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ビジネス書大賞2015授賞式
ピケティ『21世紀の資本』が
社会現象になって
2015.6.17
山形浩生
hiyori13@alum.mit.edu
この資料はクリエイティブコモンズ Attribution-ShareAlike 4.0 国際ライセンス下で公開されています.
今日の構成
• 1. 『21世紀の資本』: なぜ売れた?
• 2. そもそもなんで山形に?
• 3. 注目された他の訳書
• 4. 「意義の高い」訳書とは
• 5. 一過性にしないために
2
3
1. なぜ売れたのか?
• なぜこんなに人気が出たのか?
– アメリカでは、金融危機以来不公平感が高まり、ウォール街占拠運
動なども起きた。
– 金持ち層もこうした問題に敏感になっていた。(だから本書が出てFT
がすぐ生ヤケな反論を出した)
– 格差が生じているのか、また生じているならそれは能力やIT普及の
自然な結果なのか、すでにかなり論争があった。
• 日本では?
– 過去20年のデフレ不況で、特に若年貧困層の問題は大きくクローズ
アップされてきた。格差への関心があったのかな?
– 金融緩和に伴い、一部で景気回復があるのにそれが自分にまわって
きていないという印象があったのかも
– 当初、左派系の人がマルクスの再来だとはやしたてたせいかも
(いずれも無根拠。ぼくに聞かず、買った人々に話をきいて調べて!)
4
ビジネス書サイクル?
• 実用書的・自己啓発的なビジネス書から離れて、人々がお勉強して
みたいというサイクルがある? あるいは景気と連動?
– 『ゼロサム社会』(1981)
– 『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(1979)
– 『選択の自由』『不確実性の時代』 (1978)
– 『大接戦:日米欧どこが勝つか』(1991)
– (2000年あたりはトム・ピーターズのエクセレントカンパニーとか?)
– サンデル『正義』(2010)
– 『もしドラ』(2009)
• が、そもそもピケティはこういうノリのビジネス書ではないし……
5
2. 山形にきた経緯……
• 売れそうだからと山形がとびついたわけではない!
• むしろ、売れなさそうだから山形にお声がかかった(のだろうと思
う)
– 話がきたのは、英訳版が出る前。売れるなんてだれも思ってなかった。
– 分厚い。専門的。普通の翻訳者はいやがる。
– ちなみに英訳者は……(涙)
– 学者にやらせると10年かかるパターン。
– 山形は本業もあるし、売れるか関係なくおもしろければやるし、そこそ
こ速い。
– 本当は、いまくらいに翻訳があがればいいかな、と思っていた
– (実際にやってみたら、著者からせっつかれるし大変……)
6
3. 影響力のあった他の本
• 『クルーグマン教授の経済入門』 (1999)
– この頃はまだ経済学者しか知らない人
– 調整インフレ論は、露骨にバカにされた
– でもその後ノーベル賞
– アベノミクス/日銀緩和
7
• レイモンド『伽藍とバザール』
– Linux/オープンソースソフトの
力学を説明したオンライン文
書
– 最初期のものだが未だにこれ
を超えるものはない(と思う)
8
• ロンボルグ『環境機器をあ
おってはいけない』
– 環境問題の総括本で、京都
議定書に対する批判的視点
– 当時はぼろくそだったが、だ
んだん転向者が出てきたし全
般にかれの言った通りに進ん
でいる
9
• レッシグ『CODE』(翔泳社)
– 未だにネット上の規制を考え
る際の基礎文献
10
そのうち、向こうからやってくる
11
4. 「意義の高い」訳書とは
• 目端が利く「だけ」?
– 自分が読みたいもの、自分に興味があ
るものをやる
– 自分が驚いた本をやる
• 売れるかどうかは関係ない
– (でもぼくが知りたいことは他の人も知
りたいはず!)
• それをどう伝えるか……
12
5. 一過性にしないために
• ピケティブームなんか一過性、という話はある
– もちろん永遠には売れないが……
– そこからの流れや環境を作るのが重要
• 人によっては嫌うが「解説」(ピケティにはないが)
• さらにはメンテナンス
• 関連書がたくさん出ればなおよし
– 「いま売れるか」より「5年後に残るか」? そのた
めには自分も5年たってもメンテを……
13
蛇足。
• マルサス『人口論』、ローマクラブ『成長の限界』、マルクス『資本論』……
• 長期トレンドを見て、それを延長して危機論を訴えた本は、しばしば外す。
– それまでは正しくても、まさにそれが本にまとまるほど明らかになってきた時点で、
すでに矯正の動きが生じていることが大きいから。格差問題はどうだろう?
– 一方で、こうした論者が本にまとめて問題意識を育んだからこそ対応がとられた、
と主張する人々もそれなりにいる。
→ いまから10年後、ピケティ本はどういう評価になってるだろうか?
– 「やっぱ格差拡大した、予言的だ!」(でも対応できてない、どうしよう……)
– 「意外と経済成長がよくて、あんまりどうでもよかったよね~」
– 「資本課税はしなかったけど、チマチマいろいろ小手先でやっているうちに、格差
そこそこで落ち着いたねー。騒ぎすぎだったね~」
– 「ガシガシ資本課税とかしちゃったぜ」とはならなさそう(でも少しやってるかも)
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