(09)賃金管理1. 人的資源管理論 Theme 9 賃金管理(報酬管理①)
Theme 9 賃金管理(報酬管理①)
【構成】
1 進む賃金改革
2 労働費用の管理
3 賃金の総額管理と春闘
4 個別賃金と賃金制度の管理
5 年功賃金の実際と理論
1 進む賃金改革
1990 年代以降、日本企業の賃金改革の急速な進展
↓
2つの側面
①「従業員の平均的な賃金水準の決定方法(=賃金総額の決め方)」の見直し
これまで:「春闘」による横並び主義
∥
「企業を超えて賃上げ率の標準化をはかる」
※ 春闘とは?
春季闘争の略。1955 年以来、毎年春に、賃上げ要求を中心として
労働組合が全国的規模で一斉に行う日本独特の共同闘争。
これから:個々の企業の経営業績に合わせて賃上げ率を決めるべき
②「賃金総額の従業員個人への配分方法」の見直し
これまで:年功を重視
これから:仕事や成果を重視 例)年俸制
年間の成果を賃金に反映させる変動型の賃金
基本構造の変化:高度経済成長期 → 1980 年代以降 安定成長期
↓
賃金上昇率の鈍化:「従業員Aの賃金が上がっても、従業員Bの賃金は上がる」から
「従業員Aの賃金が上がると、従業員Bの賃金は下がる」へ
↓
遅すぎた「改革」=「従業員の納得を得られる賃金配分の仕組み作り」へ
2 労働費用の管理
労働費用の構成
労働費用とは?
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2. 人的資源管理論 Theme 9 賃金管理(報酬管理①)
企業が従業員に対し、その労働の対価として支払う経済的報酬のこと
構成内容 毎月の賃金(諸手当、残業代を含む)、ボーナス 退職金、福利厚生費など
労働費用の構成とは?
労働費用の構成(1995 年) (企業規模 30 人以上)
労働費用総額 100%
基本給 45%
所定内給与
毎月決まって支給する給与 55%
63% 諸手当 10%
現金給与総額
83%
所定外給与 8%
賞与・期末手当 20%
現金給与以外の
労働費用 退職金等 4%
17% 法定福利費 9%
法定外福利費 3%
その他(募集費、教育訓練費)1%
出所:労働省『賃金労働時間制度等総合調査』
留意点:「所定内給与は労働費用の約 6 割を占める」ことが意味することとは?
↓
企業が従業員を正規に雇用すると、
毎月決まって支払う所定内給与の2割弱の労働費用がコストとしてかかる。
↓
すなわち、非正規社員なら、労働費用を半分に抑えることができる!
↓
企業行動=〔新規学卒者一括採用(↓)、リストラ(↑)〕→ 派遣労働者(↑)
3 賃金の総額管理と春闘
賃金決定のプロセス
長期・短期の経営計画
↓
労 働 費 用
個別賃金=個々の従業員の賃金をいくらにするか
↓
例)年功主義賃金
配分 シ ステ ム
↓ ↓ 成果主義賃金
総額賃金 福利厚生
↓
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3. 人的資源管理論 Theme 9 賃金管理(報酬管理①)
配分システム
↓
個別賃金 給与
賞与
春闘と日本型の賃金総額決定方式
春闘とは?
∥
賃上げ率の社会的な相場形成
中核産業(鉄鋼・電機・自動車)の代表企業による労使交渉
→ 企業の競争力、労働市場の需給関係、インフレなどを加味
→ 相場の決定
→ 波及:他産業、中小企業、公務員
→ 経済合理的な賃金決定の実現(≒ 日本経済の競争力の屋台骨をなす)
個別企業の賃上げ率の決定順序
①「企業業績」
②「世間相場」
③「労働力の確保・定着」(=労働市場の状況)/「労使関係の安定」(=社内状況)
④ 賃上げ率の決定
4 個別賃金と賃金制度の管理
日本の賃金制度の現状
⑴ 基本給の類型
類 型 内部公平性の基準 利 点 欠 点
職務給 職務の重要度・困難度・ 給与が仕事にリンクして 仕事が変わると個人の
責任度などによって決ま おり、仕事が決まると個別 給与が変わるため、会社
る職務の価値 賃金も賃金総額も決まる。 が仕事の変更を敬遠し
↓ がち。
賃金管理がやりやすい。 ↓
a)環境変化に対する人
員配置や組織の適応
力が阻害される。
b)能力向上のインセン
ティブも小さくなる。
職能給 職務遂行能力 人員配置に柔軟性がある。 労働構成が変化すると
従業員の能力向上意欲を 賃金が変わるため、賃金
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4. 人的資源管理論 Theme 9 賃金管理(報酬管理①)
高める。 管理が難しくなる。
属人給 年齢・学歴、勤続年数な 評価基準が明確であり、運 景気が悪くなると、運用
どの属人的要素 用が容易である。 の硬直化が招く弊害が
顕著になる。
⑵ 日本の大企業の基本給体系
基本給=生活給(※1)+職能給(※2)
※1 生活給は、属人給の一形態であり、文字通り、生計費を重視した給与をいう。
従業員のライフ・ステージを表現する年齢または勤続年数に対応して決められる。
年齢給、勤続給と呼ばれることもある。
※2 職能給は、職能資格制度に対応する給与である。
生活給の上に積み上げられる(下図参照)。
一般的には、職能資格制度のレンジ・レート型の形態をとる。
※レンジ・レート型:同一資格に対応する給与に幅をもたせるタイプのこと
⑶ 昇給の仕組み-定昇とベア
個々の基本給の上がり方
入 社 初任給
2年目 昇給=定期昇給(定昇)+ベースアップ(ベア)
定昇:賃金制度に基づいて、制度的に保障されている昇給
ベア:賃金制度のなかの賃金表の改定に基づく昇給
【整理】
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5. 人的資源管理論 Theme 9 賃金管理(報酬管理①)
a)定昇の構成=①一律部分+②査定部分 ☞ 図「基本給の構成」(p.8)
① 生活給:年齢とともに自動的かつ一律に上がる
② 職能給:同一資格内での「習熟度合い」を査定し、能力向上分を昇給する
※ 職能給は同一資格にとどまるかぎり昇給に上限がある。
よって、連続して昇給するためには上位資格への昇格が必須となる。
b)ベア(=賃金水準の底上げ)が必要とされる理由
同じ職能資格で賃金が上がらない=実質額はインフレ分だけ目減り → ベア
優秀な人材を確保したい → ベア
従業員の生活を改善したい → ベア
↓
【結論】
春闘賃上げ率 ≒〔定昇+ベア〕による従業員1人当たり平均賃上げ率
5 年功賃金の実際と理論
5-1 変化する年功賃金
(a) (b)
(a)特徴
賃金曲線の学歴による相違
30 歳代を節目に
高卒者と大卒者の賃金格差が拡大する
理由:昇格昇給頻度の違い
(b)特徴
年齢間の賃金(所定内給与)格差の縮小
新 入 社 員 と 定 年 間 際 の 労 働 者
5-2 年功賃金の理論
年功賃金の経済合理性を説明する2つの理論
⑴ 生計費保障仮説
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6. 人的資源管理論 Theme 9 賃金管理(報酬管理①)
企業は従業員の生活の安定をはかることを人事管理の基本理念として重視する
→ 年齢とともに増加する生計費に合わせて賃金を決める
→ 生計費に基づいて安定的な賃金が保障されると、従業員は安心して働くことができる
→ 会社に対する忠誠心と労働意欲が向上する
→ 労働組合も労働者の生活の安定を重んじる経営政策を評価する
→ 安定的かつ協調的な労使関係の形成
→ 生産性の向上が達成される
※ 高い意欲をもち会社のために働く労働者+経営政策に協力的な労働組合=生産性向上
しかし、説明しきれない疑問点が残る
〔生計費の保障は、企業への忠誠心や労働意欲の向上に繋がるのか?〕
〔生計費を重視するというが、年齢別の賃金曲線は学歴間で異なっている〕
⑵ 熟練仮説 ☜ こちらの方が有力な考え方とされている
終身雇用慣行のもとでは従業員の定着性が高いので、
企業は従業員の能力を社内で長期的に抑制する
↓
勤続年数の長い労働者ほど多くの仕事と教育訓練を経験し、高い能力をもつ
↓
賃金は能力に対して支払われるので、
年齢や勤続年数にリンクしたように見える賃金が形成される
↓
高い能力は高い生産性を実現する
∥
年功賃金は企業にとって合理的な賃金である
⑵ の仮説は疑問点に解答することができる
疑問:なぜ企業内で従業員の育成を行うのか
学校や教育訓練施設で訓練を受け高い能力を獲得した労働者を直接雇用しない理由
教育訓練の2側面
①OFF-JT(仕事から離れて受ける訓練)=学校や教育訓練施設での訓練
一般的な知識や技能を養成する
②OJT(仕事をしながら上司・先輩から受ける訓練)
a)現在担当している仕事に直結する知識や技能を
個々の労働者のニーズに合わせて個別的に訓練でき、Off-JT より効率的
b)職場で求められる、文書などで客観的に表現できない技能を習得できる
↓
教育訓練の主体は企業内教育にならざるをえない
↓
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7. 人的資源管理論 Theme 9 賃金管理(報酬管理①)
キャリア=仕事の連鎖〔いまの仕事に必要な能力を習得 → より難しい仕事〕で
より高い能力を訓練する
↓
長く勤続するほど労働者のキャリアは広がり、能力は向上する
ホワイトカラー(大卒者中心)ほど多様な仕事を経験する機会が多い
※ 仮説⑴の疑問「年齢別賃金曲線の高卒者と大卒者の違い」を説明できる
※ 用語確認
所定内給与:所定労働時間内の労働に対して支払われる賃金のこと。基本給に定例
的な諸手当を加算し、算定される。所定内給与に所定外給与を加えた
ものが、「毎月決まって支給する給与」となる 。
所定外給与:時間外賃金ともいい、時間外勤務手当、休日労働手当、深夜残業手当、
宿日直手当などが含まれる。所定外給与は、仕事の繁閑によって増減
するため、景気動向をあらわす指標としても利用される。
諸手当:基本給を補完する付加的給与。
① 業績手当(能率手当、生産手当)
② 勤務手当(役付手当、特殊作業手当、技能手当)
③ 精皆勤手当
④ 通勤手当
⑤ 生活手当(家族手当、地域手当、住宅手当、単身赴任手当)
⑥ 調整手当(初任給調整手当、出向手当、休日調整手当)
⑦ その他の手当
賞 与:毎月定期的に支払われる賃金とは別に、おおむね年 2 回、夏季( 6~ 7 月 )
と年末( 12 月)に支給 される、合計数ヵ月分の給与に相当する一時金。
わが国の企業にみられる給与支払い慣行のひとつと位置づけられる。
賞与のほか、ボーナス、臨時給与などと呼ばれる。
福利厚生:従業員やその家族の健康や福祉の向上を目的として、
企業が支出する費用や施設のこと。法定福利と法定外福利とからなる。
法定福利:法律によって実施が義務づけられている福利厚生施策。
厚生年金、社会保険、健康保険など。
法定外福利:企業の任意による福利厚生施策。
住宅提供(社宅・社員寮)、
医療保健(医療施設、保健衛生)、
生活援護(給食、被服、託児、通勤施設)、
慶弔金・共済会会社出資金・団体生命保険、
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8. 人的資源管理論 Theme 9 賃金管理(報酬管理①)
文化・レクリエーション活動、その他。
退職金:企業を辞める場合、労働者に対して支給される手当の総称。
永年勤続の功労に報い、退職後の生活を保障する意味合いから、
年功序列的賃金制度と終身雇用的雇用慣行を前提にできあがった。
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