014 +0.63% 消費税増税分 2015 ▲2.27% 処遇改善分+1.65% 介護報酬の大幅マイナス改定 改定の“意向”をどう読み解くか 藤井将志 特定医療法人谷田会 谷田病院 事務部長 2015年4月、公的介護サービスの価格である介護報酬が改定された。介護報酬は3年に1回改定 されており、今改定のマイナス幅は2000年の介護保険施行以来、2番目に大きいものとなった。 © PhotographyByMK - Fotolia.com (C) 2015 日本医療企画.
  • 4. 2015. No.36 ヒューマンニュートリション 83 ば、その分に見合う収益をアップさせるというもの。「3. サービス評価の適正化と効率的なサービス提供体 制の構築」は、点数ダウンさせる項目となっている。 まず1で評価された内容として、診療報酬と介護 報酬共通して厚労省が示しているゴールイメージに 「地域包括ケアシステム」がある。住み慣れた地域 で完結された医療・介護を提供し、できるだけ住み 慣れた家(在宅)を拠点に各種サービスを受けてもら う。結果として病院や居住系の施設にできるだけか からずに、生活し続けられるようにサポートする仕 組みだ。このゴールの達成に必要なことが、今回 の介護報酬改定でも評価された。人員体制をしっ かりと整え、定期的に複数職種で会議を行ない、 情報を共有することに加算が設けられた。さらに、 重症者や認知症の利用者を受け入れたり、夜間帯 でも対応できる体制についても加算が設けられた。 リハビリテーションについては、「機能回復訓練」 を主眼に置いたリハビリがゴールではなく、日常生 活の「活動」ができるように、さらに家庭や社会への 「参加」ができるようにすることが、リハビリテーショ ンのゴールであるという方向性が明確に示された。 自治会や地域サロンといった社会活動に参加するこ と、介護報酬の範囲内だと通所介護に通えること が、社会への参加とされている。そこにつなげら れれば介護報酬でも評価され、できなければ評価 されないこととなった。具体的には、訪問リハから 通所リハに移行できたり、通所リハから通所介護に 移行できることに対し、評価が設けられた。 ほかに、看取りをする居宅サービスや施設サー ビス、口腔機能を維持するための取り組みなどが 評価された。上記のようなキーワードが今回の改定 で厚労省が積極的に評価するとした項目である。 介護職員だけに対する処遇改善 続く基本方針の2では、介護職不足を解消する ため、他業界に比べて低い賃金を上げる対策とし て「処遇改善加算」が設けられた。これまでも加算 はあったが、より賃上げをするところを評価するもの だ。事業所にとっては利益が増えるわけではなく、 増収になった金額をそのまま介護職員に限定して 賃上げすることになる。 理屈上の意図はわかるが、事業を運営している 側からすると非常に課題が多い加算だ。同じ組織 に働いている職員のうち、介護職だけの賃金を上 げる必要があるからだ。しかも、介護報酬の対象 部分だけが評価され、医療系の施設と併設してい る場合は、同じ介護職であっても加算対象にはなら ない。診療報酬でも産婦人科に優遇した配分や、 夜間対応の医師を優遇した配分などが評価された ことはあるが、対象者の賃上げが必須という強い 縛りはない。組織として考えた場合、一部の人だ け賃金体系を変えるのは、とてもやりにくいだろう。 賃金を上げたければ、事業所への加算という形 で配分するのではなく、介護職員個人の申請等に よる配分をすべきであろう。一組織の賃金体系にま で指図するような政府の介入はいかがなものか。 全体的に大幅減算 最後の3の項目は、厚労省が減額すると示して いるものだ。そもそも、全体として基本料を中心に 減算されており、これは介護事業所の収益状況を みると“余裕がある”という判断のもとに全体的に減 額されているということだ。さらに減額されている項 目は、同一建物内に複数の利用者がいたり事業所 がある場合、である。一カ所や近隣に複数の利用 者が多数おり、効率的にサービスを提供できる場合 と、個々の家が独立しており移動にも時間がかか る場合の評価に差をつけたことになる。 また、通所介護や通所リハビリテーション、認知 症対応型通所介護において、送迎を行なっていな い場合は減額になる。減額を免れるためには送迎 をする人員や車両設備等を整えなければならない ので、事業者への負担は大きい。 効果が出るサービスが求められる 大きな流れとしては、社会参加という“効果”が出 ないサービスを漫然と提供していることに対しては 厳しい評価となった。短期間で集中的にサービスを 提供すること、重傷者や認知症、24時間体制に ついては評価されたといえる。収益を維持するため には、稼働率を高めることはもちろん、地域から求 められている対象者に効果が出るサービスを提供 できる体制がつくれるかどうかが、中長期的に影響 してくるだろう。 藤井将志 特定医療法人谷田会 谷田病院 事務部長 ふじい・まさし◎早稲田大学政治経済学部を2006年に卒業。病院向け経 営コンサルティング会社である(株)アイテック、(株)MMオフィスを経て、12年 度から沖縄県立中部病院・経営アドバイザーとして病院経営支援を行なう。 診療報酬を駆使した収益増、医療機器等の費用削減、業務効率化に携わ る。15年度から特定医療法人谷田会・谷田病院の事務部長として着任する (C) 2015 日本医療企画.
  • 5. 76 ヒューマンニュートリション 2015. No.35 示された具体的な未来図 昨年から始まった病床機能報告制度や地域医療 ビジョンといった、2025年の医療体制構築に向けた 施策の方向性が具体的になってきた。報告制度で 集めたデータや全国のレセプトデータなどをどのよう な考え方で分析し、どのように活用し、どのように公 開していくのか、といったことが3月18日の地域医 療構想策定ガイドライン等に関する検討会で発表さ れた。 ガイドラインでは、一般病床と療養病床を今度ど のように再編していくべきか、ということが明確に示 されている。特徴的なのは「こうあるべき」という抽 象的な文言の羅列だけではなく、数字等も用いて 具体的に「どのような病床機能を持つ施設が、どの ような患者像を診るべきか」ということを示している点 である。さらに、そこで見えてきた方針を、どのよう に進めていくべきか、ということにも言及している。 つまり、医療体制の“ゴール”とそこに向けて実施する “How to”が提示されている。以下では、2025年 の日本の医療提供体制の未来図でもあるガイドライ ンの内容を見ていく。 高度急性期病床の患者像 病床機能が「高度急性期・急性期・回復期・慢 性期」の4区分に分かれたことは周知のとおりであ る。このうち、高度急性期は「急性期の患者に対し、 状態の早期安定化に向けて、診療密度が特に高 い医療を提供する機能」と定義されている。該当す る病棟の例として、救命救急病棟やICU、HCU 等が挙げられていた。ガイドラインではさらに踏み込 み、これらを“数字”で表すと、診療報酬点数が 3000点以上とされた。 この3000点という数字は“医療資源投入量”とい う概念で、DPC病院のような包括される場合でも仮 に出来高であったらどのくらいの医療費がかかった のか、を計算したものになる。たとえば、入院中の ある1日に注射(400点)を投与し、心電図(130点) を実施し、栄養指導(130点)を実施すると、合計 が660点になる。こうした医療資源をどのくらい投下 したかを計るため、看護師の配置等で変動する入 院基本料や特定入院料などは除外される。仮に7 The Point of View 制度を読み解くキーワード 各地域ごとの機能別の 病床数の算出により 具体的な施策の検討が始まる 宇都宮将綱 医療ジャーナリスト 地域医療構想策定ガイドライン等に関する検討会は3月18日、各都道府県が地域の医療需要に応 じて提供体制を構築するための指針を了承した。2025年に到来する超高齢化社会に耐えうる医療 提供体制構築に向け、医療需要を推計し、地域の実状にあった医療提供体制構築をめざす。 © Thierry RYO - Fotolia.com (C) 2015 日本医療企画.
  • 6. 2015. No.35 ヒューマンニュートリション 77 対1入院基本料(1591点)に各種加算分を加えて、 入院基本料等が2000点相当が除外されている施 設だとすると、1日の単価が5万円(3000点+2000点) を超える日が高度急性期病棟の対象者となる。 ガイドライン中には提示されていないが、過去の 検討会で議論された資料には、次のような患者像 の例が示されている。「くも膜下出血に対して、脳 動脈瘤クリッピング術を行なった。人工呼吸器を装 着し、また点滴、動脈圧測定、導尿カテーテル、 鼻腔栄養、ドレーンなど複数の管が入っている。呼 吸、脈拍、血圧、体温、尿量等を1〜2時間おき にみて全身状態を観察しながら、集中治療を行なっ ている」(図表参照)。こうした状態にある患者が高 度急性期病棟の対象と考えられている。 その他の病床機能の患者像 続いて、急性期についてみていく。定義上は「急 性期の患者に対し、状態の早期安定化に向けて医 療を提供する機能」と示されており、まだ“安定して いない”ことが急性期であるか回復期であるかの線 引きとなる。医療資源投入量の値では600点以上と 示されている。先の高度急性期と同じ仮定で1日当 りの単価に換算すると2万6千円以上ということにな るので、高度急性期に比べるとかなり多くの患者が 対象になることがわかる。 急性期の患者像の例、回復期と慢性期の定義と 医療資源投入量、患者像の例は図表に提示した通 りであるので、確認してもらいたい。 各医療機関では何をすべきか これらの具体的な患者をDPCデータ、レセプトデー タからはじき出し、各地域で必要な機能別の病床数 を算出することとなっている。各都道府県には二次 医療圏ごとの算出後の結果も通達されており、数字 を目にするのは時間の問題であろう。現状の病床数 に比べて2025年では、ほとんどの都道府県で病床 過剰という数字が出てくることが推測される。その示 された目標値に向かって、地域ごとに具体的な施策 を検討する段階が今年の4月から始まる。 その際に、各医療機関と都道府県がどのように 取り組むべきか、ということもガイドラインに明示され ている。各医療機関がひとまず取り組むべきことは 「個々の病棟にさまざまな病期の患者が入院してい るが、各病棟について、高度急性期から慢性期ま での選択を行なったうえで、病棟単位で当該病床 の機能に即した患者の収れんのさせ方や、それに 応じた必要な体制の構築や人員配置を検討するこ とが望ましい」とされている。 つまり、先に提示した“患者像=医療資源投入量” の基準に照らし合わせて、自院の状況はどうなって いるのかを把握すべき、ということである。おそらく 病棟単位で高度急性期〜慢性期の患者が入り組ん で入院していると考えられ、それを病棟別になるよう に経営資源を再配分しなさい、ということである。 来年4月に控えている診療報酬改定も、このガイドラ インと整合性をとってくることは想像に難くないので、 早急に上記数字を算出して今後の対応策を検討す る必要がありそうだ。 宇都宮将綱 医療ジャーナリスト 本名、藤井将志(ふじい・まさし)◎1983年生まれ。2006年、早稲田大 学政経学部卒業。医業経営コンサルティング会社の(株)アイテック、(株) MMオフィスにて、大学病院や公的、私的病院の経営改善支援を行なう。 現在はNPO法人病院経営支援機構に所属し、沖縄県立中部病院の経 営アドバイザーとして病院経営の実行支援を専門に行なう。 出典:地域医療構想策定ガイドライン等に関する検討会(第7回・第9回)資料 図表 医療機能の定義と患者像 定義 医療資源 投入量 (下限) 患者像の例 高度 急性期 急性期の患者に 対し、状態の早期 安定化に向けて、 診療密度が特に 高い医療を提供 する機能 3000点 くも膜下出血に対して、脳動 脈瘤クリッピング術を行なっ た。人工呼吸器を装着し、ま た点滴、動脈圧測定、導尿 カテーテル、鼻腔栄養、ドレ ーンなど複数の管が入って いる。呼吸、脈拍、血圧、体 温、尿量等を1〜2時間お きにみて全身状態を観察し ながら、集中治療を行なって いる。 急性期 急性期の患者に 対し、状態の早期 安定化に向けて、 医療を提供する 機能 600点 慢性閉塞性肺疾患の急性 増悪に対して、非侵襲的人 工呼吸器による換気補助 療法を実施していたが、脱し た。鼻カニューレによる持続 酸素吸入療法、ステロイド 薬の全身投与及び気管支 拡張薬の吸入による薬物療 法を行なっている。 回復期 急性期を経過した 患者への在宅復 帰に向けた医療や リハビリテーション を提供する機能 225点 尿路感染症に対し、抗菌薬 治療を行なった。解熱し、尿 路感染症は改善したが、高 齢でもあり、経口摂取が不 十分で、全身状態の回復が 遅れている状態。補液を行 ないつつ、在宅復帰に向け ての治療を行なっている。 慢性期 長期にわたり療養 が必要な患者を 入院させる機能 − 脳幹出血のため、急性期病 院へ入院した。意識障害及 び人工呼吸器による呼吸補 助が長期化し、気管切開を 行った。意識障害が続き、さ らに長期にわたる療養が必 要なため、療養病床のある 病院へ転院し、経鼻胃管に て栄養剤を注入している。 (C) 2015 日本医療企画.