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資本主義の
進化基盤と未来
2016.02.19
山形浩生(HIYORI13@ALUM.MIT.EDU)
1
簡単に自己紹介
 1990 東大都市工学科修士課程修了
 民間調査会社で国内不動産開発案件調査
 1996 MIT不動産センター修士課程修了
 民間調査会社で主にODA関連インフラ開発案件調査と
海外不動産調査
2
プロジェクト例
 主にインフラプロジェクトのF/S調査、経済性調査、影響調査。
 ガーナの配電計画
 スリランカの電源計画
 中国ベトナム高速道路
 ラオスへのバス供与
3
4
5
6
7
8
経済学系/科学/SFの翻訳
 経済学
 『クルーグマン教授の経済入門』
 ピケティ『21世紀の資本』
 ジェイコブズ『アメリカ大都市の死と生』
 グレイザー『都市は人類最高の発明である』
 科学&技術
 ダマシオ『自己が心にやってくる』
 デネット『自由は進化する』
 『Linux日本語環境』『コンピュータのきもち』
 SF
 ディック『ヴァリス』『ティモシー・アーチャーの転生』
9
開発援助の悩み:「なぜきみた
ちは資本主義できないの?」
 ここでいう資本主義とは、「産業革命以後の西洋主導
の持続的な経済発展パターン」と考える
 他の狭義の定義はあり得る。拝金主義のことだと思って
いる人や、資本家が金持ちになることだと思っている人
や、その他いろいろな定義があるが、どれも一面的だし、
おそらく多くの人が資本主義を問題にするときに念頭に
あるものではない
様々なお膳立てをしても、なかなか
持続的発展が実現しない!
10
開発援助業界の処方箋の変遷
 1950年代:資本が足りないんだ!
 日本やヨーロッパはこれで成功した
 1960年代:人材育成が必要だ!
 学校を作り教育に力を入れましょう!
 1970年代:インフラが足りない!
 アスワンハイダムなど大規模インフラの時代
 1980-90年代:自由競争と市場が足りない!
 なんでも民営化の時代
 1990-2000年代:制度が足りない!
 (そもそも、やる気がないんじゃないか、とすら……)
撮影:かがみ~、CC BY-NC-ND 2.0
撮影:Chuck Slefke、CC BY-NC-ND 2.0
11
アカデミズムの処方箋:
経済発展はなぜ実現?(1)
 産業革命に到る個別要因に注目する議論はたくさんある
 ケプラー、ガリレオ、ニュートンの科学革命が!(山本義
隆『16世紀科学革命』など)
 財産権と法治が重要だった!
 マルサスの罠を越える保健衛生と子供の数を制限する文化
慣習が!(マクファーレン『イギリスと日本』
 でも、なぜ西洋だけでそれができたんですか? 他の可
能性はなかったんですか?
(歴史分析は細かくやればやるほど、一回限りの要因がたくさん出てきて、まったく再現性は
ないという結論におちいってしまう……)
12
アカデミズムの処方箋:
経済発展はなぜ実現?(2)
 西洋だけの要因とは……
 いや、そんなのはすべて中国にもあった! 石炭の偶然
の配置とアメリカ植民地の発見が!(ポメランツ『大分
岐』)
 ユーラシア大陸が横長だったからですよ!(ダイアモン
ド『銃、病原菌、鉄』)
→ でもこれだと、発端しか説明できない……
すでに資本主義の原理がわかって、真似すればいいだけの
はずなのに、他のところではなかなか導入できないのはな
ぜ?
13
アカデミズムの処方箋:
経済発展はなぜ実現?(3)
 いや、重要なのは制度なんですよ!(アセモグル&ロ
ビンソン『国家はなぜ衰退するのか』)
 包括的で多元的な制度を持っている国は発展します。収
奪的な制度のもとではダメです!
 じゃあその制度ってどうやれば作れるんですか?
→えーと、いろいろ歴史的な偶然があって革命でもないと
なかなか変わらず……
(援助屋の心の叫び:それじゃあ何の役にも立たないんで
すけど! 青木先生、なんとかしてください!)
14
そこで進化ですよ、ダーウィン
先生!
 クラーク『10万年の世界経済史』は、文化が原因だとして
いる。
 そして、その文化を可能にしたのは、進化だと述べる! 人
は、資本主義ができるように自然淘汰によって進化した!
 (逆に言えば、それができない連中は進化が足りない!)
15
識字力、暴力性、法治など
はイギリスで着実に進歩
 安定した農業社会を通じて望ましい特性が育まれた!
16
成功した上流階級が子供を
たくさん残した
 その子たちが没落すると下層階級にもその価値観/性
向が広まった
17
資本主義の発端には、確かに
進化的な基盤が必要
 チンパンジーには、取引は存在する(売春に
近い© サラ・ブラッハー・フルディ)が、資
本主義まではいかない。
 進化的な基盤と考えられているもの
(シーブライト『殺人ザルはいかにして経済にめざ
めたか』)
 信頼性(ダンバー数150の外へ)
 一応信頼ホルモンはある
 (が、一般的な認識とはちがう)
 社会性
 返報性
 その背景となる記憶力と因果関係判断力
 攻撃性(の抑制)
撮影:Bald Wonder、CC BY-NC-ND 2.0
18
では資本主義の導入も進化
が関わっているのか?
 ニコラス・ウェイド『Troublesome Inheritance』は、そ
の可能性を考えるべきだと指摘
 そして大バッシングにあった。
 しかし、アフリカ出自の人類がそこから世界各地にちらば
る中で、各人種が独自の遺伝適応(つまり進化)を遂げた
のは事実。
 結構
 ヨーロッパ人と東アジア人は、農耕社会→都市化と戦争→
階級社会→豊かな者ほど子供を多く残す→豊かになる遺伝
形質が社会に広まった?
 脳と知能の発達に有利な形質
 血族・部族を越えて信頼協力する傾向
 貯蓄性向
 遺伝だけではないけれど、遺伝特性によるわずかな差が社
会構造の差(制度差)にある程度影響したかも?
19
一部の形質は、遺伝的に左
右されている模様
 攻撃性など。(スティーブン・ピンカーなど参照)
 人口集団(=人種、民族)ごとの遺伝的分析も進んで
はいる
撮影:Mehmet Pinarci、CC BY 2.0
20
でも資本主義/経済発展に
有利な形質とは?
 ウェイドは知能とか社会性とか協調性とか、よい
形質が経済発展を生むとしているが……
 (↑優生学に直結しかねない発想ではある)
 ニコラス・ハンフリー『喪失と獲得』
 人はなぜ、スーパー天才や超美男美女ばかりでない
のか?
→ それは、そのほうが他人の知恵を借りようとして社
会を作りやすいから! ブス醜男のほうが、相手を獲
得しようとして努力するから!
(NYPDは、チームプレーに差し障るので一定以上のIQ
のやつは採用しないとの噂)
21
現在の社会は、資本主義発
展に適しているか?
 現在は、富裕層が子だくさんという構造ではない……
22
「機械」は人間を滅ぼす
か?
 機械と人類の戦いはSFのお気に入りの
テーマではあるが……
 なぜ戦わにゃいかんのですか?
 そもそも人類破壊をプログラミングされ
ている?(スカイネット?)
 矛盾する指示を出すので混乱して滅ぼ
す?(HAL@『2001年宇宙の旅』)
 同じリソースをめぐる競合?
“Fortune Telling robot”
By Paul Keller, under CC BY 2.0
https://www.flickr.com/photos/18259771@N00/65536959/
人類が他の生物を滅ぼすの
は、リソースを巡る競争
 食料資源
 水
 居住地
 人間同士の戦争も大なり小なりこの範疇
 (ただしイスラム国のアレとかは必ずしもそうではない。
イデオロギー、理念? 自由?)
24
機械と人間が取り合う
リソースとは?
 エネルギー?
 (レムは、高度な人工知能は自分の生み出す情報による
エネルギーで自給自足し、やがてはそれ以上の情報エネ
ルギーを生んで星になるというすごい話をするが……)
 鉄・シリコンなどの天然資源?
 空間?
 お金ではないはず(たぶん)
25
機械の「自己保存」とは
 考え方その1:そうプログラミングすればそうなる。
 人工知能は自由にプログラムできるはずなので、アシモ
フ的なロボット三原則を入れたりすればすべて解決。
 自己保存を考えないようにその人工知能をプログラミン
グすることもできる
 考え方その2:知能/知性の性質からして必ず自己保
存が生じる
26
知能・意識を生むか?
「意識のあるコンピュータを買ったら、責任が生じるで
しょう。それは道徳問題だ。
知性のあるコンピュータ制御の装置を作って宇宙に送
れば、人を送らずにすむという。でもそれが本当に知的
ならばそれは必然的に意識がある――意識があるなら、
ねえ、連れ戻さなきゃいけないでしょう。かれらに対す
る道徳的な責任が生じる。」
 ――ロジャー・ペンローズ談、ブラックモア『「意識」
を語る』(NTT出版)より
 その機械が自己保存を必要としないなら、そんな道徳的
な責任は生まれないのでは……
27
なぜ必然的に生まれるか?
 知性・知能は、恒常性を改善するための生命のツール
である。
 デネット「自由は進化する」
 物が飛んできたらよける、リソースが不足すれば探す、と
いった恒常性が複雑化すると知能が生まれ、意識になる
 ダマシオ『自己が心にやってくる』
 意識は、ある恒常的な状態と実際の状態の差に基づいて生
じる!
 したがって、ある程度以上の知能が生じれば、それは必
然的に恒常性を前提としたものとなり、したがって何ら
かの自己保存が生まれるしかない!
28
「価値」and/or「意味」
 形式化、機械化、自動化の流れとなる。
なかでも本書の手柄はその過程で生じた、
「意味」の喪失を指摘したことにある。
媒体、情報、意味は不可分だったのに、
やがて情報は媒体(本や文字)を離れ、
意味は情報量で置き換えられる。それは
もう人間を必要としない。いまや情報は
自律的に増殖し、人間はそのお守り役で
しかない。「情報史」はそこで人類とは
決別するのだ。
 ――グリック『インフォメーション』の
山形書評より
29
経済においての「価値」と
は、「意味」とほぼ同義
 意味なき情報に奉仕する(かもしれない)、人工知能
と機械
 人間にとって意味ある経済に奉仕できるのか?
30
これまでの経済( © 井上智洋) 31
AK型経済( © 井上智洋) 32
33
34
しかしこのためには……
 機械・人工知能は、人間の経済にとって意味のある
「知識」を作り出さねばならない。
 消費は「価値」に基づくが、人口知能はどこまで人間
の「価値」を理解できるのか――
 (下手な鉄砲も……的なやり方もあるが、S/N比があまり
に悪くなると全体の生産性向上にはつながらないかも)
35
でも人間もやってるし。深圳の
スマートウォッチ
-HAXLR8R
36
ノイズからの意味生成
 ジャック・アタリ的に言うと、人間はそれまで意味の
なかったところに意味があることにしてしまう能力を
持つ。それが人類の文化的発展
 かつては雑音でしかなかったものがジャズになり、
ロックになる。
 ウィリアム・バロウズ的なカットアップに
よる意味の自動生成?
その一方で……
 人間にとっての価値作りは結構簡単。人は何時間でも
ゲームを続ける。価値とは、ある種のパターンに対す
る反応でしかないかも。
 完全に人間の脳神経系がシミュレーションできたら、
それがどんなパターンに反応するかが条件付けできて
……
 完全なペットとしての人間/あるいは人間と機械の美
しい共生……
38
ここまでの前提:いまの資本主
義はかつてとはちがうのだよ!
 農業時代は、経済成長率はゼロに近かった。それが近
年になって、年3%の成長が実現されている。
 → 科学的発見、イノベーションにより、それまでの
停滞した経済とはちがう水準に!
 人工知能の話も、その3%成長の水準からさらにどう
発展するかというもの。
 でも……その想定自体がちがうとしたら?
39
具体的な規模感から:
r = 4-5% g=21世紀は1.5%?
40

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