SlideShare a Scribd company logo
1 of 12
最近のがんゲノム医療に
関する話題
滋賀県立総合病院
化学療法部
後藤知之
第10回滋賀県がん医療フォーラム 2019.1.27
細胞・染色体・DNA・遺伝子・ゲノム
細胞 染色体
DNA遺伝子
ゲノム
遺伝情報を記録している物質そのもの
いわば「インク」
DNAを巻き付けて細胞内に
効率よく保存している
いわば「本」
生物にとってのDNAに記された遺伝情報全体
本に書かれた内容全体を指す
DNA上に記録された
蛋白質の作り方などの記載内容
生物の最小単位
同じ臓器のがんでも、遺伝子異常の種類は多彩
J Clin Oncol 2010, 1254-1261
▪ 同じ臓器のがんでも、遺伝子異常は個々人で異なる
▪ がん細胞の性質も、治療の効き具合も異なってくる
細胞の性質に応じて治療を決める
乳癌
▪ がん細胞のホルモン受容体やHER2遺伝子発現の状況で
もっとも効果が期待できる治療を選択する
ホルモン療法
抗がん剤
抗HER2療法
PARP阻害剤
ノルバデックス・フェマーラ 他
ハーセプチン 他
リムパーザ
すでに遺伝子異常は治療に利用されている
▪ 「未来の技術」のように思われるが
実は20年前から当たり前のように使われている
 ハーセプチン
 乳癌や胃癌のHER2遺伝子
 グリベック
 一部の白血病のBcr-Abl
 消化管間質腫瘍のc-kit
 ザーコリ、アレセンサなど
 肺癌のALK遺伝子
特定の臓器に縛られない遺伝子検査も
▪ マイクロサテライト不安定性(MSI)の腫瘍に対する治療薬
 該当する遺伝子異常があればどの臓器でも治療につながる可能性
治療薬を増やすだけでなく効果を予測する試みも
▪ 乳癌の手術後に再発の危険を減らすために行う化学療法で
その恩恵を受けやすいかを調べる検査(OncotypeDX)
 対象は
HER2陰性ホルモン陽性早期乳癌
▪ 保険適用外
 自己負担額は40万円程度
さらに多くのがん遺伝子を調べる検査も登場見込み
▪ 2019年春〜夏頃までに条件付きで保険承認される見込み
 がんセンター主導の「NCCオンコパネルシステム」
 米国企業が開発した「FoundationOne CDx」
▪ 次世代シーケンサー(NGS)を用いて多数の遺伝子を
同時に調べることができる
▪ 対象となるのは、原発不明がん・希少がん・
すでに他の治療がない進行がんなどに限られる
▪ 検査が実施できる施設は大学病院・拠点病院に限られる
ただし、
現状では課題も…
日常診療に取り込むにはまだ課題も多い
▪ 検査費用・時間の問題
 検査代だけで数十万円かかることも
 結果が判明するまでに1ヶ月以上かかるものも
▪ 検査で遺伝子異常が判明しても治療薬がないケース
 がんに関連する遺伝子のうち治療薬があるのはごく一部
 薬があっても「未承認」か「保険適用外」であり高額の自己負担が
▪ さらに治療を受けられても有効であるとは限らない
 遺伝子異常に応じた薬の奏効率が特別高いとは限らない
 自費診療は公的な「副作用被害救済制度」の対象外となる
ではどうすればよいか?
▪ 現状では既存の「標準治療」にまさるものではなさそう
 最先端の治療が最善の治療とは限らない
 まずは診療ガイドラインなどによる標準治療を勧めます
 すでに有効性が実証されている手術や治療薬があるならば
その治療を行うことのほうが(ほとんどの場合は)メリットが大きい
▪ 「標準治療」が効かない・治療薬を使い果たした局面で
場合によっては選択肢の一つとなりうる
 ただし「夢の新治療が見つかる」わけではない
 希望もあるが課題も多い技術。メリット・デメリットを良く考えて判断を
今日のお話のまとめ
1. 同じ臓器のがんでも、遺伝子異常により病気の性質は異なる
2. 既に乳がん・肺がん・大腸がん・胃がん・血液がんなど多くのがんで
20年ほど前から分子標的薬遺伝子異常を治療に利用している
3. 今後は臓器の種類を超えて遺伝子異常に応じた治療が広がる
そのための遺伝子検査の種類も急速に増えつつある
4. 費用、時間、治療薬があるか、保険適用、効果や副作用など
実際には課題が多く残されているため、慎重な判断が必要
5. まずはガイドラインにある標準治療をきっちりと受けることが優先
担当医師や、通院先の「がん相談支援センター」などに相談を

More Related Content

What's hot (7)

がん看護研修1 がん治療について学ぶ前に(滋賀県立総合病院)
がん看護研修1 がん治療について学ぶ前に(滋賀県立総合病院)がん看護研修1 がん治療について学ぶ前に(滋賀県立総合病院)
がん看護研修1 がん治療について学ぶ前に(滋賀県立総合病院)
 
Cancer care under covid 19
Cancer care under covid 19Cancer care under covid 19
Cancer care under covid 19
 
Minimal requirements for generalist about cancer topics
Minimal requirements for generalist about cancer topicsMinimal requirements for generalist about cancer topics
Minimal requirements for generalist about cancer topics
 
癌性腹膜炎に対する治療法
癌性腹膜炎に対する治療法癌性腹膜炎に対する治療法
癌性腹膜炎に対する治療法
 
がん薬物療法の基本、アップデート
がん薬物療法の基本、アップデートがん薬物療法の基本、アップデート
がん薬物療法の基本、アップデート
 
腫瘍マーカーのはなし
腫瘍マーカーのはなし腫瘍マーカーのはなし
腫瘍マーカーのはなし
 
How to find the right information
How to find the right informationHow to find the right information
How to find the right information
 

Similar to 最近のがんゲノム医療に関する話題(第10回滋賀県がん医療フォーラム 滋賀県立総合病院) (7)

IPF and Mutation
IPF and MutationIPF and Mutation
IPF and Mutation
 
Juntendo urayasu 128.04
Juntendo urayasu 128.04Juntendo urayasu 128.04
Juntendo urayasu 128.04
 
MiRaGEサーバを用いた老化関連miRNAの標的遺伝子の発現制御予測
MiRaGEサーバを用いた老化関連miRNAの標的遺伝子の発現制御予測MiRaGEサーバを用いた老化関連miRNAの標的遺伝子の発現制御予測
MiRaGEサーバを用いた老化関連miRNAの標的遺伝子の発現制御予測
 
age/老化
age/老化age/老化
age/老化
 
6分でわかる遺伝子検査のしくみ ―21世紀のゲノム医科学― (2016.5.12)
6分でわかる遺伝子検査のしくみ ―21世紀のゲノム医科学― (2016.5.12)6分でわかる遺伝子検査のしくみ ―21世紀のゲノム医科学― (2016.5.12)
6分でわかる遺伝子検査のしくみ ―21世紀のゲノム医科学― (2016.5.12)
 
研究概要 イントロダクション
研究概要 イントロダクション研究概要 イントロダクション
研究概要 イントロダクション
 
TMDU bioresource center seminor
TMDU bioresource center seminorTMDU bioresource center seminor
TMDU bioresource center seminor
 

More from Tomoyuki Goto

More from Tomoyuki Goto (8)

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行期における外来化学療法の指針 2021年1月版
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行期における外来化学療法の指針 2021年1月版新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行期における外来化学療法の指針 2021年1月版
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行期における外来化学療法の指針 2021年1月版
 
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の 流行期における外来化学療法の指針
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行期における外来化学療法の指針新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行期における外来化学療法の指針
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の 流行期における外来化学療法の指針
 
がん化学療法の支持療法あれこれ(滋賀県立成人病センター がん診療セミナー)
がん化学療法の支持療法あれこれ(滋賀県立成人病センター がん診療セミナー)がん化学療法の支持療法あれこれ(滋賀県立成人病センター がん診療セミナー)
がん化学療法の支持療法あれこれ(滋賀県立成人病センター がん診療セミナー)
 
がん化学療法 先回り式副作用対策のヒント(滋賀県立総合病院 第100回がん診療セミナー)
がん化学療法 先回り式副作用対策のヒント(滋賀県立総合病院 第100回がん診療セミナー)がん化学療法 先回り式副作用対策のヒント(滋賀県立総合病院 第100回がん診療セミナー)
がん化学療法 先回り式副作用対策のヒント(滋賀県立総合病院 第100回がん診療セミナー)
 
がん化学療法 副作用を軽減して継続するために(滋賀県立総合病院 外来化学療法センターの取り組み)
がん化学療法 副作用を軽減して継続するために(滋賀県立総合病院 外来化学療法センターの取り組み)がん化学療法 副作用を軽減して継続するために(滋賀県立総合病院 外来化学療法センターの取り組み)
がん化学療法 副作用を軽減して継続するために(滋賀県立総合病院 外来化学療法センターの取り組み)
 
大腸癌治療ガイドライン2019年版改訂勉強会(滋賀県立総合病院)
大腸癌治療ガイドライン2019年版改訂勉強会(滋賀県立総合病院)大腸癌治療ガイドライン2019年版改訂勉強会(滋賀県立総合病院)
大腸癌治療ガイドライン2019年版改訂勉強会(滋賀県立総合病院)
 
がん看護研修2 がんの遺伝子異常と新しい治療(滋賀県立総合病院)
がん看護研修2 がんの遺伝子異常と新しい治療(滋賀県立総合病院)がん看護研修2 がんの遺伝子異常と新しい治療(滋賀県立総合病院)
がん看護研修2 がんの遺伝子異常と新しい治療(滋賀県立総合病院)
 
術前・術後の大腸癌化学療法(滋賀県立総合病院)
術前・術後の大腸癌化学療法(滋賀県立総合病院)術前・術後の大腸癌化学療法(滋賀県立総合病院)
術前・術後の大腸癌化学療法(滋賀県立総合病院)
 

最近のがんゲノム医療に関する話題(第10回滋賀県がん医療フォーラム 滋賀県立総合病院)

Editor's Notes

  1. 細胞の性質は遺伝子が決める。がんは、細胞の遺伝子や遺伝子の設計図であるDNAに異常が起こる病気であることが明らかになってきた 従来の抗がん剤よりももっと効率的に、異常をきたしている遺伝子へ働きかける治療を行えば、副作用が少なく効果が高い治療を行えるのではないか?
  2. 実はがん細胞の遺伝子異常を調べて治療に生かすというのは、すでに皆様の診療に生かされています。未来の技術のように思われているが、20年前からある