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アジャイル・スクラム
勉強会
アジャイルソフトウェア開発宣言の
「4つの価値」と「12の原則」を読み解く
アジャイルソフトウェア開発宣言とは
2001年に、XPや軽量ソフトウェア開発の分野
で名声のある17名が、アメリカのスキーリゾー
トに介して、彼らがそれぞれ個別に提唱してい
た開発手法の価値を議論した。
彼らはその結果をアジャイルソフトウェア開発
宣言という文章にまとめた。
今日、ソフトウェア開発においてアジャイルや
Agileは一般的にはアジャイルソフトウェア開発
宣言を指す。
https://agilemanifesto.org/iso/ja/manifesto.html
4つの価値
4つの価値
プロセスやツールよりも個人と対話を、
包括的なドキュメントよりも動くソフトウェアを、
契約交渉よりも顧客との協調を、
計画に従うことよりも変化への対応を、
価値とする。すなわち、左記のことがらに価値があることを
認めながらも、私たちは右記のことがらにより価値をおく。
1. プロセスやツールよりも個人と対話を価値とする
WF開発プロセスでは、工程を跨ぐコミュニケーション(基
本設計→詳細設計など)はドキュメントで行っていたが、
これは直接対話をするのに比べると
情報量が欠落しやす
い・作成や読むのに時間がかかるという問題があった。
「プロセスやツールに則って伝えました」では伝わってい
ない恐れがある。正確かつスピーディーに相手に伝える
には対話をしたほうが良い。
直接対話することに勝るコミュニケーション方法は無い
https://hbr.org/1986/01/the-new-new-product-deve
lopment-game
トヨタ生産方式(Toyota Production System)では、ムダを顧客にとっての
付加価値を高めない各現象や結果
と定義している。
このムダを無くすることが重要な取り組みとされる。ムダとは代表的なもの
として以下の7つがある。
● 作り過ぎのムダ
● 手持ちのムダ
● 運搬のムダ
● 加工そのもののムダ
● 在庫のムダ
● 動作のムダ
● 不良を作るムダ
2. 包括的なドキュメントよりも動くソフトウェアを価値とする
動くソフトウェア以外は中間生成物である。
● 各種設計書や仕様書
○ 要件定義書
○ 基本設計書
○ 詳細設計書
○ テスト仕様書 などなど
● 動かないソフトウェア
○ 実装途中のプログラム
○ テストが完了していないプログラム
○ レビューが完了していないプログラム
○ まだリリースしていないプログラム
進捗はあくまでも顧客に価値をもたらす
「動くソフトウェア」で測るべきである
3. 契約交渉よりも顧客との協調を価値とする
受託開発の現場では、顧客との契約で既に取りまとめられている QCDSが優先されがち。
● Q:Quority(品質)
● C:Cost(予算)
● D:Derivary(期限)
● S:Scope(範囲)
しかし、プロダクト開発を Leanな状態(顧客までの価値の流れのムダを取り除き、高付加価値な製品をスピー
ディーに提供している状態 )にしたくても、開発側に契約書面で示された QCDS固定では変化に対応できない と
いう問題がある。
そのため、開発者は受託開発で言うところの 顧客(発注元)と協調 する必要があり、 SaaSの自社開発であれば
自社のビジネス側の人と協調 する必要がある。
協調とはすなわち、 日々開発側とビジネス側の人が一緒に働くこと・対話をしていること である。
高付加価値な製品をスピーディーに提供するために
開発側の人とビジネス側の人は、日々一緒に働いて対話するのが良い
4. 契約に従うことよりも変化への対応を価値とする
受託開発の現場では、顧客との契約で既に取りまとめら
れているQCDSが優先されがち。(再掲)
そして、一度契約で取り決められたスケジュールやスコー
プを後から変えるのは大変難しい。
しかし、半年や1年といったスケジュールやロードマップを
作ったとして、それがそのまま半年後や1年後も市場にお
いて何も変わらずに競争力を持っていることは稀である。
市場の変化するスピードや、顧客の変化する環境に合わせて、
スコープや優先順を柔軟に調整することが重要
変化を否定したり無視するのではなく、変化は積極的に受け入れる
3ヶ月
リリース1回
QCDS固定
リリース12回
QCD固定
S:スコープと優先順は、市場や顧客の状況に
応じて柔軟に調整・並び替えをする
(例)
左記のことがらに価値があることを
認めながらも、私たちは右記のことがらにより価値をおく
プロセスやツール よりも個人と対話を、
包括的なドキュメント よりも動くソフトウェアを、
契約交渉よりも顧客との協調を、
計画に従うこと よりも変化への対応を、
価値とする。すなわち、 左記のことがらに価値があることを
認めながらも、私たちは右記のことがらにより価値をおく 。
左記の価値を認めながらも、
顧客までの価値の流れのムダを取り除き、高付加価値な製品を
スピーディーに提供するには、右記の事柄を重視すべきだとしている
右記のことがらにより価値を置く
が、左記のことが
らに価値はない・やる必要は無いとは言っていな
い。
そのため、「アジャイルではドキュメントを作らな
い」「アジャイルでは計画は作らない」といった解釈
は誤り。
アジャイルであっても、顧客に価値をもたらすため
に必要なのであれば左記のことがらに取り組むこ
とは当然ありえる。
12の原則
アジャイル宣言の背後にある12の原則
1. 顧客満足を最優先し、価値のあるソフトウェアを早く継続的に提
供します。
2. 要求の変更はたとえ開発の後期であっても歓迎します。変化を味
方につけることによって、お客様の競争力を引き上げます。
3. 動くソフトウェアを、2-3週間から2-3ヶ月というできるだけ短い時
間間隔でリリースします。
4. ビジネス側の人と開発者は、プロジェクトを通して日々一緒に働
かなければなりません。
5. 意欲に満ちた人々を集めてプロジェクトを構成します。環境と支援
を与え仕事が無事終わるまで彼らを信頼します。
6. 情報を伝えるもっとも効率的で効果的な方法はフェイス・トゥ・フェ
イスで話をすることです。
7. 動くソフトウェアこそが進捗の最も重要な尺度です。
8. アジャイル・プロセスは持続可能な開発を促進します。一定の
ペースを継続的に維持できるようにしなければなりません。
9. 技術的卓越性と優れた設計に対する不断の注意が機敏さを高め
ます。
10. シンプルさ(ムダなく作れる量を最大限にすること)が本質です。
11. 最良のアーキテクチャ・要求・設計は、自己組織的なチームから
生み出されます。
12. チームがもっと効率を高めることができるかを定期的に振り返り、
それに基づいて自分たちのやり方を最適に調整します。
4つの価値を実現するための行動指針が
12の原則。
これらの原則をより具体的なルールとして落とし込んだ
フレームワークやプラクティがScrumやXP
で、結局アジャイルって何?
アジャイルとは何なのか
アジリティ(俊敏で、対応力が高い様)をもって行動できていることがアジャイルであると
言える。
よって、「アジャイル開発」と世間で言われている開発は、俊敏で対応力が高い開発をし
ている様、またはその様を実現するための手法(ScrumやXP)を指していることが多
い。
(そして、日本国内においてはアジャイル=Scrumの認識がとても強い)
しかしアジャイル=Scrumではないため、アジャイル開発とはアジャイルソフトウェア開
発宣言の4つの価値と12の原則を尊重・実践している開発と認識しておくのがよい。
アジャイルとは目指すべきものなのか
Don't just Do Agile, Be Agile.
アジャイルを行おうとするのではなく、アジャイルになろう。
アジャイルを行うことや、アジャイルのプラクティスを正しく行うことが目的ではない。
アジャイルソフトウェア開発宣言は、あくまで顧客に価値を提供する上で重視すべき
4つの価値や、大切に
すべき12の原則を提示したに過ぎない。
これら4つの価値や12の原則を厳格に行っていても、
Leanな状態(顧客までの価値の流れのムダを取り
除き、高付加価値な製品をスピーディーに提供している状態)
になっていないのなら、そのアジャイルは無
意味である。
どうすれば顧客に高付加価値な製品をスピーディーに提供できるか
。それを考え尽くした末に、
自分の行
動がアジャイルになっていた
…という状態が理想と言える。
(故に、有識者は”アジャイルは「旅」である”と言うことがある)
モーフィアス「これは最後のチャンスだ。先に進めば、もう戻れない。青い薬を
飲めば、お話は終わる。君はベッドで目を覚ます。好きなようにすればいい。
赤い薬を飲めば、君は不思議の国にとどまり、私がウサギの穴の奥底を見
せてあげよう」
Morpheus: This is your last chance. After this, there is no turning back.
You take the blue pill - the story ends, you wake up in your bed and
believe whatever you want to believe. You take the red pill - you stay in
Wonderland and I show you how deep the rabbit-hole goes.
アジャイルの4つの価値・12の原則を現状を変えずに取り込もうとするのは
「青いピル」であり、自らのコンフォートゾーンを出ていない。
アジャイルの「赤いピル」を飲むとは、自らのコンフォートゾーンを飛び出て、
成功も失敗も自ら引き受けながらチャレンジしていくこと。
どちらを選ぶかは自分次第である。
赤いピルと青いピル
※赤いピルと青いピルのメタファーは、
James Coplien氏がよく使っている

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