概論
教育は大人にこそ
老齢化と生産人口の減少は避け難い未来である。社会資本も老朽化し改修費用が必要となる。自律的な税
収で運営できている自治体、三鷹市、武蔵野市、調布市の3市をモデルに分析した。一人あたりの税収が多
い背景には法人税収入によるものではなく高い個人所得による個人市民税に支えられているものであった。
武蔵野市では高額所得者が多いだけでなく低所得者も少ない。
産業分類別に従業員ごとの付加価値額から偏差値を算出し動向を調査した。家計ごとの消費動向を調べ、
低所得者と高所得者が何に消費するのかの違いを調査したところ高額所得者は低所得者の額面で 560 倍、
低所得者は平均の 0.57%しか教育に対して消費をおこなっていないことがわかった。
日本の 25 歳以上の学士進学率は 2%となっており、社会人が学ぶ環境が整っていない。義務教育を終え
数十年が経過した大人たちに教育機会をつくることで、デジタル・ディバイドのような問題だけでなく、健
康寿命の増進が期待できる。
結果データの可視化により情報の非対称性の解消をおこない、それを解決するための教育を反復継続開
発することで、おおよその社会問題を解決できる人的資本が整っていくものと期待できる。
老齢化と人口動態による経済考察
2030 年、日本のすべての自治体1で年少人口を老年人口がうわまわる老人社会がくる。
Figure 1 都道府県中最も高い老齢化率の秋田県人口推移
1 16 の自治体のみである
2030 年、日本の 13%の自治体で 15 歳から 65 歳
未満の生産年齢人口を老齢人口が上回る。77%の自
治体で老齢化率が 30%を超え、5%の自治体で老齢
人口が過半数を超える。若い人がお年寄りを経済的
に支える現在の仕組みは制度疲労になり維持、継続
は困難となりそうである。
自律的な財源で運営できている普通交付税不交
付団体は全国 1,718 ある自治体のうち 59 の市町村
と東京都2しかなく、減ることがわかっている生産
人口や将来償還を控えた公債発行により賄うのは、
持続可能性の観点からみて不健全である。
長期の人口動態
人口が急激に増加したのは、公衆衛生の改善による乳幼児死亡率低下と産業革命が始まった 200 年間3、
日本では明治維新以降のわずか 100 年4の出来事である。恒常的に人口が増える時代背景をもとに近代にお
いて醸成された社会システムのまま、経験のない人口の縮退期と老齢化社会を迎えようとしている。
生産年齢人口動態と経済の重要性
生産年齢人口動態がもたらす人口ボーナスは経済に大きな影響をあたえることが知られているが、日本
はこれから未踏の人口オーナス期に突入する。中国の 15 年後の人口ピラミッドは日本の現在の人口ピラミ
ッドと酷似5している。この 10 年の中国の経済成長は 25 年から 15 年前に日本が歩んできた道であるとも
言える。
日本はどの国よりも先行して超高齢化を迎えるため日本の高度経済成長期や、中国などの急成長とは真
逆の規模とスピードによるマイナス影響に堪えなければならない。
2平成27年度 不交付団体の状況 http://www.soumu.go.jp/main_content/000369975.pdf2
3ヨーロッパの超長期人口推移 http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/9010.html
4日本の長期人口趨勢 http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/06/dl/1-1a.pdf
5惊天秘密:2 组经济图表蕴含未来中国经济走向 http://goo.gl/ehucp0
Figure 2 市区町村中最も高い老齢化率の群馬県南牧村
Figure 3 ヨーロッパ長期人口動態
Figure 4 日本の長期人口動態
Figure 5 15 年後の中国の人口ピラミッドと現在の日本の人口ピラミッド
社会資本の老化
老朽化するのは人間だけではなく社会資本のような耐久財も同様である。
Figure 7 部門別の資本ストック(2009 年度)
社会資本ストック状況は公共財だけで 786 兆円6、うち 32.3%7が道路で 254 兆円、文教施設 (学校施設・学
術施設)が 9.2%で 73 兆円である。道路の耐用年数は 50 年、文教施設は 45 年で耐用年数を超え更新費用
が必要となる。現状保持をおこなうには耐用年数の半分の年数で新規更新(建て替え)の 60%程度の費用8
で大規模改修を行う必要がある。耐久消費財は制作、購入時だけでなく将来にわたる支出を要求する。
6社会資本ストック推計の方法と部門別・都道府県別の結果の概要 内閣府経済社会システム担当
http://www5.cao.go.jp/keizai2/jmcs/docs/pdf/jmcs2012_digest.pdf
7日本の社会資本 2012 内閣府政策統括官 http://www5.cao.go.jp/keizai2/jmcs/docs/pdf/jmcs2012.pdf
8財団法人 自治総合センター 地方公共団体の財政分析等 に関する調査研究会報告書 http://www.jichi-
sogo.jp/wp/wp-content/uploads/2011/06/2011_02.pdf
Figure 6 2009 粗資本ストック
税収の豊かさから要因を考察する
一番近い地方
「中央」の東京23区と隣接した一番近い「地方」、武蔵野市、三鷹市、調布市について考察する。
Figure 8 3市ロケーション地図
一人あたり地方税
Figure 9 一人あたり地方税 武蔵野市を 1 とすると三鷹 71%、調布 69%、練馬 31%となる
2012 年データにおいて全国 1741 市町村中、武蔵野市 38 位、調布市 116 位、三鷹市 107 位、世田谷区 667
位、杉並区 886 位、練馬区 1398 位となっている。3市はひとりあたりの税収が豊富であることがわかる。
これら3市と東京都はいずれも全国 59 しかない交付税不交付団体になっており恵まれた税収入があること
がわかる。
世田谷区
一人あたり法人税
Figure 10 三鷹市は法人税収入が少ないこ
とがわかる
法人税は東京23区では都税として扱われ
るためにデータが存在しない。市部のみ比
較をおこなう。こちらも全国で武蔵野市 98
位、調布市 146 位、三鷹市 556 位となって
いる。
一人あたり固定資産税
Figure 11 一人あたり固定資産税 武蔵野市
を 1 とすると三鷹 66%、調布 65%となる
武蔵野市が 109 位、三鷹市 331 位、調布
市 359 位となっており、武蔵野市のみ突出
して高いことがうかがえる。
法人数および、事業所数
法人数、事業所数ともに23区と都下で明確な差があることが分かる。
Figure 13 企業数 Figure 12 事業所数
Figure 15 企業密度
それぞれの自治体の面積が異なるので法人数を自治体面積で割った密度にてグラフ化した。武蔵野、杉並の
法人密度が高いことがわかるが、これは駅数や駅までの距離などの交通便益によるものだと推察される。
各自治体の住宅における最寄りの
交通機関のうち駅までの距離9をグラ
フ化した。武蔵野市、杉並区は駅から
2Km 以上離れた地区がほとんどな
いことと、三鷹市の過半数の 60%以上
の部分が駅から1Km 離れた公共交
通機関から離れた地区であることが
わかる。
逆に調布市は駅から 500m 以内が最頻
値であり駅周辺が高層化され開発さ
れていることがわかる。
9 平成 25 年住宅・土地統計調査 住宅の所有の関係(2 区分),最寄りの交通機関までの距離(12 区分)別住宅
数―市区町村 http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001056226&cycode=0
Figure 14 路線図と駅プロット
Figure 16 最寄り駅までの距離
Figure 17 所有分類別 駅までの距離
三鷹市、武蔵野市、調布市比較
歳入比較
一人あたりの税収にみられたような違い
がそれぞれの自治体でなぜ発生しているの
かについて、それぞれの自治体の公開情報10
を元に、比較検討する。
歳入額面でみると一人あたり市民税に現
れたような武蔵野市突出とはなっていない。
法人税収入では調布市が最も多くなってい
る。
歳入内訳構成比
三鷹市の法人からの税収の収益の少な
さが伺える。いずれの自治体においても
市民税による収入が40%を超える。
三鷹市の土地利用状況は商業地域 1.5%、
近隣商業地域 3.5%しかなく、住居系が 9
割近くを占めている11。
いずれの市においても法人市民税によ
る収入は土地、家屋の固定資産税収入よ
りも少ない。
人口比較
人口比較をすることで武蔵野市
の人口が他市よりもすくないため、
一人あたり税収が全国的に上位に
なっていたことがわかる。
納税義務者総数は少ないが市民
あたりの割合は三鷹市 49.4%、武蔵
野市 51.4%、調布市 48.9%となって
いて武蔵野市が高いことがわかる。
10 武蔵野市 (2)平成 25 年度市 税調定額(現年課税分)26 市 比較
http://www.city.musashino.lg.jp/dbps_data/_material_/_files/000/000/019/753/11-4.pdf
三鷹市基礎データ http://www.city.mitaka.tokyo.jp/c_service/011/attached/attach_11900_1.pdf
11 http://www.city.mitaka.tokyo.jp/c_service/020/attached/attach_20186_1.pdf
Figure 18 3市の歳入比較
Figure 19 3市の歳入構成比較
Figure 20 3市人口比較
世代構成比較
武蔵野市の納税義務者割合が多い
のは三鷹市、調布市が老齢人口などを
多く抱えるために、税収が落ちている
のではないかと仮説を立てたが、それ
ぞれの差は1%程度であるために、こ
の仮説は棄却した。
納税者割合比較
所得が課税金額にまで達しない低
所得者や失業者が多いのではないか
という検討をおこなったが、逆に就
業率は武蔵野市が低かった。納税義
務者のうち就業者の割合が人口に比
べて少ないことがわかり、就業以外
による所得があることがわかる。
また、会社役員数を検討したとこ
ろわずか1%ではあるが、武蔵野市
が多いことが分かる。
世帯の年間収入階級別状況
Figure 23 市町村別世帯収入状況
武蔵野市は年間収入 300 万円未
満の低所得者が少なく、1500 万
以上の高所得者が多いことがわ
かる12。武蔵野市は人口が3市の
なかで少ないにもかかわらず、
高所得者数は最も多い。
不詳を除くと 1500 万以上の割
合は三鷹 3.14%、武蔵野 5.14%
調布 2.08%となる。同 1000 万円
以上、11.23%、13.60%、8.73%
12 平成 25 年住宅・土地統計調査 世帯の年間収入階級(6 区分),世帯人員(7 区分),住宅の所有の関係(2 区
分)別主世帯数―市区 http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001056226&cycode=0
Figure 21 3市世代構成比較
Figure 22 3市納税者割合の比較
税収はあげられるか?経済は伸ばせるか?
地方税収のうち法人税や、固定資産税は割合が個人市民税よりも割合低く、またロケーション、地理的競争
優位に左右されるため変更が難しい。効果的なのは税収にしめる割合がもっとも多い域内人口の個人所得
をあげ納税者になってもらうことである。
法人税国際比較13
法人税は国際的な競争が不利な程度に高
いことがわかる。
個人の所得税の課税率は各国並であるが
国内総生産額にくらべて少なく、生産性の効
率が悪いか個人への所得移転が進んでおら
ず個人所得が抑えられているか、もしくは所
得税の回収などになんらかの問題があるの
ではないかと考えられる。
個人所得税国際比較14
Figure 25 個人の所得税率は各国並、もしくは低い程度であるが国税収入に締める割合は少ない
Figure 26 GDP と比較して個人所得課税の税収は少ない
13第 2-2-13 図 各業種における法人所得課税に係る税負担率の国際比較の試算 http://www5.cao.go.jp/j-
j/wp/wp-je02/pdf/wp-je02-00202-02.pdf
14財務省 個人所得課税の国際比較(日・米・英・独・仏)
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/income/027.htm
通商白書 2007 第 1-3-65 図 個人所得課税の税収の国際比較(2004 年)
http://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2007/2007honbun/html/i1320000.html
Figure 24 法人税の国際比較
産業と労働生産性
地域における加価値額と産業ごと分類
地域ごとの付加価値額をみると明確な東京一極集中であることがみてとれる。(全体額比 東京 37.64%、大
阪 9.05%、愛知 5.96%、神奈川 4.57%) 産業大分類別に比較した場合は製造業、卸売業、小売業、医療福祉
だけで全体の 51%に相当する。産業平均をうわまわるのは上位 6 産業のみで全体の 71.47%に相当する。
産業中分類別付加価値額の偏差値
Figure 29 産業中分類別 付加価値偏差値
Figure 28 都道府県ごと付加価値額 Figure 27 産業大分類別付加価値額
RESAS のデータから全 95 産業中分類における事業所あたりと従業員あたりの付加価値の偏差値15を求
め、従業員あたりの偏差値にて降順にてソートし上位 20 件を表示した。
銀行業の付加価値偏差値が 139 になるなどと、いくつかの業界において「はずれ値」とも言えるような偏
差値が観察できるが、これらを除けばおおよその産業は偏差 50 近傍となっており、企業単位でみれば産業
の違いにおける付加価値生産額にあまり差はない。それぞれの平均偏差は企業単位、事業所単位、従業員単
位で 3.46、6.57、6.26 である。中分類数は全 95 分類であるので簡便的に上下 5 位を抜いた値にてそれぞれ
の平均偏差をみると、0.74、4.67、4.26 となり、企業単位では一部の産業をのぞけば企業がつくりだせる付
加価値が平準化した完全競争の状態にあることがわかる。これらの標本から外れるのは銀行業、郵便業、電
気業、鉄道業であり、強い参入障壁がもうけられていることがデータからもわかる。
従業員単位で観察した場合、下位のグループにも特色があったので列挙する。
サービス業(他に分類されないもの) 宗教 39
宿泊業、飲食サービス業 飲食店 41
生活関連サービス業、娯楽業 洗濯・理容・美容・浴場業 41
宿泊業、飲食サービス業 持ち帰り・配達飲食サービス業 42
教育、学習支援業 その他の教育、学習支援業 42
農業、林業 農業 42
農業、林業 林業 42
宿泊業、飲食サービス業 宿泊業 42
卸売業、小売業 飲食料品小売業 43
サービス業(他に分類されないもの) その他のサービス業 43
産業中分類別従業員数と付加価値生産性偏差値
産業中分類別に従業員数を降
順にならべ付加価値偏差値を併
記した。全産業の平均従業員数は
44 万人(赤線)である。
産業従事人数が多い業界がす
べからく従業員あたりの生産性
が他の業界に比べ低い状態にあ
ることがわかる。
差別化が難しいコアなし業界
では、事業規模に比較して過大な
設備コストや代表者への連帯保
証など、回避不能な撤退コストが
あり、破滅的競争下にもかかわら
ず雇用促進されている可能性が
ある。
15 resas データを元に企業ごと、従業員ごとと表示あるデータを元に計算をおこなったが、データを精査
したところ csv にて得られたデータは合計値でありそうなのでそれぞれの企業数、事務所数、従業員数に
て割った値を使用した。
Figure 30 産業中分類別従業員数と付加価値生産偏差値
付加価値、労動生産性の国際比較
Figure 31 労働生産性の国際比較16
長期にみて付加価値生産性は長期には上昇傾向にあるが労働生産性は停滞もしくは下落の傾向にある。
労働生産性、時間あたりの労働生産性は OECD 加盟国の平均をしたまわる。
Figure 32 OECD 加盟
諸国の労働生産性
Figure 33 OECD 加盟
諸国の時間あたり労働
生産性
16労働生産性の国際比較 http://www.jpc-net.jp/annual_trend/annual_trend2014_3.pdf
問題、課題の整理
⚫ 老齢化による人口オーナスが発生
⚫ 社会インフラの老朽化と将来費用
⚫ 地方財政における個人所得の存在感
⚫ ほぼすべての産業分類で完全競争状態
⚫ 従業員ごとの付加価値生産性は業界により差がある
⚫ 多くの人が付加価値創造性の低い業界に従事している
環境分析をおこなった私感
多角度からのデータを分析することで上記の問題点が整理できた。生産人口減少による労動生産低下は
避けがたい事象である。同社会水準を維持していくためには、個人所得をふやす必要があり、個人の所得を
ふやすためには企業の正常循環活動から提供される付加価値の額を増やしていくのが正道だ。労動生産に
依存せずに付加価値額をふやすためにはどうしたらよいのだろうか?
世界的な傾向として、代替、交換可能な共通規格部品や労働力で活動をおこなうモジュール化が進んでい
る。巨大な資本と設備による独自規格フルカスタムでの製造、サービス提供は業績的に惨憺たる結末をもた
らすケースが増えてきた。大艦巨砲主義は顧客が満足していない未成熟な市場では効率化により利益を最
大化できるが、顧客が製品やサービスの違いをうまく認識できなくなってきているような成熟市場では設
備投資による先行出費は営業利益をあげるという目的に対する不確かさになり、足かせになる。
一人あたりの労動生産性が低い業界は、機械化や海外生産を利用できない産業である。付加価値生産性偏
差値 40 台の産業では苛烈な労働衛生環境が社会問題として顕在化してきている業界でもある。生産性がひ
くいということは、仕事を用意できてもその仕事の成果で食べることができなくなっている可能性が高い
ということでもる。しかも、それらの業界の従事人数がとても多い。
生産性についての問題は付加価値生産性の低い業界だけに限った話しではない。上場会社の決算報告書
をみても営業活動によるキャッシュフローよりも投資活動や財務活動によるキャッシュフローのインパク
トほうが大きい会社は珍しくなくなった。金融資本を労働資本に相移転させて、ものづくりを行ってからま
たお金にして回収するよりも、金融資本は金融資本に近い状態のまま運用したほうが効率よいのは然るべ
きことであるようにも思う。
ピロリとアンダーソンが学習曲線を求めたところ、
練習量 N に対して応答速度が改善する、1.4/N^0.24 と
いう係数が求められた。他方、ゴードン・ムーアは、
集積回路上のトランジスタ数は「18 か月(=1.5 年)ご
とに倍になる」というムーアの法則を唱えた。N を経
過年とすると、2^N/1.5 という式で表される。
人間の習熟は時間経過で収束するが、機械化の処理
速度は発散する。これは熟練工より機械化による置き
換えのほうが生産効率高くなる可能性を意味している。
立ち上がりの速度次第では熟練工の生産性向上を経済
的に評価できなくなる未来がくることを示唆している。
ロボットや人工知能に仕事を奪われる未来がくるのではないか?という危惧が話題になることがあるが、
従業員あたりの労動生産性を見る限り金融以外の産業セクターでは既におきている。
Figure 34 学習曲線とムーアの法則
個人あたりの生産性をあげるための仮説
知的資本の増強
老齢化による労働資本の総量が低下するのだとしたら、労働資本に頼らない付加価値創造がもとめられ
る。付加価値創造をおこなうためには知的資本の増強が必要なのではないだろうか。ものづくりや単純労働
における労働生産性は人工をXとした切片αに比例する1次関数である。しかし知的創造による付加価値
創造は指数関数的振る舞いをする。こちらは人の頭数には比例しない。何人参加したところでゼロの近似線
から抜け得ないこともあれば、わずかな人数により創作されたものが急上昇のカーブを描くこともある。
特許やソフトウエアのように具現化された知財ですら経済的評価は困難ではあるが、その前段階、知財の
原資、知的資本についてこれらを増やす方法を考えたい。
以下の章において、教育により知的資本を増やすと経済が伸びるのではないかという仮説に基づきデータ
を検証する。
出生率と一人あたり GDP
Figure 35 GDP と出生率
ひとりあたり GDP と出生率にはやや弱い負の相関
がある。
GDP 伸び率と教育
Figure 36 テストの成績と経済成長
学業のテスト成績と経済成長には強い正の相関があ
る。17
17 Do better schools lead to more growth? Cognitive skills, economic outcomes, and causation
http://hanushek.stanford.edu/sites/default/files/publications/Hanushek%2BWoessmann%202012%20J
EconGrowth%2017(4).pdf
低所得者は教育関係に消費をしない
平成26年度の家計調査(総世帯)から所得階級別に消費の動向を分野別に調べたところ、教育における消
費においてもっとも顕著な差があり、最低所得層では全体平均の 0.57%しか教育に対して支出していない
ことがわかった。逆に高所得層は平均の 317%を消費している。その差は額面ベースで 560 倍に及ぶ。
Figure 37 家計調査より平均を1としたときの所得別の消費動向
家族構成の違いなどから生まれた擬似相関である可能性があり、このデータだけでは因果関係は不明であ
る。しかしながら、自律的な消費支出の振る舞いに明確な違いを見て取れる。
Figure 38 所得階級別月謝類への消費額 Figure 39 所得階級別 書籍など品目ごと内訳
大人への教育から享受できるメリット
教育を行えば、知的資本は増やせるのか?個人所得は増えるのか?
勉強というと児童が強いて勉められるトレーニング的な学習(study)が想起される。このような教育を
大人におこなったところで、個人所得がはたして増えるのかという疑問がある。しかしながら、個人所得が
増加し、付加価値創造に寄与するように設計した教育や学習(learn)を行えばよいのであって、評価基準
において増加がみられないのであればおこなわれた教育が適切でなかったと定義するものとする。大人の
学習は児童教育のそれよりも素早く効果測定をすることができるのでエビデンスベースドラーニングを試
みるにふさわしい市場である。
大人の学習の現状
Figure 40 25歳以上の学士課程の入学者割合
日本では25歳以上の学士入学者の割合はわずか2%18しかない。これが意味することは、最後に体系的
な学習をしてから人によっては数十年の月日が経過している可能性があるということである。数十年前に
学んだのを最後にそこから更新されていない知識を抱えたまま、法律や科学技術などの変化から隔絶され
てしまっている可能性がある。社会には恒常的に教育を施してくれる大きな組織ばかりではない。日本の全
事業主の 99.7%は中小零細企業または個人事業主である。
知らないことを是としてしまう層を放置すると、問題が発生したときに社会コストとして還ってくる。企
業がユーザー教育をおこなったり、自治体や、消防、警察などが勉強会などをひらいたり、どこかで誰かが
個別に負担しているコストであり、注目に値するコストである。
18 25 歳以上の学士課程への入学者の割合(国際比較)
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/giji/__icsFiles/afieldfile/2013/04/16/1333453_2.pdf
義務教育再講習
学習という機会に触れてから一定年数以上経過してしまった人達へ義務教育再講習の提案をしたい。25
歳以上になってから学士入学をするものが 2%しかいない現状を観察して、大人が能力に応じて、ひとしく
教育を受けられる状態になっていると言うことができるであろうか?
社会人になっても学習の重要度を理解し、自律的に取り組んでいる層への手当は必要ないかもしれない
が、しかしながら、克服可能な無知をそのままにしているために発生する社会コストは費用支出だけでなく
機会損失にもつながっているのではないか。
水は一番低い所から流れでる。情報セキュリティでは組織のセキュリティレベルは一番低い人水準にな
る。社会運営コストも、一番理解が進んでいない人を基準に運用される。大学の教員などはファカルティ・
ディベロップメント(Faculty Development: 職能開発)が義務付けられているが、義務教育を終了した大
人にもすくなくとも30年も経てば一度フォローをいれておくべきなのではないか。
自動車が登場した時代、採用遅滞者への手当など必要なく、時間経過に任せ緩やかな世代交代を待てばよ
かったが、平均余命がまるまる1世代分伸び、基盤技術の環境変化速度がました今、文明の利器から隔絶さ
れた層が同時に共存することにより不利益を被るのは本人だけでなく社会となった。そろばんと電卓と表
計算が同時に存在する現場では混乱しかおきない。教育はコストセンターをプロフィットセンターに変え
ることができる不分別の手段ではないだろうか。
なぜ地方を元気にするのに教育なのか
地方税収を分析し個人所得の多寡が財政に大きな影響を及ぼしていることがわかった。個人所得は労働
資本だけではなく、金融資本、知的資本により大きな差がつく。個人保有の金融資本については動かせない
し、職住近接した社会において所得が多い人の誘致合戦はゼロサム・ゲームになりかねない。
知財マップを分析し、特許データベースを調べたところ特許を保有しているのは職務発明による個人が
多かった。しかし、これらも職務発明まつわる法改正により、今後は法人となってしまう可能性がある。ト
ップクラスの知財保有者の誘致も、結局のところ人的資源の争奪戦で、ふるさと納税のように地方による資
源の奪いあいになってしまう。
しかし、知的資本は教育により増強が可能である。年齢により労動資本を失いつつあっても、そのままで
はコストセンターになってしまう層を知的資本は、人的資本に変換することができる。
付加価値と生産性、特化係数
保護された産業以外食えない仕事しか用意できなくなる未来に対抗するためには、生産性をあげていく
か価格競争とは別の所で付加価値を創造していくよりない。地域の特化係数を調べ、基盤産業をつくること
は、比較優位による全体の生産向上の効果はあるものと考えられる。しかしながら、アイディアで成功する
地域や会社があるようにアイディアで失敗する地域や会社は必ずある。成功した取り組みやアイディアが
あるとしたらそれは失敗の集大成でしかない。
果樹産業が収益化できるまで桃栗三年柿八年ともいうように、果樹結実年数が必要であり、果樹耐用年数
がある。挑んだ果樹が市場に受けいれられるかは苗に投資をはじめた段階では埋没コストである。生産能力
はのびているのに平均の生産性は沈んでいるのだとしたら失敗の時の埋没コストが過少に見積もられてい
る可能性がある。
アイディアの確度を高め、目的に対する不確かさや、他の誰かが失敗した同じ轍をふまないようにしてく
れるものは知恵ではないか。知恵は学習と経験により獲得される。
教育によるマイナス特性の回避、健康寿命
Figure 41 大人の死亡率
年齢別 死亡率 男50歳、女60で急激に
増加19
する。
メタボリックシンドローム(代謝症候群)、
ロコモティブシンドローム(運動器症候群)な
どの生活不活発病は適切な指導により改善可
能なものである。
活動できなくなった本人の経済的損失だけ
でなく、寝たきりになる期間を短くすること
で貴重な生産人口を看護や介護に割り当てる
数がすくなくて済む。
誰にどのような学習機会を提供すべきか、学習阻害要因
ソフトウエア、オープンソースコミュニティでは、成果を共有し、現在どのようになっているか
が公知され、その状況を確認でき、既存の成果にたいして反映をおこない、場合によっては分岐さ
せることができることで発展してきた。
大人の学習阻害要因20
は何を勉強してよいかわからないという学習案内情報の不足、学習支援体
制の未整備、学習実施・運営形態の不適、学習時間の確保となっているそうである。知らないこと
がなんなのかわからない、デジタル・ディバイドなど情報が少なく俯瞰することができない人が自
律的にディバイドを解消するのは難しい。何を知らないのか判るようにするという健康診断的な整
理を手伝うだけでも価値があるものと考える。
年配者のほうが経験は多い、しかし最新事情からは遠ざかってしまっている可能性がある。補完教育をう
けられる機会を提供することで、知識と経験が相まって新たな価値を生み出す可能性があるのではないか。
経済的な保護や社会保障、個別具体的な問題を解消するためだけの策でよいのか?
情報の非対称性はデータを可視化することで解消し、問題点として抽出し、その問題を解決するための方
法を教育として定義するならば、大人への教育がおおよその課題を解決してくれるはずである。さらには成
果を可視化することで、反復的な取り組みで改善していくことができる。
工業生産技術における改善で生産性を改善してきたように、労動生産社会から付加価値創造社会へと転
換していくことができるのではないかと期待したい。知恵の総量が増えれば地域の人口減少の問題も、賑わ
いの問題も、産業の問題も、経済の問題も社会に蓄積される人的資本が解決してくれるであろう。
19国立社会保障・人口問題研究所 2015 年版
http://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/Popular/Popular2015.asp?chap=5
20成人の学習活動の阻害要因の検討 林 幸 克
http://www.bunkyo.ac.jp/faculty/kyouken/old_web/bull/Bull11/hayashi.pdf

大人教育でだいたい全部解決する