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『存在の大いなる連鎖』
第4講:充満の原理と新しい
宇宙観
アーサー・O・ラヴジョイ
をもとに
山形浩生が作成
あらすじ:天動説から地動説への移行は
「実証科学」なんかのおかげではない。
• 天動説から地動説って、観測データに基づいた科学的論証でプトレ
マイオス説が否定され、コペルニクス説が広まったとか思ってんだ
ろ?
• (訳注:あるいはプトレマイオス説の周転円が苦しくなりすぎて、あるとき
いきなり「パラダイム変化」とやらが起きたとか言う人もいるよね)
全然ちがうから。
• 地動説は、「異世界性」に対する「この世性」の逆襲の道具!
• 地動説は、星が一定の天球におさまっているという考えから、宇宙は無限
の広がりを持つと示唆した。
• だから「神は無限の創造力を持ち、無限の空間を満たす」という充満の原
理=この世性と相性がよかったんだよ!
天動説から地動説への移行も「充満の原
理」のおかげ。
• 地動説自体はそんな衝撃ではない
• 中世神学でもそれっぽい理屈はあった
• 決定的だったのはむしろティコ・ブラーエの超新星。不変のはずの天界
に新しいものが生まれた!
• 宇宙の無限性とうちゅーじんの可能性こそが重要だった
• 天動説では、地球は天界に囲まれて最低最悪で唯一無二、宇宙は有限。
• 地動説では、宇宙は無限で、地球以外にも星がある=他にも生命体があ
る (ことにできる)!
→ 「充満の原理」では全能の神の創造力がすべてを満たす。
無限の創造力は無限の空間が必要、他にもいろんな世界のいろんな生き物
を作るのが必然。昔の人が言った通りじゃん! というのが地動説受容の
原動力
証拠? 地動説が広まるとき、みんなこの
ウチュージンの話しかしてないぜ!
• クザーヌスやブルーノみたいな神学者が「宇宙は無限、ほかにも地球みたいな星
やウチュージンいっぱいいるぜ」と言った。
「世界の複数性」ってやつ。これだけ見るとなんか立派そうですごい概念みたい
だけど、ウチュージンいるぞってだけのことだからな!
• ガリレオもそれっぽいこと言ってる。
• パスカルもデカルトもカントも、宇宙は無限だー、ウチュウジンいるぜー、とい
うのをやたらに言ってるよ! (ウチュージンはいるけど、全部にいるか一部だけ
か)
おしまい。
地動説は万物の中心のえらい地球を動かし
たので異端扱いされたのではない
• まず、天動説では地球はえらくなかった。
• 地球は最も卑しくダメでクズ。えらいのは、はるか外周にある天界。
• 地動説への最初の反発は、「地球を卑しい中心からどかすなんて思い上がる
な」というもの。
• これは「宇宙は無限だからやっぱ人間は矮小でダメ!」という議論で回避。
• 最外周に神さまの天界があるという閉じた有限宇宙が天動説時代の
最も重要なポイント!
• コペルニクスもケプラーも、そこのところは外さなかったので、そんなに
ショックではなかった。
• 運動は相対的だから地球が動いたくらいではみんな目くじらたてねなかった。
中世までの発想は?
1. 宇宙の最外周は星々 (恒星)の神の世界。がっちり神
の世界があるんだよ。「人間とは隔絶した神さまの
永遠不変の世界がある」(異世界性)ってのはそこ
だ!
2. 地球は最も卑しい中心だから人間みたいな下等なも
のがいる。他のところにはそんなのはいない!
3. だってイエス様は地球にしかこなかっただろ? そん
なあちこち他の世界に行ってないよな? だから他
の世界なんかないし、他の知的生命もない!
コペルニクスなんて転回してねえ!
• コペルニクスもケプラーも別に宇宙論をそんなに
変えたわけではない。
• 地球中心を、太陽 (または太陽あたりの重心) 中心に置
きかえただけ。
• 中世の人も運動の相対性くらい知ってたから、基準を変
えるくらいでは(あまり騒がない)
• 宇宙の外側の殻=神さまの世界というのは健在。
• あと、この二人の宇宙論も相当変だぜ。
(訳者の心の声:いや、それはそうだけど、でもすべて完全に完璧に変わらな
かったから大したことありませんでした、と言わんばかりの主張はいささか
鼻白む。)
重要だった地動説の含意とは?
1. 宇宙の外周にある壁の破壊。星は不規則に散乱。
2. 物理的宇宙は無限。恒星系の数も無限。
3. 太陽系の他の惑星にも知的生命が住んでいる
4. 恒星のほとんども惑星系を持つ (世界の複数性)
5. 他の星の惑星にも知的生命がいる(ウチュージンはいる!)
• 1、2番以外はホントは地動説とは関係ない、「充満の理論」との魔合体の邪説。
でも地動説はこの魔合体を通じて世間に広まった!
重要なのは科学より「充満の原理」
• 科学的な実証をみてみんなが改心していったわけではない。
• 地動説は、さっきの5つのポイント(=充満の原理) が広まる
きっかけにすぎない
• ある意味、天/神を隔絶した存在にする異世界性の世界観が、
この世性的な世界観に置き換わり、そのためのツールとして地
動説がダシに使われたような感じ (とラヴジョイが明言するわ
けではないが、そう言いたげな感じ。なんとなく科学サゲをね
らいたい雰囲気は強い)
5つのポイントの要点:神さまは無限力!
• 神さまの力は無限だ! 無限にあふれてこの世のすべてを
満たす! だからこの宇宙も無限で当然だ!地動説の言う
通りだ!
• 考えて実行しないなんてケチだ! 神さまはケチじゃな
い! だから考えられることはすべて実行し、創造する!
• だから他の恒星もすべて惑星を持ち、その惑星にはすべ
てウチュージンがいるはずだ!
訳者:この最後のところの理屈がよくわからないんだが、
思いつく可能性はすべてできないとダメ、ということらし
い。すると一つ目小僧やキングギドラがいまここにいると
いう想像ができるのにそれがいないのはなぜ、なんてこと
を考えた人もいるんだろうが、追求しません。
17-18世紀のえらい学者もみんな充満の原
理を理由に天動説を受け入れた。
• ニコラウス・クザーヌス
• ジョルダーノ・ブルーノ (この人が充満の原理宇宙論の開祖)
• デカルト
• パスカル
• カント
• その他、有象無象の当時の詩人 (みんな説教臭くてウザイけど)
みんな天体の議論の中心は「充満の原理」ベース!
ニコラウス・クザーヌス
(1401−1464)
• 『学識ある無知について』(1440)
• 人間は、勉強すればするほど無知を悟るしかないんだよー。
• なぜって、宇宙はでっかいじゃないか (無限とは言えない時代)。人間
がいくら勉強したって、それに比べれば無知だろ?
• 世界に外周があったら、その向こうがあることになっちゃう! だか
ら世界は外周はないし、外周がなければ中心もないんだ!
• 地球が中心だとか言うヤツは、運動が相対的なのがわかんないだけ。
• 宇宙は広いし神さまは無駄なことはしないから、他の世界もあるよ
な! ウチュージンいるよな!
• でもそれ考え始めるとわけわかんなくなる、あー勉強するほど無知に
なります。
• 天動説は支持しているような、いないような。それっぽいことは言ってい
るが、一方でプトレマイオス系支持を明言してる。単に「勉強すると矛盾
した話が出てきて無知が実感される」と言いたいだけかも。
ジョルダーノ・ブルーノ(1548-1600)
• 宇宙無限、ウチュージンいっぱい。
• コペルニクスを誉めつつも、議論は神学。神は万能
で無限だからその力も無限だ、可能なことはすべて
やるはず、という議論をきちんとまとめた。
• 「いっきょに近代的宇宙観へと人間精神の視野を転
換させた画期的著作」と岩波書店の解説にはあるが、
科学的な観察でその宇宙観を得たわけではないこと
には注意。「近代的宇宙観」ではなく、基本は「充
満の原理」をかじって邪説をとなえただけ。火あぶ
り当然。
ガリレオ (1564-1642)
• 『天文対話』(1632)
• 世界の無限性は否定 (表向きは)
• ウチュージンがいるかどうかは、かなり慎重。
• 観察でわからないところは、まあ神さまが手抜きをしたと考えるべき理
由はないから、充満の原理を使っとこうかねえ、という立場。
• (訳者の感想:ラヴジョイは、ガリレオも充満の原理に影響されて
いたと言いたげだが、記述を見るとむしろ観察を重視して、変な
原理は観察できないところの憶測に使うだけ、というきわめて近
代的な態度だと思う)
デカルト (1596-1650)
• ガリレオの末路を見てるので、表向きはコペルニ
クス理論とかは否定、せいぜいが怪しい仮説扱い。
• 天文学的な話では、科学っぽいことを言いつつ
「充満の原理」が優先のような感じ。
• 宇宙は無限だから地球や人間はゴミカス、分をわ
きまえろとの主張。
• デカルトは17世紀の超アイドル哲学者だったので、
彼のこの主張が宇宙の無限性と多世界とウチュー
ジンいるという主張の普及に大きく貢献。
パスカル (1623-1662)
• 『パンセ』(死後出版)
• 人間、思い上がっちゃいけねーよ、しか言ってない!
• 宇宙は無限、他にも世界がある、だから人間はちっぽけ。その思索も、
すごいけどゴミカス。
• 言ってることはクザーヌスと同じ。
• でもウチュージンは信じない。宇宙で人間孤独だと思ってる。
L'éternel silence de ces espaces infinis m'effraie.
(この無限の空間の永遠なる沈黙に私は怯える)
• 本気で信じているという、人間サゲに使う屁理屈として宇宙
の無限性を持ちだしてきただけ、かも。
フォントネル (1657-1757)
• 『世界の複数性についての対話』(1686)
• 地動説と、世界の複数性を広めた当時の通俗ベストセ
ラー科学解説書。
• 侯爵夫人のところにいって、ムフフになるかと思ったら天文
学の話をするというラノベ風味のブルーバックスみたいな本
• 他の星にも(たぶん)ウチュージンいるんだぜ、という
全体の理論は充満の理論に頼っているが、月には大気
がないから月人間はいないだろうとか、最終的には充
満の理論からの推論は全部憶測だと認めるとか、結構
えらい
カント (1724−1802)
• Cosmologische Briefe (1761) 、『天界の一般的自然史と理
論』(1755)
• 神さまスーパーパワフルなんだから、できること全部やっ
てるに決まってるだろ?
• 無限なんか考えられないって? 神さまは無限の未来全部
見通せるだろ? だから無限を考えるのは不可能ではない。
空間の無限だって扱えるに決まってるっしょ!
• でも∞-100=∞だろ。だから無限の空間に有限の空いた箇
所があっても無問題! すべての星にウチュージンがいな
くてもいいんだよ!
• (それに、そのうち条件がそろえばそこもウチュージンが
生まれるんじゃね?)
最後のまとめ
• 本来は、無限は神の超絶的なすごさを示すので、異世界性につなが
る。だがヨーロッパでは、無限が出てきたことで、逆に存在の連鎖
的なこの世性が強まったのはおもしろい。
• 地球が中心だと地球はonly oneだから人間を特別扱いし、地動説で
地球がone of themになったら、人間なんてどうでもいい無力な存在
と思われそう。でも逆に中世は人間に興味を示さず、地動説が広ま
るにつれて人間が思い上がってきたのは不思議。
• (ひょっとしたら、考え方の変化にはタイムラグがあるのかも。
ひょっとして、まだその影響は出きっていないのかもね)
訳者感想:
観念スゲー、
という感じ
ではない。
• 地動説/新しい宇宙観の普及に充満の原理的な発想がセット販売だったのはわ
かる。が、それがメインか?
• 全体に「わかんないところは、これまでの規範を温存しときました」というだ
けの話ではないのか?
• クザーヌスやブルーノは「近代的宇宙観」とか言われるが、明らかにちがう。
単に変な神学屋。火あぶり当然。
• だがその後の論者は観測を重要視してるではありませんか。
• ガリレオは当然ながら、フォントネリも、観察重視。
• 観測できない部分は充満の原理に基づく憶測もありかも、と言ってるだけ。
• 人によって対応は様々だし。
• パスカルは、てめえ、天文学なんか全然興味ねえだろ!説教のネタだろ!
• でもカントとかは、かなりマジながらも、充満原理的な枠組みから少しず
つぬける道を模索していたようにも見える
• その他、舞い上がってる通俗詩人とかは、いまのインフルエンサーと大差
なくて、流行りにのっかってるだけ
著者は「充
満の原理」
こそメイン
と言いたげ
だが……
• 世の中、証拠出して「はい論破」でいきなり変わるって
もんではない。証拠もみんな自分で確かめるわけじゃな
いし…… (ぼくもティコ・ブラーエの火星軌道データで
ケプラー法則確認したことない)
• 地動説が充満の原理に便乗して普及したのか、充満の原
理=この世性が復活をとげるために地動説を使ったの
か? ラヴジョイは後者だというような雰囲気をにおわせ
るが、そうなんだろうか。
• カントみたいなクソ真面目な人以外は、いずれも方便と
して使っていただけ、という印象も強い。観念ってそう
いうもの、と言われりゃそれまでだけど。
• ウチュージン論争が地動説普及論争において重要だった
というのは、SFファンとしては嬉しい/楽しいんだが
……
あと著者の
嫌味すげー
• あとラヴジョイ、あちこち嫌味きつい。
「ブラックモア『創造』は、現代の読者
にとってはうっとうしい説教臭い詩の時
代の中でも、ずば抜けてうっとうしく説
教臭い」
• パスカルもカントもデカルトも、さりげ
なく (つーかかなり露骨に) 悪口言われ
ている。
訳者の感想
• 昔の人が、科学的実証ではなく変な神学理論のせい
で地動説をもっともらしいと思った → おもしろ
いトリビア。
• でもそこから 科学的実証 ≦ 神学 のような妄
想をしてはいけないよね。
• (ラヴジョイ自身が観念の重要性を言いたいがため
に、そんな雰囲気を漂わせる感じがたまにあるので
要注意!)
• あと「世界の複数性」とかいうと、うっかり「多様
性を認めましょう!」みたいな話かと思うけど、
「ウチュージンいるぜ」程度の話だと認識しておく
のは重要。

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