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⑥罪の根
- 7. ③ 食べること : 原罪を遺伝 ? ④ 愛の : - 死を伴う試験 ? ⑤ アダム , エバ : 死を覚悟してまで み言を犯すか ? 物質ではなく , 生命以上の強力な刺激 善悪の果 木の果実 ? 神
- 9. 堕落前のアダム イスラエル民族 ( 箴言 13 : 12 ) キリスト教信徒 ( 黙 22 : 14 ) 所望 ( 創 3 : 24 ) 1 . 生命の木 堕落人間 生命の木 ( 創 2 : 9 )
- 11. イエス = 後のアダム ( コリントⅠ 15 : 45 ) ( 黙 22 : 14 ) ( 箴言 13 : 12 ) ( 創 3 : 24 ) 救援摂理の目的は生命の木復帰 原罪まで贖罪 霊的接ぎ木 原罪が残っている 堕落 再臨 イエス アダム イエス
- 12. 2 . 善悪を知る木 完成した男性 比喩した木 完成した女性 比喩した木 生命の木 善悪を知る木 アダム エバ 神
- 13. 比喩 聖書 イエス : ぶどうの木 ( ヨハネ 15:5 ), オリブの木 ( ロマ 11:17 ) 完成したアダム , エバ : 二つの木に比喩 善悪を知る木 完成したエバ 創造理想を 完成した女性
- 17. 下部 : とが 犯罪 2 . 人間の犯罪 堕落前 : 裸でいても恥ずかしく 思わなかった ( 創 2 : 25 ) 堕落後 : 下部を覆う ( 創 3 : 7 ) ア エ
- 18. ヨブ記 31 : 33 ~ 34 「 わたしがもし(アダムのごとく)人々の 前にわたしのとがをおおい、わたしの悪 事を胸の中に隠したことがあるなら 」 下部を覆う 下部 : とが 犯罪 アダム
- 20. 3 . 天使と人間との淫行 ヨハネ 8 : 44 『 あなたがたは自分の父、すなわち、悪魔から出て きた者であって、その父の欲望どおりを行おうと 思っている 』 淫行関係 人間 : 淫行 で堕落 天使 : 淫行 で堕落 情的 関係
- 21. = 愛 Ⅳ . 善悪の果 善悪の果 エバの愛 成長期間 善の果 悪の果 = 愛 サ 善の子女 悪の子女 神
- 24. Ⅴ . 罪の根 人間始祖 天使 悪の血統繁殖 不倫なる血縁関係
Editor's Notes
- 人間 はだれでも悪を退け、 善 に従おうとする本心の指向性をもっている。しかし、すべての人間は自分も知らずにある 悪の力 に駆られ、願わざる 悪 を行うようになるのである。 -> キリスト教ではこの悪の勢力の主体を サタン と呼ぶのである。 -> 人間がこのサタンの勢力を清算できないのは、サタンが何であり、どうしてサタンとなったかという、その 正体 を知らないからである。
- 今まで 罪の根 が何であるか ということを 知る者は一人もいなかった。 ただキリスト教信徒のみが、 聖書 を根拠として、人間始祖アダムとエバが 善悪を知る木の果を取って食べ 、それが罪の根となったということを漠然と信じてきたのである。
- -> それゆえに、人間が -> この悪を 根こそぎ取り除き 、 -> 人類の罪悪史を清算して、 -> 善の歴史を成就するためには、 -> サタン がサタンとなったその動機と経路 と その結果を明らかに知らなければならない。 -> このような問題を解明するために、堕落論を知らなければならないのである。
- -> しかし、 善悪を知る木の果 が、文字どおり -> 木の果実 であると信ずる信徒たちと、あるものに対する 象徴、あるいは比喩 に違いないと信ずる信徒たちとが、互いにその意見を異にし、 -> それぞれに 様々な解釈 をしているだけで、 -> 今もってなお、これに対する 完全な解明 がなされていない の である。
- -> 多くのキリスト教信徒たちは今日に至るまで、アダムとエバが取って食べて堕落したという 善悪を知る木の果 が、文字どおり何かの木の果実であると信じてきた。 -> しかし、 父母としていまし給う神 が、何故その子女たちが取って食べて 堕落する可能性のある果実 を、「食べるに良く、目には美しく、賢くなるには好まし」くおつくりになり (創三・ 6 ) 、彼らがたやすく取って食べられる所に置かれたのであろうか。 -> イエスは、「 口にはいるもの は人を汚すことはない。かえって、口から出るものが人を汚すのである」 (マタイ 15:11 ) と言われた。
- ③ -> 人間の原罪は、人間の祖先から遺伝されてきたものであって、食物が 原罪を遺伝 するその要因とはなり得ないのである。遺伝は、ただその血統を通じてなされるからである。 ④ -> 愛の方であられる神が、人間に 死を伴うような方法でもって、かくも無慈悲な試み をされたとは到底考えることができない。 ⑤ -> アダムとエバが食物などのために、 死を覚悟してまで、神のみ言を犯したとは 到底考えられないのである。 -> それゆえに、善悪を知る木の果は 物質ではなく 、生死にかかわることさえも問題視しないほどの 強力な刺激 を与えることのできる、他の何物かであるに相違ない。
- -> 聖書の多くの 主要な部分 が 象徴や比喩 で記録されている。 -> 善悪を知る木の果 も 比喩であると見るならば、それは果たして何を 意味 するのであろうか。 -> これを解明する方法として、 「 善悪を知る木 」 と共にエデンの園にあったという 「 生命の木 」 が何であるかをまず調べてみることにしよう。 (創 2:9 )
- -> 聖書のみ言によれば、 堕落人間 の願いは生命の木の前に行き、生命の木を完成するところにあるという。 -> すなわち、 箴言十三章 12 節 を見れば、旧約聖書において、 イスラエル民族 も生命の木をその願望の対象として眺めていたし、 -> 黙示録二二章 14 節 の記録を見ると、イエス以後、今日に至るまでのすべての キリスト教信徒たち の願望もまた、ひたすらに生命の木に至ろうとするところにあるということが分かるのである。 -> 創世記三章 24 節 を見れば、アダムが罪を犯したために、神は炎の剣をもって生命の木の道をふさいでしまわれたと記されている。この事実を見ても、 堕落前のアダム の願望が、生命の木であったということを知ることができる。 アダムは堕落することによって、彼の願望であったこの生命の木に至ることができず、エデンの園から追放されたので、 -> この生命の木は、その後すべての堕落人間の 望み として残されてきたのである。
- では、完成するそのときを仰ぎ見ながら成長していた未完成のアダムの願いとは何であったろうか。 -> それは、彼が堕落せずに成長して、神の創造理想を完成した男性になるということでなければならない。 -> したがって、 「 生命の木 」 とは、すなわち、 「 創造理想を完成した男性 」 である、ということを知ることができる。 -> それは結局、 完成したアダムを比喩した言葉である 。
- -> アダムが堕落 することによって「生命の木」になることができなかったので(創 3:4 )、創造理想を完成した一人の男性が「生命の木」として来られ、すべての人間が彼に接ぎ木されなければ堕落人間は「生命の木」になることができないのである。 -> この ために 来たり給うたお方が、 箴言一三章 12 節 で 旧約時代の聖徒たちが期待していた生命の木と して来られた 初臨の イエス であった 。 しかしながら、キリスト教信徒たちは、霊的にのみ接がれるようになったので、 原罪がそのまま残るようになったのである。 そのために、イエスは地上に生命の木として再臨され、 原罪まで贖罪 してくださる摂理をなさらなければならない。 -> 神の救いの摂理の目的は、エデンの園で失われた生命の木 (創 2:9 ) を、 黙示録二二章 14 節 の 生命の木として復帰なさろうとするところにあった 。 -> イエスを 後のアダムという理由は実にここにあるのである 。(コリントⅠ 15:45 )
- -> 神 は アダム だけを創造したのではなく、その配偶者として エバ を創造された。 -> エデンの園の中に創造理想を 完成した男性を比喩する木 があったとすれば、 -> 同様に 女性を比喩 するもう一つの木が、当然存在してしかるべきではなかろうか。 그러한 여성을 비유하는 또 하나의 나무도 있었어야 할 것이다 . -> 創世記二章 9 節に 生命の木 と共に生えていたと記録されている -> 善悪を知る木 がまさにそれで あったのである。
- -> したがって、 善悪を知る木 というその木は、 創造理想を完成した女性 を象徴するものである ので、 それは 完成したエバ を 比喩した 言葉であるということを知ることができるのである。 -> 聖書に、イエスを 「ぶどうの木」 (ヨハネ 15:5 ) 、あるいは 「オリブの木」 (ロマ 11:17 ) に例えられているように、神は人間堕落の秘密を暗示なさるときにおいても、 完成したアダムとエバと を、 二つの木をもって比喩 されたのである。
- -> エバを誘惑して、罪を犯させたものは蛇であったと聖書に記録されている 。(創 3:4-5 ) ① この 蛇は 人間と会話 を交わすことができ た。 ② そして 霊的な人間を堕落 させた霊的な存在であ り、 ③ 善悪の果を食べさせまい、と計らわれた 神の意図を知っていた 。 . ④ 巨大な龍、すなわち、悪魔とか、サタンとか呼ばれ、年を経た地に投げ落され 龍を呼ぶ時、この蛇の 所在は天 にあった。(黙 12:9 ) ⑤ 時間と空間を超越して 現在も 人間の心霊を支配 し得る能力をもつ存在 である。
- -> このような内容でみるとこの蛇は 霊的存在 である。 -> この霊的存在は、元来 善を目的 として創造されたある存在が、 堕落してサタン となったものであると見なさなければならないのである。 -> 天使以外にこのような条件を具備した存在はないので、この 蛇 は 天使 を比喩したものであると見ることができるのである。 -> ペテロ二章 4 節 を見ると、神は 罪を犯したみ使い たちを許し給わず、地獄に投げ入れられたと記録されているのである。
- -> 創世記二章 25 節 を見れば、 罪を犯す前 、アダムとエバは、裸でいても 恥ずかしく思わなかった 。 -> しかし、彼らが 堕落したのち には、裸でいることを恥ずかしく思い、無花果の葉をもって 下部を覆った のである 。 人間は恥ずかしい所を隠すのがその本性だからである。しかるに彼らは、手や口を隠したのではなく、下部を隠した という 事実は彼らの 下部が科 となったために、それを恥ずかしく思ったということを表しているのである。 -> ここから、彼らが下部で 罪を犯した という事実を推測することができるのである。
- ヨブ記三一章 33 節 には、「わたしがもし(アダムのごとく)人々の前にわたしの とがをおおい 、わたしの悪事を胸の中に隠したことがあるなら」と記録されている。 -> そうしてアダムは、堕落したのち、その 下部を隠した のであった。 -> この事実はとりもなおさず、アダムが覆ったその下部が科とな り、 アダムがその下部で罪を犯した ということを物語っているのである。
- -> 人間が堕落する以前の世界において、 死ぬということを明確に知っていながら 、それを乗り越えることのできる行動とは 愛 以外の何ものでもない。 -> 「生めよ、ふえよ」 (創 1:28 ) と言われた神の創造目的は、愛によってのみ完成することができるのである。したがって、愛は 最も貴い、そして最も聖なるもの であったのである。 -> それにもかかわらず、人間は歴史的に 愛の行動を、何か卑しいもの のように見なしてきたというのも、 -> それが、 堕落の原因 となっているからである。
- -> 人間が天使の誘惑に陥って堕落したという事実、 人間 も 天使 もみな淫行によって堕落したという事実、 また、被造世界においては、霊的存在であって、お互いにある 情的関係 を結ぶことのできる存在とは、人間と天使以外にはないという事実などを結びつけてみるとき、 -> 人間と天使との間に 淫行関係 が成り立ったであろうということは、容易にうなずくことができるのである。 -> ヨハネ福音書八章 44 節 には「 あなたがたは自分の父、すなわち、悪魔から出てきた者であって 、その父の欲望どおりを行おうと思っている」と記録されている。 黙示録一二章 9 節 には、悪魔はすなわちサタンは人間を誘惑した古い蛇であると明示して あり、 このような聖句に基づいてみるとき、人間はサタンの子孫 になったのである。
- -> 善悪の果 は エバの愛 を意味するのである。 エバは、 -> 神を中心とするその愛 をもって 善の子女 を繁殖しなければならなかったにもかかわらず、 -> サタンを中心と した愛 で 悪の子女 を生み殖やしたのである。 -> エバは、その愛をもって 善の実 を実らせることも、また 悪の実 を実らせることもできる 成長期間 を通過して、完成するように創造されていたのであった。 それゆえに、その愛を善悪の果といい、その人間を善悪を知る木といったのである。
- -> エバ は神を中心とする善なる愛をもって、 善 なる実を取って食べ、善なる血と肉を受け、 善なる血統 を繁殖しなければならなかったにもかかわらず、 -> サタンを中心とする悪なる愛をもって 悪なる実 を食べ、悪なる血と肉を受けて 悪なる血統 を繁殖し、罪悪の社会をつくったのである。
- -> したがって、 エバ が善悪の果を 取って食べた ということは、彼女が サタン (天使)を中心とした愛によって、 -> 互いに 血縁関係 を結んだということを意味するのである。
- -> 罪の根は 人間始祖 が蛇に表示された -> 天使 と 不倫なる血縁関係 を結んだところにあった 。 -> したがって、彼らは神の善の血統を繁殖することができず、サタンの 悪の血統を繁殖 するようになったのである。
- 罪の根が血縁関係によってつくられたので、この 原罪は、子々孫々に遺伝 されてきた。 -> そして、罪を取り除こうとする宗教は、みな 姦淫を最大の罪 として定め、これを防ぐために、 禁欲生活を強調 してきたのである 。 -> これも 罪の根 が 淫乱 にあるということを意味するものである。 -> 人間社会から、この犯罪を根こそぎ取り除くことができない限り、理想世界を期待することはできないのである。 -> ゆえに、 再臨なさるメシヤ は、この問題を 根本的に解決 し得るお方でなければならない。