新しい社会における
サイエンス、大学のあり方
7/31, 2021
丸山宏
Twitter: @maruyama
Preferred Networks / 東大人工物工学センター / 花王
本講演の内容は、2021年9月発売の一橋ビジネスレビュー誌 2021年度 Vol.69-No.2に掲
載予定の記事「アカデミアと社会 ~ 2項対立を超えて~」に基づきます
自己紹介:
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● 1983 - 2009 日本IBM東京基礎研究所
○ 1996-1997 米国インターネット事業部
○ 1997-2000 東京工業大学客員助教授
○ 2004-2005 IBMビジネス・コンサルティング・サービス
● 2009 - 2010 キヤノン株式会社 デジタルプラットフォーム開発本部
● 2011 - 2016 統計数理研究所
● 2016 - Preferred Networks
○ 2020 - 東京大学 人工物工学研究センター
○ 2020 - 花王株式会社 エグゼクティブフェロー
黒字: 研究開発
青字: アカデミア
緑字: ビジネス
本講演では…
● 学問 -- 知識の体系化(関連付けられ、記録され、伝承される)
○ 人類文明の礎となるもの
○ どんなに有用であっても、体系化されない知識は(ここでは)学問と呼ばない
■ e.g., 職人(企業)のノウハウ
● 学術 -- 職業としての学問
○ 趣味で行う学問は、(ここでは)学術と呼ばない
● アカデミア -- 学術コミュニティ
○ 主に、学会(学協会)に代表される
○ 論文が体系化のツール
● アカデミアと社会
● イノベーション
● 合意形成
● 2項対立を超えて
アカデミアへの信頼感の低下
読売新聞オンライン、11/12, 2020
独立性の高いアカデミアに対して、外部からの
介入が必要と判断
学術における「統治」の必要性
ISBN-13 : 978-4575154078

NHK News Web、4/15, 2020
科学への信頼
科学に対する理解が足り
ない=欠如モデル
欠如モデルの問題点
● 科学者も自分の専門領域を離れれば一市民
○ 知的な人ほど確証バイアスにとらわれる傾向が強い(シャーロット
, 2019)
○ 優れた研究者の意見を鵜呑みにしてはならない(特に、自分の専門領域を外れて
いる事柄については)
● 「科学的に正しい」とされる意志決定が、必ずしも社会的善とは限ら
ない
○ 例:地球温暖化が人類の排出する温暖化ガスによるものであること、と
温暖化ガスを削減することを社会が選択するかどうか、は独立
○ 「自分はこの分野のエキスパートなので、自分の判断が正しい」と考えているとすれ
ば、それは高学歴エリートの驕り(マイケル・サンデル
, 2021)
学術と社会
社会
学術コミュニティ
(アカデミア)
期待と支援(対価)
● 体系化された知識
● 社会課題の解決(イノベーション)
第4期科学技術基本計画
“人類社会が抱える様々な課
題への対応を図るためのも
の”
第6期科学技術・イノベーション
基本計画
“激化する国家間の覇権争いの
中核”
社会の期待とそれに応える能力のギャップが拡大していないか?
期待の向上に反して減り続ける運営交付金
● アカデミアと社会
● イノベーション(社会課題の解決)
● 合意形成
● 2項対立を超えて
リニアモデルの呪縛
● 研究開発のリニアモデル
○ 研究→開発→生産→販売
○ アカデミアによる研究開発→ 企業による事業化
● アンチパターン
○ 蒸気機関の発明(1712年)→ 熱力学(1820年代)
○ 深層学習の発展(2014年) → 深層学習の理論的解明(?年)
● 多くの場合、ニーズとシーズは同時発生的(リドレー
, 2021)
○ イノベーションとは小さい改良の積み重ね
○ 試行錯誤を高速に反復することでイノベーションを起こす(例:エジ
ソンの電球)
ISBN-13 : 978-4910063157

ニーズ取り込みへの方策(1): 戦略的競争的資金
● 国が戦略目標としてニーズを示す
○ SIP、IMPACT、Moon Shotなど
○ 委託 - 受託モデル
● 委託側が、戦略目標が狙う社会変革事業の
当事者でない
● 受託側は、自分の研究テーマを無理やり戦
略目標に合わせて提案
○ 論文になりにくい細部は取り残される
○ 目標を達成しなくても提案者は職を失
わない
● 一度採択されてしまうと、社会情勢が変わっ
ても計画変更がやりにくい
https://www.jst.go.jp/moonshot/program/index.html
ニーズ取り込みへの方策(2):企業との共同研究
● 市場のニーズを取り込みやすい。事業化につながりやすい
● ただし、知財の扱いが大きなネック
○ 発明の1件毎、ライセンスの1件毎に交渉が発生する
○ 発明の価値について、情報の非対称性があり、公平な交渉が難しい
○ このため、双方にとって大きなオーバーヘッドが発生する(大企業や、大規模大
学など、より余裕のある側が有利になる)
共同研究
事業化
発明
ライセンスの発生
共同研究における知財の扱い案*
● 共同研究開始時に、以下の覚書を交わす
○ 共同研究で生じる共同発明は、企業側の判断で、出願するかどうかを決める
○ 出願する場合には、出願前にすべての権利を定額(
100万円)で企業が買い取る
● 大学側のメリット
○ 交渉にかかるオーバーヘッドがない
○ 特許の出願・維持にかかるオーバーヘッド(侵害の対処を含む)がない
○ (ライセンス時でなく)発明発生時に確定収入が得られる
● 企業側のメリット
○ 交渉にかかるオーバーヘッドがない
○ 特許の価値評価について説明する必要がない
○ 特許のライセンス(クロスライセンス、譲渡を含む)に関する不確定要素がない
* 丸山が統計数理研究所で知財担当をしていたときに実施していたポリシー
【単独特許について】大学連合による特許プール案*
● 大学連合(例:82国立大学)での知財プール
○ すべての特許は、希望する企業に対しては、その企業の規模やビジネスの内容に関わ
らず一律定額(100万円)でライセンスする
○ 排他的なライセンスを求める企業に対しては1,000万円でライセンスする。但し、その時
点でライセンスを既に受けている企業に対しては、排他的条項の適用外とする
● 企業にとってのメリット
○ 知財利用の不確実性が減る
● 大学にとってのメリット
○ 企業の利用が増える
* 概略。金額を含め細部は検討する必要がある
透明な市場がイノベーションを促進する
新しい技術の社会受容
● 新しい技術は社会に受け入れられるか?
○ 原子力、遺伝子組み換え技術、機械学習(人工知能)、
…
● 社会学の観点
○ 社会の(その時点での)価値観に合うか⇒ 社会との議論
■ e.g., 人間中心のAI社会原則
● デザイン学の観点
○ 技術の導入が人々の行動に与える影響を含めて設計できるか
■ e.g., 技術に過度に依存することによる能力退化
● 工学の観点
○ 機械、土木、造船などの工学は、どのようにして社会に受容されていったか
土木技術が社会に広く受け入れられているのはなぜか
理論(e.g., 構造計算)  * 安全係数
新技術が社会に受容されるのは「工学」として熟成されてから
土木工学ハンドブック、
969ページ
我々はなぜ安心して橋を渡れるのか? 土木工学の膨大な知見があるから
● アカデミアと社会
● イノベーション
● 合意形成
● 2項対立を超えて
科学における合意形成
● 科学法則とは、その時点での科学コミュニティにおける「合意」に過ぎない
○ ユークリッドの「光は直進する」⇒ フェルマによる修正「光は媒体の中の最短経路を進む」
○ ニュートンの法則⇒ 相対性理論(光速に近い領域)、量子理論(ミクロな領域)
● 科学における合意形成のプロトコル
○ 論理学・数学による演繹推論
○ 統計的仮説検定
○ ランダム化比較実験による因果の推論
○ ピアレビューによる論文発表
○ 再現実験による確認
○ :
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科学者は自分が認知バイアスを持つことをよく知っている
“科学とは、自分を騙す方法の発明と、騙されない方法の発明との、終わりのない競争 ”
出典: Nature, https://www.nature.com/news/how-scientists-fool-themselves-and-how-they-can-stop-1.18517
その他の学術領域におけるプロトコル
● 統計的に十分なデータが得られない領域
○ 例: 経営学におけるケーススタディ
● 再現実験・ランダム化比較試験が行えない領域
○ 例: 社会学における自然実験、タバコの肺がんへの影響に関する因果推論
● 推論過程が複雑すぎて手作業で追えない領域
○ 例: 数学における4色問題の証明(計算機による自動証明)、材料探索における数値シミュレー
ション
共通するのは「批判的検証に基づく合意形成」
アカデミアの人間は、自己の誤謬を常に意識しているから
意思決定(合意形成)の違い
● 社会における意思決定
○ 民主主義: 多数決に基づく
■ (多くの)政治家は自己無謬性を主張する
■ エコーチャンバー効果など、人々のバイアスに左右されやすい
(笹原, 2019)
○ 階層的統治構造(会社、軍隊など): 上位の者の判断に基づく
■ 相互牽制の仕組みが必要
● 会計監査、社外取締役、…
● アカデミアにおける合意形成
○ 批判的検証に基づく(自己の誤りを常に意識している)
○ 自己組織的な学会と論文が、相互検証の仕組みを提供する
なぜ多くの日本企業が苦しんでいるか(私見)
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1979年
ISBN-13 : 978-0674472150

2015年
ISBN-13 : 978-4492396179

失われた
20年
この間に何が起きたのか?
高度成長期
現場力
カイゼン
統計的品質管理
1986 -
ISO 9000
品質マネジメント
2000
ISO 17799
セキュリティマネジメ
ント
コーポレート・ガ
バナンス
創造的なタスクを効率よく行う組織 = TEAL型(自己組織化)組織
出典:Frédéric Laloux, Reinventing Organizations, 2014.

アカデミアの多くは、自己組織型で運営されている
● アカデミアと社会
● イノベーション
● 合意形成
● 2項対立を超えて
2項対立を超えて -- 社会における研究者の役割
● イノベーションの担い手として
○ 市民としての研究者
○ 社会課題解決の主体であること
● 合意形成のプロとして
○ 自己の誤謬にオープンな態度
○ TEAL型組織へのノウハウ
https://japan.cnet.com/blog/maruyama/2020/08/04/
entry_30023014/
人材の交流
● 現在の日本では、アカデミア ⇒ 民間のキャリアパ
スが少ない
○ 企業の側の問題: 新卒を企業色に染めるやり方を好む
○ 研究者側の問題: アカデミアを離れることを「キャリアの失
敗」とみなす風潮
● 例:ノースイースタン大学の Co-Op
○ 学生を数カ月間、企業や国際機関に派遣して現業を経験さ
せる
アクティビストとしての学術
● 社会課題の解決を自ら行うことによって、学術を行う
○ 東京女子大学桑子教授(桑子, 2018)
■ 元々は哲学者
■ ダムや道路など公共事業における住民との合意形成を推
進
○ 情報科学芸術大学院大学の小林茂教授
■ メイカー・ムーブメントの推進
出典: https://www.iamas.ac.jp/ommf2020/
専門家とは何か、現場とは何か
ISBN-13: 978-4166607334
● 自分の現場というのは、本来ボキャブラリであって、コミュニケーション
ツール
● 3つの対話の重要性
○ 真実へ至る対話(何が起きたか)
○ 合意へ至る対話(何をすべきか)
○ 終わりのない対話(どういう社会にしたいか)
https://japan.cnet.com/blog/maruyama/2020/02/20/entry_30022992/
Thank You
Twitter: @maruyama
本講演の内容は、2021年9月発売の一橋ビジネスレビュー誌 2021年度
Vol.69-No.2に掲載の記事「アカデミアと社会 ~ 2項対立を超えて~」として
掲載されます

20210731知財学会研究会