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シビックテックと統計学で予測する
琵琶湖の環境問題
CIVIC TECH FORUM
2021年5月15日
代表
五十嵐康伸、博士(理学)
1 はじめに
関西大好き!
佐藤
奈良県在住
藤原
滋賀県在住
五十嵐
大阪府&奈良県に25年
近畿の水瓶:琵琶湖
4
琵琶湖は日本で一番大きい & 深い
北湖
南湖
琵琶湖大橋
琵琶湖の定量的特性
• 滋賀県の面積:4,017km2
• 琵琶湖の面積:670.25km2
(滋賀県面積の約1/6)
(淡路島より少し大)
• 湖岸線延長:約235km
• 貯水量:約275億m3
北湖:約273億m3、南湖:約2億m3
• 平均深度:約41m
北湖:約43m、南湖:約4m
• 最大深度:103.58m
• 最小幅:1.34km
5
6
周辺が都市化する「南湖」
7
自然豊かな「北湖」
水質の定期モニタリング
【公共用水域の水質監
視】
○調査地点数:琵琶湖51(北湖31、南湖20)
河川35(調査河川数31)
北湖では全層循環が起こっている
滋賀県琵琶湖環境科学研究センター: 琵琶湖の全層循環
https://www.lberi.jp/setting/learn/jikken/junkan
琵琶湖の北湖の水深は90mを超え、全層循環という現象が起こっている。
気温の変化は、深層の水温よりも、表層の水温へ急速にかつ大きく影響を
与える。春から夏にかけて表層の水温は大きく上がる。北湖では、春から
初冬にかけて、表層と深層の間に水温が急激に変わる水温躍層(すいおん
やくそう)が形成される。表層水は温度が上がることで低密度になり、沈
みにくくなる。水温躍層が形成されると、表層と深層の間で水の対流が減
り、上下方向に湖水が混ざりにくくなる。表層水は酸素を多く含んでいる
が、その酸素が底層に届かなくなる。底層では、溶存酸素(DO)が供給さ
れず、溶存酸素の消費が進む。晩秋に底層のDOは最も低くなる。
秋から冬にかけて表層の水温は大きく下がる。水温躍層は緩和し、冬に無
くなる。表層水は温度が下がることで高密度になり、沈みやすくなる。表
層から深層に向かって湖水の混合が進む。湖水の混合が底層まで進むこと
により、底層まで酸素が届きDOが回復し、冬には表層から底層まで水温と
DOが一様に近くなる。この現象を「全層循環」と言う。底層の生物が住み
やすい環境になるので、「琵琶湖の深呼吸」とも呼ばれる。
近年の傾向
• 琵琶湖表層の水温は、気温と同様に上昇傾向にあり、約40年間で
約1.5℃の上昇した
• 2018年度と2019年度の冬は、2年連続で北湖の一部水域で全層
循環が完了しなかった
• 底層DOが2[mg/l]を下回ると琵琶湖の下の生物が死ぬ、可能性がある
琵琶湖環境科学研究センター 環境監視部門
平成30年度琵琶湖水質変動の特徴 &令和元年度 琵琶湖水質変動の特徴
https://www.pref.shiga.lg.jp/ippan/kankyoshizen/kankyou/306170.html
https://www.pref.shiga.lg.jp/ippan/kankyoshizen/kankyou/313082.html
今回の取り組む問題
<定性>
今後、地球温暖化で琵琶湖表層の水温が上昇したら
全層循環はどうなるのか?
そして底層DOはどうなるのか?
<定量>
琵琶湖表層の水温が何度上昇したら
底層DOは2 [mg/l] を下回るのか?
2 材料と方法
2.1 測定者
• 滋賀県琵琶湖環境科学研究センターが測定したDOと水温のデータを用い
た
1. 滋賀県 環境白書 資料編
https://www.pref.shiga.lg.jp/ippan/kankyoshizen/kankyou/11319.html
2. 北湖底層DO調査結果
https://www.pref.shiga.lg.jp/ippan/kankyoshizen/biwako/300014.html
3. マザーレイク21計画関連指標オープンデータ、水質
https://www.pref.shiga.lg.jp/ippan/kankyoshizen/biwako/306153.html
2.2 測定場所
• 位置は北湖にある今津沖の第一湖盆の中央に限定して用いた
• 深さは水面から深さ0.5m・湖底上1mの2点に限定して用いた
2.3 測定時期
• 測定は毎月1〜4回実施されていた。月内のデータを平均化して用いた
• 期間は1979年4月から2020年3月の492ヶ月・41年に限定して用いた
2.4 測定方法
• DO:JIS K0102
• 水温:上水試験方法-2011 Ⅱ-3 1
4. 令和2年度 公 共 用 水 域 ・ 地 下 水 水 質 測 定 計 画、滋 賀 県
https://www.pref.shiga.lg.jp/ippan/kankyoshizen/biwako/311000.html
2.5 分析方法
• プログラミング言語:Python 3.8.3
• 予測アルゴリズム:SARIMAXモデル
• パラメータ最適化基準:AIC
もものきとデータ解析をはじめよう
https://momonoki2017.blogspot.com/2018/02/python1.html
3 結果
3.1 DO理解
DO [mg/l]
溶存酸素量
トレンドと季節性と残差足し合わせると
オジリナルの時系列と一致
月別の平均値
DOの時系列の自己相関
青:95%信頼区間
信頼区間の領域を超えてプロットされているデータは
統計的に有意差がある値とみなされます。
3.2 TEMP理解
表層から0.5m
TEMP
トレンドは
約1.5℃上昇
季節性大
±10 ℃
規則性が強い
底層から1m
TEMP
表層より
規則性が弱い
トレンドは
約1.5℃上昇
表層より
季節性小
±0.3 ℃
3.3 DO単独の予測と
TEMPを用いたDO予測
<データ>
• 学習(訓練、モデル作成用)用データ:1979-04〜2019-03: 40年分
• 予測(テスト)用データ:2019-04〜2020-3、1年分
<モデル>
• SARIMAX
• S: Seasonal (季節)
• AR: AutoRegressive (自己回帰)
• I: Integrated (和分)
• MA: Moving Average (移動平均)
• X:外生変数、説明変数
<パラメータ by AIC最適化>
• p:AR(自己回帰) 3 in 1〜5
• d :差分の次数 0 in 0〜2
• q : MA(移動平均)の次数 3 in 0〜5
• P,D,Q:季節調整に適用する次数=(1,1,2)in ( 0〜2, 0〜2, 0〜2)
• S:季節調整に適用する周期=12
DO単独の予測
DOが2を下回ると
琵琶湖の下の生物が死ぬ
予測期間
学習期間
TEMPを説明変数として用いた
DOの予測
DOが2を下回ると
琵琶湖の下の生物が死ぬ
予測期間
学習期間
TEMPを説明変数として用い
予測期間のTEMPに+5にした、DOの予測
DOが2を下回ると
琵琶湖の下の生物が死ぬ
予測期間
学習期間
TEMPを説明変数として用い
予測期間のTEMPに+10にした、DOの予測
DOが2を下回ると
琵琶湖の下の生物が死ぬ
予測期間
学習期間
まとめ
<定量>
• 琵琶湖表層の水温が何度上昇したら、底層DOは2[mg/l]を下回るのか?
<結論>
• 10度
<議論>
• 水温変化の傾向
– トレンド:表層、底層共に:約40年間で約1.5℃上昇
– 季節性:表層±10 ℃、底層±0.3 ℃
<今後の課題>
• 表層の水温に、底層の水温も加えて予測
• 予測精度の定量的評価、信頼区間の表示
• 表層の水温に対して、気温+風+雨が及ぼす影響

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