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ポジティブな文章の
作成を促すナッジ
誓山 真帆
静岡大学 情報学部 行動情報学科 4年
chikayama@design.inf.shizuoka.ac.jp
卒業研究審査会
2020年2月14日
1
概要
書き手の感情に基づき,背景色を変化させることで,
自発的にポジティブな文章を記述させるシステムを提案する.
2
解決したい問題
SNSなどでネガティブな文章を書いたことによって,
読み手にもネガティブな感情を与えてしまうこと.
3
なぜ問題を解決するべきか
ネガティブ感情が伝染すると,精神や脳に悪影響がある.
ネガティブ感情の心身への影響
– SNS上でネガティブな発言に接する頻度が増えると,
うつ症状が現れるリスクが上昇する. [1]
– 不安の感情が伝染すると,脳のパフォーマンスが
悪影響を受ける. [2]
4
ナッジ
ナッジ(nudge)
– Thalerら[3]によって提唱された,強制するのではなく,
自然に人々の行動や選択を変える手法.
– 直感的な行動や意思決定に対してアプローチする.
例1)階段をピアノにする→好奇心を刺激し,利用率増加
例2)市民の90%が納税していると教える
→集団に同調したい心理により,納税率増加[4] 5
(https://www.youtube.com/watch?v=SByymar3bds&feature=emb_title)
本研究における言葉の定義
感情価
– 文章に表れる書き手の感情を「感情価」と定義する.
– 「感情価が高い」→書き手の感情がポジティブ
– 「感情価が低い」→書き手の感情がネガティブ
6
リサーチクエスチョンとアプローチ
リサーチクエスチョン
インターネットにおいて,強制することなく,
ポジティブな文章の記述を促すにはどうしたらよいか.
インターネットでの文章発信は直感的で,無意識的[5]
アプローチ
文章や数字よりも,感覚的に情報を提示できる色彩を
用いたナッジによって,直感的な思考にアプローチする.
7
仮説
仮説A
背景色を用いて,文章の感情価をフィードバックする
ことで,ポジティブな文章の記述が促される.
仮説B
ポジティブさを想起させる色を先行刺激として与える
ことで,プライミング効果[5]によって,ポジティブな
記憶や単語の認知が促進され,ポジティブな文章の
記述が促される.
8
仮説
仮説A
背景色を用いて,文章の感情価をフィードバックする
ことで,ポジティブな文章の記述が促される.
仮説B
ポジティブさを想起させる色を先行刺激として与える
ことで,プライミング効果[6]によって,ポジティブな
記憶や単語の認知が促進され,ポジティブな文章の
記述が促される.
9
ナッジA
ナッジB
仮説
仮説A
背景色を用いて,文章の感情価をフィードバックする
ことで,ポジティブな文章の記述が促される.
仮説B
ポジティブさを想起させる色を先行刺激として与える
ことで,プライミング効果[6]によって,ポジティブな
記憶や単語の認知が促進され,ポジティブな文章の
記述が促される.
10
ナッジA
ナッジB
ナッジA
文章の感情価を象徴する色を,背景色にする.
(ネガティブ→灰色,ポジティブ→黄色)
11
仮説
仮説A
背景色を用いて,文章の感情価をフィードバックする
ことで,ポジティブな文章の記述が促される.
仮説B
ポジティブさを想起させる色を先行刺激として与える
ことで,プライミング効果[6]によって,ポジティブな
記憶や単語の認知が促進され,ポジティブな文章の
記述が促される.
12
ナッジA
ナッジB
ナッジB
感情価の低い文章が入力されたとき,
ポジティブさを想起させる背景色にする.
(ネガティブ→黄色,ポジティブ→変化なし)
13
感情価の検出
感情価の検出には,Google社が提供している
Cloud Natural Language APIの感情分析を用いた.
Cloud Natural Language API 感情分析
– 文章から推定される書き手の感情が,
「score」という-1.0~1.0の値で表される.
– scoreが1.0に近いほど,ポジティブな文章であり,
-1.0に近いほど,ネガティブな文章であるといえる.
14
色の選定
色彩心理学に基づき,色の選定を行った.
ポジティブ=「明るい黄色」
– 黄色→「幸福」「歓喜」 [7]
– 明度が高い→ポジティブ[8] [9]
– 彩度が高い→意味が大きい[10]
ネガティブ=「暗い灰色」
– 明度が低い→ネガティブ[8] [9]
– ダークグレイッシュトーン
→「憂鬱そう」 [11]
15
感情価と背景色の関連付け
基準の色の間を,一定の量で変化するように定めた.
ナッジA
ナッジB
16
-1.0 0 1.0
-1.0 0 1.0
実験(1/2)
実験方法
– システムを使用し,被験者に日記を記入するタスクを
行ってもらった.
– タスクは4日間, 1日1回行ってもらった.
– 実験終了後, アンケートに回答してもらった.
実験デザイン
17
前半
後半
ナッジA群 ナッジB群
1日目
ナッジなし ナッジなし
2日目
3日目
ナッジあり ナッジあり
4日目
実験(2/2)
被験者
– 大学生の男性20人,女性9人の計29人が参加した.
– 4日分のタスクとアンケートを完了した被験者は,
ナッジA群が11人,ナッジB群が10人の計21人で
あった.
評価アンケート
– 実験で取得した日記を読み,感じたポジティブさを
5段階で評価してもらった.
– 評価には,4名の大学生が参加した.
18
ネガティブ 1 2 3 4 5 ポジティブ
評価方法
感情分析のscoreによる評価
– Google Cloud Natural Language APIの感情分析
によって得られたscoreを,前半と後半で比較する.
読み手による評価
– 評価アンケートで得られた,読み手によるスコアを,
前半と後半で比較する.
19
結果(1/2)
感情分析のscoreによる評価
– ナッジA群:P値 0.07 → 有意差なし
– ナッジB群:P値 0.07 → 有意差なし
20
結果(2/2)
読み手による評価
– ナッジA群:P値 0.07 → 有意差なし
– ナッジB群:P値 0.14 → 有意差なし
21
考察[ナッジA](1/2)
– どちらの評価でも,検定の結果,P値0.07となり,
有意水準5%とすると有意差は見られなかったが,
有意水準10%とすると有意差が見られた.
そのためナッジAは,文章の感情価を向上させる傾向
が見られたといえる.
22
考察[ナッジA](2/2)
– アンケートの結果,ナッジAの正しい意味に
気が付いたのは1人だけであった.
そのため,ナッジAはフィードバックとして
機能しなかったと考えられる.
– ユーザービリティに関するアンケートの結果,
やや不快感や不便さを感じた人がいた.
ネガティブさを表す色が,不快感や使いづらさを
与えたと推測する.
したがって,システムが使いにくくなることを
避けるため,ネガティブな文章の記述が抑制された
のではないか.
23
考察[ナッジB]
– 感情分析のscoreによる評価において,P値0.07となり,
有意水準5%とすると有意差は見られなかったが,
有意水準10%とすると有意差が見られた.
そのためナッジBによって,文章の感情価が低下する
傾向が確認され,予想に反する結果となった.
– 「背景色が変わったのかどうか分からなかった」という
意見から,ナッジの存在がわかりにくかったため,
本来期待したナッジの効果が働かなかったと推定する.
24
まとめ
提案内容
– 入力文章の感情価に応じて,背景色を変化させ,
ポジティブな文章の記述を促す文章作成システム
– ナッジA:文章の感情価をフィードバックする
– ナッジB:ネガティブな文章を入力したとき,
ポジティブさを連想させる
実験の結果
– ナッジAは,ポジティブな文章の記述を促進する
傾向が見られた.
– ナッジBは,ネガティブな文章の記述を促進させる
傾向が見られ,目的と反する結果となった.
25
参考文献
26
[7]稲浪正充, 小松原美和. 色彩と感情について. 島根大学教育学部紀要 人文・社会科学, No. 26, pp. p39-56, dec 1992.
[8]Chris J Boyatzis and Reenu Varghese. Children's emotional associations with colors.
The Journal of genetic psychology, Vol. 155, No. 1, pp. 77-85, 1994.
[9]Michael Hemphill. A note on adults' color{emotion associations. The Journal of genetic psychology,
Vol. 157, No. 3, pp. 275-280, 1996.
[10]千々岩英彰. 色彩の内包的意味に関する心理学的研究. 武蔵野美術大学研究紀要, No. 13, pp. p62-80, 1980.
[11]伊藤久美子, 吉田宏之, 大山正. 男女の高齢者と大学生における色彩好悪と色彩感情. 日本心理学会大会発表論文集 日本
心理学会第75回大会, pp. 1EV113-1EV113.公益社団法人 日本心理学会, 2011.
[3]R.H. Thaler and C.R. Sunstein. Nudge: Improving Decisions about Health,Wealth, and Happiness.
Yale University Press, 2008.
[4] Stephen Coleman. The minnesota income tax compliance experiment: State taxresults. 1996.
[1]Liu Yi Lin, Jaime E Sidani, Ariel Shensa, Ana Radovic, Elizabeth Miller, Jason B Colditz, Beth L Hoffman, Leila M Giles,
Brian A Primack. Association between social media use and depression among us young adults.
Depression and anxiety, Vol. 33, No. 4, pp. 323-331, 2016.
[2]Howard S Friedman and Ronald E Riggio.Effect of individual differences in non-verbal expressiveness on
transmission of emotion.Journal of Nonverbal Behavior,Vol. 6, No. 2, pp. 96-104, 1981.
[5]山崎由香里. 日米中3カ国におけるsnsの倫理的利用に向けたナッジ効果の実証分析.
行動経済学, Vol. 10, pp. 67-80, 2018.
[6]Phebe Cramer. Mediated priming of polysemous stimuli.
Journal of ExperimentalPsychology, Vol. 78, No. 1, p. 137, 1968

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ポジティブな文章の作成を促すナッジ

Editor's Notes

  1. 実際にシステムを使用した様子を、動画でお見せします。 このように、はじめは白い背景になっていますが、 文を入力すると灰色に変わりました。 一文入力すると、また色が変わりました。 最後の文を入力すると、黄色になりました。 このように、一文入力するごとに感情を測定し、背景色を変化させるシステムです。
  2. 次に、なぜこのようなシステムを提案したのか説明します。 SNSをはじめとし、インターネット上で文章を発信することは、身近な行為になっています。(特に若い人にとっては) そこで、「ネガティブな文章~与えてしまう」という問題が起こっています。 ネガティブな文章とは ・過度に悲観的な文 ・他人の悪口や暴言 など
  3. なぜこの問題を解決する必要があるかというと、ネガティブ感情が伝染すると、心身に悪影響を及ぼす可能性があるからです。 実際、いくつもの研究によってリスクが明らかになっています。 これらは、その一例です。
  4. 私はこの問題を、「ナッジ」によるアプローチによって解決しようと試みました。 「ナッジ」とは、「強制するのではなく~手法」 人間の心理や行動特性を利用し、自然に望ましい行動へ仕向ける 以下の例は、ナッジの成功例です。
  5. 次に、リサーチクエスチョンについてお話しする前に、ここで本研究において定義した言葉について説明します。
  6. 次に、リサーチクエスチョンとアプローチについてお話しします。 本研究においては「インターネット~どうしたらよいか」というリサーチクエスチョンをたてました。 どのようなアプローチをとるか決めるにあたっては、「インターネット~無意識的な行動である」という点に着目しました。 そこから、文字や数字で論理的な思考に訴えるのではなく、感覚的に~アプローチを行うことにしました。
  7. このアプローチによって立てた2つの仮説がこちらです。
  8. それぞれ仮説からナッジを考案しました。
  9. ネガティブな文章を入力した場合、灰色に変化します。 一文入力するごとに、感情価に対応し、色の濃さが変わっています。 ポジティブな文章を入力すると黄色に変化します。
  10. ナッジAと全く同じネガティブな文を入力していますが、Aとは逆に黄色になっていきます。 ポジティブな場合は、すでにユーザーは望ましい行動をしていると判断し、背景色の変化は行いません。
  11. 具体的な根拠はこちらです。
  12. ナッジの効果を検証するため、実験を行いました。 被験者を、ナッジAを使う群と、Bを使う群に分けました。 さらに、それぞれの群で、前半2日間はナッジなしのシステムを、後半はありを使ってもらい、 前半と後半で感情価に差があったかどうかを検証しました。
  13. 評価に参加したのは、日記記入の実験に参加していない、4名の大学生男女
  14. 4日のタスクとアンケートを完了し、ナッジが発動した被験者のデータを分析した Aは向上、Bは低下 前半と後半で、scoreに差があるか検定をおこなったところ 有意水準5%で
  15. 前半と後半で、スコアに差があるか検定をおこなったところ
  16. では、なぜ感情価が向上する傾向が見られたのか