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2016.12.22
国際訴訟競合
文責 下村 瞭
【設例】
日本法人 X は、金属加工用の機械(以下「本件機械」という)を製造し、それを訴外
A(日本法人)に販売、引き渡した。本件機械は、数社を経由した後、訴外 B(米国オ
ハイオ州法人)によって取得された。B の従業員たる Y(アメリカ国籍、オハイオ州居
住)は、Y または訴外 C の本件機械の誤操により、左手の複数の指と右手を切断する
怪我をした。Y は、B と氏名不詳製造業者を被告とし、250万ドルの補償的損害賠償
と500万ドルの懲罰的損害賠償等の訴えをオハイオ州マイアミ郡民事訴訟裁判所に
提起した。その後、Y は B に対する訴えを取り下げ、同時に、訴状を訂正し、X を訴
訟の被告とした。
これに対抗するため、X は、東京地方裁判所に Y を相手取って米国訴訟での損害
賠償債務不存在確認の訴えを提起した。X は、本件において、わが国の裁判所が国
際裁判管轄を有すると主張した。このような場合、わが国の裁判所の国際裁判管轄
は肯定されうるか否か。
1. 問題の所在
同一当事者間で同一訴訟物について異なる国でそれぞれ訴訟が提起された
場合、生じた訴訟競合を何らかの形で解決しなければならない。まず問題となる
のは、外国において訴訟が係属している事件について我が国で重ねて訴えが提
起されている場合、後訴に対して何らかの規制を加えるべきかどうかである。とい
うのも、訴訟競合には濫訴の防止、訴訟経済混乱の回避、判決の抵触防止の3
つの配慮が必要であり、故に訴訟競合は何らかの形で規律しなければならないと
する考え方が存在するからだ。これを踏まえた上で、外国訴訟係属を考慮しない
考え方(規制消極説)と、外国訴状係属を考慮して、我が国での訴えに対して何
らかの規制をする考え方(規制積極説)のどちらを採用するか初めに検討しなけ
ればならない。かつては、外国訴訟の継続を一切考慮することなく、単に我が国
の裁判管轄のみを判断する例もあったが、現在ではこの論点を無視するわけに
はいかないとするのが一般的である。
次に問題となるのは、後訴に対して何らかの規制を加えるとする規制積極説を
採用した場合、どのような規制を施すかということである。判例は推定逆推知説を
ベースに、我が国に国際裁判管轄が認められる場合でも特別の事情がある場合
には、我が国の国際裁判管轄が否定されうるとしている。ほかに学説としてドイツ
法的処理を採用する承認予測説、英米法的処理に近い見解である利益衡量説
(プロパー・フォーラム説)、訴えの利益説がある。どの説を採用するかによって国
際裁判管轄がどちらの国の裁判所に認められるかが変わりうるため、この論点も
無視しえない。
国際裁判管轄規定の整備過程においてはこの問題に関する明文の規定を設
ける可能性も中間試案段階までは考えられていたが、最終的には断念され、現
2
在も、従来通り解釈に委ねられることとなっている。
なお、二重訴訟を禁止する民訴法 142 条について触れておく必要がある。現
在、民訴法 142 条は国内的訴訟競合を規律するものであり、国際的訴訟競合に
は直接適用されないとの理解が一般的であるため、論点として割愛する。
2. 判例の状況
【東京地裁平成 19 年3月20日中間判決 判時 1974 号 156 頁】
《事実の概要》
訴外日本法人 A 社は、グループ企業数社を傘下におく。Y1(被告)は、A 社が米国不
動産に投資するために設立したデラウェア法人である。日本の銀行である訴外 B は、
15億円を A 社に貸付、A 社がこれを Y1 に出資した。その後 Y1 に対して 8 億903万
円余りの配当金支払が有り、この配当金は、Y1 の 100%株主である訴外 C 社が B 銀
行東京支店に有する口座に振り込まれた。C 社は、グループを統括する A 社が B 銀
行に負う債務を担保するため、C 社の B 銀行預金について担保を設定した。日本の
銀行である X(原告)は B を合併し、A 社グループに対する権利義務を承継した。A 社
が役69億円の貸付債務の返済を遅滞したため X は C に通知の上、本件預金担保
を実行し、C の預金8億934万余円を A 社の貸付債務に充当した。
Y1 の代表者であった D は、A 社及びグループ企業と共に東京地裁に対して民事
再生手続開始の申し立てを行った。Y1 及び D は東京地裁での民事再生手続の進
行中に、イリノイ州の裁判所に置いて、X らが預金を債務弁済に充てた事により損害
を被ったと主張し、不法行為あるいは不当利得また契約違反等に基づいて損害倍賞
等を請求した。これに対して X は、損害賠償債務の不存在確認を日本において求め
た。
X は我が国の裁判管轄権を以下のように主張した。
①普通裁判籍 「Y1 の日本における主たる事務所は A の事務所所在地と同一の東
京都であり、また、Y1 の代表者である E の自宅住所は東京都であるから民訴法4条5
項により東京都地方裁判所に Y1 の普通裁判籍が認められる。」
②特別裁判籍 「Y らが不法行為として主張する本件預金担保の設定及びその実行
は、いずれも日本国内で行われたものであるから、民訴法5条9号により東京都地方
裁判所に特別裁判籍が認められる。」
③特別の事情の不存在 本件預金担保の設定及びその実行、預金担保の対象とな
った本件配当金の送金行為、その他 Y1 や A 社グループとの間の銀行取引は全て
日本国内で行われた他、Y1 の代表者を含め当事者は日本に住所を有し、重要な証
拠は全て日本国内に存在する。さらに、Y1 はデラウェア州法人で投資目的の為だけ
に設立されたに過ぎず、A 社グループの代表取締役 Y2 が支配していたこと、本件預
金担保の設定及びその実行は銀行取引の一環として行われたものであり、銀行取引
約定においては東京地裁を専属管轄とする合意がされており、X と Y1 との間にも東
京地裁を専属管轄とする黙示の合意が成立したこと、Y らのイリノイ州との関係は、間
接的かつ極めて重要性の低い事実しか存在しないこと等を挙げた。
④国際的二重起訴 民訴法 142 条の「裁判所」はわが国の裁判所を意味するもので
あり、外国裁判所を含まないから、国際的二重起訴は禁止されていない。さらに、外
3
国判決の承認制度との関係で、国際的な二重訴訟の場合にも、先行する外国訴訟
について本案判決がされてそれが確定に至ることが相当の確実性を持って予測さ
れ、かつ、その判決が我が国に置いて承認される可能性がある時は、判決の抵触の
防止や当事者の公平、裁判の適正・迅速、更には訴訟経済といった観点から、二重
起訴の禁止の法理の類推の余地がありうるが、本件に二重起訴の禁止法理を類推
適用する余地はない。
これに対し Y らは我が国の裁判管轄を次の通りに否定する。
①X の主張する8億903万円余の不法な取得という不法行為は米国イリノイ州で行わ
れた。
②Y1 は米国における不動産投資を目的として米国弁護士により設立されており、米
国裁判所で同国弁護士や公認会計士等の証言をとる必要がある。
③外国で提起された訴えに対抗して我が国での承認が予測できるかに寄らしめる見
解(承認予測説)があるが、承認予測の必要を民訴法 118 条の1号・2号・4号だけで
判断することは多少硬直的に過ぎる難点があるので、後訴の提起の可否を広義の訴
えの利益の問題として考えるべきであり、日本原告に外国先行訴訟での訴訟追行を
強いるのが不当な場合には日本における後訴が適法とされると解するべきであり、後
訴の利益を判断する際には、当事者の意見もみるべきである。
《判旨》
Y らの本案前の主張はいずれも理由がない。
(i)我が国の国際裁判管轄を判断するにあたり、最高裁平成9年11月11日判決を踏
襲し、被告の住所が我が国に存在しない場合であっても、民訴法の規定する裁判籍
が我が国に認められる時は、我が国の国際裁判管轄権が認められるが、特段の事情
がある場合には否定されるとする。
(ii)裁判籍「Y1 はデラウェア州法に基づいて設立された外国の社団であるところ、そ
の日本二おける主たる営業所は、東京都にあり、また、代表者である E の住所は、東
京都であるから民訴法4条1項、同条5項により、当裁判所が管轄する東京都に Y1 の
普通裁判籍が認められる。」「D の破産菅財人として本件訴訟を提起されている Y2の
事務所所在地は、東京都であることが記録上明らかであるから、民訴法5条5項によ
り、当裁判所が管轄する東京都に Y2 の特別裁判籍が認められる。」
(iii)債務不存在確認請求について 「債務不存在の確認請求は、不法行為に基づく
損害賠償債務の不存在を確認するものであるところ、民訴法5条9号にいう『不法行
為があった地』とは、不法行為の実行行為がされた地及び損害が生じた地というべき
であって、実行行為はその一部がされた地も含むというべきである。」本件について
は、訴外 B が本件預金担保を設定し、それを X が実行したことが不法行為として主
張されており、民訴法5条9号により、上記請求については、我が国の東京都に不法
行為地の裁判籍があるというべきである。その他の請求についても、上記の不法行為
と密接に関連すると認められるから、民訴法7条により東京地裁に裁判籍が認められ
る。
(iv)特別の事情 Y1 はデラウェア州法人であるが、米国での営業活動等の実体はな
く、当時及び現在の代表者が共に我が国に住所を有し、担保の対象となった配当金
の送金行為並びに本件預金担保の設定及びその実行は、いずれも日本国内で行わ
れ、関係証拠は日本国内に存在し、準拠法も日本法である。したがって、この点につ
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いて特段の事情は認められない。先行訴訟を理由とする特段の理由についても先行
するイリノイ訴訟は本案判決にまで至っておらず確定することを相当の確実性を持っ
て予測することができないこと、X が本訴を提起したのはイリノイ訴訟に対抗するため
のものではなく、我が国でこそ解決を図るべきとの理由に基づくものであること、先行
する外国訴訟があることを持って、我が国での裁判が公平、適正・迅速の理念に反
するとはいえず、この事情は認められない。
なお、民訴法 142 条の裁判所は「我が国の裁判所をいうのであって、外国の裁判所
を含まないと言うべきであり、国際的二重起訴を禁止する慣習、条理があるとまでは
認められない。」とした。
【東京地裁平成元年 5 月 30 日中間判決 判時 1348 号 91 頁】
<事実の概要>
米国法人が米国の裁判所に日本法人を被告として不法行為等に基づく損害賠償を
求める訴訟を提起した後、右日本法人が日本の裁判所に右米国法人を被告として
右損害賠償債務等の不存在確認を求めて訴訟を提起した場合に、日本の裁判所の
国際的裁判管轄を肯定されうるか否かが争われた。請求の趣旨は、「①別紙目録一
記載の事実に基づく原告の被告に対する不法行為による損害賠償債務が存在しな
いことを確認する、②別紙目録二記載の事実に基づく原告の被告に対する不当利得
返還債務が存在しないことを確認する、③別紙目録一記載の事実に基づく原告の不
法行為又は別紙目録三記載の被告のノウ・ハウに対する原告の侵害行為について
の被告の原告に対する差止請求権が存在しないことを確認する」であった。
<判旨>
本件訴訟につき当裁判所は裁判管轄権を有する。
「いわゆる当事者の双方又は一方が外国法人であるような民事訴訟事件について、
我が国の裁判所が管轄権を有するかどうかについては、これに関する我が国が締結
している条約や一般に承認された国際法上の原則がなく、国内的にもこれを規律す
る成文法の規定がない現状においては、当事者間の公平をはかり、裁判の適正・迅
速を期するという理念により条理に従って決定するのが相当であるが、当該事件につ
いて我が国の民事訴訟法の国内の土地管轄に関する規定の適用によれば管轄が
我が国内にあると認められる場合は、我が国の裁判所に当該事件についての国際
裁判管轄権の存在を認めることが右条理に適うものと一般に解される。そして、本件
訴訟において損害賠償債権の発生原因として被告が主張立証しなければならない
別紙目録一記載の事実(本件不法行為)は、要するに、原告が、被告の...債権は、
民法七〇九条の不法行為による損害賠償債権と同様の性質を有するものということ
ができるから、その消極的確認を求める本件訴訟の国際的裁判管轄権の有無を判
断するについては、立証の便宜の観点から不法行為地に特別裁判籍を認めた民事
訴訟法一五条一項の趣旨を斟酌し、不法行為地が我が国内にあるときは、我が国の
裁判所が管轄権を有するものと解することが右条理に適うものというべきである。」
「次に...本件口頭弁論終結時において、右米国訴訟がなお係属中であることが明
らかである。そのため、被告は、本訴の提起が国際的二重起訴に該当することを理由
5
に本件訴えの却下又は訴訟手続の中止を求めている。」
「二重起訴の禁止を定める民事訴訟法二三一条の該当性については、同条にいう
「裁判所」とは、我が国の裁判所を意味するものであって、外国の裁判所は含まない
ものと解するのが相当であるから、本件訴訟が同条に定める二重起訴に当たるとする
ことはできない。」
「国際的な規模での取引活動が広く行なわれている今日の社会において、日本の
裁判所に管轄権が認められさえすれば、同一の訴訟物に関する外国訴訟の係属を
一切顧慮することなく常に国際的な二重起訴状態を無視して審理を進めてよいとも
認め難い。そこで、この点については、同法二〇〇条が一定の承認要件の下に外国
判決の国内的効力を承認する制度を設けている趣旨を考え、国際的な二重起訴の
場合にも、先行する外国訴訟について本案判決がされてそれが確定に至ることが相
当の確実性をもって予測され、かつ、その判決が我が国において承認される可能性
があるときは、判決の抵触の防止や当事者の公平、裁判の適正・迅速、更には訴訟
経済といった観点から、二重起訴の禁止の法理を類推して、後訴を規制することが相
当とされることもあり得るというべきである。
<概説>
本判決は、二重起訴の禁止を定める現行民事訴訟法 142 条(旧 231 条)にいう「裁
判所」には外国裁判所は含まれないと判示した裁判例である。ただし、先行する外国
訴訟の判決が我が国における後訴についても、二重訴訟禁止の法理を類推すべき
場合があると判示し、承認予測説適用の余地があることを論じている。とはいえ、この
裁判例では、二重起訴禁止の法理を類推すべき要件が具備されていないと判示し
て、二重起訴の禁止の法理を類推するのは相当でないとした。
3. 学説の状況
外国において訴訟が係属している事件について我が国で重ねて訴えが提起さ
れるいわゆる国際訴訟競合について、問題の所在の部分でも述べたように、多数
の学説が存在する。以下で紹介するのは、大きく分けると、規制消極説と規制積
極説の2つであり、後者の規制積極説の中でさらに修正逆推知説をベースとした
説(判例)、ドイツ法的処理である承認予測説、英米法的処理である利益衡量説
(プロパーフォーラム説)、訴えの利益説の4つが存在する
A 規制消極説
訴訟競合における、後訴に対して一切の制限、規制を設けないとするべきとする考え
方。すなわち、外国訴訟係属を考慮する必要はなく、内・外国訴訟の併存を認める。
現在では、訴訟競合の事実を考慮しないこのような見解が取られることはない。
<根拠>
・先に提起された外国訴訟を優先すると、当事者の公平や証拠収集の便宜に欠け
る。(山田・330 頁)
・先に提起された外国訴訟を優先すると、法廷地漁り(フォーラムショッピング)に対抗
できなくなる。(山田・330 頁)
6
・外国給付訴訟は、内国給付訴訟に代替しえない。(酒井・39 頁)
<批判>
・国際的訴訟競合が全く規制されず無制限に許されるとすると、既判力の国際的抵
触、訴訟不経済、被告の応訴の煩瑣
・内容の矛盾する判決が言い渡される可能性があり、このような判決の抵触を防止す
ることは、法的安定性を国際的に確保するための重要な課題であり、したがって外国
訴訟係属を考慮する必要がある。(澤木・111 頁)
B 規制積極説
(ⅰ)修正逆推知説をベースとした説(判例)
国内のいずれかの裁判所に土地管轄が認められれば、当然に国際裁判管轄の
存在も推知されるという逆推知説を発展させ、土地管轄が認めれても「特段の事
情」が存在する場合は、条理によって国際裁判管轄を認めないとする説。
<根拠>
・適正、公平かつ能率的な裁判の運営がいずれの国の裁判所において期待でき
るかという観点から国際裁判管轄に関する明文の規定が存在しない以上、条理
により決定すべきである。(山田・190 頁)
(ⅱ)承認予測説
国内における訴訟競合は民訴法 142 条の二重起訴の禁止として規制されてい
るので、国際訴訟競合にもこれを類推していくという考え方である。つまり、外国で
係属している事件の判決について我が国で承認が予測される時という要件のもと
では、我が国における国際裁判管轄は認められないとする説である。一般に承認
予測説は①事件の同一性②外国訴訟の先係属③国際的二重起訴を外国判決
承認の延長線上におく関係から(外国判決の)承認予測をその要件に挙げる。参
考として、我が国民事訴訟法 118 条によれば、外国判決の承認の要件として、外
国裁判所の確定した判決であって、㋐法令または条約において当該裁判所の管
轄権を否認しないこと、㋑敗訴の被告が日本人の倍において、被告が公示送達
によらないで訴訟の開始に必要な呼び出しもしくは命令の送達を受け、あるいは
応訴したこと、㋒外国裁判所の判決が日本における公の秩序または善良の風俗
に反しないこと、㋓相互の保証があることとされている。なお、厳密には事件の同
一性、外国訴訟の先係属に関しても本当に内容は同じなのか、審理の開始はい
つからなのかといった議論もあるのだが、今回は③の要件に絞って議論を進める
こととする。
<根拠>
・二重起訴の弊害は国際的二重起訴においても生じ、とりわけ複数国に跨る訴訟
遂行を強いられる被告の不利益は著しい。(酒井・39 頁)
7
・判決の承認と訴訟係属とはふかいつながりがあるのであって・・・訴訟継続は判
決の既判力の成長過程であるから、外国判決の既判力を認める以上、外国にお
ける訴訟継続に効力をみとめても、あたかも大は小をかねるがごとき関係だともい
うこともできるし、・・・いわば審判の一回性の」要請が時間的・縦の関係で現れた
のがレス・ジュディカーター(一事不再理)、空間的・横の関係で現れた のが二重
訴訟の禁止とみることができよう。(道垣内・728 頁)
・解釈論てきには、手掛かりを民事訴訟法の規定に求めるのが筋であり、承認予
測説の基本的姿勢は正しい。(酒井・42 頁)
<批判>
・民訴法 118 条 3 号に定められている「公序」の要件については、予測の困難さ
が顕著である。(山田・192 頁)
・予測すること自体が困難である(石黒・342 頁)
・問題は後訴の処理の仕方である。(道垣内・730 頁)
・訴訟係属発生の先後に関わらず、先に確定した判決を他方の国が承認すれ
ば、判決の抵触も発生しない。(道垣内・1170 頁)
<再反論>
・この点について、予想に反して現実の外国判決の内容が我が国の公序に反し、
承認されない場合に備えて、訴訟の中止という処理を考えるべきであるとされてい
る。(道垣内・730 頁)
・自国の裁判所において訴訟係属が先に発生しているにも関わらず、それを無視
して開始された外国訴訟において下された判決を承認するような国は存在しな
い。さらに、たとえこの前提が満たされるとしても、先に確定した判決が常に優先
するということになると、内・外国の裁判所がより早い買う低判決を目指して競争す
ることになるだけでなく、最初に提起した訴訟で自らに有利な判決が下される恐
れのある当事者が、別の国で第 2 の訴訟を提起することを許すことになり、また、
当事者は自らに有利な判決が下されると思われる訴訟では心理の促進に努力
し、不利な判決が下される恐れのある訴訟では心理の妨害をする結果となってし
まう(道垣内・1170 頁)
(ⅲ)利益衡量説(プロパー・フォーラム説)
特定の枠組みにとらわれない、利益状況に応じた柔軟な解決を求め、両当事者
の利益衡量を重視して国際裁判管轄を判断し、訴訟競合の解決を図ろうとする
考え方。紛争解決の法廷地として、我が国と比べて外国がより便宜、適切であると
みとめられる場合には、我が国裁判権の行使を控えるべきであるとする考え方。
内・外で競合する訴訟の調整の場として国際裁判管轄を選ぶ。
つまり、訴訟の先後、承認予測を問題とするのではなく、内外いずれの国で裁判
を行うのが適切であるか比較衡量する説である。
<根拠>
8
・諸般の事情を総合的に比較衡量して適切な法廷地を決定するという考え方を前
提とし、2 つの国で提起された訴えの管轄を 1 つのみに認めることによって競合状
態を解決させる(石黒・361 頁)
・被告の不利益と跛行的法律関係の防止を内国訴訟規制の根拠と捉え、両当事
者の利益衡量を重視する。(酒井・40頁)
<批判>
・仮に他国のほうが我が国より適切であると我が国の裁判所が判断できるとしたとし
ても、その内容が実現されて、その他国での裁判が保障されていなければ、当事
者は裁判を受ける機会を失う虞がある。(山田・192 頁)
・いずれの国がより便宜、適切な法廷地があるかを判断する際に訴訟の進行状況、
各当事者の事情、事件とのかかわりの濃淡など、あらゆる事情を考慮すべきとされ
るがなおその基準は明確にされたとは言い難い。(酒井・40 頁)
・英米法におけるフォーラムノンコンビニエンスの法理は司法部の広範な裁量権を
背景に、自国管轄権の行使を差し控える原理であり、我が国司法観と相いれない。
(ⅳ)訴えの利益説
原告が我が国裁判所に訴えを提起する必要性、すなわち、訴えの利益の有無を
基準として、国際的二重起訴の規制を考える。二重起訴の禁止を訴訟制度の内
在的基本原理に求める点で、承認予測説と違う。
<根拠>
・場合によっては内・外国両訴の併存が必要であり、国際的二重起訴として一概
に内国訴訟を遮断すべきではない。(酒井・40 頁)
・内国訴訟の許否は諸般の事情を斟酌し、訴権乱用の法理ないし訴えの利益の
観点から決せられる。(酒井・40頁)
<批判>
・彼我の協調可能性があることを、基本的には我が国の外国判決承認制度にの
み求める点に疑問が残る。(山田・193 頁)
・訴えの利益という一般的な要件に還元することで、問題を混乱させる虞があるよ
うに思われる(山田・193 頁)
4. 私見
私は国際訴訟競合における後訴に対し、何らかの規制を加えるべきとする規制積
極説の立場に立ち、さらにその規制方法に関して、外国で係属している事件で下さ
れるであろう判決について我が国での承認が可能と予測される場合という要件のもと
では、我が国における国際裁判管轄は認められないとする承認予測説を採用する。
以下その理由を説明する。
まず1つ目の論点である国際訴訟競合における後訴に何らかの規制を加えるべき
かどうかについてだが、規制は必要と考える。国内では、各裁判所での等質性が保
9
障されているため、当事者はいずれの裁判所においても同一の権利保護を受けるこ
とができる。よって国内においては同一の紛争を二重に係属させる必要性は認めら
れない。では国際的二重訴訟の場合はどうか。複数国家に跨る訴訟遂行は 相当の
負担であり、また内国制度上は既判力の抵触がないとしても当事者に無用の混乱を
招く等、国際的二重起訴は当事者にとっても望ましくない側面を持つ。さらに、内国
訴訟が外国での不利な訴訟状態の覆滅に悪用される可能性もあり、加えて我が国で
も防衛活動を要求される相手方の負担も看過できない。結局のところ、後訴が我が国
訴訟制度の正当な利用か否かを見極める必要性があると考えられる。以上の理由か
ら、消極的規制説ではなく、積極的規制説を採用することは妥当である。
次に2つ目の論点について検討する。規制の方法であるが、私は承認予測説が妥
当であると考える。その理由は、既判力はその効果としてすでに判決の下された訴訟
物に関する訴訟を禁じ、訴訟係属はその訴訟法上の効果のひとつとして、すでに係
属している事件と同一の事件に関する訴訟を禁ずるのであるから訴訟係属の効果
は、既判力の一事不再理という効果の前段階的効果と考えられるべきである。そして
我が国民訴法が外国判決の既判力の承認を規定している以上、その論理的帰結と
して将来の外国判決の承認を前提としたうえで、外国裁判所における訴訟係属を考
慮するのが妥当であると考える。このように、承認予測説はその解釈の手掛かりを民
訴法の規定に求めているという点で根拠が明確であるし、プロパーフォーラム説(利
益衡量説)、訴えの利益説においては、後訴の扱いをどうするかについてた だ裁判
所の裁量的判断に委ねるだけどなっており、解決をただ先送りにしているだけであ
る。
承認予測説に対する批判は、そもそも予測すること自体が不可能なのではない
か、もしくは後訴の処理をどうするのかの 2 点であるように思われる。では、それぞれ
について検討していくこととする。
まず 1 つ目の批判に対して、その予測の仕方については我が国民訴法 118 条の
外国判決の承認の要件を満たすと予測できる場合という一定の基準が設けられてお
り、実務上最も問題となりやすい 3 号に定められている「公序」の要件についても「外
国法の適用結果の反公序性」と「内国関連性」が認められるかという基準が存在す
る。確かにどの要件をとっても完全に明確な基準であるとは言えないかもしれない。
だがそれは利益衡量説に対しても言えることであり、すなわち、裁判官の裁量的判断
の基準もまた曖昧である。一定の基準、その根拠を持つ承認予測説と、全てを裁量
的判断に任せる利益衡量説の信頼性を比較した場合、明らかに前者の方に合理性
があり、妥当であろう。
次に 2 つ目の批判に対し、これは訴えの利益を欠くと予想される場合にはその訴
えは却下されるべきであるし、前訴がまだ手続き段階で今後の予測が困難と思われ
る場合には、後訴を却下ではなく、一定の期間訴訟手続きを中止または停止してお
けば解決するのではなかろうか。
これを本設問に当てはめると、X が Y を相手取り東京地方裁判所に提起した訴え
は、Y が X を相手取りオハイオ州マイアミ郡民事裁判所に提起した訴えの後訴あり、
故にその係属が認められる。そして前訴で下されるであろう判決が我が国で承認され
る可能性を検討するに、本件機械が作られた場所が日本というだけで日本に裁判籍
を認めることはできない、不法行為による損害発生地がアメリカであることに鑑みると、
10
我が国において民訴法 118 条の観点から、前訴で下されるであろう判決は将来日本
で承認されると予測される。よって我が国裁判所に国際裁判管轄は認められない。
参考文献
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年~1983 年)
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[新・実務民事訴訟講座(7)]」111 頁
・山田恒久・ジュリ 1354 号 329 頁
・山田恒久・判評 591 号 26 頁
・上田竹志・法セ 667 号 122 頁
・森下哲郎「国際訴訟競合となる内国での債務不存在確認請求訴訟提起が認められ
た事例」ジュリ 1353 号 144 頁以下
・田辺信彦「国際的二重起訴と既判力」ジュリ 725 号 150 頁以下
・澤木敬郎「既判力の国際的抵触」ジュリ 661 号 92 頁以下
・高桑昭「内国判決と抵触する外国判決の承認の可否」NBL155 号 6 頁以下
・中西康・北澤安紀・横溝大・林貴美「Legal Quest」(有斐閣・2014 年)172 頁以下
・東京地判平成 3・1・29 判時 1390 号 98 頁以下
・東京地判昭和 59・2・15 判タ 525 号 132 頁以下

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